
人間による生態系の拡張で地球システムの自己再生機能を高める
協生農法(Synecoculture)による生物多様性と持続可能な食料生産の両立
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 03 科学技術とインクルージョン』より転載したものです。
舩橋真俊 Masatoshi Funabashi
生物種の絶滅はかつてないスピードで進み、生態系の崩壊は、深刻な砂漠化や気候変動をもたらしている。最大の要因は農業をはじめとする食料生産である。人類は森林を伐採し田畑を拓き、耕されて表土機能が失われた状態で農薬や肥料を大量に投下し生態系機能を破壊してきた。
持続可能性を実現するには、これまで取り組んできた食料生産システムを抜本的に改革する必要がある。本稿で紹介する協生農法®(SynecocultureTM)は、無耕起・無農薬・無施肥を原則とし、多種類の有用植物を混生・密生させることによって人為的に強い生態系をつくり出すというものだ。「拡張生態系」という概念に基づくこの取り組みは、1万年以上にわたって人類が取り組んできた農業の常識を一変させる可能性がある。既に自然環境の荒廃が深刻なアフリカ・サヘル地域の農場では、砂漠緑化・収穫物の質や生産性の向上に成果を上げており、その他の都市部や商用プランテーションにおける拡張生態系の実装プロジェクトも始まっている。
本稿では協生農法の具体的なアプローチと実績を紹介するとともに、持続可能な食料生産と生物多様性の増進を両立させるためにテクノロジーと市民科学が果たす役割についても考察する。
1万年間の農業がもたらした環境破壊
世界の人口が90億人に達するであろう2045年までに地球生態系の全体は非可逆的に崩壊する。多くの科学者がそのように警鐘を鳴らしている1。一度そうなれば、人間の努力で戻すことは極めて困難だ。人類の活動が自然環境に与える負荷を示すバロメーターであるエコロジカル・フットプリントは増大の一途を辿っており、現在は年間に地球1.75個分の資源を消費している。この超過状態は、いわば未来からの収奪である。
生態系循環の破壊を引き起こす最大の要因は農業をはじめとする食料生産である。1万年以上にわたる農業の歴史は、生物多様性と生産性のトレードオフの歴史でもある。森林を伐採し、開拓した農地で、農薬や化学肥料を投入して行われる単作農業は、生物多様性の減少と生態系の崩壊に直結する。今やわずか30種類の植物が世界中で流通する食料の90%を占めている。大規模な単作農業が高い環境負荷をもたらしていることはよく知られるが、世界の農地数の9割以上を占める小規模農家のほうが関わる人口は大きく、生物多様性の喪失、砂漠化の主要因となっている。今後、気候変動による影響を最も大きく受けるのは、亜熱帯・熱帯の途上国を中心とする小規模農家だ。世界の食料生産による環境破壊を解決するには、こうした小規模農家に実践可能でなおかつ効果が実証されている農業を速やかに普及させる必要がある。流通や運営の形態も、これまでの企業ベースが最適とは限らず、市民セクターや環境を通じて関連するステークホルダーが広く連携し、変化に応じて柔軟な意思決定と適応・多様化を行っていく必要がある。そうすることで、 環境負荷の発生源でもありその最大の犠牲者でもあった食料生産者を、生物多様性および生態系回復の実践者にして受益者に変えることができる。
環境危機はテクノロジーの革新によって乗り越えられるという意見もある。しかし現代文明の延長においてエコロジカル・フットプリントを地球1個分に収めるためには、すべての産業分野でムーンショット(非常に高いインパクトをもたらし得るが極めて実現困難な目標)を実現するレベルでのイノベーションが必要となり、とても現実的とは言えない。さらに、それらは技術的・物質的な解決策に終始しており、生命が寄り集まって構成する生態系そのものを底上げする取り組みとはかけ離れている。
食料生産のための生態系そのものをつくり出す
筆者は幼い頃、よくロボットのおもちゃを庭に持ち出して遊んでいた。機械仕掛けの精巧な仕組みは子どもの知的好奇心をかきたてるものだったが、自分で木に登ることもできず、水に落とせば故障する、明らかに脆弱な存在だった。一方、庭に生息する昆虫や植物たちは生命力に満ち溢れているように見えた。現在の生物学やそれに立脚する医学は、自律的に存続していく生命をごく限定的な機械論でしか説明できていない。人間のつくり出す医薬も、自然界に存在する物質の一部を抽出したり合成して限定された効能を発揮するにとどまる。限られた少数の分子機構に対しては顕著に作用するが、自然治癒力のような複雑な生命活動の本体には未だ遠く及ばない。
人間のつくり出すテクノロジーだけでは現在の発展シナリオを持続可能な方向に転換することはできないだろう。だとすれば、地球の生態系を支えてきた、多様な生き物の共同体としての働きを利用することでそれを実現できないだろうか。それが協生農法の出発点だった。

ソニー・コンピュータサイエンス研究所で我々が取り組んでいる協生農法は、食料生産のための生態系そのものをつくるという農法である。多くの慣行農法は、耕起、農薬、施肥などによって部分的に自然環境を劣化させながら成り立っている。耕すことによって一時的に農地の保水力は高まるが、長期的には土壌の劣化、半乾燥地では砂漠化につながる。また、耕起による土壌生態系の攪乱によって表土の持つ水の浄化作用が失われ、肥料の大部分が流出し、これが海洋生態系などにも負荷を与えている。農薬の使用は害虫とされる生物以外も駆除し生物多様性を損なう。そしていうまでもなく、肥料や農薬をつくるために化石燃料エネルギーや希少鉱物資源が使われている。
協生農法では無耕起、無農薬、無施肥という慣行農法と真逆のアプローチで、食料生産を行えば行うほど生物多様性が増進し、物質循環などの環境容量を自律的に増大させ、結果として劣化した環境を持続可能なかたちで回復させることが可能である。
協生農法の中核となる知見は、数十~数百種類の有用植物の「混植」によって自然生態系の多様性を人為的に高めることにより、その自己組織化機能を強化することだ。これが「拡張生態系」という考え方である。多様な有用植物(野菜、果樹、薬草など)を混生・密生栽培することでそれを取り巻く動物や微生物を含む相互作用が多様化・増強され、それらに基づく生態系全体としての生産性が向上するのだ。これは作物一つひとつの生産性ではなく、農場全体の生産性である。作物ごとに一斉収穫する前提で単純に個別比較すれば慣行農法に分があるが、圃場(田や畑など農作物を栽培する場所)全体における数年間の積算では協生農法が上回る実践例が示されている。たとえば200種類の作物のうち20種類が枯れた場合、その20種類にフォーカスすれば失敗に見えるかもしれない。だが残る180種類の作物が生態系を構築し、全体としての収穫量が上がれば成功とする戦略が構築可能だ。また、無農薬という安全性以上に、無施肥で多様な生物との相互作用のなかで育った収穫物の質や栄養組成は野生の植物に近似した特徴があり、長期的な健康を支えるうえで重要だ。
鍵となるのはその地域に合わせた栽培植物の選定である。ただ多くの種類の有用植物を一緒に植えて放置すればいいというものではなく、収穫管理のしやすさ、お互いに助け合う植物、あるいは受粉や物質循環に寄与する昆虫などを最大限に共存させるといった要素を計算して、自然植生と有用植物を組み合わせた栽培品目ポートフォリオをつくる必要がある。そのなかには、これまでその地で栽培されていなかった有用植物で今後の気候変動への適応に積極的な役割を果たす種も多く含まれる。
生態系のマネジメントを テクノロジーで支援する
協生農法について「コロンブスの卵」という表現を使うことがある。アフリカの半乾燥地帯の、従来の農業もままならない厳しい環境で、150から200種類の有用植物を混生・密生させる。そんなことは誰もやろうとしなかった。一般的に生態系は適度に攪乱すると一時的に多様性が上がる。従来のいわゆる自然農法では、そうした特性が部分的に利用されてきたし、世界各地の伝統的な農法でも、一定の気候条件や植生の下で意図的に多様性を高めることで生産性を上げようとした試みが見られる。しかし、こうした手法が明示的に理論化され、あらゆる有用植物に対して一般化され、情報共有が行われ、広範囲にわたる生態系を観察した科学的な知見が定式化されるには、現代文明レベルでの科学の発展や技術革新を待つ必要があり、それを作物だけでなく生態系全体のマネジメントに活用する発想が必要であった。
ここ数十年でこの分野の研究は飛躍的に進んでいる。そもそも生物多様性が自然に維持・発展してきたのはなぜか。多様性のなかでどのような生態系機能が発揮されているのか。それらを解明するために、 20世紀初頭に生態学の一領域としてシネコロジー(Synecology)が提言されて以来、今日では群集生態学(community ecology)と呼ばれる分野の隆盛につながり、生物多様性と生態系が互いを維持・発展させるメカニズムが解明されるようになった。


複雑系であるところの生態系機能の包括的な理解や管理には従来の農法とは桁違いの情報コストがかかるが、ビッグデータ解析やAI(人工知能)の活用によってこのコストを軽減することが可能になりつつある。情報通信技術を使って国内外の実践者のデータを収集し、数理モデルを構築したり、オープンソースで共有することも可能だ。既に生物種の情報や生育状況はデータベース化しており、どこの農園に何を植えるべきか、データに基づいてAIの補助を基に提案するサービスを展開している。実践者たちはオープンソース化されたマニュアルに従ってそれぞれの菜園で協生農法に取り組み、その知見をオンラインのコミュニティなどで共有している。
協生農法を支えるもう1つの重要な要素として、有用植物の多様性が挙げられる。現在の日本でスーパーの棚に並んでいる野菜のほとんどが外来種であることをご存じだろうか。ヨーロッパ大陸でジャガイモやトマトが栽培されるようになったのも、スペイン人が新大陸から持ち帰って以降のことだ。各地で発見された有用植物を、人為的な栽培で育つように品種改良を加え、世界中に拡散させたのは、人類の交易や航海技術、個々の栽培技術の集積である。我々の実験農園では200種類以上の有用植物が生育しているが、これだけの種類を揃えるには、歴史的な生物資源の蓄積が不可欠だった。
このように、さまざまな技術や知見の集積にアーチをかけることで、初めて協生農法が可能になったのである。

ブルキナファソの実験農園における変化の様子。放置しても雑草すら生えない状態(左)から、1 年間で土が見えないほどに有用植物が繁茂した(右)。
持続可能な食料生産で貧困と紛争の連鎖を断ち切る
農業からの温室効果ガス排出の増加が特に著しいのは、東南アジア諸国、そしてアフリカ・サハラ砂漠以南のサブサハラと呼ばれる地域である。とりわけ砂漠化が進むサヘル地域(サハラ砂漠南縁部)は政情不安定な状態が続き、貧困や暴力の問題も根強い。この地でソリューションが発見できれば、世界中のあらゆる地域における有効な解になり得る。そう考え、 2015年にサハラ砂漠南西部に位置するブルキナファソで現地NGOと共に協生農法の実証実験を開始した。
初めてブルキナファソを訪れたとき、私は砂漠の真ん中で40度の高熱に見舞われた。ろくに食べることもできず寝込んでいると、村人たちが祈りを捧げてくれた。何とか回復して砂漠を歩いていると、今度は微生物が弱った肺に入り込み、二次感染を起こして再び寝込んだ。生態系が失われ、空気の浄化機能が作用しないので、風が吹くたびに砂塵が舞い上がる。そのとき、気候がどれほど人体に容赦のないものになり得るのか、そのような環境で生きることがどういうことか、人々が味わっている苦しみの一端を感じた。
ブルキナファソの農園では、約150種類の有用植物を組み合わせた。わずか1年後、草ひとつなかったひび割れた地面は緑で覆われ、まるでジャングルのように作物が生い茂った。500平方メートルの農場からの売上は月1000ユーロ。年間では平均国民所得の20倍に当たる。7000ヘクタールの協生農法の圃場と流通市場をつくることによって国内の貧困を根絶できるとの試算もなされた。こうした成果を受けて、現地ではブルキナファソ政府や在ブルキナファソ日本大使館の支援を受けて、協生農法に関するシンポジウムを開催し、ユネスコのプラットフォームでアフリカ諸国に配信し、ワガドゥグ大学との共同研究も行った。
しかしながら、順調に立ち上がったと思われたブルキナファソでの取り組みは、現地の治安状況の悪化により移動を余儀なくされている。政治的に不安定なブルキナファソではテロやクーデターが相次ぎ、2014年には非常事態宣言が発令された。空港から農園のあるファダまでの幹線道路は穴だらけで、盗賊が出る。地域経済が崩壊して働き口がないので、村人が武装して通行人を襲うことがある。我々のアフリカ人スタッフも農場指導に出かける途中で盗賊に襲われ負傷した。警察や軍隊が機能していないので、自警団が盗賊に私刑を加える。暴力が暴力の連鎖を生む状況が泥沼化している。そうなると農園で作物が収穫できても市場へのアクセスが失われ、流通が成り立たない。2022年1月の軍によるクーデターでは大統領が退任させられ、議会は解散、憲法は停止という状態になった。現在、ブルキナファソにあった協生農法研究教育センター(CARFS)本部は一時的にトーゴ共和国に退避して活動を続けている。
持続可能な食料生産を通じた経済的自立は、この地域における貧困と紛争の連鎖を断ち切るために欠かせない条件となるだろう。
クロスセクターの協業プラットフォーム
食料生産の改革が必要なのは途上国だけにとどまらない。2045年までに危惧されている生態系のカタストロフィックな崩壊を避けるためには、地球の生態系がもともと備えている自己組織化能力を多面的、総合的、持続的に活用できるような社会経済システムを築く必要がある。
ソニーコンピュータサイエンス研究所からは、2016年より協生農法実践マニュアルをウェブサイト上で公開している。研究成果の社会還元を促進するために、 2018年に非営利団体の一般社団法人シネコカルチャーを設立した。拡張生態系を学ぶための入り口として開発した「シネコポータル」と呼ばれる入門キットなどをオープンソースで広め、協生農法に取り組む個人や団体へのノウハウの支援や共同研究も推進している。
協生農法をはじめとした拡張生態系の構築を支援するソリューションを広め、農業以外の分野にも、生態系リテラシー向上のための教育、環境負荷の少ない都市インフラづくりなどに実装していくため、2021年4月にソニーのコーポレート・ベンチャーキャピタルから出資を受けて株式会社SynecOを設立した。22年8月には、伊藤忠商事と共同でエクアドル、グアヤキル市のカカオ農園で協生農法を実装し、その多面的な有効性を検証するプロジェクトを開始した。
対症療法から根本治療へ
グローバル・フットプリント・ネットワークによると、世界のエコロジカル・フットプリントは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による都市封鎖や外出自粛の影響によって2020年に9.3%減少したが、翌年にはほぼ元の数字に戻った。
そもそも変異したウイルスがこれほどまでのスピードで蔓延した背景には、生物多様性に無配慮な土地の開拓や都市開発がある。本来は隔離されていた野生生物との接触が増え、それが都市部に持ち込まれたとき、免疫力の弱った単一集団である人間社会において強毒化していった。
かつてアインシュタインは「どんな問題もそれが生み出された次元に解決策は見出せない」と言ったが、桶から水が漏れているとき、水を注いで補うのは一時しのぎの解決策に過ぎない。水漏れを防ぐには空いた穴を塞ぐことが必要だ。感染症の拡大に対して、ワクチンを接種し、外出制限するのも一時しのぎの対症療法である。その間に経済は弱体化し、人間に本来備わった免疫力も損なわれていく。本来ならば、失われた生態系を回復させることこそ根本治療であるはずだ。健全な生態系が育む微生物の多様性は人間の免疫系が正常に動作するために必須の前提条件である。
COVID-19 の蔓延は人類の活動や社会構造を変革するチャンスでもあるのに、対症療法だけを施して時間が経っているように見える。
持続可能性への取り組みも同様である。SDGsの掲げる17の目標と169のターゲットを見ると、その多くが対症療法としての目標設定であることがわかる。貧困や飢餓、健康といった社会-生態系の複合性が強く出る問題については、単に希望的目標値を定めているに過ぎない。多くの問題は、下流で新たに何かに取り組む(対症療法)よりも、上流でその問題をもたらした行動をやめる(根本治療)ことで解決できるし、そうすべきだ。クーラーが効きすぎて寒くなったら、クーラーはつけっぱなしにして暖房をつけるような対症療法を、人類は近代以降の発展において繰り返してきた。
持続可能性の番人としての市民科学
対症療法的な発想から脱却するには、学者や専門家だけに任せるのではなく、あらゆる層の実践、経験から得られる知識を結集し、民主化された「市民の科学」として自然とのつきあい方を考えていかなくてはならない。協生農法はそのためのプラットフォームにもなり得ると考えている。一例を挙げよう。
あるとき、実験農園に遊びに来た小学生が「ここにアボカドの種を植えたい」と言った。家で食べたアボカドの種を大事に持ってきたのだろう。主に熱帯や亜熱帯で生育するアボカドは低温に弱く、東京で植えても育たないし実もつけないだろう。私はそう考えた。しかし実際に植えてみると、東京の気候であってもアボカドは発芽し、半年ほど生育した。実は結ばないが、 1メートルほどの高さに伸びて葉をつける。その葉は茶葉になり、薬効もある。アボカドを「実を収穫するための多年生の樹木」と考えるのではなく「葉を収穫するための一年草」と考えれば、東京の農園に不向きな植物ではなくなる。
いま我々が食べている農作物も数十年後には大きく変わっているかもしれない。地球の気候は、人類の活動によらずベースラインで周期的に大きく変動している。このまま温暖化が進めば、いずれ東京でバナナやパパイヤが収穫できても不思議ではない。そう考えると、いま熱帯にいる子どもがたまたま発見した有用植物の組み合わせが50年後の日本で役立つ可能性も大いにあるということだ。
このときの経験で思い出したのが、私が中学生のときに熱中していたアマチュア無線で技術革新がいかにして起きたかという話だ。電波は直線的に進むので地球の裏側と交信できるはずがない。かつて物理学者たちはそう考えていたが、あるアマチュア無線家が地球の裏側と偶然交信できてしまった。なぜできたのか調べると、地球の上空にある電離層と大地の間で電波が反射を繰り返し運ばれていく電離層・大地導波管伝搬という現象があり、これを利用すると数万キロメートル先まで回り込んで地表と交信できることがわかった。もし学者が理論だけで考えていたなら、地球の裏側と交信できることは永遠になかっただろう。
このように科学の発見には両端の方法論がある。理論や仮説を立ててから実験によって立証していくアプローチ、そして、このアマチュア無線家のように、感覚や経験に従ってたまたま発見してしまったことを後から解析して一般的原理に辿り着くというアプローチである。その両方が科学を発展させてきた。
協生農法においては、複雑な生態系のマネジメントと活用が最大の課題であり、そこでは多様かつ大量の実践知の集積が鍵となる。私は複雑系科学の観点から理論的な整備を行ったが、今後一般市民も含めた実践者の果たす役割は非常に大きい。こうした集合知に貢献することを通じて、一般市民の生態系リテラシーが高まれば、情報通信技術によって適切な意思決定のプロセスにその声を反映することも今や技術的に可能だ。過去に民主主義が独裁を防ぐために導入した立法・行政・司法の三権分立だけでは決定的に無力だったのが、より大きな文明や地球規模で集積する環境負荷の問題だ。いまの民主主義のままでは、経済原理の優先に負けてしまい、持続可能な社会を築くための意思決定にマクロに失敗し続ける構造を抱えている。人間の生存だけでなく、地球上のすべての生物との共存を志向する拡張生態系を基に構築された生活基盤と、それを情報面から支える市民科学が第四の「持続可能性の番人」として機能することで、近代以降の民主主義を新たな次元へとアップデートする最も包括的な人間活動を生み出すだろう。
【写真】Ivan Bandura on Unsplash
【構成】渡辺裕子
舩橋 真俊 ふなばし まさとし
社会学者の両親のもとに生まれる。小学校高学年で生命を科学することに関心を持つ。2004年、東京大学で生物学、数理科学を修め獣医師免許を取得。その後、フランスのエコールポリテクニク大学院にて物理学博士(Ph.D)取得。2010年、ソニーコンピュータサイエンス研究所にてシネコカルチャーのプロジェクトを立ち上げ、拡張生態系を社会に実装することによる生物多様性の回復と持続可能な人間社会の実現を目指す。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、SynecO 代表取締役社長、一般社団法人シネコカルチャー 代表理事。2022年より京都大学人と社会の未来研究院、社会的共通資本と未来寄附研究部門特定教授。
参考文献
1. Ripple, W. J. et al. “World Scientists” Warning to Humanity: A Second Notice, BioScience 67, 1026–1028 (2017).
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