ガバナンス・組織運営・資金提供・資金調達

研究の主導権をコミュニティへ

正義を重んじる資金提供者は、コミュニティが自らの研究プロジェクトを主導できるよう支援すべきである。

メーガン・コラド (Megan Collado)
リシカ・デサイ (Rishika Desai)
ジャメイ・モリス (Jamae Morris)

【翻訳】武富 涼介(SSIR-J Translator)、井川 定一(SSIR-J副編集長)
【リード・コメンテーター】水谷 衣里
【原題】 Let Communities Lead Research (Stanford Social Innovation Review, Winter 2025)

(Illustration by David Plunkert)

社会的正義を求める運動は、かねてより「課題に最も近い者が、その解決に最も近い存在である」というモットーを掲げてきた。同じ地域に住む、共通のアイデンティティや社会的背景を持つなど、関連する実体験を持つ人々は、重要な研究課題に取り組み、解決策を考え実行していくうえで、他に代えがたい立場にいる。それにもかかわらず、研究の主要な資金提供者である助成財団や行政は、こうした人々が研究を主導するための投資に躊躇してきた。

通常地域住民によって運営され、地域のニーズに直接答える目的で設立される地域密着型組織(community-based organization, CBO※)は、当事者が自らの経験をもとに研究を主導するための有力な場になりえる。しかし、歴史的にみても、調査研究への投資は白人主導の裕福な研究者や研究機関に集中してきた。地域参加型手法(community-based participatory approaches)や資金提供者によるインセンティブを通じて、地域との協働が少しずつみられるようになったものの、このような取り組みは地域密着型組織や地域住民のニーズが、資金が確保できた研究者の研究課題と、偶然一致した時に限られる傾向にある。結局のところ、研究資金は、依然として主に学術研究機関を通じて流れており、地域密着型組織に直接流れることは稀である。これが権力の不均衡を更に強めることになっている。

※訳注:本稿ではCBOを「地域密着型組織」と訳す。その定義は、「特定の地理的コミュニティにおいて提供される社会サービスの提供に従事する非営利組織」(Anheier and List eds. 2005)とする。

「課題に最も近い者が、その解決に最も近い存在である」とするならば、地域住民やその声を代表する組織には、調査研究を主導し、解決策を立案・実行できるだけの十分な資金を提供する必要がある。地域主導型研究(community-led research)のモデルでは、外部協力者の有無を問わず、地域住民自身が、課題を特定し、情報を収集・分析し、解決策を提案・実行する。

フィランソロピーは、こうした変革を試みることができる絶好の機会を提供し、最終的にその成果は、他の官民の資金提供者に拡大・普及していく可能性を秘めている。保健医療サービスと政策研究の専門機関であるアカデミーヘルス(AcademyHealth)、そし健康のあり方を根本から変革することを目指し、大胆な挑戦を続けている全米有数のフィランソロピー財団であるロバート・ウッド・ジョンソン財団(Robert Wood Johnson Foundation)は、過去5年間にわたり、地域主導型研究プログラム(community-led research program)を試験的に導入してきた。この取り組みは、地域の保健医療システムを変革することを目的とし、公平な資金提供の仕組みの実験、包括的な研究文化の醸成、地域のリーダーシップ強化に挑むものであった。

この取り組みは、すべての研究資金提供者に対し、資金提供方法、資金提供先、研究の進め方、そして取り組み成果の発信と評価方法について見直す機会を示している。

地域の関与に焦点を

地域主導型研究(community-led research)は、地域社会の活性化を支援しようとする助成機関にとって重要でありながら、まだ十分に活用されていない手法である。このアプローチには多様な形態があり得るが、ここでは特に、地域密着型組織が調査研究の主体となることに重点を置いて取り組んできた。その実現には、申請プロセスが過度な負担や不平等を生まないよう、助成の枠組み自体を見直すことが必要になる。そして何よりも、研究資金提供者が、地域密着型組織の調査研究能力を過小評価してきた歴史的なバイアスに向き合い、それを是正する姿勢が不可欠である。

調査研究への投資は、歴史的に、白人が主導し、充実した研究基盤を持つ既存の研究者や機関に偏ってきた。これらの機関は、官民の研究資金の大半を受け取り、周縁化された地域の懸念やニーズを顧みることなく、研究課題やアジェンダ、優先順位を決めて、研究を進めてきた。これに加え、地域密着型組織の財務的な安定性や、大規模な研究助成金を管理するための調査研究能力に対する懸念から、資金提供者が地域密着型組織への資金提供を躊躇する場合もある。学術機関が地域密着型組織や地域住民と連携するケースでも、共同のリーダーや研究者としては扱わないケースも多い。このようなトップダウン型のアプローチによって、日常的に地域との接点がない者たちが、科学的探究の方向性を握ることになる。その結果として、研究資金と権限の偏在は、科学的探究の射程を狭め、地域社会の実態や関心を反映しない誤った結論を導き、構造的な不平等(systemic inequities)を再生産し続ける要因となっている。

これに対して、地域関与型研究(community-engaged research)では、地域住民が、調査の計画、アウトリーチ、関係構築、実施、そして研究プロセス全体に関与する。過去数十年にわたり、この種の研究は大幅に増加してきた。こうした取り組みの成否は、学術界と地域住民の連携の質に大きく左右される。しかし、地域参加型研究プロジェクト(community-based participatory research projects)が目指す「公平なパートナーシップ」という理念にも関わらず、特にリーダーシップの役割、資金提供者の理事会構成、研究資金へのアクセスといった観点で、権力の不均衡は依然として存在しているのが実情である。そのため、地域主導型研究(community-led research)は、地域関与手法(community-engaged methods)や参加型アプローチ(participatory approaches)がこれまでに収めてきた成果を土台としながら、調査研究プロセスにおいて地域住民をリーダーとして位置付けることで、さらに発展を目指すものと言える。

2020年より、ロバート・ウッド・ジョンソン財団は、研究プロジェクトにおいて地域住民のリーダーシップを必須とすることで、保健医療分野の研究や実践において抑圧的な構造を支えてきた従来の権力構造を解体し、地域の力を高めることができるかを検証する取り組みを始めた。そのパイロットプログラム「健康の公平性のための地域調査研究(Community Research for Health Equity, CRHE)」のもと、同財団は2022年に、地域の保健医療制度の課題に取り組むため、10の団体に助成金を交付した。対象は、有色人種、障害者、LGBTQ+、その他歴史的に周縁化されてきた人々のコミュニティが重視するテーマであった。CRHEプログラムは、アカデミーヘルスが運営を担い、非営利組織の社会イノベーション組織であるデザイン・インパクト(Design Impact)がプログラムや技術支援を、人材サービス分野の評価と能力開発を専門とするコンサルティング会社チェンジ・マトリックス(Change Matrix)が評価支援を提供している。

CRHEプログラムおよび資金提供機会の設計にあたっては、ロバート・ウッド・ジョンソン財団のスタッフ、地域住民と協働して調査を行う研究者、そして過去に調査活動に関与した経験を持つ地域住民が協力して、地域密着型組織が調査資金を獲得するうえで直面してきた歴史的な障壁を克服することを目指した。また、申請プロセスを簡素化する試みとして、記述回答の文量を短くし、申請段階の数も削減した。加えて、申請者支援の一環として、助成機会の概要を紹介するウェビナー、予算作成を支援するリソース、ならびに提案書作成中の質問への回答などを提供した。審査においては、当事者としての経験を持つ審査委員を起用し、一貫性を保つための指針も用意した。

今回の募集は公募制ではなく招待制であったため、既知のネットワークや関係者を通じた招待に依存することで、一定の偏見を伴う可能性があった。そこで、意図的に、申請者の60%を地域密着型組織から迎え、学術機関からの申請者数を上回るようにした。また、学術機関に所属する研究者が申請する場合は、研究代表者が地域密着型組織であるか、地域住民や組織と対等なパートナーシップを築いている地域関与型研究者(community-engaged researchers)に限られた。(この「対等性」は、プロジェクト予算や地域パートナーへの資金配分を精査することで確認された。)さらに、研究テーマ自体も、対象となる地域から提起されたものであることが要件とされた。

チェンジ・マトリックスが実施した申請者向けアンケートによれば、大多数の回答者が本助成申請プロセス全体を通じて肯定的な経験を得たと述べている。具体的には、募集の案内と正式な招待、申請プロセスの分かりやすさ、助成内容と地域のニーズとの明確な一致、そして地域のパートナーと共に提案内容を議論し、協働して申請を進められた点が高く評価された。一方で、一部の申請者からは、予算作成や募集要領の全体的な基準やガイドラインに関する支援が不十分であったとの指摘もあった。これは、申請者の間で助成募集に関する知識や理解、実務能力に差があることを反映しており、特に小規模な団体において顕著であった。申請プロセスの中で一定の支援は提供していたものの、すべての申請者の多様なニーズに十分に対応するには至らなかったことが明らかとなった。

こうした課題があったにもかかわらず、申請プロセスを通じて地域密着型組織からの申請者が多数を占める状況を維持することができた。最終的には、助成金の6割が地域密着型組織に直接交付され、残りは地域密着型組織を共同研究者とする学術機関に対して交付された。この結果は、申請プロセスに加えた変更が、地域密着型組織による研究資金の獲得を実質的に後押ししたことを示唆している。

変化を実現するために

研究助成を公正なものとし、地域主導型研究(community-led research)への資金再配分を進めるための戦略は、地域社会の活性化に不可欠である。たとえ既存の助成制度の枠内であっても、研究資金の提供者は、申請要件、スケジュール、審査体制、申請支援策(ウェビナー、個別相談、申請書のテンプレート等)を見直すことで、地域密着型組織による円滑な助成金申請獲得に繋げることができる。こうした支援は、正式な共同研究者の有無にかかわらず有効である。たとえば、資金提供者が地域密着型組織にプロジェクトの主導もしくは共同主導を要件として課すことも有効な方策である。このような主導的立場を認めることで、地域住民自身が研究パートナーの必要性を判断し、最も優先度の高い課題を特定し、自らの手でデータを収集・保有することができる。また、申請における負担を軽減するため、求める情報量を抑える、もしくは書面によらない申請手段(例えば、電話や動画による申請、他言語での申請など)を認めるといった柔軟な対応も有効である。こうした助成制度の見直しは、従来、潤沢な資源を持つ機関に偏ってきた研究資金配分の不公平を是正する取り組みとなる。

このような構造的変革を持続的かつ大規模に展開していくためには、研究資金提供者が、地域主導型研究(community-led research)に対して有する「リスクが高い」「時間がかかる」「費用がかさむ」とった歴史的な偏見と向き合う必要がある。そもそも地域密着型組織は、こうした偏見の結果として、周縁化され、制度的に排除され研究資金から長らく疎外されてきたコミュニティに仕えている存在である。伝統的な研究もまた多くの困難やコストを伴うにもかかわらず、リスクや時間、費用に関する注意喚起が常に示されているわけではない。研究資金提供者が、地域密着型組織や地域のリーダーを研究の中核に据えることをためらう理由は、もはや存在しない。その当事者としての経験は、これまで十分に活用されてこなかったが、変革のための重要な資源であり、その価値を正当に評価すべきである。

筆者紹介

メーガン・コラド (Megan Collado):アカデミーヘルスのシニアディレクター
リシカ・デサイ (Rishika Desai):アカデミーヘルスのシニアマネジャー
ジャメイ・モリス (Jamae Morris):ロバート・ウッド・ジョンソン財団のプログラムオフィサー

著者注:
本稿の執筆にあたり、CRHEプログラムの設計・実施・評価において重要な貢献をされた関係者の皆様、プログラムパートナーであるDesign Impactのカーティス・ウェッブ博士(Dr. Curtis Webb)とサラ・ロバートソン氏(Sarah Robertson)、評価パートナーであるChange Matrixのアンヘル・ビジャロボス氏(Angel Villalobos)とローレン・ヴァルゴ氏(Lauren Vargo)、CRHEプログラムスタッフとして貢献いただいたアカデミーヘルスのマーヤ・カーン氏(Marya Khan)、モーラ・デューガン氏(Maura Dugan)、およびエリー・ジョーリング氏(Ellie Jorling)に深く感謝申し上げます。
また、本稿の初期草稿に対して貴重なご意見を寄せてくださった、アカデミーヘルスのダニエル・デコスタ氏(Danielle DeCosta)とリディア・バブコック氏(Lydia Babcock)にもこの場を借りて、深く感謝申し上げます。

◆ リード・コメンテータ― 水谷 衣里 

■本論の趣旨
本稿は、研究あるいは研究助成における構造化された権力や支配-被支配関係の是正を念頭に、従来の学術機関中心の枠組みを脱し、社会課題の当事者である地域密着型組織自身が研究を主導することの重要性を論じたものである。そのポイントは、研究の計画立案・関係構築・実行といった全プロセスに地域密着型組織が直接関与することや、その過程で従来の権力構造を乗り越え、地域密着型組織自身が主体者として意思決定を行える環境を創り出すことにある。またこうした取り組みをフィランソロピーセクターがリードする意義にも触れられている。

■米国におけるこれまでの議論と実践
米国では、ソーシャルイノベーションやフィランソロピーの分野においても、米国社会の構造的な不平等が再生産されていることが繰り返し指摘されてきた。例えばEchoing GreenとBridgespan Groupによるエスニシティに基づく資金調達格差の指摘PEAK Grantmakingによる助成審査に関する分析とその報告 などが一例として挙げられる。こうした構造的な不平等を乗り越えるべく、米国では一部の資金提供者による努力が始まっている。例えばフォード財団による参加型助成(Participatory Grantmaking) や、Tides財団によるPhilanthropic Initiative for Racial Equity といったイニシアチブなどが、その実践例として知られている。

■CRHEの特徴と背景・課題意識
本稿で紹介されているロバート・ウッド・ジョンソン財団(RWJF)による「健康の公平性のための地域調査研究(Community Research for Health Equity, CRHE)」も、コミュニティ主導型研究プログラムの好例である。CRHEでは、歴史的に社会資源へのアクセスが制限されてきた地域密着型組織やエスニック・マイノリティによる当事者団体のエンパワメントを、研究プロセスを通じて支えることが目指されている。
取り組みの背景には、いくつかの課題意識がある。ひとつは、研究主体である学術機関と地域密着型組織(特に有色人種コミュニティやLGBTQ+等のマイノリティグループ)との間に存在する、資金アクセスにおける格差の是正である。もうひとつは、両者の間にある垂直的で非対称な関係性の克服である。こうした格差や関係の非対称性を自覚せず助成財団側が資金を供給した場合、研究者と実践者、あるいはコミュニティとの間に不信感を生じさせたり、コミュニティ側の過度な客体化、あるいは当事者の周縁化や無力化を促進しかねない。
こうした構造は、個別の研究者による無知や悪意に起因するものではなく、社会制度や慣習の中に組み込まれ、再生産されてきたものだと言えよう。本稿ではこうした課題を乗り越えるべく、CRHEを通じて助成財団が行った申請・選考・評価プロセスの改善や資金配分の再設計など、テクニカルな工夫や努力が紹介されている。

■日本の読者が学ぶべき3つのポイント
最後に、日本の読者に向けて、本稿から学ぶべきことを3つ、挙げておきたい。
①変化を推進する上でのフィランソロピーの役割に関する自覚
CRHEは、保健医療やヘルスケア分野において構造化されてきた非対称性を解消するという明確な意図をもって取り組まれている。多元的な価値観を尊重しつつ、学術的な研究とコミュニティのエンパワメントを両立させるという方針は、独立した立場から柔軟に変革を促すことが出来るという、フィランソロピーセクターのアドバンテージを十二分に活かした取り組みだと言えよう。日本のフィランソロピーセクターも、こうした世界での実践に学びつつ、自らのもつ影響力をより良く活かし、変革をリードする戦略性が求められるだろう。
②多様な協力者の存在
CRHEでは、特に保健医療分野の政策立案や研究に強みを持つ非営利組織アカデミーヘルスや、評価パートナーであるチェンジ・マトリックスとの協力関係が構築されている。特にアカデミーヘルスは、CRHEの開発過程にも深く関わり、研究成果の発信に向けた支援も積極的に行っている。
CRHEの特徴は、地域密着型組織からの申請のハードルを下げるためのテクニカルな工夫に加えて、プログラムが持つ戦略性の自覚化と発信、採択団体相互のネットワーキング、助成先の成果の可視化に向けたコミットメント等の総合的な取り組みが行われていることにある。そのための座組を、プログラム立案段階から構築している点は、日本のフィランソロピーセクターが学ぶべきポイントの一つだと言えるだろう。
③プログラムレベルでの取り組みと助成財団自身のコミットメントとの一致
本稿で取り上げられているCRHEは、助成財団であるロバート・ウッド・ジョンソン財団の、多岐にわたる助成プログラムの一つである。しかしその志向性はプログラムレベルでの取り組みにとどまらず、同財団自らの組織運営においても内面化されている。例えばDEI(Diversity, Equity, and Inclusion:多様性・公平性・包摂)に対するポリシーの明確化や、Center for Effective Philanthropy と協力した従業員、理事会、助成金受給者に関するプロファイルの公開といった対外的な透明性の確保がその一例として挙げられる。

このように助成財団としての理念と組織運営、そして助成プログラムを通じた実践の整合性を保つ努力があってこそ、外部からの信頼を獲得し、人材確保も含め、より良いプログラムを立案できる環境を整えることができる。我々は、助成財団自身がプログラムレベルの取り組みと、財団を一致させ、それを組織運営のあらゆる局面に反映させようとしている事実にも学ぶべきではないか。
構造的な不平等を乗り越え、コミュニティがオーナーシップを持って研究と実践に取り組む環境を整備することは容易ではない。一方で、だからこそ、フィランソロピーセクターの持つ力量やポテンシャルが活かされる領域であることを、本論から学びたい。

リード・コメンテーター紹介

水谷 衣里:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社にて、政策立案やコンサルティングに従事。同社では、民間公益活動の基盤強化に関する調査研究や、企業の社会貢献活動、CSR/CSVの実現に向けたコンサルティングを担う。専門分野は、ソーシャルファイナンス・社会的インパクト投資・コミュニティ投資といったソーシャルセクターの資金還流や、ソーシャルアントレプレナーの育成支援、ソーシャルビジネスの経営支援等。また企業や財団等の支援組織へのサポートを通じ、民間公益活動を支える仕組みづくりや、支援者の創出・育成などを行う。SSIR-J 編集アドバイザー。

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