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デザイン思考 × ソーシャルイノベーション: 善意を空回りさせず、成果を生み出す方法

デザイン思考 × ソーシャルイノベーション: 善意を空回りさせず、成果を生み出す方法

人々の問題を解決するためにサービスを設計したのに、ユーザーから受け入れられない―この「善意の空回り」をどうすれば避けられるだろう? 「デザイン思考」は、丁寧な観察と深い洞察をもとにプロトタイピングを繰り返し、顧客の真のニーズに応える解決策を生み出す。複雑なニーズを紐解くソーシャルイノベーション分野で真価を発揮する、この方法論の活用法を示す。

※本稿はスタンフォード・ソーシャルイノベーションレビューのベスト論文集『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう』からの転載です。

ティム・ブラウン Tim Brown
ジョセリン・ワイアット Jocelyn Wyatt

インドのハイデラバード郊外、住宅地と農村部の中間エリアに、1人の若い女性が住んでいる(ここではシャンティと呼ぶことにしよう)。彼女は毎日、自宅から300フィート(約90メートル)ほどのところにあり、いつでも利用できる近所の掘抜き井戸から水を汲んでいる。その際彼女は、頭の上に載せて簡単に運べる3ガロン(約11リットル)のプラスチック容器を使用している。シャンティと彼女の夫は、飲料水や洗濯に使用する水はすべてこの無料の水源から確保している。この水が、ナンディ財団(Naandi Foundation)が運営している地域の浄水施設の水ほど安全ではないという話は耳に入っているが、それでも使い続けている。シャンティの家族は先祖代々この井戸水を飲み水として使用しており、彼女や家族が時々体調を崩すことはあるものの、彼女は今後も利用をやめるつもりはない。

シャンティがナンディ財団の浄水施設を利用しない理由はいくつもあるが、おそらく多くの人が想像するものとは違う。施設は自宅から楽に徒歩で通える場所にあり、その距離は3分の1マイル(約0.5キロメートル)ほどだ。地域内でも有名で、料金は手ごろである(5ガロン[約19リットル]当たり約10ルピー[約20セント])。一部の村人にとっては、この少額の料金を支払うことは、1つのステータスシンボルにさえなっている。また、シャンティが掘抜き井戸を利用しているのは、通い慣れているからでもない。彼女がより安全な水の利用を見送っているのは、システムのデザイン全体のさまざまなところに欠陥があるからだ。

シャンティは浄水施設まで歩くことはできるが、施設が指定している5ガロンのポリ容器を運ぶことはできない。プラスチックでできた四角形のポリ容器に水を溜めると、あまりにも重すぎるのだ。また、彼女は重い物を運ぶときに腰や頭に載せることを好むが、このポリ容器の形状はそのような運び方に適したデザインになっていない。シャンティの夫も、運ぶのを手伝えない。彼は都心に勤務しており、帰宅した頃には浄水施設の営業が終了してしまっているのだ。また、浄水施設の規則で利用者は、1日あたり5ガロン分のパンチカードを月毎に購入しなければならないが、この量は彼らに必要な分よりはるかに多い。シャンティは、「わざわざ必要以上の量を買ってお金を無駄にしようと思う人はいないでしょう」と言い、もっと少ない量を買わせてくれさえすれば、ナンディ財団の施設からの購入を考えてもよかったと補足した。

この地域の浄水施設は、きれいな飲料水を供給するように設計されており、その目的を果たすうえでは十分に成功している。実際に、この地域に住む多くの人々、特に、夫や年長の息子がバイクを持っており、営業時間中に浄水施設を訪れることのできる家族にとってはうまく機能している。しかし、浄水施設のデザイナーたちは、地域住民全員の文化やニーズまでは考慮できなかったことにより、よりよいシステムをデザインする機会を逃してしまった。

このような機会損失は、事後的に見れば明らかな手抜かりなのだが、頻繁に起きることだ。利用者や顧客のニーズに基づいていなかったり、フィードバックを得るためのプロトタイピングを怠ったりしたがために、取り組みが壁にぶつかる事態が繰り返し発生している。実地調査を行った場合であっても、調査チームがニーズや解決策について先入観を持っていることがある。いまだにこうした不備のあるアプローチが、企業セクターと非営利セクターの双方において常態化している。

シャンティの事例からもわかる通り、社会課題の解決にはクライアントや顧客のニーズに根差したシステムレベルの解決策が求められる。これこそが、多くのアプローチが失敗に終わるポイントだが、解決策を創出するための新たなアプローチであるデザイン思考は、まさにこの点に強みを持っている。

従来のデザイナーは、製品の見た目や機能性を高めることに焦点を置いていた。この種のデザイン業務の典型例は、アップルのiPodやハーマンミラーのアーロンチェアである。近年では、デザイナーはそのアプローチの幅を広げ、製品やサービスを届けるシステム全体をつくるようになっている。

デザイン思考では、関係者や消費者についての深い洞察と、素早いプロトタイピングを取り入れており、その狙いは、効果的な解決策の妨げとなる先入観から抜け出すことである。本質的にデザイン思考は、楽観的、建設的、経験主義的なアプローチであり、製品やサービスを消費する人々のニーズに応え、それらの利用を可能にする基盤作りに取り組むための手法だ。企業が続々とデザイン思考を採用しているのは、より革新的な組織になる、ブランドの差別化を促進する、製品やサービスを素早く商品化するといったことに役立つからだ。しかし最近では、社会課題へのよりよい解決策を開発する手法として、非営利団体もデザイン思考を取り入れ始めている。デザイン思考は、公共、企業、非営利セクターという従来の境界をまたぐアプローチだ。クライアントや消費者との緊密な連携に基づき、大きなインパクトをもたらす解決策を、トップダウンで押しつけるのではなくボトムアップで湧き起こるようにする。

Illustration by John Hersey

デザイン思考の実用

ポジティブ・デビアンス・イニシアチブ(現:ポジティブ・デビアンス・コラボレイティブ/Positive Deviance Collaborative)の設立者であり、2008年に逝去するまでタフツ大学で教授を務めていたジェリー・スターニンは、彼が呼ぶところの「地域の問題へのアウトサイダーによる解決法」を見出すことに長けていた。スターニンによるソーシャルイノベーションへのアプローチは、デザイン思考の実用化の好例である1。1990年、スターニンは妻のモニークとともに、ベトナム国内の1万の村において子どもの栄養失調を改善する活動を行っていた。当時のベトナムでは、5歳未満の子どもの65%が栄養失調状態にあったが、既存の解決策のほとんどは政府による栄養サプリメントの配給頼りのものだった。しかし、サプリメントは思うような成果をもたらしていなかった2。そこでスターニン夫妻は、「ポジティブ・デビアンス(ポジティブな逸脱)」という代替的なアプローチを採用した。これは、地域の中ですでにうまくいっている個人や家族の事例から解決策を探すアプローチである3

スターニン夫妻とセーブ・ザ・チルドレンの同僚たちは、タインホア省クアンスオン県内の4つの地域を調査し、「きわめて貧しい状態」にありながらも子どもの健康状態が良好な世帯の例を探し出した。そして、該当した6世帯を「ポジティブ・デビアント(ポジティブな逸脱者)」と呼び、食事の下ごしらえ、調理、提供方法を観察したところ、彼らの中では共通しているが他の世帯には見られない、いくつかの食習慣が見つかった。栄養状態が良好な子どもたちの親は、田んぼからとってきた小エビやカニやカタツムリを、サツマイモの葉っぱと一緒に食事に加えていた。これらの食材は簡単に手に入るものだが、子どもには安全でないと信じられていたため、一般的にはあまり食べられていなかった。ポジティブ・デビアントたちはほかにも、比較的少量の食事を1日何回かに分けて子どもに与えていた。これにより、胃袋の小さい子どもでも1日に食べて消化できる量を増やすことができていたのだ。

スターニン夫妻らはポジティブ・デビアントたちと協力し、子どもが栄養失調になっている世帯に向けて料理教室を実施した。実施初年の終わりには、プログラムに参加した1,000人の子どものうち80%に、十分な栄養状態の改善が見られた。さらに、この取り組みはその後、ベトナム国内の14の村においても実施された4

スターニン夫妻の活動は、ポジティブ・デビアンスやデザイン思考が現地の問題の解決策を見出すために、いかに現地ならではの知識を重視しているかを示す好例だ。デザイン思考家は、その場の状況でできる措置を探し、即興的に解決策を生み出す(たとえば、エビ、カニ、カタツムリを食事に取り入れること)。そのうえで、自らが生み出す製品やサービスにそれらの解決策を取り入れる方法を模索する。デザイン思考家はまた、通常とは異なる生き方、考え方、消費の仕方をする「極端」な人々が存在する場所である、私たちが呼ぶところの「エッジ(境界部・辺縁地)」を参考にする。この点について、ポジティブ・デビアンス・イニシアチブのディレクターを務めていたモニーク・スターニンが次のように述べている。

「ポジティブ・デビアンスやデザイン思考は、人間中心のアプローチです。このアプローチを通して生み出された解決策は、独特の文化的な文脈において意味を持つものであり、それ以外の状況でも効果を発揮するとは限りません」

デザイン思考を採用していれば効果が高まっただろうと思われるプログラムとして、アフリカにおける防虫蚊帳の配布の事例が挙げられる。防虫蚊帳は設計が優れているので、利用者のマラリア発症率を下げるのに有効だ5。世界保健機関(WHO)も高く評価しており、防虫蚊帳の導入によって、5歳未満の子どものマラリアによる死亡件数が、エチオピアでは51%減、ガーナでは34%減、ルワンダでは66%減と、大幅に改善したと報告している6。一方、防虫蚊帳の流通の仕方に関しては、思わぬ結果が見られた。

たとえばガーナ北部では、妊婦や5歳未満の子どもを持つ母親には無料で防虫蚊帳が配布されている。該当する女性は、地元の公立病院に行けば簡単に無料の防虫蚊帳を手に入れることができる。しかし、対象外の人々にとっては入手が難しくなっている。本稿の筆者が、最近マラリアを発症したアルバートという教養あるガーナ人男性に話を聞いたところ、就寝時に防虫蚊帳を使用しているかという質問に対し、彼は「ノー」と答えた。彼が住むタマレの街ではその蚊帳を購入できる場所がないというのだ。多くの人は無料で手に入れられるため、商店の経営者としては防虫蚊帳を店頭に出しても利益にならないのである。一方、病院でも、無料配布とは別に防虫蚊帳を販売する仕組みが整っていない。

アルバートの体験談からもわかるように、プログラムをデザインするにあたっては形態や機能だけでなく、流通チャネルも考慮に入れることが重要だ。たしかに、防虫蚊帳の無料配布はそもそもアルバートのような人を想定しておらず、彼は単純にプログラムの範疇を外れているという主張もできる。しかし、それでは大きな機会を逃すことになるだろう。システム全体を考慮しなければ、防虫蚊帳を広く普及させることはできず、マラリアの撲滅は不可能になってしまうのだ。

デザイン思考の起源

IDEO(アイディオ)は、1982年にアップルコンピュータ(現:アップル)の初期のマウスを生み出したデビッド・ケリー・デザインと、同じく1982年に世界初のラップトップパソコンをデザインしたID Twoという2社の合併によって1991年に誕生した。当初のIDEOはビジネス顧客を相手に従来型のデザイン業務に注力し、パーソナルデジタルアシスタントのPalm V、オーラルBの歯ブラシ、スチールケースのデスクチェアなどの製品をデザインした。要するに、ライフスタイル雑誌に掲載されたり、現代芸術の美術館で展示されたりするようなアイテムである。

しかし2001年頃には、IDEOは伝統的なデザインの観念からはかけ離れているような問題解決の依頼を受けることが多くなっていた。たとえば、ある医療財団からは組織再編の支援を、創業100年のある製造会社からは顧客理解の促進を、ある大学からは従来の教室学習に代わる学習環境の構築を依頼された。この種の案件により、IDEOの業務内容は消費者向けの製品のデザインから顧客体験のデザインへと移行していった。

従来型のものからこの新種のデザイン業務を区別するために、私たちはこれを「小文字の d のデザイン」と呼び始めた。だが、これは完全に満足のいく呼称ではなかった。そんな中、スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所(通称「d.school」)の設立者でもあるデビッド・ケリーは、デザインについて尋ねられた際にはいつも、デザイナーの仕事を説明するために「思考」という言葉を添えている点に気づいた。やがて、「デザイン思考」という言葉が定着した7

デザイン思考は、誰もが持っているが、従来型の問題解決手法では見過ごされてきた能力を活かしたアプローチだ。人間中心のアプローチに基づく製品やサービスの開発に注力するだけではなく、そのプロセス自体もきわめて人間的である。デザイン思考には、直感力、パターンを認識する力、機能的に優れているだけでなく利用者の感情にも配慮したアイデアを構築する力、言葉や記号以外の媒体で自身の考えや感覚を表現する力が不可欠である。感情や直感やインスピレーションのみに頼って組織を運営したいと思う人はいないが、合理性や分析的な観点に頼りすぎるのも同じぐらいのリスクになり得る。デザイン思考は、デザインプロセスの核心部分でこの両者を統合するアプローチであり、第3の道を提供するものだ。

デザイン思考のプロセスは、一連の秩序だったステップというよりも、複数の空間が重なり合ったシステムと考えるのが最も適切だろう。考慮するべき空間としては、「着想(インスピレーション)」「発案(アイディエーション)」「実現(インプレメンテーション)」の3つがある。着想とは、解決策を模索するきっかけとなる問題や機会のことだ。発案とは、アイデアの発案、発展、検証のプロセスである。実現とは、アイデアをプロジェクトの段階から人々の実生活へとつなげるまでの道筋だ。

これらの要素を「ステップ」ではなく「空間」と呼ぶのは、必ずしも一定の順序に従って実行するものではないからだ。チームがアイデアを洗練させたり新しい方向性を模索したりする中で、プロジェクトでは着想、発案、実現を複数回にわたって繰り返す可能性がある。初めて取り組む人がデザイン思考に対して混沌とした印象を抱いても、不思議ではない。しかしプロジェクトを最後まで見届けた際には、多くの組織で一般的に用いられている直線的でマイルストーンに基づいたプロセスとは異なるものの、デザイン思考の混沌としたプロセスには意味があり、成果につながると実感するようになる。

着想[インスピレーション]

デザイナーは前述の3つの空間を直線的に進んでいくとは限らないものの、一般的にデザインプロセスは着想(インスピレーション)の空間、つまり解決策を模索するきっかけとなる問題や機会から始まる。着想の典型的な出発点は「概要書」である。概要書とは、プロジェクトチームの思考の範囲を絞る一連の要素であり、どこから始めるかを示すためのフレームワーク、進捗を測るためのベンチマーク、そして「魅力的な価格」「利用可能な技術」「市場セグメント」といった達成目標を設定するものだ。

しかし、仮説とアルゴリズムが異なるのと同じように、概要書は問題解決の手順書でもなければ、問題が投げかけられる前に答えを見つけようとする試みでもない。むしろ、よくつくり込まれた概要書は、偶然の発見、予測不可能な展開、運命の気まぐれといった、ブレークスルーをもたらすアイデアが生まれる創造的な空間を確保しているものだ。概要書が抽象的すぎると、プロジェクトチームを迷わせてしまう危険がある。一方で、あまりにも厳格に条件が定まっていれば、プロジェクトの成果はほぼ確実に段階的な改善の域にとどまり、平凡なものになるだろう。

概要書を策定したあとに、デザインチームは人々のニーズの発掘に乗り出す。その際、フォーカスグループやサーベイなどの従来の調査手法では、重要な洞察は滅多に得られない。これらの手法はほとんどの場合、「あなたが求めているものは何か」と尋ねるにとどまる。こうした従来型の調査は、段階的な改善を目指すためには役に立つかもしれないが、「今までどうして誰も思いつかなかったのだろうか」とうならせるようなブレークスルーをもたらすことはあまりない。

この点を理解していたヘンリー・フォードは、「顧客に何が欲しいかと尋ねたとしても、『もっと足の速い馬が欲しい』という答えしか返ってこなかっただろう」という言葉を残している8。自分の本当のニーズが何であるかを語れない人は多いが、彼らの実際の行動を観察することで、どのような満たされていないニーズが存在するかの貴重なヒントを得ることは可能だ。

したがって、デザイナーにとってのよりよい出発点は、実際に現場に繰り出し、小規模な農家、学校に通う子ども、地域のヘルスワーカーなどが日常生活にどんな工夫をしているか、という実生活の様子を観察することだ。その際、通訳や異文化ガイドとなる地元の協力者と協働することも重要である。彼らは、地域へのつなぎ役となり、さらにはデザイナーが迅速に住民から信頼を得て理解を深める手助けにもなる。こうしてデザイン思考家は、「ホームステイ」をしたり地域住民の職場や自宅への密着調査をしたりしながら、デザインの受益者となる人々の生活に溶け込んでいく。

この論文を執筆した年の初頭、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーにあるエミリー・カー美術大学の学生であるカラ・ペックノルドは、ルワンダのある女性協同組合でインターンシップに参加した。彼女の任務は、ルワンダの農村部の織物職人を世界の人々とつなぐウェブサイトを制作することだった。しかし、プロジェクトを開始して早々ペックノルドは、織物職人たちがコンピュータやインターネットにアクセスする手段をほとんど、あるいはまったく持っていないことに気づいた。そこで、ウェブサイトを使ってもらう代わりに、彼女は概要書をより広い視点から見直し、人々が暮らしを改善できるように支援するために、地域にどのようなサービスを提供できるかという問題を提起した。自身が学んできたことやIDEOの人間中心デザインツールキットを参考に、ペックノルドはデザイン思考のさまざまな手法を駆使し、女性織物職人たちの将来への望みを探っていった(下の「デザイン思考ツールキット」を参照)。

ペックノルドは現地の言葉を話せなかったので、女性たちに依頼して、自分たちの生活や将来への望みを表すものをカメラで記録してもらったり、その地域における成功とはどのようなものかを絵で表現してもらったりした。こうした活動を通して女性たちは、外部の人間に想像させるのではなく、自分たちにとって大切で価値あるものを主体的に見出すことができた。ペックノルドはまた、プロジェクト期間中、1日の手当てとして妥当な額(500ルワンダ・フラン、およそ1ドルほど)を参加者に提供し、1人ひとりがそのお金をどのように使うかを観察した。

この取り組みもまた、彼女が人々の生活や望みへの洞察を深めることにつながった。一方女性たちは、1日たった500ルワンダ・フランでも、生活が変わるような重大な金額になり得ると気づいた。こうした可視化のプロセスは、ペックノルドや女性たちが地域開発の企画に優先順位をつけるのに役立った9

発案[アイディエーション]

デザイン思考プロセスの第2の空間は発案(アイディエーション)である。プロジェクトチームは現場での観察調査やデザインリサーチを行った後、そこで見聞きしたものから解決策や変化への機会につながる洞察を抽出していく「綜合」のプロセスに入る。このアプローチでは、調査で発見した複数の要素を掛け合わせながら、アイデアの選択肢や、人間のふるまいに関するさまざまな洞察を生み出していく。そうして生まれたものは、新製品の提供に関する新しいビジョンや、インタラクティブな体験を生み出すさまざまな手法につながるかもしれない。拮抗するアイデア同士を比較検討することで、最終的に生み出されるアイデアがより大胆で説得力のあるものになる見込みが高くなる。

2度にわたってノーベル賞を受賞した科学者のライナス・ポーリングが述べたように、「良いアイデアを生み出すためには、まずたくさんのアイデアを持っている必要がある」のだ10。真に革新的なアイデアとは、現状に挑み、他との違いが際立つ、創造的破壊の性質を持った発想である。このようなアイデアは、多くの人が自分が抱えていると認識していなかった問題に対し、まったく新しい解決策を提供する。

もちろん、選択肢が増えれば複雑さが増し、特にプロジェクトの予算やスケジュールを管理する者にとっては、仕事が大変になり得る。ほとんどの組織は通常、理解しやすく段階的に進んでいくものを好んで、選択の幅を狭めようとする傾向がある。短期的にはこうしたアプローチの方が効率的かもしれないが、長期的には組織を保守的にし、柔軟性を低下させる結果につながりやすい。その意味で、発散的な思考はイノベーションへの道であり、障壁ではないのだ。

発散的な思考を活用するためには、プロセスに多様な人々を関与させることが重要である。心理学を学んだ建築家、MBAを保有する芸術家、マーケティングの経験がある技術者など、複数分野のバックグラウンドを持つ人は発散的な思考に長けていることが多い。こうした人々は分野を超えて協力する際に求められる能力や性質を備えている。

異分野連携の環境で活動するためには、2つの次元において強みを持っている必要がある。このような人材のことを「T字型」人材と呼ぶ。まず、T字の縦の次元においては、チームの全メンバーが、プロジェクトの成果に具体的な貢献ができるだけの優れた技能を持っている必要がある。T字の上部にある横の次元は、その人をデザイン思考家たらしめる要素だ。それは、他者や他の専門分野に対する共感に関するものである。その特徴は、オープンな姿勢、好奇心、楽観性、実行を通じて学ぶ傾向、実験を好む性質などで表されることが多い(これらはIDEOの新入社員に求める特性と同じだ)。

一般的に異分野連携のチームは結成後、構造化されたブレインストーミングのプロセスへと入る。刺激的な問いを1つひとつ検討し、奇抜なものからわかりやすいものまで何百ものアイデアを出していく。それぞれのアイデアは、ポストイットに書き留めるなどし、チーム内で共有される。また、コンセプトを視覚的に表現することは、たいてい他のメンバーが複雑なアイデアを理解する助けになるため、奨励されている。

ブレインストーミングにおけるルールの1つは、「判断は後回しにする」である。トム・ケリーが著書『イノベーションの達人!』で解説しているように、多くの場合に妨害的で何も生み出すことがない「悪魔の代弁者」*1になろうとするメンバーをうまく抑えることが重要である11。ブレインストーミングの参加者は、アイデアを批判する代わりに、できるだけ多くのアイデアを出すことを奨励される。多くのアイデアを出すことで、チームはアイデアを分類・仕分けするプロセスに移行できる。そこで、よいアイデアは自然と浮上し、悪いアイデアは早いうちに脱落していく。

イノセンティブ(InnoCentive)*2は、デザイン思考がいかに何百ものアイデアを生み出すことができるかを示す好例だ。同社が取り組んだのはウェブサイトの開発で、そこでは会員である非営利団体や企業が登録した課題への解決策を、一般の人々が投稿できるようになっている。科学者、技術者、デザイナーをはじめ、世界中で17万5,000人以上もの人々が解決策を投稿している。

ロックフェラー財団はイノセンティブを通して10個のソーシャルイノベーションへの挑戦を支援しており、課題を投稿した非営利団体に効果的な解決策を届けることに成功した事例は全体の80%だと報告している12。こうしたオープン・イノベーション*3のアプローチは、多くの新しいアイデアを生み出すのに効果的である。そのアイデアを取捨選択し、実地テストを行い、短いサイクルの改良を繰り返し、市場に出す責任は、最終的にはプロジェクトの実行者にある。

イノセンティブは、「結核治療薬開発のための世界同盟」(TBアライアンス)との提携において、既存の結核治療法を簡素化するための理論的な解決策を探していた。イノセンティブのCEOであるドゥウェイン・スプラドリンは次のように説明している。「この模索プロセスは、デザイン思考がソーシャルイノベーションに役立つことを示す典型例です。抗結核薬の開発プロジェクトでは、採用された解決策の投稿者の職業は科学者でしたが、課題に投稿しようと思ったきっかけは、彼が14歳のときに、家族を1人で養っていた母親が結核を発症した体験です。母親は仕事を辞めなければならなくなり、代わりに彼が仕事と学校を掛け持ちして家族を養うことになりました」。スプラドリンによれば、このような、提案者のモチベーションとなる課題との深いつながりは、イノセンティブ内のプロジェクトにしばしば恩恵をもたらしているという13

実現[インプレメンテーション]

デザイン思考プロセスの第3の空間は実現(インプレメンテーション)であり、ここでは、発案を通して浮かび上がった最高のアイデアを、十分に練り上げた具体的な行動計画へと変換する。実現の中核にあるのはプロトタイピングだ。これは、アイデアを実際の製品やサービスに変換したうえで、それをテストし、改良し、洗練させていくプロセスである。

プロトタイピングを行うことでデザイン思考プロセスが目指すのは、長期的な成功をより確実にするために、アイデアの実行段階で発生する予期せぬ問題や意図せざる結果を明らかにすることだ。プロトタイピングは、特に製品やサービスの提供先が開発途上国である場合に重要性を持つ。開発途上国においては、インフラ、小売販売網、コミュニケーションのネットワーク、識字率など、システムの機能に欠かせない要素が不足していることから、新製品や新サービスのデザインが難しくなることが多いからである。

プロトタイピングを行えば、たとえばデバイスの部品、画面上のグラフィック、または献血者と赤十字ボランティアのやりとりの詳細などに関する経済的実現性が検証できる。この時点でのプロトタイプは生産するコストが高く、複雑でありながらも、最終的な製品・サービスとほとんど変わらないかもしれない。プロジェクトが完了に近づき、実際の運用へと向かうにつれ、プロトタイプの完成度も高まっていくだろう。

プロトタイピングのプロセスが完了し、最終的な製品・サービスが完成したところで、デザインチームはコミュニケーション戦略の策定支援に入る。ストーリーテリング、特にマルチメディアを活用したものは、組織内外の多様な利害関係者たちに解決策を伝えることに役立ち、とりわけ言語や文化の壁を越えたコミュニケーションに有効である。

インドにおいて低価格の眼科サービスを提供するビジョンスプリング(VisionSpring)は、実現におけるプロトタイピングの重要性を示す好例だ。かつて大人向けに老眼鏡の販売を行っていたビジョンスプリングは、子どもに向けた包括的な眼科サービスの提供に乗り出したいと考えた。ビジョンスプリングが取り組んだのは、自助団体を通して行われている「アイキャンプ」と呼ばれる無料の眼科検診のマーケティングから、アイケア(目の手入れ)の重要性を伝える教師向けのトレーニングや、地域のアイケアセンターへの子どもの送迎に至るまで、眼鏡そのもののデザイン以外のあらゆるものをデザインすることである。

ビジョンスプリングと協力し、IDEOのデザイナーは8歳から12歳の15人の子どもを対象に目の検査をプロトタイプした。デザイナーたちはまず、ある少女に対して従来の手法で視力検査を行おうとした。しかし、この実験のプレッシャーが大きく、失敗するリスクを感じたため、少女はすぐに泣き出してしまった。ストレスを和らげようとしたデザイナーたちは、次の子どもに対しては担任教師に検査を行ってもらった。しかし、ここでも子どもは泣き出してしまった。そこでデザイナーは、今度はその少女に先生の視力検査をしてもらった。すると、クラスメートが羨ましそうに見守る中、少女は真剣に検査作業に取り組んだ。最終的にデザイナーたちは、子どもたちに互いを検査し合ってもらい、そのプロセスについての感想を語ってもらった。子どもたちはお医者さん役を楽しみ、また検査プロセスを守りながら取り組むようになった。

こうしたプロトタイピング、ならびにプロジェクトの試験的運用や拡大に向けた実行計画の策定を経て、IDEOはビジョンスプリングの顧客である医療従事者、教師、子どもに適したアイケアシステムをデザインすることができた。2009年9月までに、ビジョンスプリングはインドにて、10回にわたる子ども向けのアイケアキャンプの開催、3,000人の子どもに対する目の検査の実施、202人の子どもに対する地域内の眼科への送迎、69人の子どもに対する眼鏡の提供を行った。

ビジョンスプリングで営業・業務執行担当バイスプレジデントを務めるピーター・エリアセンは次のように説明している。「子どもへの目の検査や眼鏡の提供には、この課題特有のさまざまな問題があります。そこで私たちは、最適なマーケティング・流通戦略を策定するために適した枠組みを与えてくれる、デザイン思考に着目しました」。エリアセンはまた、プロトタイピングを行ったことにより、検査の際に子どもたちを安心させるアプローチの開発に焦点を当てることができたと説明している。「デザイン思考を活用できる組織となった今、新たな市場にアプローチする際には、最も重要な顧客であるアイケア事業の起業家(または営業担当者)と最終消費者からのフィードバックや経済的実現性を評価するために、プロトタイプを使い続けています」14

システムレベルの問題には、システムレベルの解決策が必要だ

多くの社会的企業は、すでにデザイン思考のいくつかの側面を本能的に取り入れているものの、従来の問題解決アプローチを超える方法として本格的に導入する組織はほとんどない。もちろん、デザイン思考を組織として採用するにはさまざまな障壁がある。もしかすると、組織全体にデザイン思考のアプローチが受け入れられるまでには至っていないかもしれない。あるいは、人間中心のアプローチの採用に抵抗し、ユーザー、技術、組織といった観点のバランスをとることができていないのかもしれない。

デザイン思考の導入に対する最大の障壁の1つは、シンプルに失敗への不安である。「実験や失敗は、早い段階で発生し、学習の機会となる限り何も問題にならない」という考え方は、組織にとって受け入れることが難しい場合がある。しかし、デザイン思考に基づく活気ある文化を持つ組織は、素早く、安価で、粗削りなプロトタイピングを創造的なプロセスの一部だとみなして奨励し、完成されたアイデアの実証のためだけにプロトタイピングを行うことはないだろう。

アキュメン(Acumen)で知識創造・コミュニケーション戦略の担当ディレクターを務めるヤスミナ・ザイドマンは、次のように述べている。

「私たちが投資している対象は、経済的なピラミッドの底辺にいる貧困層の生活改善に寄与する事業で、そこでは継続的な創造や問題解決が求められます。そのような事業において、デザイン思考は真の成功要因になります」

デザイン思考は何百ものアイデアの創出につながり、最終的には、組織やそのサービスが提供される人々にとってより有益な成果を生み出し、現実世界の解決策をもたらすのだ。

【翻訳】森本伶
【原題】Design Thinking for Social Innovation(Stanford Social Innovation Review, 2010年冬号)

ジョセリン・ワイアット  Jocelyn Wyatt

IDEOのソーシャルイノベーション・グループ責任者。さまざまな企業、財団、NGOと協働し、世界各地でデザイン思考能力の開発や、地域の顧客ニーズを満たす革新的な製品・サービスのデザインに取り組んでいる。

(訳注)
* 「もっと足の速い馬が欲しい」という答え:まだ自動車がなかった時代の人々は、馬車というそれまでの延長線上のアイデアしか思いつかない。顧客が必ずしも自身の本当のニーズを把握しているとは限らないことのたとえ
*1 悪魔の代弁者:あえて批判的な主張をする役割を担う人
*2 イノセンティブ:ロンドンを拠点にする、イノベーション支援サービスを展開するグローバル企業ワゾク(Wazoku)の1ブランド。2001年に米製薬大手イーライリリー・アンド・カンパニーの出資を受けて創業し、2020年にワゾクに買収された
*3 オープン・イノベーション:従来の、企業内部のR&D部門による研究開発を通じた閉じたイノベーション(クローズド・イノベーション)から脱却して、社外に自社技術や知見を共有し、また社外の技術や人材と連携しながら、新しい価値を創造するイノベーションを起こそうとするモデル

(原注)
1 “In Memoriam: Jerry Sternin,” Positive Deviance Initiative.
2 “Nutrition in Viet Nam,” Positive Deviance Initiative.
3 “What Is Positive Deviance?” Positive Deviance Initiative.
4 “The Viet Nam Story: Narrated by Jerry Sternin,” Positive Deviance Initiative.
5 Kevin Starr, “Go Big or Go Home,” Stanford Social Innovation Review, Fall 2008.
6 J.R. Minkel, “Net Benefits: Bed Netting, Drugs Stem Malaria Deaths: Proactive African Countries See Fewer Children Felled by the Mosquito-Borne Disease,” Scientific American, February 4, 2008.
7 Tim Brown, Change by Design: How Design Thinking Transforms Organizations and Inspires Innovation, New York: HarperBusiness, 2009.
〔ティム・ブラウン『デザイン思考が世界を変える〔アップデート版〕―イノベーションを導く新しい考え方』千葉敏生訳,早川書房,2019年〕
8 Tim Brown, Change by Design.〔ティム・ブラウン『デザイン思考が世界を変える〔アップデート版〕』〕
9 2009年9月23日に行われた,ジョセリン・ワイアットとカラ・ペックノルドの電子
メールでのやり取りによる.
10 Linus Pauling, Linus Pauling: Selected Scientific Papers, Volume II—Biomolecular Sciences, London: World Scientific Publishing, 2001.
11 Tom Kelley and Jonathan Littman, The Ten Faces of Innovation: IDEO’s Strategies for Beating the Devil’s Advocate and Driving Creativity Throughout Your Organization, New York: Random House, 2005.
〔トム・ケリー,ジョナサン・リットマン『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』鈴木主税訳,早川書房,2006年〕
12 “Accelerating Innovation for Development: The Rockefeller Foundation and InnoCentive Renew Partnership Linking Nonprofit Organizations to World-Class Scientific Thinkers,” Rockefeller Foundation, June 23, 2009.
13 2009年9月18日に行なわれた,ジョセリン・ワイアットとドゥウェイン・スプラドリンの電子メールでのやり取りによる.
14 2009年8月10日に行われた,ジョセリン・ワイアットとピーター・エリアセンの電子メールでのやり取りによる.

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