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民主主義とベーシックサービス: なぜ大学の無償化 が社会を強くするのか

民主主義とベーシックサービス: なぜ大学の無償化 が社会を強くするのか

社会に参加し、活躍することを可能にする基礎的なサービスへのアクセスをすべての人に保障する。これが「ベーシックサービス」の考え方だ。そこに医療や介護といった生存に直結するサービスが含まれることに異論はないだろう。では、大学教育はどうだろうか?

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。

慶應義塾大学経済学部教授
井手英策 Eisaku Ide

ベーシックサービスは、困窮した人を選別的に救済することを目的とせず、健康、政治や社会生活への参加、自律的に生きる精神的能力といった普遍的なニーズを出発点とする。そして、そこに何が含まれるのかを皆で考えるプロセス自体が民主主義を強化する。本稿では、大学教育を例にとって、ベーシックサービスの本質について考える。

経済格差の何がいけないのか?

所得や資産の格差、すなわち経済格差は悪だと言われる。だが、そもそもなぜ格差を是正しなければいけないのか、という根源的な問いを掘り下げて考えていくと、容易に答えられない問題に直面する。まず、共産主義社会でも実現しない限り、完全に経済格差のない社会など存在し得ない。そして、その必ず存在する格差を「どこまで是正すべきか」について、これを一義的に決めることは困難である。第二に、アリストテレスが指摘したように、不均等な状態にあるものをその平均値に近づけることを正義とする考え(矯正的正義)がある一方で、二倍努力したものが二倍の成果を得ることを正義とみなす考え(配分的正義)も存在する。これらは正義のふたつの顔を示しているが、後者では、格差の存在は前提であり、また肯定されてもいる1。「格差の是正」というきわめてまっとうな主張が、実際にはこうした論理的な限界を持っている以上、ただその是正を共通の善として訴えるだけではなく、格差がなぜ問題なのかを絶えず確認する必要がある。この難しい問いに接近するために、まずは、社会学者マニュエル・カステルの主張から見てみることとしよう。

カステルはこう述べる。「収入面における伝統的な不平等は、保健、教育、文化諸施設の型や水準を通じて……一定の集合的諸サービスへの接近可能性と利用にかかわって生じる新しい社会的分裂の中に表されている」2。いささかわかりにくい文章だが、この指摘は重要である。つまり、経済格差それじたいが問題というよりも、それが存在することによって、生存や生活に不可欠な公的サービスにアクセスできない人たちが存在すること、そしてこの存在が社会の分裂を引き起こすことが問題なのである。

たとえば、病気になったとき、経済的な理由によって医療サービスを受けられないとすれば、最悪の場合、その人は命を失ってしまう。仮に、「配分的正義」の観点から経済格差が正当化されたとしても、一定の貧しい人たちが死の危険に直面するとすれば、それは明らかに不正であり、社会秩序は動揺する。こうした視点に立てば、私たちは、どの程度まで経済格差を是正すべきかという「程度」の問題を論じる前に、すべての人びとが必要なサービスにアクセスできる「権利」を保障しなければならない。

では、そのためにはどのようなやり方があるだろうか。

ひとつは、貧しい人を特定し、その人たちに限定して公的なサービスへのアクセスを保障する方法が考えられる。もうひとつは、まさに字句通り、所得の多寡とは無関係に、すべての人たちにアクセスを保障する方法がある。以下、前者を「選別的なアクセス保障」、後者を「普遍的なアクセス保障」と呼ぶこととしよう。「選別的なアクセス保障」には、格差の是正と同じような恣意性がつきまとう。まずやるべきは、「貧しい人とは誰か」を特定することである。それは年収200 万円以下の人たちだろうか。それとも300 万円以下の人たちだろうか。あるいは、子どもの数や年齢、資産の有無をどの程度考慮して、選別の基準を決めるべきだろうか。容易に想像できるように、これらを一義的に定めることは困難であり、仮に思い切って保障のラインを決定したとすれば、それはそれで、受益者と負担者という「分断線」が引かれてしまう。

それだけではない。貧しい人たちを特定するためには、申請する者に「恥ずべき暴露(shameful revelation)3」を求めなければならない。医療や介護といったサービスを無料で使うためには、自らの所得の少なさを示し、働けないときにはその理由を告げねばならず、さらには、扶養者の有無を調べるため、親族にまで確認の連絡が及ぶことがある。

この「恥ずべき暴露」に耐えられない人たち、あるいは、他者への依存よりも自尊感情を優先する人たちは、サービスの利用権を放棄してしまうかもしれない。生活保護を利用できる所得水準であるにもかかわらず、これを利用する人の割合は、日本では16%程度にとどまっており、他国と比べてきわめて低い事実は、こうした可能性を示唆している4

ベーシックサービスの何が ベーシックなのか?

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