システムリーダーシップの夜明け:変化を起こすのではなく、変化が生まれるように導く

システムリーダーシップの夜明け:変化を起こすのではなく、変化が生まれるように導く

「社会が変わる」と言っても、どれか1つの解決策では実現できず、複雑なシステム全体を変化させる必要がある。それは、ビジョンや解決策を示して先頭に立つ、英雄的なリーダーが解決に挑むのでは限界がある。問題に関わる多くの人々を支援し、「自分も変わるべきシステムの一部なのだ」と気づかせ、それぞれが変化を起こせるように導く存在―すなわち、システムリーダーが必要だ。システムリーダーシップの本質とは何か? どうすればシステムリーダーになれるのだろうか? 現在さまざまな場所で生まれつつある、これからの時代に欠かせないリーダーのあり方に迫る。

※本稿は、SSIR Japan 編『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。――スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10』より転載したものです。

ピーター・センゲ Peter Senge
ハル・ハミルトン Hal Hamilton
ジョン・カニア John Kania

2013年の終わりにネルソン・マンデラが亡くなると、世界中がその素晴らしい一生を称えた。しかし、マンデラの功績ばかりにスポットライトが当たったため、彼がなぜ南アフリカ共和国に、そして国境を越えてこれほどの長期的インパクトを与えることができたのか、その理由の多くには光が当たらなかった。マンデラは、分断された同国で取り残された人々をまとめ、共通の課題に集合的に向き合い、新しい国家をつくり上げていくために、さまざまな方法で介入していった。その意味でマンデラは、集合的なリーダーシップを生み出すことができるシステムリーダーの体現者であった。

マンデラは、1990年に自身が釈放されてから最初の全人種参加選挙までの不安定な4年間に、かつては禁止されていた黒人政党が集まって同国の未来に向けたいくつものビジョンをつくるという、シナリオ構築プロセスを支援した。異なるイデオロギーやその含意を皆でオープンに検討したことで、国を分断する対立の種となりかねない相違―たとえば重要産業の国有化の是非をめぐる見解の違い―を乗り越えた1

システムリーダーとしてのマンデラの活動を最も如実に示すのは、おそらく真実和解委員会(The Truth and Reconciliation Commission)だろう。これは、南アフリカ共和国の分断による精神的な傷跡を癒やす抜本的なイノベーションで、黒人と白人が力を合わせて過去と向き合い未来づくりに参加する取り組みだった。多大な犠牲を強いられた人々と、その犠牲が生まれる行動をした人々が互いに向き合い、真実を語り、許し、前進することは可能だというこのシンプルな考え方は、国の発展に向けた重要な意思表示であっただけでなく、この考え方があることで、集合的なリーダーシップが醸成されていった。実際このプロセスは、デズモンド・ツツ大主教やF・W・デクラーク元大統領のような人々のリーダーシップがなければ実現しなかっただろう。

それだけでなく、このプロセスは、同国の新たな現実を共に築く一歩に何千もの人々を参加させ、それによって、リーダーシップの本来の意味を体現した。「lead」はもともと「leith」というインド・ヨーロッパ語を語源としているが、その文字通りの意味は、「敷居を越える」である。つまり、敷居を越えて、最初の一歩を踏み出し、前進を制限するあらゆるものを手放すことなのだ。



歴史上、このようなシステムリーダーが今ほど求められている時代はない。私たちは既存の機関やその階層的な権力構造では太刀打ちできない、数々のシステムレベルの課題に直面している。気候変動、生態系の破壊、水不足の深刻化、若者の失業、根深い貧困や格差といった問題には、さまざまな組織、セクター、さらには国家によるかつてないコラボレーションが必要だ。そのため、この10年で国レベル、地域レベル、そして世界レベルで非常に多くの協働的な取り組みが始動している。しかし、参画する組織の内部あるいは組織間で、集合的なリーダーシップを醸成できなかったために頓挫する取り組みがあとを絶たない。

本稿の目的は、集合的なリーダーシップの醸成に必要となるシステムリーダーに関して、我々著者らが現在得ている学びを共有することだ。システムリーダーであることについて、またシステムリーダーとして成長し続けることについて、その意味を噛み砕いて説明したい。マンデラのような模範例を持ち出すと、彼らは特別で一般人とは次元が違うという印象が強くなりがちである。しかし我々は光栄なことに、多くの「マンデラ的」な人々と仕事をする機会に恵まれてきた。そしてその経験から、彼らには共通のコア能力があり、その能力は育成できると確信するに至った。公的な地位や権威は重要ではあるものの、我々はさまざまな地位の人々がシステムリーダーとして貢献する姿を目にしてきた。ロナルド・ハイフェッツがアダプティブ・リーダーシップの研究で示したように、これらのリーダーは、その他の人たち―特に問題を抱えた人たち―が、問題の克服に向けて集合的に学んでいけるように状況を整えていく2。そして何よりも、我々はシステムリーダーたちが1人の人間として成長する様子を見て、多くのことを学んだ。システムリーダーとしての成長は簡単なことではなく、進化を遂げる人は、自分の学びや成長に対して特別なコミットメントを尽くしている。彼らが通る「関門」を理解することで、このコミットメントを明確にし、これが選ばれし者たちだけの神秘的な領域ではないことを解き明かしたい。

今や多くの同志が「同じ川で泳いで」いる。つまり、私たちの文化的コンテクストで主流な考え方は依然として1人の英雄的リーダーという幻想に深く根ざしているものの、世界各地のさまざまな状況下で同志たちは集合的なリーダーシップを開拓しようとしている。この新たなタイプのリーダーシップを探求する中で、システムリーダーに関する私たちの学びを加速させる真の可能性が生まれるのだ。私たちが直面する、見えてはいるがはっきりとしない問題のスケールに合ったシステムレベルの変化をいかに引き起こし、導くのか。私たちは間違いなく、その学びの始まりの始まりにいる。

システムリーダーのコア能力

個々の性格やスタイルが大きく違っていても、本物のシステムリーダーが与えるインパクトは驚くほど似通っている。システム全体を健全なものにしようとする深いコミットメントが、周囲に刺激を与え、長い時間をかけて、他者の同じようなコミットメントを育む。システムリーダーは、自分とはまったく違う人々の視点から現実を見る力を持つが、それによって他の人たちにもよりオープンになることを促す。また、彼らはじっくり傾聴することから人間関係を構築し、そこから信頼と協働のネットワークが花開く。さらに、何かが成し遂げられるはずだという自信を持っていて、完全に計画ができあがるのを待たないため、かえって人々を自由にし、皆が一歩を踏み出して進みながら学ぶことを後押しする。実は、システムリーダーの貢献の中でも最大のものが、無知の強みから生まれることもある。この強みによって、自明と思えるような質問を投げかけたり、継続的な学びと成長を求めるオープンな姿勢やコミットメントを体現したりすることが可能になり、ひいてはこれらの行動が、より大きな変化の取り組みに浸透していくからだ。

このようなシステムリーダーの登場によって、それまで対立や無力感に悩まされてきた状況に余白が生まれ、手の施しようがないと思われていた問題がイノベーションの機会と捉えられるようになる。短期的で反応的な問題解決が、長期的な価値創出ともっとバランスのとれた解決策になる。そして組織の自己利益の文脈も再構成される。なぜなら、より大きなシステムの幸福を創出できるかどうかが、そのシステムの一部である自分や所属組織の成否を決めるということを人々が理解するからだ。
システムリーダーは、3つのコア能力を磨くことで、集合的なリーダーシップを育むことができる。1つ目は、より大きなシステムを見る能力だ。複雑な状況では、人はたいてい自分に都合のよい視点から、システムの中でもいちばんよく見える部分に注目する。このことは通常、懸案の問題について誰の視点が正しいか、という議論を引き起こす。複雑な問題についての共通理解を構築するためには、人々がより大きなシステムに目を向けられるように支援することが欠かせない。この共通理解に基づいて、協力する各組織が、それぞれの立場だけからでははっきりと見えない解決策を共に生み出したり、局所的な対症療法をただ追求するのではなくシステム全体の健全性のために協力したりすることが可能になる。

2つ目は、内省〈リフレクション〉と、より生成的な対話を促すことに関する能力だ。内省が意味するのは、自分の思考について考察すること、自分を鏡に映し、当たり前のものとして対話に持ち込んでいる先入観がないかを確かめること、そして、メンタルモデルがいかに自分を制約し得るかを理解することである。深く内省してそれを共有することは、組織や個人から成る集団が、それぞれの異なる意見を本当の意味で「聞き」、互いが見ている各々の現実を、頭でだけでなく感情としても理解し合うために欠かせないステップだ。このことは、不信がはびこる中で信頼を築き、集合的な創造性を育むための重要な出発点になる。

3つ目の能力の軸になるのは、集合的な着目点〈フォーカス〉を、反応的な問題解決から未来の共創へと移行することだ。多くの場合、望ましくない現状が変化の出発点になるが、有能なシステムリーダーは、人々が単に問題に反応するのではなく、前向きな未来のビジョンをつくり出せるように支援する。一般的にこのプロセスは、リーダーの後押しによって、人々が心の奥底にある願いを表現し、共に達成した目に見える成果から自信を得ながら、ゆるやかに進んでいく。この移行を実現するためには、人々を勇気づけるビジョンを見せるだけでなく、目の前の厳しい現実に向き合うことや、ビジョンと現実の緊張を利用してまったく新しいアプローチを生み出す方法を学ぶことも必要である。

このようなリーダーシップ能力については、組織学習に関する文献や、能力開発を支援するツールを通して多くが語られてきた3。しかし、そのような取り組みの多くはまだあまり知られていないか、知られているとしても、システムレベルの変化を目指す協働的な取り組みに関わる人々の間に限られている。

システムリーダーになるための関門

何年も前のことだが、我々のメンターの1人で、ハノーバー・インシュアランス・カンパニーのCEOだったウィリアム・オブライエンが、ある重要な問いを発した。「多くのビジネスリーダーが、ビジョン、明確な目的意識、成長を実現するための人材育成といった理想を掲げている。もしこのような狙いが広く共有されているなら、なぜそれを実現している組織がこれほど少ないのだろうか」。オブライエンの答えはシンプルだった。「それは、そのような企業をつくるために必要なコミットメントの本質を、ほとんどの人が正しく理解していないからではないか」。我々が考えるにこの洞察は、システムレベルの変化に向けた協働的なネットワークの構築に貢献しようとする、システムリーダー予備軍にも当てはまる。

システムリーダーが成長していく様子を観察していると、その成長には深いコミットメントが必要なことが繰り返し浮かび上がり、システムリーダー予備軍が成長の旅の始まりに通る関門が明確になってきた。この関門が旅路の全体を決めるわけではないが、旅がそもそも始まるかどうかを決めることは間違いない。この関門を通ることを躊躇する者は、システムリーダーシップについていかにも正しそうなことをいくら述べ立てても、その願いを体現するという点で大きく前進できる見込みは低いだろう。

注意の方向を変える―「あちら側」にある問題は「こちら側」にもあり、その2つがどうつながっているかを捉える

今やっていることをもっと懸命に、あるいはもっと賢く行うというアプローチでは、出てくる成果は大して変わらないだろう。本物の変化は、私たち自身も私たちが変えたいシステムの一部なのだと認識することからスタートする。私たちが正そうとしている恐れや不信は、私たちの中にも存在する。怒り、悲しみ、疑念、不満もそうである。私たちの行動は、その奥にある意識や思考の性質を変えない限り、より効果的なものにはならないだろう。

ロカ(Roca, Inc.)は1988年にボストン地区で設立された、地域の青少年の育成を目指す組織である。ロカが支援するのは主に、他に誰も支援しようとしない若者たちだ。ロカのスタッフの多くはギャングの元メンバーであり、現在は街頭に出て、現役のギャングたちが人生を方向転換するための支援をしている4。2013年には、ロカが行う仮出所者や前科者のためのプログラムに参加した高リスクの若者のうち、89%が再逮捕されることなく、95%が新たに規則違反を犯さず、69%が仕事を維持した。こうした成果を評価して、マサチューセッツ州は2013年、ロカと2,700万ドルのソーシャル・インパクト・ボンド*を契約した。この契約において、ロカはリスクのある若者たちが刑務所に入ることのないように活動し、達成した成果に応じた報酬を直接受け取ることになった5
ロカの成功に重要な役割を果たしてきたのが、支援対象となる若者との間に、変化につながる人間関係を構築する能力である。ロカはこれを、「徹底的な」働きかけと関係作りによって実行する。ロカの設立者でCEOのモリー・ボールドウィンは、「私たちの最初の仕事はシンプルで、子どもたちの前に『姿を見せる』ことです。事実として、いつでも頼れるような相手に人生で一度も出会ったことがない子がたくさんいるんです」と話す。

若者たちの前に姿を見せるということは、アメリカ先住民の平和維持手法である「ピースキーピング・サークル」のようなプロセスを用いるということだ。ロカはこの手法を、路上での揉めごとの解決から量刑審問や仮釈放審問に至るまで、さまざまな状況に応用している。この手法では、どんな状況でもすべての重要な当事者を集めてサークルを開き、1人ひとりが心の奥にある意図を短く言葉にすることから始める。サークルの核にある考え方は、個人に影響を与えていることはコミュニティにも影響を与えているため、両方を一緒に癒やす必要がある、というものだ6。ロカの青少年支援ワーカーであるオマール・オルテスは、「サークルでは互いに傾聴し合うことを学びます。すると、ある問題は誰か1人の問題ではなく、私たち皆の問題だということがわかるのです」と話す。

ピースキーピング・サークルをつくり上げるのは簡単なことではなく、それはボールドウィンにとっても同じだ。15年前にロカが初めてのサークルトレーニングを実施したときのことを、彼女はこう振り返る。「40人が集まりました。若者たち、警察官と保護観察官、コミュニティの住民や私たちの知人などです。しかしオープニングセッションの途中ですべてがめちゃくちゃになりました。人々は騒ぎ、少年たちは悪態をつき、皆が『そら見ろ! こんなことがうまくいくわけがない!』と言いました。セッションが壊れる様子を見るのは本当に辛いことでしたが、最後には、私は自分がいかに結束ではなく対立に加担していたか、いかにピースメーカーに程遠い存在だったかを理解できました。『私たちと彼ら』を分けて考えることの問題を心の底から理解し、私が個人的にも組織としてもその考え方を持ち続けていたことを痛感しました。『私が正しく、あなたは間違っている! 問題はあなたであって、私たちではない。なぜなら私たちは道徳的に上の立場にいるのだから!』と主張し続けることは、本当の意味で人々や状況を支援することを妨げる、大きな原因になっていました」

オットー・シャーマーとカトリン・カウファーは著書『出現する未来から導く』で、システムの変容に必要な3つの「開放」を示した。すなわち、「思考を開く(前提を再検討してみる)」「心を開く(自分の弱さを見せ、互いに本当の意味で傾聴し合う)」「意志を開く(すでに決まっている目標や課題を手放し、本当に必要なことや実現できることに目を向ける)」である。この3つの開放は、多くの変化に向けた取り組みに潜む盲点を克服する。多くの取り組みはしばしば、硬直した前提や課題を土台にしているが、システムの変容とは突き詰めれば、そのシステムを構成する人々の関係性を変容させることだという点を見落としている。リーダーがこのシンプルな真実を受け入れられない、あるいは受け入れようとしないために、それ以外の点においては善意に基づく変化に向けた取り組みの多くが失敗している。システムリーダーとしてのボールドウィンの成長は、自身が持つ偏見や欠点(そして、その欠点がいかにロカの活動の効果を妨げているか)に向き合おうとする意志と、組織全体の雰囲気をつくり上げるには時間がかかることを受け入れるオープンな態度から始まった。

このような思考と心と意志を開こうとする姿勢によって、ロカは、今や組織を取り囲んでいた壁をはるかに越えて広がり、ギャング、警察、裁判所、仮釈放委員会、学校、社会福祉機関をつなぐ重要な橋渡しとしての役割を果たすまでに進化している。実際のところ、ロカの重要な協力機関の多くは、ロカが活動するコミュニティにあるいくつもの警察署だ。警察官をしばしば敵と見なしていたかつての社会活動家たちがここまで来るには、長い道のりがあったのである。

戦略の方向を再設定する―変化の場を生み出し、集合的な知性と知恵を出現させる

あまり効果を生めないリーダーは、自ら変化を起こそうとする。これに対しシステムリーダーは、変化が生まれ、その変化が自律的に持続するような状況づくりに焦点を当てる。複雑な協働的な取り組みを成功させるための必要条件を解明していく中で、我々はこの戦略上の焦点の微妙な違いと、変化の場をどう生み出すかを学んでいる人が発揮するすばらしい力に、いっそうの価値を見出している。

ダーシー・ウィンズローの場合、システムリーダーへの旅が始まったのは、ナイキの先端研究部門の責任者としてガスクロマトグラフを用いた毒性分析をレビューした1998年のことだった。彼女は分析結果についてこう語る。
「当社の主力ランニングシューズの1つに含まれる化学物質が、初めて明らかになりました。自社商品やその製造過程に、既知の毒性物質や、未知のリスクをはらむ多数の化学物質が含まれているというこの結果を見て、商品担当副社長は驚くようなことを言いました。『私は何をすべきだと君たちは思うか』と聞いてきたのです。私たちは、彼こそがこの領域の責任者なのだから、答えがわかるはずだと思っていました。しかし、しばらくして理解しました。当社の商品に含まれる物質は、コストや機能、デザイン、素材をめぐる選択の結果として、そこに存在したわけです。本当に問うべきは『このきわめて複雑な問題への取り組みの先頭に立てる―そして立つべき―人物は誰なのか』だったのです」

その後の数週間から数カ月で、ウィンズローはひらめきを得た。
「ナイキはものづくり企業です。『イノベーションは私たちの本質である』が当社の第一の原則です。私たちが話をするべき相手はデザイナーでした。当時ナイキには約2万5,000人の社員がいましたが、その中でデザイナーはわずか300人ほどでした。変化の皮切りとなるクリティカルマスに必要な規模が5~10%なら、わずか15~30人程度です。俄然、それはそんなに大変なことではないと思えてきました。そこで私は彼らと話をしに行ったのです」

ウィンズローは報告書を持ってデザイナーたちを訪ね、その結果をただ見せて、どう思うかと聞いた。
「2分も話せば、その人が何かせずにはいられないと感じるかどうかがわかりました。そういう反応がなければ次に行きました。反応を見せた人にはもう一度会いたいと伝えました」

そして間もなくウィンズローは、意欲あるデザイナーや、商品開発にかかわるその他の人々を集め、新たなネットワークが形成され始めた。
「優秀なデザイナーに、何かは不可能だ―たとえば、接着剤を使わずに世界トップレベルのランニングシューズをつくることなんてできないだろう―と言うと、ものすごくやる気を出します。彼らはこのような難題に引きつけられるのです」

それから2年以内に、約400人のデザイナーと商品マネジャーを集めた2日間のサミットが開催された。そこで、主だったサステナビリティの専門家や経営幹部が一緒になって、サステナビリティに配慮したデザインコンセプトを検討した。ナイキの内部で1つのムーブメントが生まれたのである。

現在ではナイキの取り組みが刺激となり、スポーツアパレル業界全体で、廃棄物、毒性、水や電力の問題に関する集合的なリーダーシップが発揮されている。たとえば、グリーンピース、ナイキ、プーマ、アディダス、ニューバランスなどの共同の取り組みである「有害化学物質排出ゼロを目指す共同ロードマップ」は、システム全体で主要毒物を特定し、中国をはじめとして世界のスポーツアパレル製造業界全体で有害化学物質の排出ゼロを達成することを目指している7(ウィンズローは2008年にナイキを離れ、現在はアカデミー・フォー・システムズ・チェンジの代表を務めている)。

変化の場を生み出すための関門を理解するという点で、私たちは皆、学習曲線の急上昇フェーズにいる。しかし変化の場の創出は、協働的な取り組みが始まるときだけでなく、そこから最終的に何が生まれ出るか、という点においても非常に重要だと思われる。数年前、本稿の共著者であるジョン・カニアは共同執筆論文を発表したが、ある綿密なコラボレーションのアプローチを「コレクティブ・インパクト」と名付け、さらにその取り組みにおいて大きな前進を果たすための5つの条件を説明した8。そして今、我々がコレクティブ・インパクトをもたらす有効な取り組みの調査と観察を続ける中で、この5つの条件以上に存在感を増しているものがある。それは、綿密に設計された利害関係者の参加プロセスを通して徐々に形成される、集合的な知性である。そしてその性質は、我々が決して事前に予想できなかったものだ。

システムレベルの変化はデータや情報だけでは成し得ない。真の知性と知恵が必要なのだ。我々のシステム思考のアプローチを形作ったシステムダイナミクスの創始者、ジェイ・フォレスターは、複雑な非線形システムが「直感に反する動き」を示すことを指摘した。彼はその説明として、政府による多くの介入が、測定可能な症状を短期的に改善することを狙い、結局は根底にある問題をさらに深刻化させて失敗していることを挙げた。たとえば都市部の治安維持活動を強化して短期的に犯罪率の抑制に成功するが、根深い貧困の源を是正する措置を取らないがために、長期的な受刑率が上昇するといった例である9。同じくシステム思考の先駆者であるラッセル・エイコフは、知恵とはある介入の短期的効果と長期的効果を区別できる能力だ、と説いた10。問いは、レバレッジの低い(つまり労力に比して効果が小さい)対症療法的な介入を求めるプレッシャーを越えていくような知恵が、実践の場からいかにして生まれるかということである。

ボールドウィンやウィンズローのようなシステムリーダーは、集合的な知恵を工場で大量生産したり、前もって計画に入れておいたりするのは不可能だということを理解している。また、あらかじめ決められた改革アジェンダを「推進」しようとするリーダーが、集合的な知恵をもたらす可能性は低いだろう。システムリーダーはその代わりに、場を生み出すことに尽力する。そこでは問題を抱えて生きる人々が集まって真実を語り、本当に起きていることについて深く考え、一般的な見方にとらわれずに選択肢を模索し、行動と内省の漸進的なサイクルと時間をかけた学びを通してレバレッジの高い変化を模索する。複雑な問題にたやすく出せる答えはないと知っているシステムリーダーたちは、新たな考え方や行動、あり方が次第に生まれていくような熟成プロセスを通じて、時間をかけて集合的な知恵が出現する環境を整えるのである。

システムリーダーシップに馴染みのない者にとって、場を生み出すという態度は受動的で、ともすれば弱腰だと感じられるかもしれない。強力なリーダーシップとは、何よりもまず計画を遂行することだと考えるからだ。もちろん計画は常に必要だ。しかしオープンさがなければ、まるで当初の航路を守ることに懸命になるあまり、風の変化に合わせて針路を調整しようとしない船乗りのように、出現しようとしているものを見逃す可能性がある。さらに重要なこととして、場をつくり出す、本当の問いについて人々に考えてもらう、隠れたアジェンダなどない明らかな意図のもとに人を集めるなど一連の行動を意識的に実践することは、「自分の」計画に人々を従わせようとする場合とはまったく異なるエネルギーを創出する。ウィンズローがデザイナーたちを訪ねたとき、彼女は基本的なデータとともに、「これについてどう思いますか。私たちはどうするべきでしょうか」という大きな問いを投げかけた。彼女は15年にわたって、コラボレーションと、共通のコミットメントが実現したすばらしいネットワークの構築に成功し、その影響は今も広がり続けているが、その始まりはこの基本的な戦略の転換にあったのだ。システムリーダーは、計画と場がリーダーシップの陽と陰であることを理解している。両方とも必要だが、それにも増して必要なのは、両者のバランスをとることである。

とにかくやってみる―すべての学びは「やってみる」から生まれ、実践は本質的に成長につながる

コラボレーションの歴史が浅く、メンタルモデルが違い、それぞれが異なる―ときには対立しているようにも見える―目的を持つ多様な利害関係者を集めることは、リスクの高い行為である。優れた意図があるだけでは不十分だ。スキルが必要なのである。しかしスキルは実践によってのみ培われる。誰もがシステムレベルの変化のためのツールを欲しているが、自分や周りの人々の能力を育てるために十分熟練したうえでツールを使いこなす準備ができている人はあまりにも少ない。

だからこそ、ボールドウィンやウィンズローをはじめとするシステムリーダーは、固定化したメンタルモデルによって見えにくくなっているより大きなシステムに目を向けられるように人々を支援すること、真のエンゲージメントや信頼が徐々に生まれていくようなさまざまな対話を促すこと、出現しつつある可能性を感じ取り、集合的な着目点〈フォーカス〉を単なる問題への反応的な対応から集合的な創造性の発揮へと移行させることについて、「やってみる」ことをやめないのである。実践は内向きにも外向きにも行われるが、そのための規律が必要なのだ。

幸いにもここ数十年で、システムリーダーシップのコア能力を開発するためのツールが、さまざまな領域で多数登場している。中でも重要なのは、実践でも役に立つと“同時”に、人々の世界に対する考え方や捉え方に影響を及ぼす、という2つの機能を持つツールである。発明家のバックミンスター・フラーの言葉を借りれば、「人の考え方を変えようとするのは諦めよ。あなたが他人の考え方を変えることはできない。彼らにツールを与えよ。それを使うことで、その人が徐々に違う考え方をするようになるツールを」ということだ。

ここからは、そうしたツールをいくつか取り上げて、リーダーシップの各種コア能力の開発に生かす方法を紹介する。

▪ より大きなシステムを視野に入れるためのツール

人々がより大きなシステムに目を向けることを支援するツールは、多様な利害関係者の異なるメンタルモデルを統合し、より包括的な理解を生み出す。その出発点はたいていシンプルな問いかけであり、たとえばウィンズローの場合は「私たちの商品に何が含まれているか知っていますか?」だった。教育者なら「学校の外でこの子どもに何が起こっているのでしょうか?」となるかもしれない。この問いかけを拡張していくときに使えるのが「システムマッピング」の手法で、利害関係者たちがふだん前提にしている境界線〈バウンダリー〉を越えて関係性や相互依存性を視覚的に捉えることに役立つ。

たとえば、小児喘息の治療結果の改善に注力するダラスの取り組みでは、医師、病院管理者、コミュニティの諸団体、保険会社、市の保健担当者、宗教系の団体、インフラ・建造環境の専門家、フィランソロピスト(慈善家)、公立学校で構成される運営委員会においてそれぞれが協力し合って、自分がその一部である子どもの健康をめぐるシステムのマップを作成した。この取り組みのリーダーたちは、小児喘息の全体像を描き出すためには異なるすべての視点が必要だという点で、あらかじめ合意した。また初期の対話を進めていく中で、喘息の治療成績が芳しくない原因や解決策に関する参加者それぞれの見解が異なることも明らかになった。

同グループが作成したシステムマップは、参加者全員がシステムの全体像をよりよく把握することに役立った。また専門家1人ひとりが、子どもの健康に影響を与える要因のうち、それぞれの仕事の中だけでははっきりと見えないものを把握することにも役立った。最終的に同グループは「喘息から健康への方程式」を作成した。これはシステムマップから得られた知見に基づいて、喘息の誘発要因に関する医学的情報、喘息管理の方法、家族やコミュニティが喘息の子どもたちの自己効力感を促進する支援体制をつくるためにどんなリーダーシップを発揮できるかを、イラストの形で表現してまとめたものである(右図「喘息治療のシステムマップ」参照)。このマップが特に役立ったのは、臨床の専門家が、臨床的介入という視点だけでなく、家族やコミュニティが喘息に与える影響という見過ごされがちな視点をも取り入れたことだった。また医療関係者ではない参加者、たとえば学校や公営住宅の管理者が、自らの行動が医療コミュニティとどのように関連するのかを、より明確に理解することにもつながった11

▪ 内省と生成的な対話を育むためのツール

内省と、問題解決につながる行動に必要な知識を得たり考えを深めたりするための生成的な対話を支援するツールが狙うのは、参加者が複雑な問題について他者の視点を「試着してみる」時間を確保できるように、グループのペースを落ち着かせることである。この種のツールは、組織や個人が自身に染み付いている思い込みを再検討し、修正し、多くの場合はそれを手放せるようにする。ロカが用いたピースキーピング・サークルや、ウィンズローが実行した対話〈ダイアログ〉インタビューがその例だ。

それ以外に、多くのシステムリーダーがよく使っていた2つのツールが「ピア・シャドーイング」と「ラーニング・ジャーニー」だ12。世界最大級の食品メーカー、国際的NGO、各国NGOなど70以上の組織(半分がNGO、半分が企業)のネットワークで、「持続可能な農業を主流システムにする」ことに共同で取り組むサステナブル・フード・ラボ(Sustainable Food Lab)の構築には、この両方が使われてきた。

オックスファム、ユニリーバ、W・K・ケロッグ財団の呼びかけで2004年に始まった同ラボでは、食品メーカー、社会や環境に関わるNGOなどの経営幹部ら30人から成るチームが、互いの組織で時間を過ごしたり、一緒に現場訪問に出かけたりすることを通して、それまで見えていなかった食品システムの側面を理解した。たとえば企業幹部は農業協同組合を訪ね、社会活動家は多国籍食品メーカーのオペレーションを観察した。ユニリーバの取締役で、ラボの設立メンバーの1人であるアンドレ・ファン・ヘームストラは、「業務や成果を追いかけて忙殺される毎日では、こんなことが起こるなんてほぼありえません」と述べた。

企業とNGOからの参加者の間で、個人として、また専門家としての相互理解が深まるにつれて、徐々に認識の不一致が少なくなり、異なる視点の生み出す力が育っていった。ある企業からこのプロセスに参加して1年ほどになるメンバーは、「実際、私たちの世界の見方は非常に異なっていて、そしてそのことが私たちの最大の強みなんです」と述べた。

今やサステナブル・フード・ラボは、協働的なプロジェクトの強力な育成の場になっている―たとえば、健全な農村コミュニティと生態系に基づいた、長期的に安定する世界規模のサプライチェーンをどうしたら運営できるのかを、企業とNGOが共に学ぶプロジェクトがある。そしてプロジェクトや集まりには、ラーニング・ジャーニーをはじめとする手法がたびたび取り入れられている。

ピースキーピング・サークル、対話インタビュー、ピア・シャドーイング、ラーニング・ジャーニーといった手法には、観察と深い対話のための「推論のはしご」と呼ばれるシステム思考に基づいたアプローチが組み込まれている13。このはしごを使う実践に力を入れるシステムリーダーは、自分がどのデータに気づいたり気づかなかったりするのかや、どんな結論を出すかといった、自分の認識を形作る際に作動しがちな無意識の前提に、もっと注意を向けることを学ぶ。このはしごはまた、主観的な前提を真実として主張してしまう振る舞いを方向転換し、人々が実際に抱えている事実と、それを解釈する際の人々の論法を区別して見極めるための道筋も示す。ウィンズローはこれを「協働による変化を目指すリーダーのネットワーク構築を実現する、より深い傾聴に不可欠なツール」と呼ぶ。

▪ 反応的な対応から未来の共創へと移行するためのツール

反応的な対応から共創へと移行する力を伸ばす基本となるのは、次の2つのことをしっかりと問うことだ。「私たちが本当に生み出したいものは何か」、そして「現状はどうなっているか」である。この2つの間にビジョンと現実のギャップが見えてくるが、それは「創造的緊張(クリエイティブ・テンション)」であり、さながら2つの柱の間に張られたゴムひものようにエネルギーを生み出す。自分や他者が創造的緊張を生み出し、それを維持できるようにするのは、システムリーダーが行うべき実践の1つになっている。

我々が観察した中でも、創造的緊張を体現し、多数の利害関係者がからむ大規模な取り組みに役立つアプローチの1つが、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)サミットだ。2010年に始まったある取り組みでは、ニューヨーク州の少年司法制度の改革を目的として、警察、草の根の活動家、裁判所、保護観察官、州の機関、民間機関、教育機関、医療提供者、慈善団体を集めるためにAIサミットが用いられた14。最初の段階で、20の利害関係者から成るこのグループ(実際、ある訴訟の当事者同士も含まれていた)が合意に到達できると考える参加者はほとんどいなかった。しかし、これまで本当の対話のために彼らを集め、共有し合えるビジョンを探ろうとする人など、誰もいなかったのである。

最初に参加者たちは、「ニューヨークの再犯率が全米で最も低くなり、ニューヨーク州の少年司法制度が全国のコミュニティのモデルになった姿」を、集合的に思い描くように促された。そうして感動的な未来を集合的に想像したことによって、まるで魔法のように活気が生まれ、最後には、彼らが協力して取り組める2つの目標―治安を改善することと、州の司法制度によって被告人にされた若者たちを効果的に更生させること―について合意したのである。

このグループは10カ月以内に、これらの目標を本格的な改革プランに落とし込んだ。そして1年後、改革プランの内容が州知事に採用され、法制化され、州全体のコミュニティに展開された。本記事の執筆時は改革の3年目に当たるが、ニューヨーク州の少年司法制度のもとで勾留中の若者の数は45%減少し、犯罪はまったく増加していない15。当初からの参加者の多くがAIサミットについて語ったのは、過去の現実にとらわれた人々を、魅力的な未来に胸を躍らせる組織や個人のネットワークへと一変させた、重要なイベントだった、というものだ。
この例は、我々が幾度となく目にしてきたことを示している。問題解決から創造への移行という基本的な考え方はシンプルなものだが、計り知れないインパクトを生み出しうる。ウィンズローはこう述べる。「マネジャーである私たちは皆、問題解決が得意です。しかし、望んで“いない”物事への反応にとらわれて、人々が『本当に望んでいること』に対する気持ちや想像力に触れることや、そこから生まれるエネルギーを『私たち対彼ら』のマインドセットを超えるために使う、ということがまったくできない状態に陥りがちです」。そしてもう1つ我々が確認したのは、集合的で創造的なアプローチが最も確実に育まれるということである。それは、人々がより大きなシステムに目を向けられるように支援し、内省を促し、質の異なる対話をすること―すべてAIサミットが推進していることでもある―と連動したときに起こるのだ。

最後に付け加えておきたいのは、システムリーダーたちは、上記のような学習ツールを用いて実践するグループの構成や特徴に常に気を配っているということだ。ツールが本当に成長をもたらすものとなるのは、自己の成長に対してオープンな人の手に渡ったときだけだからだ。しかし、オープンだが行動する力のないグループもあれば、行動する力はあるがオープンではないグループもある。完璧なグループなど存在しない。だからこそシステムリーダーが「適切な人を部屋に集める」という高度な技術を発揮することに終わりはないのである。

システムリーダーへの道を進むためのガイド

明らかに、システムリーダーになる道のりは簡単な旅路ではない。どんな困難な仕事でもそうであるように、いくつかのシンプルなガイドを心に留めておくことが有効だ。

現場で学ぶ

システムリーダーとしての成長は終わりのないプロセスなので、成功するためにはそれを仕事そのものに織り込んでおく必要がある。トレーニングなどの一時的な介入も役に立つだろうが、こうしたものは持続的な内省とコラボレーションを後押しするような職場の文化に組み込まれることで、最大の効果を発揮する。大半の組織は目の前の仕事をこなすことだけで消耗してしまう。また、ほとんど見返りのないようなスタッフ育成に多大な支出をしている組織もある。そこにしばしば欠けているのは、仕事自体をいかに成長につながるものにするかという明確なビジョンである。つまり成果、プロセス、人としての成長を織り込んだ変化のモデルを採用し、それをロカのピースキーピング・サークルやサステナブル・フード・ラボのラーニング・ジャーニーのような成長につながる実践手法に組み込むことで日常において運営可能なものにする必要があるということだ。

主張と傾聴のバランスを取る

変化には必ず、熱心な支持者が必要である。しかしそうした支持者はしばしば、自分の見解にこだわって、異なる見解を持つ人々へ効果的に働きかけることができなくなる。効果的なシステムリーダーが、聞く能力や、相容れない見解に耳を傾けようとする意欲を高め続けるのはこのためである。本当の傾聴を通じてリードしようと言うのは簡単だが、それは熱心な支持者たちにとって奥深い成長への旅を伴うものだ。支持者たちは、協働的なネットワークが成熟していくにつれて、主張と傾聴のバランスを制度的に確立する方法を学んでいく。たとえば、サステナブル・フード・ラボには非常に多くの熱心な支持者がいる。ラボのNGO−ビジネス運営委員会は、これらの支持者による熱心な主張が他の人々に(たとえその内容には賛同していても)防衛反応を起こさせてしまうリスクを理解して、すべての主要ミーティングを「売り込みなしの場」にすることを宣言した。つまり自分のアジェンダに他の人を引き込もうとする場ではなく、皆で一緒に考える安全な場としたのである。

境界を越えて人々に働きかける

人はたいてい、見解や来歴を共有する相手と一緒にいるときに最も心地よく感じるものだ。しかしこの快適な範囲〈コンフォートゾーン〉の中で活動している限り、システムレベルの変化に必要な多様な関係者―たとえばロカにとっての警察、サステナブル・フード・ラボに参加したNGO設立者たちにとっての多国籍食品メーカーなど―に働きかけることには決してつながらない。境界の向こう側に手を差し伸べることはどのような場面でも困難だが、とてつもない見返りを生む可能性がある。ウィンズローは「システムを別の視点から見て初めて、イノベーションが実現することが多いのです」と述べている。

手放す

システムリーダーには戦略が必要だが、最も効果的なリーダーは、「エネルギーに従うこと」、そして予想外の道や機会が出現した場合には戦略を横に置くことを心得ている。サステナブル・フード・ラボの場合、それまで持続可能な農業にほとんど力を入れてこなかった多くの企業が、リーダーの役割を果たすようになったが、これは巧みなシステムリーダーたちの助けで、より大きな全体像に目を向けるようになった結果だ。たとえばある企業では、「低所得層向け」ビジネス推進の担当者が行き詰まっていた。その女性が副社長に農村の低所得層の窮状を訴えたところ、副社長は同情を示しながらも、それは慈善活動の領域なのだから企業財団に相談するべきだと答えた。するとその女性の同僚の1人が、副社長は重要商品の長期的な供給について大きな不安を持っており、その点で彼女の問題意識と一致するのではないかと指摘した。そこでその女性が副社長に、自社が農家コミュニティの幸福のために投資しなければ、会社が重要な食料品を調達できなくなる可能性があると説明したところ、「なぜ先日は、そうしなければ当社の製品を店頭に出せなくなると言わなかったのだ」という質問が返ってきた。現在この会社は、食品サプライチェーンにおけるイノベーションの世界的なリーダーとなっている。この女性は「低所得層の擁護者という自分の立場を手放して初めて、多忙なマネジャーたちに、どのように彼らが理解できるように問題を伝えればよいのかがわかりました」と述べた。

自分のためのツールキットをつくる

有効なツールやアプローチが多種多様に存在し、ますます増えている今、システムリーダーは何が利用可能なのかを十分に把握しておく必要がある。我々の仕事では、さまざまな領域に由来するツールを頻繁に活用している。たとえば、システム思考と組織学習のための「5つのディシプリン」アプローチ、「U理論」や「プレゼンシング」、「アプリシエイティブ・インクワイアリー」、「免疫マップ」、ロカの「ピースキーピング・サークル」、レオス・パートナーズが開発した「チェンジ・ラボ」や「シナリオ・プランニング」などである16。最近、我々研究者の一部では、システムレベルの変化のための総合ツールキットを提供するべく、これらのツールを体系化する作業を開始した17。ただし気をつけてほしいのは、ツールキットをつくることは、ただ矢筒に矢を入れる以上の活動であるということだ。しっかりとした実践を経て、射手になるための方法を時間をかけて学ぶことが大切なのである。

他のシステムリーダーと協働する

より効果的なシステムリーダーになるために成長していくのは、大変な作業だ。目に見える成果を上げなければならないプレッシャーや困難もある状況下で、この能力開発を遂行する必要がある。どれほど実績のあるシステムリーダーでも、自分1人でできると考えるのは軽率だろう。我々の見る限り、効果的なシステムリーダーがパートナーなしで大きな成功を収めた例はない。願いや課題を共有できるパートナー、困難な変革に立ち向かいつつ自分自身の成長を後押ししてくれる―つまり、仕事の時間と、内省や行動や沈黙にかける時間とのバランスを取ることをサポートしてくれるようなパートナーが必要なのだ。また、それぞれが成長の旅の異なるステージにある仲間と交わることも必要である。さらに、時間に追われる切迫した状況の中で、予期しない出来事の出現を受け入れることも必要である。同じ旅路を歩んでいる他の人とつながることは、道中を明るく照らし、組織やシステムの変化のペースが自分自身の変化のペースよりも遅いと感じるときに必要な忍耐力を養う助けになるだろう。

覚醒の夜明け

我々は、今この時代にはシステムリーダーシップが欠かせないと確信しているが、その背後にある考え方は、実は相当古い。約2,500年前に、中国の哲学者である老子が、集合的なリーダーシップを広げていく人物像について雄弁に説明している。

悪いリーダーは、人々に蔑まれる。
良いリーダーは、人々に尊敬される。
最高のリーダーは、人々に「自分たちの力でやった」と言わせる。

今の現実における問いは「気の遠くなるようなシステムレベルの課題に私たちが立ち向かえるようになるために、十分な数の効果的なシステムリーダーが現れることは現実的に望めるのか」である。いくつかの理由から、楽観できると我々は考えている。

第1に、重要な社会課題が持つ、相互に関連し合う性質が徐々に明らかになるにつれて、物事をシステムとして捉えようとする人が増えている。システムレベルのアプローチと集合的なリーダーシップがコインの裏表であることを見抜ける人の数はまだクリティカルマスに達していないものの、実践的なノウハウの基礎は築かれつつある。

第2に、過去30年でシステムリーダーを支えるツールが劇的に増えている。その一部は本稿で触れた通りだ。正しいツールを、正しいタイミングで、オープンな正しい精神で戦略的に使用することを通して、利害関係者が集合的な成功を生み出す力が飛躍的に伸びる例を、我々は数え切れないほど目にしてきた。人々の関心が正しい方向にシフトすると、取り組もうとする問題の複雑さに見合ったコラボレーションのネットワークが生まれ、それまで手がつけられなかった状況がほぐれ始めるのである。

そして最後に、本当の変化のプロセスに対する渇望は、いまだ明確に表現されているとは言いがたいものの広く存在する。だからこそマンデラのような人物が、あれほど人々の心を打つのだ。最も困難な問題への対処に用いられる戦略があまりにも表面的なため、問題の深層までたどり着けないのではないかという不信感が広がっている。このような状況は、運命論的な感覚―我々の社会、生物、経済、政治的システムは、どのみちカオスと機能不全の方向に押し流されていくのだという静かな絶望感―を生みやすくするかもしれない。しかし一方で、新たな道を模索するために、人々のオープンさを高めるきっかけになる可能性もある。わずか数年前と比べてみても、より踏み込んだ変化の口火を切って導いていこうと、表面的なものにとどまらない新たなアプローチを探求する人が大勢現れている。本稿で紹介した組織や取り組みが成功を収めたのは、人々の内側の変化と外側の世界の変化はつながっている、という認識の広がりがあったからだ。これから我々がさらに覚醒していく中で、集合的なリーダーシップを推進するシステムリーダーはますます増えていくだろう。 

【翻訳】友納仁子
【原題】The Dawn of System Leadership (Stanford Social Innovation Review, Winter 2015)

ピーター・センゲ Peter Senge

マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院の組織学習センター上級講師兼ディレクター。組織学習協会(SoL)設立者兼初代会長。アカデミー・フォー・システム・チェンジ(Academy for Systems Change)共同設立者。著書に『学習する組織』(英治出版)、共著に『出現する未来』(講談社)、『持続可能な未来へ』、『フィールドブック 学習する組織「5つの能力」』(以上、日本経済新聞出版社)、『学習する学校』(英治出版)など。

ハル・ハミルトン Hal Hamilton

サステナブル・フード・ラボ(Sustainable Food Lab)ディレクター、アカデミー・フォー・システム・チェンジ共同設立者。これまでにサステナビリティ・インスティチュート(Sustainability Institute)、センター・フォー・サステナブル・システムズ(Center for Sustainable Systems)のエグゼクティブディレクターを務めた。

ジョン・カニア John Kania

FSG 取締役兼マネージングディレクター。同社のコンサルティングプラクティスを統率する。本書収録論文「10 コレクティブ・インパクト」共著者。『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』への寄稿多数。

(訳注)
* ソーシャル・インパクト・ボンド:行政と民間の金融機関が連携し、社会的インパクトを目指す事業を支援するための、投融資スキーム。このスキームに参画する資金提供者には、事業が目指す成果や社会的インパクトを達成した場合、行政からそれに見合った金銭的リターンが還元される
* ピースキーピング・サークル:「全員が対等で発言する機会がある」「共通の目標に向けて協力し合う」「合意によって意思決定する」などの原則にのっとった、協働で平和な関係性を築くための場づくりのアプローチ。「ピースメイキング・サークル」と呼ばれることもある

(原注)
1 Adam Kahane, Solving Tough Problems, San Francisco: Berrett-Koehler, 2004.〔アダム・カヘン『手ごわい問題は,対話で解決する―アパルトヘイトを解決に導いたファシリテーターの物語』ヒューマンバリュー訳,ヒューマンバリュー,2008年〕
2 Ronald Heifetz, Leadership Without Easy Answers, Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1994.〔ロナルド・A・ハイフェッツ『リーダーシップとは何か!』幸田シャーミン訳,産能大学出版部,1996年〕
本稿著者の1人であるジョン・カニアが,Ronald Heifetz, John Kania, and Mark Kramer, “Leading Boldly,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2004.の中で,社会的変化の文脈で研究した.
3 システム思考と組織学習ツールについては,次の書籍の要約が参考になる.
Peter Senge, Art Kleiner, Charlotte Roberts, Richard Ross, and Bryan Smith, The Fifth Discipline Fieldbook, New York City: Doubleday, 1994.〔ピーター・センゲ他『フィールドブック 学習する組織「5つの能力」―企業変革をチームで進める最強ツール』(柴田昌治,スコラ・コンサルト監訳,牧野元三訳,日本経済新聞出版社,2003年〕
Peter Senge, Art Kleiner, Charlotte Roberts, Richard Ross, and Bryan Smith, The Dance of Change, New York City: Doubleday, 1998.〔ピーター・センゲ他『フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか?』(柴田昌治,スコラ・コンサルト監訳,牧野元三訳,日本経済新聞出版社,2004年〕
Peter Senge, Nelda Cambron-McCabe, Timothy Lucas, Bryan Smith, Janis Dutton, and Art Kleiner, Schools that Learn, New York City: Doubleday, 2013.〔ピーター・M・センゲ他『学習する学校―子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する』リヒテルズ直子訳,英治出版,2014年〕
4 人口で世界の5%に満たない米国が,服役囚の数では世界の25%を占めており,受刑率に大いに偏りがある.米国司法省によると,アフリカ系の米国人男性の3人に1人が生涯のうちに刑務所に入ると予測される.これに対しヒスパニックの場合は16%,白人の場合は6%である.
5 プログラムの成功に対する支払いとして,服役期間の減少分に応じて,ニューヨーク州の収監費用(1人当たり年間4万5,000ドル)の一定割合をロカが受け取る.収監者数を十分に抑制できない場合,ロカの損失となる.抑制に成功すれば利益となり,それを支援対象の若者を増やす資金として使用する.アイデアは単純だが,これほどの規模で実行された例は過去になかった(Boston Globe, September, 2013).
6 http://www.restorativejustice.org/university-classroom/01introduction/tutorial-introduction-to-restorative-justice/processes/circles
7 http://www.roadmaptozero.com
8 John Kania and Mark Kramer, “Collective Impact,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2011.〔本書収録論文「10 コレクティブ・インパクト」〕
9 同様の問題は多くの財団法人の戦略に影響を及ぼしており,現状のシステムレベルの現実ではなく,一般的にその財団法人が恣意的に決める期間内の達成を目指す「測定可能な結果に対する説明責任」を重視することがもてはやされている.
10 Russell L. Ackoff, “From Data to Wisdom,” Journal of Applied Systems Analysis, 1989, vol. 16, pp. 3-9.
11 システムマッピングの多くのアプローチの中でも我々が好むのは,重要な因果関係や,レバレッジの高い/低い介入を特定することに役立つシステムダイナミクスの手法に基づくアプローチである.以下を参照.
Jay W. Forrester, Collected Papers of Jay W. Forrester, San Jose: Pegasus Communications, 1975.
John Sterman, Business Dynamics: Systems Thinking and Modeling for a Complex World, New York City: McGraw Hill, 2000.〔ジョン・D・スターマン『システム思考―複雑な問題の解決技法』(枝廣淳子,小田理一郎訳,東洋経済新報社,2009年〕
12 対話インタビュー,ピア・シャドーイング,ラーニング・ジャーニーの詳細は,C・オットー・シャーマー『U理論―過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』(中土井僚,由佐美加子訳,英治出版,2010年〔第二版の邦訳版は2017年〕)Otto Scharmer, Theory U, San Francisco: Berrett-Koehler, 2008およびwww.presencing.comを参照のこと.
13 Senge et al., op. cit.〔ピーター・センゲ他『フィールドブック 学習する組織「5つの能力」』など〕を参照.
14 David L. Cooperrider, Diana Whitney, and Jacqueline M. Stavros, Appreciative Inquiry Handbook, second edition, Brunswick, Ohio: Crown Custom Publishing, 2008.
15 ニューヨーク州刑事司法部(New York State Division of Criminal Justice Services:DCJS):統一犯罪統計報告書および事件報告システム(Uniform Crime Reporting and Incident-Based Reporting System),保護観察作業負荷システム(Probation Workload System),DCJS司法運営事務局の家庭裁判所JD/DF訴訟処理データベース(DCJS-Office of Court Administration Family Court JD/DF Case Processing Database).
ニューヨーク州児童家庭サービス局の勾留・施設収容データベース(New York State Office of Children and Family Services detention and placement databases).
16 Peter Senge, Bryan Smith, Nina Kruschwitz, Joe Laur, and Sara Schley, The Necessary Revolution, New York City: Doubleday, 2008.〔ピーター・センゲ他『持続可能な未来へ―組織と個人による変革』有賀裕子訳,日本経済新聞出版社,2010年〕
Peter Senge, The Fifth Discipline, New York City: Doubleday, revised edition, 2006.〔ピーター・M・センゲ『学習する組織―システム思考で未来を創造する』枝廣淳子,小田理一郎,中小路佳代子訳,英治出版,2011年〕
Otto Scharmer and Katrin Kaufer, Leading from the Emerging Future, San Francisco: Berrett-Koehler, 2013.〔C・オットー・シャーマー,カトリン・カウファー『出現する未来から導く―U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する』中土井僚,由佐美加子訳,英治出版,2015年〕
Cooperrider, Whitney, and Stavros, op. cit.
Robert Kegan and Lisa L. Lahey, Immunity to Change: How to Overcome it and Unlock Potential in Yourself and Your Organization, Cambridge, Mass.: Harvard Business Press, 2009.〔ロバート・キーガン,リサ・ラスコウ・レイヒー『なぜ人と組織は変われないのか―ハーバード流 自己変革の理論と実践』池村千秋訳,英治出版,2013年〕
Adam Kahane, Transformative Scenario Planning, San Francisco: Berrett-Koehler, 2012.〔アダム・カヘン『社会変革のシナリオ・プランニング―対立を乗り越え、ともに難題を解決する』小田理一郎監訳,東出顕子訳,英治出版,2014年〕
17 現在までに,システムレベルの変化のプロセスに使用された130種のツールを特定している(www.academyforchange.org).

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