地域・都市問題

「創造的過疎」という発想の転換は何をもたらしたか

「神山まるごと高専」に至る30年で最も大切にしたこと

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 05 コミュニティの声を聞く。』のシリーズ「コミュニティの創造と再生をめぐる『問い』」より転載したものです。

大南信也|Shinya Ominami

神山町の”成功”は本当か

徳島県名西郡神山町。私はこの人口5000人弱の「田舎」で、30年以上にわたりさまざまな取り組みを続けてきた。Sansan株式会社などのIT企業のオフィス誘致の成功や、最近では19年ぶりの新設高等専門学校となった「神山まるごと高専」の開校などといったニュースで神山町のことを知っている方もいるかもしれない。多くの方から「神山町は地域創生に成功していてすごいですね」と言われることも増えた。

しかし、こうしたことすべてが狙い通りだったわけではない。地域の取り組みは「こうすればああなる」というものではなく、長い目で見て、そのときそのときにやれることをやっていくしかないことがほとんどだ。いまの神山町があるのも、そうした目先の結果にとらわれずに地域の課題や人と向き合い続けてきたからにすぎない。では、どうすれば長期的な視野で地域と向き合い続けることができるのか。私の半生を振り返りながら考えてみたい。

「田舎」をワクワクする場所に変えるには

1970年代後半に、アメリカのスタンフォード大学大学院へ留学した。「シリコンバレーの父」と呼ばれるフレデリック・ターマン教授が工学部長を務めた大学である。私はシリコンバレーで暮らし学ぶなかで、「何かが起こりそうな雰囲気」を肌で感じていた。クリエイティブな人材が集積すれば新しい物事を次々に起こしていけるのではないか、というイメージが私のなかに強く残ったのである。カリフォルニアでは他人から干渉されることなく、雨もほとんど降らないため、物事が思い通りに進む。非常に過ごしやすい環境だった。

そして帰国後、まっすぐ神山に戻った私は大きな落差を感じた。まるで梅雨真っ只中のような人間関係や空気がそこにあったのだ。私が少しでも珍しいことをすれば「アメリカかぶれ」と評される。目に見えて子どもの数が減り、ポジティブな考え方をする人もほとんどいない。このじめっとした感覚に違和感を覚えた。

しかし家業がある私にとって、神山で一生を過ごすことは既定路線である。せっかくここで暮らすのだから、もう少しワクワクする場所にしたいという思いが芽生えた。カリフォルニアと日本の地方のいいとこ取りをしたような場所を神山につくれないだろうか、と考えたのだ。

こうして仲間たちとともに少しずつ面白いことを仕掛けていった結果、まちに余白ができていった。隙間があると、移住者やサテライトオフィスなど、外部の人たちが参入できる。「田舎なのにほどよくオープン」な場ができあがっていったのだ。

1998年から住民主導の道路清掃活動「アドプト・プログラム」、1999年から「神山アーティスト・イン・レジデンス」を始動し、2004年にはNPO法人グリーンバレーを設立。町の移住交流支援センターの運営受託、IT企業やベンチャー企業のサテライトオフィス誘致、そして2023年4月に開校した神山まるごと高専の設立など、地域を盛り上げるような取り組みを続けてきた。

便利さの追求への違和感から生まれた「創造的過疎」

そうした活動のなかで、問いとして強く意識していたのが、「目先」の結果や数字からいかに自由になれるか、ということだ。

昭和30年代、日本で白物家電が普及し始め、生活はどんどん便利になっていった。しかし便利さを買うには現金が必要だ。農業を営む場合、その日の仕事の報酬は、作物を収穫して販売した半年後に入ってくることとなる。そうすると目先の現金収入を得るために都会へ出て稼がなければならない。結果として、都市部の人口は増加していく。

人口が増加したことで都会には別の不便が出てくるため、不便を解消するためにインフラを整備するだろう。そうしてまた都会に人が集まる。

さらなる便利さを求め続け、最終的には疲弊してしまう。家業である建設業界で日本の高度経済成長期を過ごしてきた私は、この思考のループから抜け出さなければならないと考えた。

2006年頃、アメリカのヤングスタウンでは「創造的人口減少」をテーマとした動きが見られた。鉄鋼業の衰退とともに人口が減ったまちを、いかにコンパクトで暮らしやすいまちにするかという考え方に基づく都市計画である。私はこの取り組みを知ったとき、日本の地方にも取り入れてはどうかと考えた。しかし日本の地方は、ただ人口が減っているだけでなく、まちとしての機能を果たせなくなっている。この現状を鑑みると、「人口減少」という言葉はあまりに弱い。そこで私は「創造的過疎」という言葉に置き換えた。ポジティブな意味合いの「創造的人口減少」にネガティブなイメージを持つ「過疎」という言葉を組み合わせたとき、どのような発想が生まれるのか見てみたかったのだ。この言葉を考えついてからというもの、「創造的過疎」は一貫して私の活動テーマとなっている。

地域で起こることに「失敗」はあるか

地域では、予算の確保や計画の実現において困難が伴うにもかかわらず、少しの失敗が大きく叩かれることが多いのも、よく聞く話である。

神山町においても、多くの取り組みをやってきたが、うまくいかなかったことは数えきれない。そもそも数えてすらいない。

しかし、うまくいかなかったことは決して失敗ではなく、1000通りある手段を999通りに減らせたプラスの出来事と捉えることが重要だ。壁にぶつかって「この道は正しくなかった」と後戻りし、再び別の道を探ることもあるだろう。

別の道で正解を見つけられたとしても、一度歩いた道は決して無駄にはならない。その道を一度歩いたからこそ正解を見つけられたのだから。

そして、この失敗の捉え方を、地域に関わる人たちの間で共有しておくことも、非常に重要だ。もしかしたらいまはうまくいかなかっただけで、将来は必要になることかもしれない。

地域づくりは、長期的視野を持って少しずつ進めていく必要がある。私の場合、そのモチベーションは「変化の向こう側にあるものは何だろう」という気持ちだ。この探究心のループは自動的に回っていき、終わりがない。外から与えられたものではなく、内から湧き出るものだからこそ、前に進む原動力として私のなかでずっと循環している。

柿が熟して木から落ちる理由

「なぜ柿の実は熟すのか」と考えたことはあるだろうか。柿の実にはタンニンという渋味成分が含まれており、熟すとタンニンが変質して甘くなる。完熟するまで苦いのは、種が発芽できる状態になるまで、動物に食べられないよう身を守るためだという。しかし人間は、まだ熟していない硬い柿を木からもぎ取り、渋抜きして干し柿にする。それは、甘味として楽しむと同時に、保存食として長く食べられるようにする昔ながらの知恵である。

ただ本来であれば、木に実ったままさらに熟してやがて落果したり、動物たちが食べることで種子を遠くへ運んでもらったりする。ところが人間は、種のことまで考えずに自己都合で収穫して食べてしまっている。

これは、地域での取り組みにもつながる話だ。地域でイベントを開催した際、動員数といった目先の数字を成果と捉える風潮があるが、それは本当に地域の人たちのためなのだろうか。見かけの現象にとらわれた、自己都合の数字ではないだろうか。

例として、オーバーツーリズムが挙げられる。観光客の招致が成功しすぎた結果、住民の生活の質が落ちてしまうという問題だ。見方によっては「活況を呈している」と言えるが、観光産業を含めた地域づくりの本質からはかけ離れている。

地域のために本当に必要なことは何なのか、その本質を外さない取り組みを行うことが大事である。常に「これでいいのか?」と自問自答しながら、地域視点であり続ける。そうすれば、ブレない取り組みを続けられるはずだ。

目先だけでなく未来のために投資を

柿が熟すのを待つということは、すなわち「結果はすぐに出ないが将来役立つであろう準備をしておく」ことだとも言える。たとえばNPO法人グリーンバレーは、2017年に徳島県の認定を受けて認定NPO法人になった。そうすれば寄付者が寄付金控除を受けられるようになる。今後の活動を見据えれば、寄付が集まりやすいほうがいいだろうという程度の認識だった。そのタイミングで必須だったわけでもすぐに役立つものだったわけでもない。ところが2年後、神山まるごと高専の事業を推し進めるにあたり、認定NPO法人であることが寄付の窓口として大いに機能した。

その時点で役立つものや喫緊の課題を解決するものに、人は労力や資金を投資するだろう。すぐに効果が出ないようなものには、なかなか投資できないものだ。しかし「そのとき役に立たずとも後から意味を持つ」ようなことへ投資しておくことが、未来の活動の鍵になる場合もある。

また、神山まるごと高専の学費無償化を支える11のスカラーシップパートナー企業も、現時点ではリターンが見えていない事業に投資をしたことになる。

経営判断を下した方々が、神山まるごと高専の未来に可能性を見てくれたからだと思う。

これだけ時代の変化が激しいいま、現時点で役立つものも5年後には陳腐化している可能性は高い。それならば、羽を大きく広げた状態で「いますぐには役立たない」ことに投資しておくことも、地域づくりにおいて重要になってくるのではないだろうか。

【構成】矢野由起

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