このWebサイトでは利便性の向上のためにCookieを利用します。
サイトの閲覧を続行される場合、Cookieの使用にご同意いただいたものとします。
お客様のブラウザの設定によりCookieの機能を無効にすることもできます。詳しくは、プライバシーポリシーをご覧ください。

デザイン思考×アダプティブ・リーダーシップで困難な変革に挑む

デザイン思考×アダプティブ・リーダーシップで困難な変革に挑む

変革は楽しく、変革は難しい。この2つの真実の間には大きな溝があり、変革を志す人たちに課題を突き付ける。しかし、デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップという、大きな影響力を持つ2つの手法を統合することによって、創造力を解き放ち、本気で変革プロジェクトを進めていくことができる。

マヤ・バーンスタイン|マーティ・リンスキー

2009年北京オリンピックでフェンシング団体競技の銀メダリストとなったティム・モアハウスは、いつもやる気に満ちていたわけではなかった。子どもの頃は、やりたいことも達成したいことも特に見つからなかった。「でもフェンシングをやったら、大きな夢を持てたし、力も湧いてきたんです」と、モアハウスは言う。フェンシングで重んじられる規律や鍛錬、忍耐力、そして俯瞰する力は、人生の本質的な課題に向き合うときに力となってくれた。

現在、モアハウスは社会活動家であり起業家だ。フェンシングをエリートの世界から解き放ち、子どもでも大人でも、誰でも参加できるスポーツにすることを目指して活動している1。子どもたちは、剣士の戦いのシーンをいろいろなメディアで目にしている。それを活用して、フェンシングへの興味関心を広げたい。とりえわけ都市部の恵まれない子どもたちに興味を持ってもらいたいとモアハウスは考えている。子どもたちが大人になってから成功するための要素を、フェンシングを通じて学ぶことができると確信しているからだ。

この目標の実現に向けて動き出したとき、モアハウスは大きな壁に直面した。フェンシングに必要な用具の費用が高すぎるのだ。学校がフェンシングのプログラムを取り入れるにしても、スポーツジムが教えるにしても、個人が始めようと思ったとしてもコストがかかり過ぎる。それに、体育教師のなかに、フェンシングやそのチームの指導に必要な訓練を受けた人はほとんどいなかった。

モアハウスは、デザイン思考を専門とする企業のIDEOに依頼し、いくつかの条件を満たす用具の制作に協力してもらうことにした。条件とは、まずフェンシングというスポーツの本質を失わないこと、始めるときの敷居が高くなりすぎない程度に価格を下げること、また、フェンシングに慣れていない指導者が簡単に使えることだ。IDEOでのデザイン思考を使って、モアハウスの希望をおおむね満たす試作品ができあがった。たとえば、標準的なフェンシング用具には、選手から採点機までを結ぶコードがあり、その費用は一式数千ドルにもなる。IDEOは比較的安価なシステムを開発し、選手の剣と採点機を電子的に同期できるようにした。

しかし、フェンシング界の重鎮たちは、モアハウスをフェンシングの救世主として歓迎することはなかったばかりか、彼が開発した用具のイノベーションに見向きもしなかった。彼らはそうしたイノベーションを「真のフェンシング」からの逸脱であるとし、さらには、フェンシングを教えられるのは長年トレーニングを積んだ人間に限られると言った。彼らはモアハウスの取り組みを脅威に感じ、プロジェクトを阻止しにかかった。モアハウスは面食らった。彼は恵まれない子どもたちにフェンシングを教えられる手段を開発しつつあったのに、何が問題だというのだろう。

ちょうどこの頃、モアハウスはサンフランシスコからニューヨークに向かう飛行機で、本稿の著者の1人であるマーティ・リンスキーの隣に座った。この偶然の出会いをきっかけに、モアハウスとリンスキーの間で「アダプティブ・リーダーシップ(既存のやり方で解決できる「技術的問題」ではなく、解決するには人々の気持ちや考え方まで変える必要がある「適応課題」に挑むためのリーダーシップ。詳細は後述)についての対話が繰り返されるようになる。

モアハウスは自分の直面している問題をアダプティブ・リーダーシップの観点から見ることであることに気づいた。それは、彼のプロジェクトはフェンシングに深い思い入れのある人たちにとって、大切で居心地のよい環境を脅かすものに見えているということだった。フェンシング人口の拡大という目標について、多くの関係者は口では賛成しつつも、フェンシングが「限られた人たちのための特別なスポーツ」であることにこだわっていた。

モアハウスはアダプティブ・リーダーシップのツールを使って、フェンシング界の有力者や団体との関わり方を変えた。彼らが自分のやりたいことを妨げたり、頓挫させたりしかねないように。そして、フェンシング界の人たちが感じている脅威を共有し、彼らを刺激しないよう、活動のペースを調整するようになった。相手の話に耳を傾けて、可能な場合はいつでもその不安に対処し、行動を修正して、活動家の印象を薄め、フェンシングの普及を後押しする人物として映るよう努めた。

続いてモアハウスはIDEOに戻り、革新的で費用対効果の高い用具の開発を再開した。ゆっくりと、だが着実に、彼はフェンシング界の理解あるメンバーと協力し合い、子どもたちの間にフェンシングを広めるための変革を進めていった。また、自分のプロジェクトに好意的なパブリシティを獲得し、フェンシングに関する展示会を何度か開催して多くの観客を集めた。こうしたステップを通じて、自分がフェンシング界に直接的な利益をもたす力があることを示した。

モアハウスがプロジェクトを立ち上げてから、まだ3年も経っていないが、すでに大きな成果が上がっている。彼の取り組みによって、1万5000人以上の子どもたちがフェンシングを経験し、その大半が低所得地域の学校に通っている子どもたちだった。モアハウスらは、体育教師がフェンシングを教え指導できるよう、115人にトレーニングを提供した。いまでは、過去にフェンシングを教えたことがなかったアメリカの9つの州の50以上の学校が、フェンシングの指導を行っている。今年度は、ニューヨーク市だけで5000人以上の子どもたちが、新たな放課後プログラムや学校代表チームで、フェンシングに取り組む予定だ。

変革を導く2つの手法

デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップは、組織を動かすために使われる手法として定評がある。いずれもシステムレベルの変化を導く強力なアプローチだ。それぞれの手法には、それぞれが生まれ育った環境が反映されている。アメリカ西海岸生まれのデザイン思考は、楽観的で親しみやすく、革新的で起業家的だ。東海岸生まれのアダプティブ・リーダーシップは、実用的で堅苦しく、高度に体系化されており、エリート色が強い。

デザイン思考の起源は、社会科学者でノーベル経済学賞受賞者であるハーバート・サイモンに遡ることができる。彼はデザインを「思考方法」であるとした2。過去25年の間に、この手法は一般にd.スクールとして知られる、スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所と深く関わるようになった。航空からヘルスケアまで、幅広い分野の実務者が、d.スクールでデザイン思考を学んでいる。

一方のアダプティブ・リーダーシップは、ハーバード大学のケネディスクール(公共政策大学院)で生まれた。ケネディスクールには多様な分野のさまざまな立場の人たち、たとえば、現役の政治家、政策決定者、企業幹部やその候補者たちが集まり、変化に適応しながら人々を導くにはどうすべきかを学んでいる。

どちらの手法にも、それぞれを推進している代表的な組織がある。IDEOはグローバルなデザイン思考の企業で、カリフォルニア州パロアルトを本拠地とする。ニューヨーク市のコンサルティング会社、ケンブリッジ・リーダーシップ・アソシエイツは、自社をアダプティブ・リーダーシップの母艦と称している。

デザイン思考はデイヴィビッド・ケリーとトム・ケリーの共著『クリエイティブ・マインドセット』で述べている「創造力に対する自信(Creative Confidence)」を具現化するためのものだ3。この手法を通じて、変革を導く人たちは、自らの内なる創造力や希望を掘り起こし、世界をよりよい場所に変える潜在力を発揮することを学ぶ。デイヴィビッド・ケリーはd.スクールの創設者で、弟のトム・ケリーとともにIDEOの要職にある。

アダプティブ・リーダーシップは、ロナルド・A・ハイフェッツが著書の『リーダーシップとは何か!(Leadership Without Easy Answers』で説明したように、「容赦のない現実」を具体的に示すものだ4。変革を導く人たちに、その仕事は困難でリスクがあり、論争を呼びやすく、個人的には大きな苦痛を伴うものだと教える5。ハイフェッツはケネディスクールで教鞭をとり、ケンブリッジ・リーダーシップ・アソシエイツの共同創業者でもある。

本稿の共著者であるマヤ・バーンスタインはデザイン思考の経験があり、マーティ・リンスキーはアダプティブ・リーダーシップを研究してきた(リンスキーには、ハイフェッツとの共著書が2冊ある。6)。バーンスタインとリンスキーが認識したのは、自分たちのクライアントが抱える問題を解決するためには、デザイン思考もアダプティブ・リーダーシップも、単独では十分なものではないということだった。

デザイン思考は刺激的でスピードが速く、活用しやすい。しかし、そのデザイン課題の根幹にある規範や価値観、行動などを根本から変えるのは難しい場合が多い。アダプティブ・リーダーシップは、冷徹で率直、かつ複雑だ。人の動きや関係性に長期的な影響をもたらす可能性があり、それが組織にも影響する。しかし、この手法は精神的に疲弊するもので、過度にマイナス思考だ。また、誰もが認識しているがあえて表沙汰にしない問題を明らかにするものの、その問題を解決するためのツールはほとんど提供しない。

デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップは互いを効果的に、かつ非常に深い部分で補足し合うことができる。なお、両者のシナジーの可能性に気づいたのは筆者らが最初ではなく、クリス・エーテルとリサ・ケイ・ソロモンが共著書の『モーメンツ・オブ・インパクト(Moments of Impact, 未訳)』のなかで、今日のデザイナーは、「適応課題の世界を進んでいかなければならない」と述べ、この2つのアプローチを組み合わせる利点を指摘している7。筆者らはこの洞察を理論的に発展させ、どのようにすれば2つの手法が互いを最もよく補い合えるかを探求し、両手法を統合する方法を模索している。

ティム・モアハウスのようなチェンジ・エージェント(変革を進める人たち)との取り組みに刺激を受けて、筆者らはデザイン思考とアダプティブ・リーダーシップを、複雑な変革プロジェクトを推進するためのアプローチとして統合しつつある。このアプローチを「アダプティブ・デザイン」と呼ぼう。アダプティブ・デザインは、2つの手法を開拓した人々の業績の上に築かれている。また、筆者らが、解決が困難と思われる幅広い分野の課題解決に協力してきた経験も基になっている。2つの分野が深いレベルで融合することによって、それぞれが単独で成し得る以上の大きな進歩を実現できると私たちは確信している。

デザイン思考(およびその限界)

デザイン思考では、ビジネスや社会、教育分野の問題を解決するのに、人をデザインプロセスの中心に据える人間中心設計(human-centric design, HCD)の原則を用いる。このアプローチは製品デザインの分野におけるシンプルな原則から始まった。「椅子のデザインは、その椅子に1日8時間座る人のためのものにすべし」。近年では、デザイン思考を実践する人たちは、この手法をサービス分野(たとえば、低価格の医療サービス)や組織改革(たとえば、学校の改善)などに応用している。

デザイン思考は双方向のプロセスで、4つのステップから構成される。共感(エンパシー)、問題定義(デフィニション)、発案(アイディエーション)、試作(プロトタイピング)だ。これに検証(テスト)を加えて5つのステップとする場合もある。

(矢印の切れ目、太字から時計回りに)
デザイン思考
共感→問題定義→発想→試作

最初のステップである「共感」の目的は、ユーザーや受益者の真のニーズをよく知ることだ。

デザイン思考の典型的な例を1つ見てみよう。2007年にスタンフォード大学の学生グループが、開発途上国で使われる保育器のデザイン見直しを託された8。彼らはネパールのカトマンズに赴き、病院の新生児室を訪問した。チームはまず、現地のコミュニティの女性たちを観察し、彼女らと話をしてその生活を理解しようとした。このプロセスで重要な知見が得られた。それは、ネパールの未熟児の大半は農村部で生まれ、病院までたどり着けないということだ。

デザイン思考の次のステップである「問題定義」では、共感のステップで見えてきた知見を基に、課題を再定義する。このステップには次の2つの目的がある。1つは課題を明確にすること、もう1つは課題を機会に変えることだ。このプロセスで不可欠なのは「どうすれば~できるだろうか」という問いである。保育器の再デザイン・プロジェクトで学生たちは、課題を「病院で使用する未熟児用のよりよい保育器が必要である」から、「どうすれば、できるだけ多くの未熟児を救うことができるだろうか」に定義し直した。こうしたやり方で、デザイン思考の実践者たちは根本的な問題を見出すと同時に、創造的な解決への道を生み出す。

次の「発想」と「試作」のステップでは、活用されていない創造力を引き出してアイデアを生み出し、インパクトと実現可能性の両面ですばやくテストする。「発想」のステップでは、できる限り多くのアイデアを捻出する。ここでは、質よりも量が重要だ。ばかげたアイデアや、無謀なアイデア、あるいはあり得ないアイデアを探求することが、往々にして独創的な解決策につながって、成果が生まれるからだ。

「試作」のステップでは、製品やサービスの試作品を手早くつくる。ここでの目標は、新たなイノベーションがユーザーにどんな影響を与えるかを測定することだ。試作のステップで、スタンフォードの学生たちは「エンブレイス・インキュベーター」として結実することになるアイデアにたどり着いた。寝袋のように見える軽量で小さな装置で、新生児を最大4時間まで、暖かい状態に保つことができる。エンブレイス・インキュベーターの1台あたりの価格はわずか25ドルで、ユーザーはこれを熱湯に沈めるだけで「チャージ」できる。この新しくデザインされた保育器によって、母親たちが新生児を病院に運びやすくなり、農村部の新生児死亡率が大幅に削減された。

デザイン思考は何に役立つか

デザイン思考を用いると、製品やサービスを提供しようとする相手についての理解が進む。また、失敗や間違いを過度に恐れることもなくなり、(すべてではないにしても)多くの問題はデザインで解決できることがわかる。デザイン思考のステップは直感的で無理がない。また、この手法は人と組織の両方に、クリエイティブなマインドセットを醸成する。「デザイン・マインド」を持って仕事をすると、人はより楽観的で協力的になり、進んでリスクをとるようになる。

デザイン思考に足りないもの

すでに確立された組織では、デザイン思考の強みそのものが最大の脅威と認識されることがしばしばあるが、デザイン思考にはその状況に対応するための体系化された実用的なツールが備わっていない。コラボレーションや創造力、素早い行動、失敗への寛容さなども、企業文化にまったく馴染まない可能性がある。新しい組織では、このようなアプローチは歓迎される傾向にあるが、歴史のある組織では脅威となることもある。デザイン思考のアプローチを実際に取り入れた場合、既存の体制を揺るがしかねない。時には、自分たちの存在意義すら脅かす現状破壊につながることすらある。

アダプティブ・リーダーシップ(およびその限界)

アダプティブ・リーダーシップは、その基盤となる2つの原則において、他のリーダーシップのアプローチと大きく異なっている。1つ目の原則は、リーダーシップは職位にかかわらず、どんな人でも身につけられるということ。2つ目は、リーダーシップは危険で、不安定で、破滅的な仕事になりうるということだ。加えて、アダプティブ・リーダーシップは2つ「違い」を重視している点も特徴的である。1つ目は、権限の行使とリーダーシップの実践の違い、2つ目は「技術的問題」と「適応課題」の違いである。

権力のある立場の人は、権限を行使する。権限を持つ人は方向性を示し、人々を保護し、命令する。どんな家族も、組織も、国も、権限を持つ人が完璧に仕事をしなければ、生き延びることも、発展することもない。権限の行使は重要な仕事だが、リーダーシップの実践とはまったく関係がない。リーダーシップとは人々の期待に応えることではなく、人々の期待に時として逆らうことだ。リーダーシップとは、人々が「聞くべきこと」を言うことである。とりわけ、それが「聞きたいこと」と異なっている場合において。人々の期待に逆らえば、抵抗や反発が生じる。ゆえにリーダーシップは危険な仕事なのだ。マハトマ・ガンジーやマーティン・ルーサー・キング、アンワル・サダトの例を見ればわかるだろう。

アダプティブ・リーダーシップは、「技術的問題」ではなく「適応課題」に挑むためのものだ。「技術的問題」とは、明確に定義できる問題で、既存の解決方法がある。これに対して「適応課題」は正確に定義するのが難しく、それを解決するには人々の気持ちや考え方を変える必要がある。それは人々の自己認識を脅かす。たとえば足の骨を折ったときのことを考えてみよう。骨折を治すのは複雑な仕事かもしれないが、適切な医学的知識を活用することができる。一方、パーキンソン病や多発性硬化症、がんなどの病気の場合、主に患者やその家族が変わらなければならない。新たな、好ましくない現実に適応しなければならないのだ。

アダプティブ・リーダーシップは、人々に何かを変えたり手放したりすることを迫るものであり、快適なものではない。私たちはワクワクするような、自分にとって望ましい変化であれば抵抗しない。たとえば、新しい仕事を始める、新しい街に引っ越す、結婚する、子どもを持つ、宝くじに当たるなどの変化だ。しかし、大切なものを手放す必要がある変化の場合、恐れ、抵抗する。したがって、アダプティブ・リーダーシップでは、変化に伴って生じる損失や痛みについて明らかにすることも任務の1つとなる。

アダプティブ・リーダーシップには3つのステップがある。観察、解釈、介入だ。

(矢印の切れ目、太字から時計回りに)
アダプティブ・リーダーシップ
観察→解釈→介入

観察のステップでは、目の前の仕事から一歩下がって、自分の周りで何が起こっているかを見る。アダプティブ・リーダーシップを支持する人たちは、これを「バルコニーに上がる」という言葉で表現する。何かが起きている最中であっても、大きな体系的なパターンに気づけるように、その渦中から離れるのである。

本稿の共著者のリンスキーが、ニューヨークを本拠地とする世界的な法律事務所、ブロスカウワー・ローズと仕事をした際の事例が参考になる。この法律事務所にはトップが2人おり、そのガバナンス体制は、局所的で短期的な問題を解決するのには適していた。しかし、一部の部門が孤立するようになり、会社全体でのコミュニケーションにも支障が生じていた。同社のパートナー数名が、組織全体を1つの文化で統一することでこれを解決しようとしたが、うまくいかなかった。やがて、2つのラインの組織が集まるオフサイトのミーティングが開かれた。ここでアダプティブ・リーダーシップの視点で問題を観察することにより、参加者たちはあるパターンに気づいた。それは、仕事の組み立てや方法についての個々の決定は理にかなったものだったが、それらの決定が積み重なって、部門ごとに孤立するような文化が強まり、社内の競争が激しくなっていった、というものだった。

「観察」の次の段階が「解釈」だ。この段階では、観察した結果を理解することが求められる。解釈の作業は一筋縄ではいかない。人は狭い範囲での技術的な解釈や、同意を得やすい解釈に傾きがちになる。一方で、体系的な解釈や、対立と損失にフォーカスした解釈には抵抗する。しかし、真の変革の家庭では、組織全体に及ぶ破壊や対立、損失は避けられない。ブロスカウワー・ローズ法律事務所では、次の2つの未来のうちどちらかを選ばざるを得ないことが浮き彫りになった。1つは、現在のやり方を続けて、各部門の自主性を維持し、短期的な利益を得るチャンスを最大化すること。もう1つは、社内に共通の価値観や手法、規範を育てることだ。後者の道を選べば、同社はより魅力のある労働環境を築き、長期的に力のある企業になれる可能性があった。

最後のステップの「介入」では、変革のプロセスの「人」の部分に重点を置いた実験を行う。その点でブロスカウワー・ローズのパートナーたちは、「ワン・ファーム」のビジョンを前進させるため、比較的リスクの低い、小さな実験を行った。たとえば、コラボレーションに対する報酬を変えたり、社内の財務的な目標に到達していない旧態依然とした部門を再編したりするといったことである。

アダプティブ・リーダーシップは何に役立つか

アダプティブ・リーダーシップは、社会は変えられるという果敢な楽観主義と、そのために乗り越えなくてはならない障害に対する冷徹な現実主義というパラドックスを抱えている。変革を導こうとする人たちは前者にフォーカスしがちだ。しかし、楽観主義と現実主義の両方の感覚を持つことによって、単純な楽観主義や、疑心暗鬼の現実主義に陥ることを避けられる。変革を導く際に犯しがちな最大の誤りは、適応課題を技術的問題のように扱ってしまうことだ。アダプティブ・リーダーシップを採用することで、技術的な要素と適応的な要素が区別しやすくなる。また、この危険で困難な仕事を実行する際に、リーダーが自分自身をケアできるようなツールも揃っている。

アダプティブ・リーダーシップに足りないもの

アダプティブ・リーダーシップでは、思い描く未来を具体化するためのリソースや、具体的な介入策を編み出すためのリソースがほとんど提供されない。さらには、楽しさやインスピレーションが足りないと感じる人が多い。変革に伴う損失や痛み、恐怖に対処するためには、楽しさや協力の姿勢、目に見える進捗の様子を提供することで、人々を巻き込む必要がある。ブロスカウワー・ローズでは、組織が直面する選択をパートナーらが認識し、立ち向かうために、アダプティブ・リーダーシップは不可欠だった。しかし、全組織が協力してビジネスに取り組む体制に変わるようなイノベーションを起こすには、それだけでは不十分だった。

アダプティブ・デザインのプロセス

デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップは、互いの弱みを補える強みを備えている。私たちはこの2つの確立された手法を組み合わせて、「アダプティブ・デザイン」という新たな手法を模索している。大まかにいうと、アダプティブ・デザインは2つのアプローチがある。

1つ目のアプローチは、デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップの両方のサイクルを素早く回すというものだ。デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップは、反復的で全体的な変革プロセスのさまざまな段階で補完し合う。このアプローチでは、デザイン思考から始める場合が多い。共感や問題定義などを通じて、組織に関する情報を集め、新しい考え方・やり方を受け入れる素地があるかを確認する。その過程において組織全体の問題に取り組むのに必要なワクワクするような感覚と、変革への支持を醸成することができる。

このデザインのプロセスでは、アダプティブ・リーダーシップのツール、つまり、観察、解釈、介入が必要となる問題も明らかになる。そこで、状況をアダプティブ・リーダーシップの観点から分析し、その後、デザイン思考の活用に戻る。デザイン思考には、難しい政治的、心理的問題を解決するためのツールがある。

(矢印の切れ目、太字から時計回りに)
適応型デザイン
共感/観察→解釈→発想→試作/介入

2つ目のアプローチは、デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップを融合するというものだ。両者を構成するステップを組み合わせて順番に並べ、独自のプロセスを創造する。

プロセスの最初の段階は、「共感的観察」だ。デザイン思考の「共感」のステップの成果を、アダプティブ・リーダーシップの「観察」の精神で、組織環境の分析に適用する。「ポリティカル・マッピング」という手法を使い、組織やシステムのステークホルダーそれぞれの価値観やつながり、脅威などを確認する。

次の段階では、基本的にアダプティブ・リーダーシップの解釈のステップを活用して技術的問題と適応課題とを区別し、さまざまなステークホルダーが変革によって被る損失に関し、価値観の違いや不安などを見抜く。そのなかで、デザイン思考の問題定義のツールを活用する。たとえば、具体的な言葉で適応課題を正確に言い表す、あるいは、課題を創造の機会として捉え直す、といったことが考えられる。

3つ目の段階はデザイン思考の「発想」と重なる。「創造力に対する自信」を築くためのツールを使って、新しく、大きなアイデアを考え出すようメンバーを励ます。アダプティブ・リーダーシップの「解釈」は、課題の背景にある複雑な人間関係をあぶりだし、変革のやる気を削いでしまうこともある。「発想」のクリエイティブで楽観的なマインドセットによって、この傾向を乗り越えることができる。

最後のステップでは、「試作(プロトタイプ)介入」の実験を行う。これは、新たな製品やプロセスを検証するだけでなく、組織やシステムが変革を受け入れる力を明らかにするものである。

学校の変革にアダプティブ・デザインを活用する

2014年、ニューヨーク市のある私立校で、教師たちがデザインチームを組んだ。彼らの当初のミッションは、生徒たちの多様な学習ニーズを満たす教室空間をつくることで、特別なニーズのある生徒たちが抱えている困難が焦点となった(本記事の共著者の1人であるバーンスタインは過去数年間、このチームの取り組みに関わってきた)。

デザイン思考のプロセスに沿って、チームは共感のステップから始めた。複数の教室を訪れて、生徒たちや教師が教室のスペースをどのように使っているかを調べ、インタビューを実施、続いて問題定義のステップに入り、課題を次のように定義した。「どうすれば、統合教育の(心身に障害がある生徒もない生徒も一緒に学ぶ)教室環境で、特別なニーズのある生徒たちをサポートできる空間をつくれるだろうか」。

続く発想のステップではモデルとなる教室を1つ選び、教師や生徒の声を参考に、実際に空間を設計し直した。新しいデザインでは、生徒が小人数で学習したり、生徒が教師と1対1で学んだりできるようなワークステーションが設けられた。また、教室の後ろの方には、気持ちを落ち着けるためのスペースも設けた。再設計のプロセスはわずか数週間で完了し、学校中がその出来栄えを絶賛した。

その後、チームは共感のステップに戻った。このプロセスで判明したのは、特別なニーズのある生徒たちに十分な教育をするには、学校が教師たちにそのための教材や技能を提供する必要があるということだった。そこでチームは課題を次のように定義し直した。「どうすれば、特別なニーズのある子どもたちをよりよくサポートできるよう、教師たちに力をつけさせることができるだろうか」。チームがアイデアを出し合ったあとに下した結論は、教員の研修内容を見直す必要があるということだった。

この学校では従来から、特別なニーズのある子どもたちのために専門の人材を雇っていた。チームは学校側が対応をもう一歩進めて、一般の教師がそうした子どもたちに対応しサポートできるよう基本的なスキルを習得すべきだと考えた。この学校では各年度の初めに1週間の教員オリエンテーションが実施されている。ここにそのためのトレーニングを組み込むのが最もよいだろうとチームは判断した。そこでオリエンテーションのプログラムを試作し、特別なニーズのある生徒たちをサポートするための内容を大幅に取り入れた。

チームは試作したオリエンテーションの内容を学校長に見せた。校長は教室の再設計には大賛成だったが今回のアイデアは却下した。チームのメンバーは意気消沈し、行き詰まりを感じた。デザイン思考を通じて「特別なニーズがある子どもたちを支援するには、教師たちを変えなければならない」と認識したものの、デザイン思考だけでは新たに生じた障害を乗り越えることができなかった。

メンバーはチームを組み直してアダプティブ・デザインのアプローチをとることにした。再び開始した共感のステップではアダプティブ・リーダーシップのツールも活用した。まず「ポリティカル・マッピング」を使って学校のステークホルダーを特定した。校長、他の管理担当者、理事会メンバー、教員、特別なニーズのある生徒たちとその親、一般の生徒たちとその親などである。続いて、各ステークホルダーの行動の動機を探った。何を重視しているのか。誰に忠実なのか。新しい教員研修の計画が前進したら、何を失うことを恐れているのか。

並行してアダプティブ・リーダーシップの「権限を持つ者と組む」という戦術も採用した。特定のシステムで権限を持っていない人たちが権限を持つ人たちと戦略的に連携するということだ。チームは校長と何度も会話を重ね、彼女が感じているさまざまなプレッシャーを理解した。なかでも重要だったのは、教員の育成は彼女の権限だと彼女が考えていることだった。

一方、特別なニーズのある生徒たちがどの程度、どのくらいの頻度で、教室での通常の活動に参加すべきかについて親たちの間で意見が分かれていることもわかった。一般の生徒の親たちのなかには、特別なニーズがある生徒たちを支援することで自分の子どもの学力の伸びが妨げられるのではないかと心配する人たちもいた。校長は学校が理想とする統合教育の実現と学業成績へのコミットメントとの間で揺れ動いていた。彼女が教員の研修内容の変更を却下したのはこうしたジレンマが背景にあったからだった。教師たちもときに矛盾するような目標(統合教育と学業成績)を達成することにプレッシャーを感じており、それも一因となって、自信を失ったり、燃え尽き症候群に陥ったりしていた。ひと言で言うと、デザインのプロジェクトが困難な適応課題としてチームの前に立ちはだかっていた。そこで問題定義のモードに戻り、課題をアダプティブ・リーダーシップの文脈で再定義した。「どうすれば、特別なニーズのある生徒たちをサポートできるよう教師たちに力を貸し、なおかつ彼らが燃え尽きないようにできるだろうか」。

チームは再び、発想のステップに入ろうとしていた。今回はアイデアを検討するにあたって、学校内のさまざまなグループの関心事を意識しながら行い、校長や教師の懸念にも配慮した案を模索した。最終的にたどり着いたのは、教師教育と教師への感謝をテーマにした取り組みだった。

チームは試作介入策を2つデザインして実行に移した。まず特別なニーズのある生徒たちをサポートする方法の要点を簡潔な図解マニュアルにした。特筆すべきは彼らは最初にそのマニュアルを校長に見せ、彼女の承認を得てから教員全員に配ったことだ。続いて、校長を説得して教師向けの「特典」プログラムを創設した。特典はスターバックスやアマゾンのギフトカード、教師用ラウンジでの誕生日パーティ、感謝のカードなどささやかなものだったが明らかな効果があった。教員たちはいまでは、特別なニーズのある子どもたちを支援していることに対して学校側から評価され、支援も受けていると感じている。一方で、学校中の人々が統合教育と学業成績とのバランスを取るという大きな課題の解決に意欲を示すようになった。

2つの手法の統合における課題(および期待)

デザイン思考とアダプティブ・リーダーシップのような、確立された手法を組み合わせる場合には注意すべき課題もある。

第一に、こうした取り組みは大変な労力を要する。複雑な手法を2つ学ぶ必要があり、1つの手法からもう一方へと両者を行き来しなければならない。

第二に、アダプティブ・リーダーシップに興味を持つ人と、デザイン思考に興味を持つ人は異なる。アダプティブ・リーダーシップは、変革の心理的、社内政治的側面に興味がある人に響く。つまり変革プロジェクトの中身よりも、それに関わる人たちの動きや関係性に関心のある人向きである。これに対してデザイン思考は、目の前にある仕事をいち早く解決したいという人向きである。したがって、その2つを組み合わせたアダプティブ・デザインは異なるタイプの人々の柔軟性を、否が応でも試すことになる。また、あらゆる局面で両者をコンフォートソーンから押し出すことを意味する。

第三に、これら2つの手法を組み合わせて効果的に使うには、どちらの手法も単独では社会や組織の複雑な問題を十分には解決できないと認める必要がある。これがおそらく最も重要な点だ。

デザイン思考の支持者は、デザインのプロセスにはアダプティブ・リーダーシップの重要な要素がすべて含まれていると思いがちだ。デザイン思考で共感と問題定義のステップに真剣に取り組めば、アダプティブ・リーダーシップにおける観察と解釈で得られるのと同じ洞察がもたらされると彼らは考える。また、最終的に意味のある変革が起こせるかが問題なのであり、デザイン思考が何を実現しうるかを見れば人々はついてくると考える傾向もある。

アダプティブ・リーダーシップの支持者は、人々が仕事でより力を発揮するには、システムを診断する力、つまり、組織のクローゼットの中に隠れている骨組みを明らかにする力こそが必要だと考える傾向がある。彼らに言わせれば、組織の中にいると、優れた仕事をするための技術的な能力があっても、組織の盲点や個人のこだわりが行く手を阻んでいることには気づきにくい。アダプティブ・リーダーシップのツールを効果的に活用すれば、こうした制約から人々を解放し、よりよい成果を出せるようになるというわけだ。

アダプティブ・デザインを成功させるためには、アダプティブ・リーダーシップの実践者も、デザイン思考の実践者も、どちらの手法も完璧ではないと認識する必要がある。実際、私たち筆者は両者の統合を実現しようとするにたって、過去にはうまくいった、それぞれの手法の一部を諦めざるを得なかった。振り返ってみればそれは「どちらの手法も単独では完璧ではないという気づき」を得た結果だった。

こうした課題はあるものの、アダプティブ・デザインは両者の手法の優れた部分を組み合わせ、弱みを最小限にすることができる。2つの手法が統合されたアプローチを使えば、イノベーションを実現するための原則とツール、そして変革による文化的、政治的副作用を切り抜ける力が手に入るだろう。

【翻訳】東方雅美
【原題】Leading Change Through Adaptive Design
【イラスト】Lasse SkarbÖvik

マヤ・バーンスタイン

ニューヨーク市を本拠地とするコンサルタント。非営利のアクセラレーター、アップスタート・ベイ・エリアの共同創業者でもある。アップスタート・ベイ・エリアはユダヤ人コミュニティのイノベーションを支援している。

マーティ・リンスキー

ケンブリッジ・リーダーシップ・アソシエイツの共同創業者。ハーバード・ケネディスクールの非常勤講師も務める。

1 Mary Pilon, “Education With a Dose of Zorro: An Olympian Brings Fencing to Children in Cities,” The New York Times, December 23, 2014, http://www.nytimes.com/2014/12/14/sports/an-olympian-take-fencing-to-children-in-cities.html?_r=0

2 Herbert A. Simon, Sciences of the Artificial, Cambridge, Mass.: MIT Press, 1969. 邦訳:『システムの科学』稲葉元吉、吉原英樹訳(パーソナルメディア、1999年)。Reuven Cohen, “Design Thinking: A Unified Framework for Innovation,” Forbes.com, March 31, 2014, http://www.forbes.com/sites/reuvencohen/2014/03/31/design-thinking-a-unified-framework-for-innovation

3 Tom Kelley and David Kelley, Creative Confidence: Unleashing the Creative Potential Within Us All, Crown Business, 2013. 邦訳:『クリエイティブ・マインドセット』千葉敏生訳(日経BP、2014年)。

4 Ronald A. Heifetz, Leadership Without Easy Answers, Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1994. 邦訳:『リーダーシップとは何か!』幸田シャーミン訳(産能大学出版部、1996年)。

5 Ronald A. Heifetz, John V. Kania, & Mark R. Kramer, “Leading Boldly,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2004.

6 Ronald A. Heifetz and Marty Linsky, Leadership on the Line: Staying Alive Through the Dangers of Leading,  Harvard Business School Press, 2002. 邦訳:『最前線のリーダーシップ』野津智子訳(英治出版、2018年)。Ronald Heifetz, Alexander Grashow, and Marty Linsky, The Practice of Adaptive Leadership: Tools and Tactics for Changing Your Organization and the World, Harvard Business Press, 2009. 邦訳:『最難関のリーダーシップ』水上雅人訳(英治出版、2017年)。

7 Chris Ertel and Lisa Kay Solomon, Moments of Impact: How to Design Strategic Conversations That Accelerate Change, Simon & Schuster, 2014.

8 “Entrepreneurial Design for Extreme Affordability: Embrace,” Hasso Plattner Institute of Design at Stanford University website, 2010, http://dschool.stanford.edu/extreme/impact/embrace_02.html

情報開示:マーティ・リンスキーは無料奉仕活動として、ティム・モアハウスの取り組みを支援した。また、ケンブリッジ・リーダーシップ・アソシエイツを通じて、ブロスカウワー・ローズの変革にも協力した。マヤ・バーンスタインは、デイ・スクール・コラボレーション・ネットワークを通じて、本稿に登場するニューヨーク市の私立学校の取り組みに協力した。同ネットワークは、アップスタート・ベイ・エリアとニューヨークの非営利組織、ジューイッシュ・エデュケーション・プロジェクトが連携して進めている活動である。

Copyright © 2015 by Leland Stanford Jr. University All Rights Reserved.

翻訳者

  • 東方雅美
  • 考えてみる、調べてみる、ためしてみる etc.
  • やってみる

  • いいね

  • 共有する

タグで絞り込み検索