コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装
Vol.04
協生農法(Synecoculture)による生物多様性と持続可能な食料生産の両立※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 03 科学技術とインクルージョン』より転載したものです。舩橋真俊 Masatoshi Funabashi生物種の絶滅はかつてないスピードで進み、生態系の崩壊は、深刻な砂漠化や気候変動をもたらしている。最大の要因は農業をはじめとする食料生産である。人類は森林を伐採し田畑を拓き、耕されて表土機能が失われた状態で農薬や肥料を大量に投下し生態系機能を破壊してきた。持続可能性を実現するには、これまで取り組んできた食料生産システムを抜本的に改革する必要がある。本稿で紹介する協生農法®(SynecocultureTM)は、無耕起・無農薬・無施肥を原則とし、多種類の有用植物を混生・密生させることによって人為的に強い生態系をつくり出すというものだ。「拡張生態系」という概念に基づくこの取り組みは、1万年以上にわたって人類が取り組んできた農業の常識を一変させる可能性がある。既に自然環境の荒廃が深刻なアフリカ・サヘル地域の農場では、砂漠緑化・収穫物の質や生産性の向上に成果を上げており、その他の都市部や商用プランテーションにおける拡張生態系の実装プロジェクトも始まっている。本稿では協生農法の具体的なアプローチと実績を紹介するとともに、持続可能な食料生産と生物多様性の増進を両立させるためにテクノロジーと市民科学が果たす役割についても考察する。1万年間の農業がもたらした環境破壊世界の人口が90億人に達するであろう2045年までに地球生態系の全体は非可逆的に崩壊する。多くの科学者がそのように警鐘を鳴らしている1。一度そうなれば、人間の努力で戻すことは極めて困難だ。人類の活動が自然環境に与える負荷を示すバロメーターであるエコロジカル・フットプリントは増大の一途を辿っており、現在は年間に地球1.75個分の資源を消費している。この超過状態は、いわば未来からの収奪である。生態系循環の破壊を引き起こす最大の要因は農業をはじめとする食料生産である。1万年以上にわたる農業の歴史は、生物多様性と生産性のトレードオフの歴史でもある。森林を伐採し、開拓した農地で、農薬や化学肥料を投入して行われる単作農業は、生物多様性の減少と生態系の崩壊に直結する。今やわずか30種類の植物が世界中で流通する食料の90%を占めている。大規模な単作農業が高い環境負荷をもたらしていることはよく知られるが、世界の農地数の9割以上を占める小規模農家のほうが関わる人口は大きく、生物多様性の喪失、砂漠化の主要因となっている。今後、気候変動による影響を最も大きく受けるのは、亜熱帯・熱帯の途上国を中心とする小規模農家だ。世界の食料生産による環境破壊を解決するには、こうした小規模農家に実践可能でなおかつ効果が実証されている農業を速やかに普及させる必要がある。流通や運営の形態も、これまでの企業ベースが最適とは限らず、市民セクターや環境を通じて関連するステークホルダーが広く連携し、変化に応じて柔軟な意思決定と適応・多様化を行っていく必要がある。そうすることで、 環境負荷の発生源でもありその最大の犠牲者でもあった食料生産者を、生物多様性および生態系回復の実践者にして受益者に変えることができる。環境危機はテクノロジーの革新によって乗り越えられるという意見もある。しかし現代文明の延長においてエコロジカル・フットプリントを地球1個分に収めるためには、すべての産業分野でムーンショット(非常に高いインパクトをもたらし得るが極めて実現困難な目標)を実現するレベルでのイノベーションが必要となり、とても現実的とは言えない。さらに、それらは技術的・物質的な解決策に終始しており、生命が寄り集まって構成する生態系そのものを底上げする取り組みとはかけ離れている。
このWebサイトでは利便性の向上のためにCookieを利用します。サイトの閲覧を続行される場合、Cookieの使用にご同意いただいたものとします。お客様のブラウザの設定によりCookieの機能を無効にすることもできます。詳しくは、プライバシーポリシーをご覧ください。