このWebサイトでは利便性の向上のためにCookieを利用します。
サイトの閲覧を続行される場合、Cookieの使用にご同意いただいたものとします。
お客様のブラウザの設定によりCookieの機能を無効にすることもできます。詳しくは、プライバシーポリシーをご覧ください。

日本に暮らす移民女性が経験する不平等の複合的蓄積とその乗り越え

日本に暮らす移民女性が経験する不平等の複合的蓄積とその乗り越え

髙谷幸

「隠れ移民大国」、日本

コロナ前の2015年、日本が一年間に受け入れた移民の数は、OECD加盟35カ国中、4番目に多かった。また2023年6月、日本政府は数年前から開始した特定技能制度の拡大を決めた。この制度下で働く移民労働者が家族帯同できる可能性が広がったことで、今後、日本に暮らす移民の数はより増加すると予想される。一方で、日本政府はいまも「移民政策はとらない」という主張を崩しておらず、日本が移民を受け入れていると認めることを拒否している。こうしたことから、日本は「隠れ移民大国」と呼ばれることもある。

実際には、これまでも移民は日本で暮らしてきた。2022年末の統計では、在日外国人約307.5万のうち永住者・特別永住者の資格をもつ者は115.3万人(約37.5%)を占める。また18歳以下の外国籍の子どもも32万人を超えており、少なくない移民が家族で暮らしていると推定される。さらに日本に帰化した人や移民ルーツの日本人もいる。このように、日本社会の構成員が多様化しているにもかかわらず、「移民政策はとらない」ことに固執してきた政府の立場は、彼らの存在を不可視化し、結果として彼らが日本社会に編入する際の困難を放置することにつながってきた。つまり政府による「移民政策はとらない」という主張は、実質的に受け入れた移民に対する統合政策の不在を含意してきたのである。

本稿では、こうした統合政策の不在を背景に、移民は、長期にわたる複合的な不平等を経験してきたことを論じたい。一方で、その不平等を乗り越えるための移民たちの実践についても見てみよう。

日本に暮らすフィリピン人シングルマザー

西本マルドニア(ドナ)はフィリピン出身で、1982年、26歳のときに来日し、その後40年以上日本で暮らしてきた。レストランで働くことができるといわれて来日したが、実際にはパブだった。日本人男性と結婚し仕事を辞めたが、男性からDVを受けて彼のもとを逃げ出した。その後、別の日本人男性と結婚し、1990年に男の子が生まれた。ドナはフィリピンに残してきた子どもを呼び寄せたが、ほどなくして、パートナーから再び暴力を受けるようになった。まだ日本にはドメスティック・バイオレンス防止法もなく、それどころか「DV」という言葉もまだ十分に知られていない時代だった。ドナはパートナーの元から逃げ出し、カトリック系の支援団体にたどり着いた。そのスタッフの支援を得て離婚が成立したのが、1998年である。

ここからドナと子どもたちだけの生活が始まった。子どもがまだ小さかったため、支援団体のスタッフはドナに生活保護の受給を提案したが、彼女自身、最初は気乗りがしなかったという。自分で働いてアパートを借りたかったし、子どもの父親が養育費を払ってくれることを期待していた。くわえて生活保護を受けるとフィリピンに仕送りをすることが難しいという事情もあった。しかし、養育費は払われず、アパートを借りる際にも外国人という理由で断られたこともあった。仕事を掛け持ちして、朝から夜通し働き生計を立てようとしたが、子育てにくわえて二つの仕事をすることには無理があり、体を壊してしまう。結局、その後20年ほど生活保護を受給しつつ働きながら子どもを育てた。子どもの独立とともに生活保護を脱けたが、コロナを機に仕事を辞めて今に至る。

在日フィリピン人女性の軌跡

ドナの日本への移動、その後の生活の軌跡は、在日フィリピン人シングルマザーの多くに共通するものだ。現在日本で暮らすフィリピン人約30万人、そのうち女性は約20万人と約69%を占める(出入国在留館庁「在留外国人統計」2022年)。この女性割合の多さは、フィリピンから日本へは1980年代後半から2000年代前半にかけて、「興行」という在留資格による女性の移動が多かったことの帰結である。この資格は、6カ月の契約でエンターテイナーとして活動するためのものとされていたが、現実にはスナックやバーで働くことがほとんどだった。いわば、性産業における短期就労プログラムとして「興行」の在留資格は用いられたのである。

彼女たちが働くスナックやバーの主な客である日本人男性との出会いと結婚を通じて、日本に定住するフィリピン女性が増加していった。1992年から2021年までの20年間で日本人男性・フィリピン人女性の結婚は17万件を超えている(厚生労働省「人口動態統計」)。特に2000年代半ばには年間1万件を超える結婚があった。

一方で、離婚も増加し、同じ20年間で日本人男性とフィリピン人女性の離婚は8万8千件弱となっている。その背景の一つとしてDVがあげられる。日本人男性による移民女性へのDVには、ジェンダー差別と彼女の出身文化やエスニシティにたいする蔑視、さらに移民女性の法的地位が男性との結婚によることを利用した暴力が絡み合っていることが珍しくない。たとえば、子どもにフィリピンの言葉で話すことを禁じたり、あるいは、在留資格の更新や永住申請に協力をしなかったりする。後者の例は、法制度が、日本人男性と移民女性の間の権力関係をより不平等化する方向に機能していることを端的に示している。くわえて移民女性は、日本の法律や制度についての知識が限られがちであり、また出身国にいる家族を支える責任もあって、日本にいるために男性との関係を継続するしかないと考えるケースも少なくない。これは、移民女性にとって、男性との関係の外に安全な場所が用意されていないことの裏返しでもあるだろう。かなりひどい暴力を受けてから、支援団体につながる女性たちも珍しくなかった。

こうして、パートナーと離別して子どもと暮らすフィリピン人母子世帯が日本国内で増加するようになった。2020年の国勢調査によると、フィリピン人女性の配偶関係では離別が約8.2%を占める。また近年は、死別も増え、約3.0%を占めている(「国勢調査」2020年)。だが、離死別後の生活は苦しいことが多く、フィリピン人を世帯主とする生活保護世帯のうち母子世帯は2391世帯、46.3%を占める(厚生労働省「被保護者調査」2021年)。

統合政策の不在と不平等の複合的蓄積

日本ではひとり親世帯の相対的貧困率が44.5%にのぼることが示すように、移民かどうかにかかわらず、ひとり親世帯の生活は困窮しがちである。(厚生労働省「国民生活基礎調査」2022年)。同時に、シングルマザーの就業率は86.3%と、大半が働いている(厚生労働省「全国ひとり親世帯等調査」2021年)。つまり多くのシングルマザーは「ワーキングプア」状態に置かれることが少なくない。シングルマザーはケア責任と稼ぎ主責任を負っている一方、日本の雇用システムでは、正社員には職場への強いコミットメントが要求されるので、ケア責任を負う労働者が正社員として働くことは難しいという状況がその背景にある。このためシングルマザーは非正規雇用で働くことが多いが、日本では非正規雇用の場合、賃金がかなり安くなる。 

シングルマザーとなった移民女性も、この日本の雇用システムに投げ込まれる。くわえて移民の場合、言葉の問題や日本の職場で必要とされる人的資本(スキルや学歴・資格など個人が有する能力)が限られるという問題もある。彼らを対象とする公的な職業訓練もほとんどない。この結果、昇給の見込みのない現場仕事を長年続けることは珍しくない。前述のドナも日本語の読み書きが不自由ななか、就ける仕事は限定されていた。

さらに、生活保護の利用は、移民の法的地位の安定をも阻んできた。というのも出入国在留管理庁による永住許可の要件には独立生計要件が含まれているからだ。実際、ドナは生活保護を受給していたため、20年以上永住資格を得ることができなかった。いまも同様の経験をしている移民は珍しくなく、むしろ永住資格の取得は近年より厳格化されていると指摘する支援者もいる。そして生活保護の受給によって永住資格を得られない移民は、安定した仕事を見つけることがより難しくなる。つまりここに見られるのは、社会経済的な脆弱性が法的地位の安定を阻み、その法的地位の不安定さが今度は逆に、彼らがその脆弱性から脱け出ることをより困難にしているという悪循環である。

こうしたドナたちの日本での生活が映し出すのは、不平等の複合的蓄積とも呼べる経験だ。その背景の一つには、日本の移民政策が出入国管理政策に偏り、統合政策がほとんど欠如していることがある。移民がホスト社会に編入する際、彼らに対する差別だけでなく、ホスト社会にもともと存在する構造的不平等の影響を受ける。統合政策とは、このような差別や不平等という障壁を緩和するクッションのようなものといえる。しかしそうしたクッションの存在がない場合、移民の社会編入とは不平等な構造に丸裸で投げ込まれるようなものだ。それどころか現在の出入国管理政策は、そうした不平等を強化するようなかたちでさえ機能している。国際結婚において日本人パートナーに移民パートナーの法的地位を左右できる実質的権限を与えたり、生活保護を受給していると永住資格が認められなかったりするのはその典型だ。こうしてさまざまな領域における不平等が絡まり合いながら長期にわたって蓄積され、ドナのような移民女性たちを社会の周縁に留め置いてきた。

エンパワメントと制度変革

しかし同時に、彼女たちは、困難な状況を生き抜く方策を創り出してきた。2002年、ドナは、自分を支えてくれた支援者や他のフィリピン女性と一緒に、「カラカサン〜フィリピン女性のためのエンパワメントセンター」を立ち上げた。当時、日本人男性と結婚したフィリピン女性のDV相談が相次いでいた。カラカサンは、そうしたDVから逃れてきた女性たちが集い、自らの力を取り戻すための場である。「カラカサンKalakasan」は、タガログ語で「力」という意味だ。

カラカサンでは女性たちが定期的に集まり、自分達の経験を共有し、何ができるか話し合う。入管や役所の手続きが必要な場合は経験のあるスタッフが同行したり、専門家に相談したりもする。当初は子どもをもつ女性が多かったので、子どもと一緒に楽しめるレクリエーションプログラムも行っていた。今、子どもたちは成長し、彼女たちは、これからどのように老後を過ごすのか考え始めている。このように、カラカサンはいつも、自分や周囲のニーズに応えようと、お互いにケアし、必要であれば新しい営みを生み出してきた。

また、ドナをはじめカラカサンのメンバーは、制度変革のために声も上げてきた。2001年に日本でDV防止法ができた際、移民女性の保護は十分でなかった。そこで彼女たちは、DV被害者の支援団体や移民の権利NGOとも連携し、国会議員などの前で何度も経験を語り、移民女性の保護の必要性を訴えた。こうした結果、2004年の法改正の際に、国籍や在留資格にかかわらず被害者保護を行うことが確認され、移民女性のDV被害者保護が進むようになった。これは、日本において、移民当事者たちの運動が、他の運動との連携のもと制度変革に寄与した稀有な例の一つである。今、ドナは、仕事などを通じて知り合った他の国出身の移民たちにも自分たちの経験を伝えたいと考えている。

カラカサンに女性たちが集まるときは必ずドナの手料理を皆で囲む。お祈りをし、たわいのない会話を交わして、悲しみや喜びを皆で分かち合う。ときには口論もする。カラカサンは、日本社会の中で周縁化されつつも、この地でしかと生きてきた彼女たちが創り出した自分たちのホームなのだ。

構造的な不平等を断ち切るために必要なこと

本稿では、在日フィリピン人シングルマザーの軌跡に着目し、彼女たちが経験してきた困難を不平等の複合的蓄積として捉えた。そうしたなか、彼女たちは周囲の人びとや、他の運動とも連携しながら、自らが生き延びる方法を編み出してきた。ドナは孤立したフィリピン女性がいたら家を訪れて話をする。またフードバンクの協力を得て、月に2回は食料などを配布するプログラムも実施している。

とはいえ複合的な構造的不平等を克服するためには、草の根の取り組みだけでは不十分である。むしろ政府や自治体が積極的に関与して、移民を社会のメンバーとみなし、統合政策を打ち立てることが必要である。その際、必要なプログラムは多岐にわたるが、たとえば、永住資格の取得を緩和したり、国籍取得を裁量ではなく権利とし、また二重国籍を認めるなど法的地位の安定につながる施策は、移民をいつまでも「よそ者」に押しとどめず、社会の担い手として位置づける点で非常に重要である。また、日常生活においては、日本語教育や職業訓練の公的な保障が必要だろう。ヨーロッパ諸国では、移民の統合政策として言語教育を重視しているように、言語保障は、移民受け入れ国に不可欠なインフラとなっているともいえ、日本も見習うべき点が多い。あわせて当事者や支援団体は、子どもたちへの継承語・継承文化の保障も、親の来歴を知り、移民ルーツのアイデンティティを肯定的にとらえるために必要だと考えている。

今ある差別をなくすための政策や取り組みも欠かせない。たとえば、生活保護を権利として認め、必要とするすべての移民が受給できるようにすることや、外国籍者の公務就任権に対する制限など法に残る差別を撤廃すること、住居差別など日常生活における差別を包括的に禁止する法律の制定、マジョリティに対する教育などがそれに当たる。これらは、移民たちの権利や尊厳を保障するだけでなく、日本を公正な社会へと変革していく点からも重要である。

草の根の市民団体、政府や自治体の取り組みにくわえて、メディアや教育機関などの啓発機関、さらにはこの社会に暮らす一人ひとりも構造的な不平等をなくすための重要なアクターである。私たちが不平等や不正義に関心をもち、その実態を伝えてともに考え、さらには、それらを克服するアクションを起こすことが、不平等の蓄積を断ち切る重要な手がかりとなるだろう。

【画像】Ryoji Iwata on Unsplash

髙谷幸

東京大学大学院人文社会系研究科准教授。専攻は社会学、移民研究。著書に『追放と抵抗
のポリティクス』(ナカニシヤ出版)、編著書に『移民政策とは何か』(人文書院)、
『多文化共生の実験室』(青弓社)など。

  • 考えてみる、調べてみる、ためしてみる etc.
  • やってみる

  • いいね

  • 共有する

タグで絞り込み検索