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エシカル・テクノロジーで音楽業界の常識を変える

エシカル・テクノロジーで音楽業界の常識を変える

アメリカのレコード会社の3大メジャーレーベルといえば、ユニバーサル ミュージック グループ、ソニー・ミュージックエンタテインメント、ワーナーミュージック・グループ。このビッグスリーに戦いを挑んだのが、新興のコバルト・ミュージック・グループだ。エシカル・テクノロジーを駆使して、ミュージシャンへの著作権料の分配率を引き上げ、支払いを迅速化し、情報の透明性を高める戦略に打って出た。彼らはアーティストが食い物にされることで成り立ってきた業界をどこまで改革できるのか。

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04 コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』より転載したものです。

ジアナ・エカート|トム・ワグナー

音楽業界には、どう贔屓目に見ても、反倫理的なイメージがつきまとう。

20世紀の幕開けとともに商業用レコード録音が出現した頃から、組織犯罪とのつながり、音楽番組への賄賂、特に黒人ミュージシャンへの著作権料の支払いを巧妙に回避する会計慣行が横行してきた。第2次世界大戦後、レコード業界はメジャーレーベルによる寡占状態となって制作、流通、マーケティングが支配され、競争は抑え込まれた。おまけに、業界各社が市場支配力に乗じて新人アーティストに搾取的な契約を押し付けてきたのだ。

1980年代から1990年代にかけて企業の社会的責任への関心が急激に高まり、今日では、さまざまな業界で、こうした社会的背景の変化に適応することは成功に欠かせないと考える経営者が増えている。それにもかかわらず、業界特有の参入障壁の高さと寡占市場を背景に、音楽業界では1世紀にもわたって悪習がはびこっているのだ。メジャーレーベルのビッグスリーと呼ばれるソニー・ミュージックエンタテインメント、ワーナーミュージック・グループ、ユニバーサル ミュージック グループが業界を支配し、ほとんどのミュージシャンにとって不利な状況が続いている。

だが、この寡占に風穴を開けるべく立ち上がった企業がある。ロンドンで設立されたコバルト・ミュージック・グループ(Kobalt Music Group)だ。テクノロジーを活用し、よりエシカル(倫理的)な商慣習や社会的責任の強化を掲げ、大手音楽出版社に代わる独立した存在として成功を狙う企業である。コバルトは、サックス奏者、エンジニア、起業家とマルチに活躍するスウェーデン人のウィラード・アードリッツが、アーティストに対する透明性と公平性を確保するという理念の下、2000年に創業した。以来、成長を続け、いまではビッグスリーに次ぐ大手音楽出版社になっている。コバルトの2021年6月期決算(6月30日終了の会計年度)は、売上高5億1940万ドル、営業利益が580万ドルで、前年から7200万ドル近い売上増加を記録。2021年、コバルト所属のアーティストは、グラミー賞22部門、ラテン・グラミー賞7部門、ARIA(オーストラリアレコード産業協会)ミュージック・アワード9部門、スウェーデン音楽出版社協会アワード4部門を獲得した。今年、同社は売上高6億ドル以上に達する見通しだが、これだけの業績を上げつつ、アーティストに支払う著作権料の分配率はビッグスリーをはるかに上回っている。

ストリーミング配信サービスでは楽曲を購入するリスナーが顧客だが、コバルトにとっての顧客は楽曲の制作者である。コバルトが顧客に説明するメリットはシンプルだ。著作権料を迅速で正確に、かつ透明性をもって徴収し、音楽クリエイター自身が著作権を継続的に管理できる権限を保証する強力なプラットフォームを提供する。現在、コバルトが管理する楽曲数は70万曲、クリエイターは3万人、音楽出版社は500社を数え、ポール・マッカートニーやスティーヴィー・ニックスなどの大物アーティストや、作曲家のマックス・マーティンらも名を連ねる。コバルトは今やクリエイターたちの間で一目置かれる存在だ。アードリッツによれば、著作権料の分配率の向上、著作権の管理権限の維持、競争力の強化を通じて、クリエイターたちにもたらした利益は、このビジネスを始めてからの20年間で100億ドル相当になるという。「音楽業界では新しい、画期的なコンセプトですから。ちゃんとお金を払う、ということがね!」とアードリッツはにこやかに語る。


コバルトの共同創業者ウィラード・アードリッツは、ミュージシャン、ソングライターとしても活躍し、音楽業界との関わりが深い。

音楽クリエイターは音楽業界になくてはならない存在にもかかわらず、著作権料の取り分は少ないうえに、支払いが後回しにされることも珍しくない。この歪んだ状況の原因は、歴史的に続いてきた一方的な契約にある。優越的地位にある業界各社がクリエイターに曲の権利を放棄させ、著作権料の偏った分配率と非効率的な著作権制度を押し付けてきたのだ。この状況に追い討ちをかけたのが、1990年代末に業界を席巻したデジタルディスラプション(デジタル技術による破壊的イノベーション)であり、これが音楽の経済的価値の暴落を招くことになった。この目減り分をライブ公演の売上で取り返せるアーティストもいないわけではないが、コロナ禍で公演が中止に追い込まれ、ほとんどのクリエイターが不安定な状況に置かれている実態が浮き彫りになった。

さらに、デジタル音楽の爆発的な普及によって、アナログ時代の著作権料の徴収方法が一瞬にして過去のものとなり、アーティストは自分がいくら受け取る権利があって、いつ支払われるのかもわからない、暗闇の中にいるかのような状況に置かれることになった。アードリッツは、この闇に光をもたらそうとコバルトを設立したのだ。契約アーティストに誰もが知るビッグネームが名を連ねるコバルトだが、業界の生命線である「中間層」、つまり現場のクリエイターの充実もめざしている。アードリッツに言わせれば、同社の設立理念である「テクノロジー、透明性、信頼」を彼らにも提供することは、音楽のエコシステムに関わるすべての利害関係者に利益をもたらすからだ。

音楽クリエイターの期待に見事に応えてみせたコバルトの成功は、テクノロジーをエシカルなやり方で活用できれば、不透明な慣行のはびこる業界でも社会的責任を果たせることを示した。この事例は、企業がテクノロジー利用のあり方を見直し、その力で収益を向上させるとともに、社会的責任を果たすためにはどうすればよいかを示す指針となる。このような戦略は市場で強力な差別化要因となる可能性があり、旧態依然とした業界でも、コバルトのような新しい企業が成功できることを示している。

複雑怪奇な制度

録音された音楽をめぐる経済について理解するには、この業界特有の複雑な著作権利用形態を把握しておく必要がある。社会学者のサイモン・フリスとリー・マーシャルは、音楽著作権について、売買が可能で、複数の主体の間で分割も可能な「権利の束」と呼んだ。楽曲の制作者と実演家は、同一人物とは限らない。

このため、音楽著作権においては、元になる楽曲そのものと、その楽曲を録音した録音物は、区別して扱われる。この分離によって、音楽出版社とレコードレーベルという2つの縄張りが生まれ、双方が並行して楽曲から収益を上げる二重構造ができた。

音楽出版社が扱うのは、制作(作詞作曲)された楽曲だ。状況にもよるが、音楽出版社の仕事は、制作者への前金支払い、共同制作者の紹介・引き合わせ、著作権料を徴収する団体(著作権管理団体)への楽曲登録、CM・テレビ番組・映画での楽曲使用の働きかけ、著作権料の徴収などである。その見返りとして、音楽出版社は、出版契約や共同出版契約において前払いをしたうえで、通常、著作権料の25~50%を確保する慣習となっている。

一方、レコード会社(レーベル)は、アーティストへの前金支払い、アーティストへの制作支援、販売業者やストリーミング配信サービスへの楽曲流通、マーケティング活動の取りまとめを手がける。その見返りに、レーベル側は、音楽録音物の著作権料の約85%を取るだけでなく、録音物の権利も保持するのが慣習だ。

そして著作権をめぐるエコシステムの第三の柱となるのが、著作権管理団体だ。アメリカならASCAPやBMI、イギリスならPRSなどがこれに当たる。こうした団体は、音楽出版社やレーベルに代わって著作権料を徴収・分配する。その際、その作業の見返りとして著作権料のうちの所定の取り分を確保する。著作権制度は国によって異なるために煩雑な手続きが発生し、音楽クリエイターが報酬を手にするまでに1 年半から2年もかかることがある。

音楽著作権制度には、複数の事業者、各種著作権、著作権制度が絡んでおり、その複雑な形態が取引上の摩擦を引き起こしている。デジタル革命による通信の高速化とデータ流通量の増大が著作権制度の非効率さに拍車をかけ、データの専門知識や管理手段のない音楽クリエイターは、お金の流れを支配している企業に搾取されやすい状況に陥っている。さらに、中間業者がいくつも存在し、その多くが著作権料から自分たちの分け前を抜くため、クリエイターの受け取る金額はますます少なくなる。

つまり、デジタル革命は音楽業界全体、特にアーティストにとって、多くの問題をもたらしたのである。だが、倫理観に裏打ちされたテクノロジーで楽曲の複雑なバリューチェーンを追跡できるようになれば、クリエイターは正当な分け前を要求する力を持てるだろう。

ストリーミング配信は音楽の価値毀損か、それともチャンスか

近年、スポティファイ(Spotify)などの、広告つき無料プランやサブスクリプションが選べるストリーミング配信プラットフォームを通じて音楽を購入する消費者が増えている。著作権侵害の横行などを背景に、世界の音楽市場の売上は15年にわたって減少傾向が続き、2014年は140億ドルだった。それが2021年には259億ドルに盛り返している。ただ、インターネット上には、家賃の支払いもままならない窮状を訴えるクリエイターたちのブログ投稿があふれている。イギリスのアイバーズアカデミー(Ivors Academy)と音楽家ユニオンが実施した調査によれば、スポティファイに楽曲を提供するアーティスト800万組のうち、82%(650万組)は、スポティファイでの稼ぎが年間270ドルにも満たないという。一
方、スポティファイのレポートによれば、0.09%(7500組)のアーティストが同プラットフォームで年10万ドル以上稼いでいる。

この問題は、そう簡単に解決できるものではない。楽曲の価値を評価する標準的な手法が存在しないことも一因だ。さまざまな意見があるものの、ストリーミング配信の時代になってから楽曲の価値が下がったことには多くが同意する。ストリーミング配信サービスを批判する専門家は、ストリーミングという方式自体が楽曲の価値を下げるものだと指摘する。デジタルディスラプションの波が音楽業界に押し寄せ、売上の減少が始まった1999年の時点では、CDアルバムの価格は15ドルだった。2001年にアップル(Apple)のiTunesストアが登場すると、9.99ドルまで落ち込み、シングル曲は0.99ドルとなった。

7000万曲以上が聴き放題のスポティファイのサブスクリプションでは、各種プランが用意されており、アメリカでは学生プランが月額4.99ドル、家族6人までが利用できるファミリープランは月額15.99ドルである。

録音された音楽の価値が低下するなか、音楽クリエイターはグーグル(Google)やスポティファイ、アマゾン(Amazon)などのデジタル音楽配信事業者(DSP)に報酬額の引き上げを要求している。現在、ストリーミング配信サービスは、総収益の70%を音楽クリエイターに支払っている。クリエイター側からの委託で実施された調査はいくつかあるが、いずれもこの分け前は小さすぎで、ストリーミング配信プラットフォームは80%程度を音楽クリエイターに渡すべきだとしている。

だが、イギリス政府が2021年に実施した調査からは、もっと複雑な状況が浮かび上がってきた。この調査でも、デジタル革命が、消費者とDSPの双方にとって音楽の価値を低下させたと報告している。その一方で、現行のストリーミング配信の著作権料支払いモデルを改善したとしても、一握りの音楽クリエイターだけが利益を得ることになるだろうとも指摘している。つまり、問題の多くは、楽曲を配信しているサービスそのものではなく、もっと「上流」にあったのだ。

アードリッツも、配信サービスは問題の一部ではなく、むしろ解決策の1つになり得ると捉えている。「素晴らしいサービスだと思います。この事業を始めた当初から、未来はデジタルにあると確信していました。

著作権侵害の撲滅、作品の確かな提供、業界の発展につながるものです」。解決すべきは、音楽業界の構造的な問題のためにクリエイターに報酬が支払われないことであり、ストリーミング配信の価値についての議論はそこから目を逸らすことにもつながりかねないとアードリッツは指摘する。

まず、業界には情報の欠如という問題がある。複雑怪奇な著作権制度のために、取引の機会を逸したり、ごまかしがあったり、取引がおかしな方向に流れたりする。しかも、本来ならクリエイターに直接支払われるはずの利益が、中間業者や著作権管理団体の懐に入ってしまう。最終的にクリエイターの手に渡る報酬は、往々にして、本来手にするべき額に届かないばかりか、入金されるまでに何カ月、何年もかかることが少なくない。

アードリッツは「(世界全体で)著作権管理団体は200もありません。実におかしな構造です」と指摘する。結局、メジャーレーベル各社は、アーティストに何十年にも及ぶ長期契約を無理やり結ばせ、楽曲の本当の市場価値を反映した報酬がアーティストの手に渡らないようにしたうえに、楽曲の権利やそれに伴う著作権料の大半を放棄せざるを得ない状況に追いやってきたのだ。

情報格差

多くの音楽クリエイターがストリーミング配信に懐疑的なのは、支払われる著作権料が少ないからではなく、情報の欠如が原因だとアードリッツは考えている。自分の楽曲がどこでどのように利益を生み出しているのかといった情報を入手できないことが多く、会計処理も支払いもあまりに複雑すぎてお手上げの状態なのだ。だからこそ疑心暗鬼になるのである。

アードリッツが設立したコバルトでは、クリエイターに対する情報の透明性向上に取り組んでいる。音楽クリエイターに対し、「みなさんには十分なお支払いをいたします。そのためにあらゆるデータを用意します」と説明している。しかし、収集したデータから公正な報酬を明らかにし、アーティストに提示することは、それなりの労力を必要とする。

楽曲は、ライブでの演奏やラジオ番組での放送、CDなどのフィジカル販売、デジタル音楽のダウンロード、ストリーミング配信に至るまで、さまざまなかたちで売上を生み出す。

従って、膨大な数の事業者から売上に関するデータを取得しなくてはならない。たとえば、ストリーミング配信の売上は、Apple Music、YouTube(およびYouTube Music)、アマゾン、SoundCloudなどの事業者が対象となる。音楽クリエイターの納得が得られるように説明を尽くすには、一件一件は少額でも何十億件という膨大な量の楽曲販売・再生データをきちんとまとめる必要があるが、それだけの作業を確実にこなすには、それ相応の技術インフラが欠かせないのだ。

さらに、権利の種別、音楽資産の種別、使用されるチャネルやフォーマットによって、著作権料の種類や料率は異なる。ある楽曲をラジオで放送する場合とライブで演奏する場合とでは、著作権料が違うのだ。さらに厄介なことに、同じ楽曲の所有権者が複数人いて、それぞれ別の音楽出版社や著作権管理団体が扱っている可能性もあるし、演奏者が複数人いて、それぞれが異なるレーベルと契約していることもある。

楽曲は世界中で使われるため、このバリューチェーンはさらに複雑になる。アメリカで開催されたフェスティバルで楽曲が演奏されたとしよう。ここで発生する著作権料は、北米を管テリトリー理地域とするいずれかの著作権管理団体が徴収することになる。この楽曲の著作者がイギリスで登録されている場合、北米の著作権管理団体が徴収した著作権料は、イギリス最大の著作権管理団体であるPRSを通じて著作者に支払われるのが一般的だ。両団体がそれぞれの取り分を差し引き、残りが著作者のもとに届くのは2年も先だ。

これだけでもめまいがしそうなほど厄介だが、音楽業界内には、著作権の所有者を特定する統一フォーマットがなく、こうしたデータを保管・閲覧するための共通データベースも存在しない。その結果、著作権料全体のうち、かなりの割合(10~40%)は、所有者が特定できないために支払い先が間違っていたり、不明だったりする。

業界としては、オーディオレコーディング(音源)には「国際標準レコーディングコード(ISRC)」、音楽作品には「国際標準音楽作品コード(ISWC)」という単一識別子の導入に取り組んでいる。また、ブロックチェーンなどのテクノロジーの利用も検討されている。だが、こうした取り組みは苦戦を強いられている。分類方法や利用方法についての合意がなく、著作権管理団体側で必要とする全メタデータをレーベルやDSPから得るのは容易でないからだ。

これでは、業界におけるお金の流れを握ってきた旧態依然とした企業が、グローバル化したデジタル音楽市場に対応できる技術インフラなど持てるわけがない。巨額の売上が徴収されないままだったり、管理運営上のブラックボックスの中に消えてしまったりすることさえある。なんとかお金の流れが、それを必要としているクリエイターのところまでつながったとしても、まるで水滴がしたたるようなゆっくりとしたペースになってしまう。こうした問題に加えて、音楽クリエイター側が、自分たちの楽曲に関するデータにアクセスできないために、搾取されやすい立場に陥っている。

コバルトのビジネスモデルは、デジタル時代にふさわしい透明性の確保を第一に掲げている。使いやすさを追求したKTechというプラットフォーム上では、楽曲の権利所有者や著作権料の支払い状況を、アーティスト自身がほぼリアルタイムで確認できる。多くのアーティストが楽曲の管理をコバルトに乗り換えているのも、このプラットフォームのためだ。コバルトは透明性を高め、ほぼリアルタイムのデータ収集体制を整えた結果、音楽クリエイターにとって最も価値のあるものを提供できたのである。それが、著作権の管理権限だ。契約アーティストは、契約内容を問わず、KTech からほぼリアルタイムに自分のデータをもれなく閲覧できる。

DJでプロデューサーのスクリレックスは、『WIRED』のインタビューで、音楽業界のお金の流れを覆い隠していたブラックボックスが、KTechで透明化されたと興奮気味に語っている。「KTech は常識破りだよ。販売状況のフィードバックは素晴らしいの一言。北欧で僕のハードコアサウンドが大人気だということも、たちどころにわかる。5年前にdeadmau5(デッドマウス)に提供した『Raise Your Weapon』っていう曲があるんだけど、オーストラリアで突然ヒットしたときも瞬時にわかったんだ」。


ベック(左)、ロード(中央)、ザ・ウィークエンド(右)もコバルトと契約する人気アーティスト。

また、KTechのおかげで、テレビや映画での楽曲使用のシンクロ権(映画録音権。音楽を映像に同期することに対して行使できる権利)も管理できるようになったという。「先日、フランスの映画プロデューサーから『Bangarang』を使いたいという問い合わせがあったんだ。先方の提示額も表示されるから、その場で承諾したよ。リアルタイムで進められるんだ」。

ただし、せっかくクリエイターが自分のデータを閲覧して状況を把握できるようになったとしても、制限の多い契約のためにその恩恵を受けられないことも少なくない。そもそも、こういった契約こそが音楽業界の根幹を支えてきたのであり、ビッグスリーをはじめとする各社のビジネスモデルは常に搾取的な契約の上に成り立ってきたのである。コバルトはこうした問題に真正面から向き合っている。

搾取的な契約

音楽クリエイターが置かれた不安定な状況に拍車をかけているのが、音楽出版社とレーベルの間の著作権料の分配率だ。クリエイターの支援団体は、50%ずつの折半を主張しているが、現在は6:94 と、圧倒的にレーベル側の取り分が大きい。この極端な分配率の偏りによって、実演をしない著作者の収入はないに等しく、複数の権利者がいる場合、取り分はさらに小さくなる。

新しい収益分配モデルが必要という点で、アードリッツは音楽クリエイターと同じ意見だ。「(大手レーベルは)録音物から得られる利益が大きいだけに、分配率を自ら見直す気がありません。でも、取り分は折半にすべきです。最大の疑問は、このデジタル社会において、どうして著作者とレコードレーベルが対等にならないのかということです」。

音楽クリエイターは、代理人である音楽出版社やレーベルとしばしば対立関係になってしまう。争点となるのは、契約だ。企業はこれまで、楽曲の権利をレーベルに譲渡させる契約をアーティストに迫り、長期的な取引で囲い込んできたからだ。レーベル側としては、この方針があるからこそ、新人アーティスト発掘にかなりの経営資源を投じた挙げ句に逃げられてしまうようなリスクを抑えられる。

だが、これはアーティストにしてみれば、2つの点でデメリットになる。まず、作品がヒットしない場合、レーベルは支援を打ち切るにもかかわらず、契約を解除してくれない恐れがある。一方でブレイクしたアーティストは、さらに大きく成功するために他レーベルに移籍したくても、契約が足枷になることがある。

「いずれにしても、アルバムを7枚も出せたんだからいいじゃないか、という話です。私に言わせれば、バカげた話です。だからこそ、この業界での公平性(フェアネス)が議論されるようになってきているのだと思います」とアードリッツは話す。

レーベルはまた、前払い金を払う代わりに、楽曲の権利をレーベルに譲り渡す契約をクリエイターに迫ることで、リスクを抑え込もうとする。たとえていうなら、住宅ローンを組んでようやくローンを完済したのに、相変わらず家が抵当に入っているようなものだ。

コバルトは違う。著作権料はクリエイター優先の分配方式を採用し、著作権の管理権限もクリエイター自身が持つ。これは従来の音楽出版社やレーベルほどには楽曲の売上から収益を得ることができないということだが、一方でアーティストの定着率(契約更新率)は高くなる。実際、コバルトと契約したアーティストのうち、同社との契約延長を希望するケースは95%に上る。これが業界内で圧倒的な差別化になっていて、アーティストがビッグスリーからコバルトへ乗り換える大きな動機となっているのだ。

収益化への長い道のり

アードリッツがこのような方法で熱心にアーティストを支えているのには、彼自身が現役のミュージシャンだからという理由もある。スウェーデン南部の都市エーレブルー出身のアードリッツは、子どもの頃から音楽と機械いじりに夢中だった。そこに、1970年代のクラフトワークといったバンドが紡ぎ出すシンセポップミュージックのブームが見事に重なった。大学では電気工学を学び、卒業後はソフトウェアエンジニアとしてスウェーデン陸軍に入隊する。

1980年代に音楽業界に転じ、ダンスポップバンド、アンドレアドリアのメンバーとしてサックスを担当し、作曲も手がけた。このバンドには、後にハリウッド映画の作曲を手がけるミカエル・サングレンも在籍した。

バンドは地元で人気を博し、やがてスウェーデンのあるレーベルと契約を結び、楽曲の流通・販売を委託する。ほどなくして同レーベルが大手レーベルに買収されると、アンドレアドリアを含め、ほとんどの所属アーティストが契約打ち切りとなった。

スウェーデンの音楽シーンにこだわり、ミュージシャンとして先の見えない生活を送っていたアードリッツは1986年、クラス・ランディングとともにテレグラムというレーベル・音楽出版社を立ち上げた。テレグラムはスウェーデンの人気アーティストを何組か抱えるまでになったものの、アードリッツは、自分がミュージシャン時代に苦労した壁に突き当たる。

国境を超えた著作権料徴収は複雑で、ようやく徴収できたとしても、いくつもの中間業者による中抜きの結果、契約アーティストに迅速、正確、公正に支払うことは困難を極めた。

潤沢な資金力と国際的な流通網を握り、プロモーション先に対しても圧倒的な力を持つ大手レーベルが幅を利かせる音楽業界では、テレグラムのような弱小企業がのし上がるのは不可能に近かった。

アーティストとしても経営者としても挫折を味わったアードリッツは1991年、レーベル事業から手を引き、共同創業者のランディングにテレグラムを譲渡した。そのランディングも、2年後にはテレグラム
をワーナーミュージック・スウェーデンに売却することになる。アードリッツは再び勉学に励むことを決意し、ストックホルム商科大学に入学。その後、ニューヨーク大学の経営大学院であるスターン・スクールに進んだ。大学院修了後、ロンドンに拠点があり、M&Aに強いコンサルティング大手のL. E. K. コ
ンサルティングに入社する。ここでブリティッシュ・エアウェイズ(BA)の乗客・フライト・手荷物の追跡システムの開発業務に従事したほか、BA傘下の格安航空会社GO(後に吸収合併により消滅)の2地点間運航システムの開発に携わった。だが、サックス奏者の血がまた騒ぎ出し、いつしか音楽業界復帰のチャンスをうかがうようになっていた。

ついにその機会が訪れたとき、音楽業界は地殻変動の前夜を迎えていた。P2Pネットワーク(ファイ
ル共有ネットワーク)のナップスター(Napster)、さらにはその第2世代の分散型ネットワークであるカザー(Kazaa)が登場するや、楽曲の海賊版が堰を切ったようにネット上に出回り始め、音楽業界を直撃したのだ。音楽業界は、消費者へのインターネット普及を脅威と見ていたが、アードリッツは好機と捉えた。インターネットは音楽の制作と流通の大衆化を実現し、最終的には大手のレーベルや著作権管理団体の寡占を突き崩すことになると見ていたのだ。

だがテクノロジーは、透明性のある慣行に裏打ちされたものでなければ、革新性を持ち得ない。アードリッツは、音楽業界で前代未聞の取り組みをする決意をした。まず、音楽クリエイターが自分の楽曲に関するあらゆるデータに簡単にアクセスできる環境を整える。さらに、クリエイターの著作権料の取り分を大きくし、著作権も手放さずにすむ契約条件とすることで、権利者の収入を最大化しようと考えたのである。ボルダートンキャピタルのゼネラルパートナーとして早い段階からコバルトへの投資を主導してきたティム・バンティングによれば、出資依頼に訪れたアードリッツは、「想定より18カ月早く、しかも25%増しでリターンをお届けします」と売り込んだという。

この目標を念頭に、アードリッツは2000年にコバルトを立ち上げた。コバルトには、創業時に定めた3 つの原則がある。第一に、デジタル音楽の膨大な数の少額決済を処理できる新しいテクノロジーを音楽業界にもたらすこと。第二に、透明性は不可欠であり、コバルトのクライアントである音楽クリエイターがスマートフォンであらゆるデータにアクセスできるようにすること。第三に、何よりも音楽クリエイターのキャッシュフロー最大化に全力で取り組むサービスにすることだ。コバルトのビジネスモデルの根底には、透明性こそが流動性を高め、それが最終的に取引量につながるとの信念がある。

アードリッツは言う。「透明性を確保して、法律や規制が整備されていれば、取引が成立し、著作権料徴収の流れの目詰まりもなくなり、取引量が増えます。この循環が生まれれば、音楽クリエイターの実入りもよくなるため、より多くのいい曲が生まれ、楽曲の質も上がります。ツアーも増やせるし、ファンも増えて、もっと楽曲を購入してもらえるでしょう」。

コバルトは、楽曲管理専門の音楽出版社としてスタートした。つまり、楽曲の著作権を一切所有しない形態だ。コバルト・ミュージック・パブリッシング(KMP)は、著作権所有者の追跡調査や著作権料徴収といった管理サービスを提供した。音楽クリエイターが楽曲の権利と著作権料の85%を譲り渡すのが業界の一般的な契約なのに対して、コバルトの契約では、クリエイターが著作権を維持し、著作権料のコバルトの取り分は15%だけである。またコバルトは、業界の常識となっていた厄介な長期契約でクリエイターを縛ることもなかった。

2011年、コバルトはコバルト・ネイバーリング・ライツ(KNR)を設立し、録音物の公演に伴う著作権料の徴収業務を開始した。その年の12月には、イギリスに本拠を置き、デジタル音楽流通とアーティスト向けサービスを手がけるAWAL(Artists Without a Label)を買収し、コバルトと契約するインディーズ系アーティストに高度なデータ分析機能を提供できるようになった。また、スポティファイやアマゾンなどのデジタル販売パートナーとの取引も可能になった。

さらにコバルトは、知名度の高いクライアント向けに、アーティスト&レーベルサービス部門を設立。プロジェクト管理やマーケティングを手がけ、映画や広告などの映像メディアに楽曲を使用する際の契約案件の営業にも乗り出した。こうした新しい部門による取引も、KMPと同様に従来のレーベル契約とはほぼ逆転した内容で、コバルト側の取り分は15%のみに抑え、音楽クリエイターは著作権の管理権限を維持した。

2014年、コバルトはAMRA(American Mechanical Rights Agency から改称)を買収し、著作権料徴収業務を任せることにした。コバルトの他の部門も音楽著作権の管理業務を担っていたが、国際的な著作権料の徴収業務は国ごとの著作権管理団体に依存していた。だが、AMRAを傘下に迎えてからは、コバルトのテクノロジーを活かして、国を超えたデジタル音楽の著作権料徴収にも乗り出したのである。各国の中間業者を排除した結果、コバルトは楽曲のバリューチェーンを大幅に効率化し、音楽クリエイターに従来以上の額を迅速に支払えるようになった。

「スポティファイは、何テラバイトものデータを世界各地にある200の権利団体に送っていますが、私は全世界をカバーしているコバルトの著作権使用状況のファイルを照合して、ロンドンから(スポティファイのある)ストックホルムに請求書を1 件送るだけです。そこにスポティファイが展開している180 カ国での著作権料がすべて入っています」とアードリッツは話す。

同社CTOのライアン・リーベンベルクは、Crunchbaseのインタビューで「コバルトにとっては、収益化までの時間が重要な指標だ」と答えた。「コバルトは、実質的には、著作権の登録・著作権料徴収をサービスとする音楽業界における銀行のような存在でした。いまはそれらのサービスに加えて、あらゆる知見や分析を提供しています」。

2014年には、コバルトは大手独立系音楽出版社の一角を占めるまでになり、『Music Week』で2009年、2010年、2012年、2013年の年間最優秀独立系音楽出版社に選ばれている。コバルトは、著作権料の徴収やDSPデータの高度な分析にテクノロジーを最大限に活用することで、より多くの著作権料をより迅速に権利者に届けられるようになった。2014年にはMSDキャピタル(MSD Capital)やボルダートン(Balderton)などのベンチャーキャピタルから1 億4000 万ドルの資金を調達し、翌2015年には、MSDキャピタルと、グーグルの親会社であるアルファベットの投資部門グーグル・ベンチャーズ(現GV)から、合わせて6000万ドルを集めた。実際、コバルトはグーグル・ベンチャーズが新規投資ラウンドをリードした案件の1つだ。こうした資金で、コバルトは音楽配信代行サービスのAWALを拡充するとともに、データの急増や複雑化に対応できるようにテクノロジーのインフラを増強している。2015年に1兆件だった取引件数は、2018年には4兆件に膨れ上がった。

コバルト傘下の投資会社、コバルト・キャピタル・リミテッド(KCL)は、買収資金や前払い金というかたちで音楽著作権への投資を行っている。このような事業拡大によってコバルトは契約アーティストにさらに資金を投じられるようになり、アーティストが公正な市場価格で著作権を譲渡し、売却益を積み増すことを可能にした。音楽著作権の価値が飛躍的に高まったのはここ数年のことだけに、KCLの設立は先見性があったと言える。それでも、コバルトはまだ黒字化できていなかった。アードリッツはエシカル・テクノロジーが業界を変える可能性を信じて疑わなかったが、コバルトが経済的に成り立つことを証明してみせる必要があった。ビッグスリーに次ぐ規模の音楽出版社に成長したものの、運転資金面ではベンチャーキャピタル頼みの状態が19年も続いていて、事業で稼いだ利益の累積額である利益剰余金は3億1849 万ドルの赤字だった。

2020年、コバルトはAWALとKNRをソニーに4億3000万ドルで売却して、形勢を立て直した。この売却で3億1500 万ドルの資金を得て、債務をすべて解消したのである。また、KCLの保有するポートフォリオも売却した。まず、2020年にポートフォリオIを3億2200万ドルで投資ファンドのヒプノシス(Hipgnosis)に売却し、2000万ドルの利益を確保した。翌2021年にはポートフォリオIIを世界有数の投資会社KKR に11億ドルで売却しており、その効果は2022年度の決算に反映される見通しだ。

これら一連の譲渡や売却により、コバルトは黒字化しただけでなく、自社の強みである音楽出版や著作権管理といった事業に専念できるようになった。KMPの売上は前年比9.7%増の4億7840万ドルとなり、AMRAに至っては、ストリーミング配信市場の拡大を背景に実に40.3%増の1億980万ドルを達成した。アードリッツは、コバルトの2021年度年次報告書で、黒字転換に伴って、これまでの戦略を強化する方針を示している。「当社の第三幕への道が開かれることになりました。デジタル音楽のグローバルな著作権管理を行うAMRAは、登録している著作者や権利保持者の皆さんに対し、著作権料の支払いというラストマイルでの摩擦や漏れが解消されるよう尽くします」。


カントリー歌手のダークス・ベントリー(左)、DJのスクリレックス(中央)、ラッパーのスリック・リック(右)など、コバルトの契約アーティストはジャンルも多彩。

業界を改革する

この20年間、コバルトはエシカルなやり方で競争優位を築き、公正で柔軟な契約と徹底したデータの透明性を武器に、スーパースターから新進のインディーズ系アーティストまでを取り込んできた。著作権料の取り分が増えれば、音楽だけでは食べていけないアーティストが減り、より多くの楽曲が生み出されるだろう。

アーティストだけでなく、音楽ファンにとっても歓迎すべき状況をもたらすのだ。現在のコバルトは、音楽クリエイターの強力な後ろ盾になれるだけの事業規模を持つだけでなく、音楽業界全体の波に乗っている。

特に重要なのが、インターネットによる音楽事業への参入障壁が下がったことだ。今や音楽クリエイターは、レーベルの力を借りなくても、安価で高性能なツールさえあればファンとつながり、絆を深め、収益に結びつけることができるし、ファンも直接、音楽クリエイターを探し出すことができる。この地殻変動ともいうべき大きな変化を受け、音楽ファンの裾野は広がり、市場も拡大し、インディーズ系アーティストの数も増加している。なかでも急成長しているのがインディーズ市場である。オンラインメディア『Tech Crunch』によれば、2028年までに1万組以上の英語圏アーティストが、年間10万ドルを超える売上を得られるようになると、コバルトは見込んでいる。コバルトは、こうしたアーティスト向けに、著作権管理に関わる必要なサービスを自由に組み合わせて提供する事業で、業界の成長著しい分野を牽引するポジションを確立した。その結果、ビッグスリーは変革か衰退かの岐路に立たされている。

だが、変革はそれほど簡単ではない。早くからストリーミング配信を支持し、著作権料徴収の世界に風穴を開けたアードリッツは、レーベルからも著作権管理団体からも強硬な反対に遭った。コバルトCEO のローレント・ヒューバートは『Billboard』で、ストリーミング配信が始まった頃について語っている。

「当時、透明性や事業のデジタル化について触れようとする人は、ウィラード(・アードリッツ)以外にいなかった。本当に革命的だったからこそ、ウィラードは実現のためにあちこちで戦わざるを得なかった」。

コバルトの社長兼COOに新たに就任したジャネット・ペレスは、「透明性」「アーティストファースト」「ポータル」といった言葉が業界に定着したのは、コバルトの功績だと指摘する。実際にこの10年で、コバルトの考え方に同調する新しいテクノロジー系企業が主としてインディーズ市場で続々と台頭している。たとえば、アメリカのオーディオ配信プラットフォームのバンドキャンプ(Bandcamp)は、「音楽のフェアトレード」を掲げ、販売収益の85%を日次ベースでアーティストに支払うことで、「公正さと透明性」のある報酬支払いを約束する。イギリスのミュージシャン、イモージェン・ヒープは、「サステナブルで活気ある音楽業界のエコシステム」の構築をめざす研究開発ハブとしてマイセリア(Mycelia)というスタートアップを立ち上げ、著作権者には売上の85%の支払いか、月額のシステム利用料と引き換えに売上の100%の支払いを約束している。インドのストリーミング配信サービスのハンガマ(Hungama)は、同国の著作権管理団体であるインディアン・パフォーミング・ライト・ソサエティ(Indian Performing Right Society)と「音楽のフェアトレード」契約を締結し、「作家、作詞家・作曲家をはじめとする、すべての音楽著作権者のために、透明性のある倫理的なバリューチェーン」の構築をめざす。

この流れに大手音楽出版社や著作権管理団体も注目し、著作権料徴収、透明性の高いデータ提供、アーティストへの支払いを迅速化するためのテクノロジーへの投資に動き始めている。たとえば、ソニーミュージックは2017年、所属アーティストが著作権料情報ポータルサイトにアクセスして自分の収益をリアルタイムに確認できるモバイルアプリをリリースしている。2019年には、楽曲の著作者が、次の売上の分配日を待つことなく、収益の一部または全部の即時支払いを手数料なしに要求できる「キャッシュアウト」サービスを導入した。

ソニーは、コバルトからAWALとKNRの譲渡を受けてから、インディーズ市場のビジネスを強化できるようになり、ソニーの既存のアーティスト向けサービスであるジ・オーチャード(Th e Orchard)を利用してAWALのサービスを拡充している。ビッグスリーの関連会社であるユニバーサルミュージックパブリッシンググループとワーナーチャペルミュージックも、それぞれ2020年と2021年にクライアント向けポータルでリアルタイムにデータを閲覧できる体制を整え、足並みをそろえた。20年にわたって右肩上がりの成長を遂げ、多くの売れっ子アーティストを獲得してきたコバルト。その透明性を第一とするビジネスモデルを、さすがのビッグスリーも無視できなくなり、ついに追随せざるを得なくなったのである。

スポティファイは、2018年にスポティファイ・パブリッシング・アナリティクス(Spotify Publishing A nalytics)を立ち上げ、スポティファイのグローバルなデータにさまざまな情報を添えて音楽出版社に提供するようになった。さらに2021年には、音楽クリエイターをサポートする各種サービスを網羅したノータブル(Noteable)を開始している。

コバルトの未来

コバルトは音楽の著作権関連事業においてリーダーの座を確立したが、激しい競争にもさらされている。管理出版権・著作隣接権管理会社のソングトラスト(Songtrust)や、デジタル配信・管理出版会社のチューンコア(TuneCore)など、デジタル専業の競合が参入してきたためだ。目下のところ、こうした新規参入組は、各国の著作権管理団体に依存しているため、集中管理システムを持つコバルトのほうが透明性や手数料の面で優位にある。

さらに、コバルトの競合各社は、これまでコバルトが先鞭をつけてきた変革に対応しようと、技術インフラの改善に取り組んでいるため、コバルトが著作権管理の市場で今後もリードを守れるかはわからない。透明性が重視されるようになって、業界ではメカニカルライセンシング団体(Mechanical Licensing Collective)など、「データの混乱」に対応するための取り組みがいくつか生まれた。こうした取り組みには、業界全体が協力する必要がある。

ミュージシャンが自分自身の著作権を管理する権限を保持できるようになったことで、彼らが手にする著作権料は増加したが、その分、コバルトが手にできる収益はある程度制限されることになった。しかし、これは音楽を一生の仕事にしようと考える人々を増やすことにつながる。

コバルトの未来は、同社が著作権料徴収業務の効率化で常に一歩先を行き、従来の音楽出版契約を続ける競合他社に新進のアーティストを取られないように、独自の魅力を発揮できるかどうかにかかっている。

「船は動き出しています。業界の啓蒙活動にも取り組んできました。透明性が私たちの業界を動かしたのです」とアードリッツは言う。コバルトは黒字化を果たして、エシカル・テクノロジーで業界を変革するという使命を今後も追求できるようになった。それだけではない。あまりに不当な慣行がまかり通っていた業界で、20年にわたって公平性を訴え続けてきた末に、アーティストに我慢を強いるような状況を抜本的に変えたのである。ビッグスリーは、もはやアーティストを食い物にする時代遅れのビジネスモデルではやっていけず、コバルトのイノベーションを目の当たりにして、変わり始めている。

この事例は、他の企業や業界にとっても他人事ではない。顧客をないがしろにしてまで見境なく金儲けに突っ走らないことは、発展性のある確かなビジネス戦略の基本である。企業の社会的責任についての実のない議論や、温室効果ガス削減と銘打った思いつきのような植林活動よりも、公平性を中核に据えた、まったく新しいビジネスモデルの導入こそが重要なのである。エシカル・テクノロジーはその原動力になる。不公平な商慣習が定着してしまった業界であっても、あるいは制作者や生産者を犠牲にして利潤を追求するためにテクノロジーが利用されてきた業界であっても、エシカル・テクノロジーを武器にする戦略は有効だ。コバルトは、ビッグスリーなどの競合他社とは対照的に、利潤の最大化に躍起にならなかった。コバルトのビジネスモデルがアーティストや投資家の心を掴んだからこそ、ここに音楽業界の未来があると確信したベンチャーキャピタルからの資金調達が可能となった。そして、パートナーとしてコバルトを選ぶアーティストが増えて、黒字化を果たすことができたのである。

現在、アードリッツはKMGの会長とKCLのCIOを兼任し、音楽業界のエシカル・テクノロジー企業への投資も続けている。3人の子を持つ父親でもあるアードリッツには、どの業界でも、次世代が求めるエシカルなスタンダードを採用すべきだという信念がある。「(若い世代は)正しい行い、透明性があること、オープンであることにこだわります。こうした人々を惹きつけるには、これまでより思い切った提案が必要です。私がコバルトの事業を通じて証明したいのは、正しいことをするのが商業的にも良い決断なのだということです」。

【翻訳】斎藤栄一郎
【原題】A Music Industry for Musicians(Stanford Social Innovation Review Fall 2022)
【写真】Photo by Gaelen Morse / Reuters / Alamy

ジアナ・エカート

ロンドン大学キングス・カレッジのキングス・ビジネススクール教授(マーケティング)。

トム・ワグナー

ロンドンを拠点に活動するパーカッショニスト。ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイでは教育助手として演奏とデジタルアートを教える。

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翻訳者

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