ソーシャルセクターは、男性的な思考だけでなく女性的なリーダーシップがあればさらに発展するはずだ。長期的視点に立ち、システムレベルの変化を目指すよりコラボレーションを促進するあり方が求められている。
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 02 社会を元気にする循環』より転載したものです。
ウィンスロップ・カーティー Winthrop Carty

ビジネスの世界にはいまでも男性的な思考が根強く残っていることはよく知られている。ビジネスの仕組みとマネジメント理論を取り入れた社会起業の世界も、この問題を抱えている。ソーシャルセクターでは、財布のひもを握る人にも、理事会の席に座る人にも、リーダーになる人にも、女性が少ないのだ。『クロニクル・オブ・フィランソロピー』とニューヨーク大学が行った調査によると、米国の大手の非営利団体のうち、71%で男性がCEOを務め、69%ではほぼ全員の理事を男性が務めている一方で、66%もの団体では過半数のスタッフが女性だ。このような不均衡はトップレベルの社会起業家支援プログラムでも見られ、アショカ、シュワブ財団、スコール・ワールド・フォーラムなどが認定するフェローのうち、女性が占める割合は32~42%しかない。社会起業の業界におけるジェンダー不均衡は、単にリーダーを担う男女の数の不均衡だけを指すのではない。これは、制度的な枠組みやリーダーシップのモデルに男性的な思考が根強く残っているという問題なのだ。
どのような点で社会起業の業界が男性的だと言えるのだろうか。
1つ目の問題は、資金提供先やアワードの受賞者、メディアが取り上げる人の多くは依然として、変革のビジョンを描き、それを実現するために反対勢力と闘う孤高のヒーロー的な起業家であるという点だ。南アフリカの女性の社会起業家で、ライフライン・エナジーの設立者であるクリスティン・ピアソンは言う。「非営利団体の男性リーダーはヒーローや聖人のように見られますが、私はしがないボランティアのような扱いを何度も受けてきました」
2つ目の問題は、社会起業家のイマン・ビバースが2018年に『ソーシャルイノベーションズ・ジャーナル』に寄稿した女性の社会起業家に関する記事で指摘しているように、「社会起業の世界で広く浸透しているインパクトの定義は、規模の拡大やフランチャイズなどで大きなインパクトをもたらすような、男性中心的な考え方を好んでいる」ことだ。言い換えれば社会起業の世界で依然として重視されるのは、起業家が築き上げた1つの強力な事業を通じて拡大するモデルであって、その製品やサービスが他者によって応用されたりレプリケーション(複製・再現)されたりすることではない、ということだ。
3つ目は、お金の問題である。民間の大口の資金提供者やインパクト投資家の大半は、ビジネス界では定石の男性的な思考のロジックで富を築いた男性たちだ。ジャーナリストのアナンド・ギリダラダスが、大規模なフィランソロピーを痛烈に批判した『勝者がすべてを手に入れる』(Winner Take All)で論じたように、少数の富裕層は、資金提供先に対して並外れた影響力と疑わしい動機を持っている。この問題は、女性の社会起業家の資金調達にも影響を及ぼす。たとえば、エコーイング・グリーンのレポート「社会起業白書 2020」(State of Social Entrepreneurship 2020)によると、同団体のフェローシップに応募する米国の社会起業家のうち、「男性の応募者は、全応募者数に占める割合が少ないにもかかわらず、全体的にも平均的にも女性の応募者よりも多くの資金を集める傾向がある」と指摘されている。
確かに、従来のビジネスの方法論には、社会変革のエコシステムの中で一定の役割を果たすものも多くある。しかし、ソーシャルセクターが最大のシステムレベルの課題に取り組もうとするなら、男性的な思考を手放して、よりバランスのとれたリーダーシップモデルを受け入れる必要があるだろう。
新しいリーダーシップ、新しいモデル
女性のリーダーシップのスタイルに関する研究の多くが、社会起業家のあり方のさまざまな方向性を示している。たとえば、消費者研究の専門家のジョン・ガーズマとジャーナリストのマイケル・ダントニオは、世界の多様な経済・文化圏の13カ国6万4000人を対象にした5年間の研究から、とりわけ「女性的」と認識されるリーダーシップ特性のリストを作成した。その結果、「協力的」「柔軟性」「忍耐」「共感」「計画性」などが挙がった一方で、「男性的」と感じるリーダーシップ特性には、「自立的」「分析的」「プライドが高い」「決断力」などがあった。
こうした分類は二元論的であったり、本質的な特性よりも偏見に基づくことが多かったりするという事実は認識すべきだが、この分類を見ると、一般に「起業家的」と称賛される特性と比較して、どのような特性が見過ごされたり過小評価されたりするかがわかる。では、社会起業の業界において、よりジェンダーバランスのとれた資金提供、サポート、実践のアプローチとはどのようなものだろうか。
私は、5つの点が重視されるようになると考えている。
1つ目は、協働的な起業家精神を取り入れることだ。それは、「実験する」「修正を繰り返す」「リスクを恐れない」といった起業家精神あふれるアプローチを、コミュニティやグループ単位で実践することを意味する。また、リスクだけでなく報酬も共有する、つまり成功の功績を囲い込むのではなく分かち合うことでもある。
2つ目は、ジェンダーバランスの向上によって、他者による応用や複製・再現による拡大を重視する社会起業家が評価されることだ。
3つ目は、社会起業の世界では、ヒエラルキーにとらわれることは少なくなり、より助言し合う参加型の取り組みが増えていくことだ。それは人間中心デザイン(human-centered design)の参加型の方法論を手本にしたかたちになるだろう。人間中心デザインはこれまでソーシャルセクターで実践されて成功を収めており、社会課題に直面しているコミュニティが自らの手で解決策を生み出して改良することを目指すものだ。
4つ目は、非営利の社会的投資団体であるアキュメンが提唱した「忍耐強い資本(Patient Capital)」に倣った、より長期的な投資と資金調達モデルの採用である。忍耐強い資本とは、短期的な投資回収に固執する従来のモデルではなく、長期にわたる経済的なリターンと「社会的なリターン」を統合するモデルだ。
5つ目は、事業開始時に策定した全体戦略プランに固執するのではなく、さまざまな手法を試して取捨選択していくという、創発的なアプローチを組織戦略においてより重視することだ。
このような特性を備えた社会起業家は、気候変動、経済格差、パンデミックといった、長期にわたる複雑で集合的な脅威に対して、はるかにうまく対処できるようになるだろう。システムレベルで活動することで、つまり短期的で測定可能なインパクトにとらわれない長期目線の資金調達スキームを通じた、垣根を越えたコラボレーションに取り組んで初めて、社会起業家たちはシステムレベルの課題に取り組むことができるのだ。
規模拡大を目指す英雄から、コレクティブ・インパクトの実践へ
社会起業のシステムにおいてジェンダーバランスが向上すると、より公平になるだけでなく、より大きなインパクトが実現するようになるだろう。私たちが直面している手強いシステムレベルの社会課題は、セクター、組織、地域、階級、アイデンティティといった枠組みを超えて、協働して解決するしかない。たとえば、地域の貧困問題に取り組むには、政府、医療、教育、企業、その他多くのセクターが“共に”働くことが必要だ。
システムレベルの課題に取り組むためのシステムレベルのアプローチは、従来の男性的なアプローチから決別して、先ほど述べた「女性的」なリーダーシップのスタイルを反映するものだ。このようなシステムレベルのアプローチは、「コレクティブ・インパクト」「コラボレーション・ネットワーク」「コレクティブ・アクション」などと呼ばれる。これらは、組織、行政機関、個人、団体などで構成される異業種のネットワークを築いて育み、そこで提供されるリソースを、共通の取り組みや課題解決に向けて活用するものだ。たとえば、セントラル・アパラチアン・ネットワーク(CAN)は、ケンタッキー州、オハイオ州、テネシー州、バージニア州、ウェストバージニア州にまたがる中央アパラチアの150の郡において、資金提供者、行政機関、市民団体などから参加者を集め、コミュニティに根ざした持続可能な経済発展を支援している。コンサルタントで『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』(SSIR)への寄稿者であるジョン・カニアとマーク・クラマーによると、コレクティブ・インパクトの取り組みには、すべての参加者を支えるために専門のスタッフとマネジメントのサポートを提供する、強力で十分なリソースを備えたバックボーン組織が必要だという。
このようなネットワークが成り立つためには、社会や環境の課題を、複雑で相互依存性の高いエコシステムに照らしながら検討していくシステム思考が前提になることが多いので、より包括的で分野の垣根を越えたアプローチが求められる。私自身の活動においても、フォード財団のグローバル・パブリック・イノベーション・ネットワーク、メルトン財団の600人のグローバル・シチズンシップ・フェローのネットワークや、ニューイングランド・インターナショナル・ドナーズが構築したセクターや地域を越えて活動するフィランソロピストのコミュニティ、D-Labのプラクティカル・インパクト・アライアンス、カタリスト2030、ウェルビーイング・プロジェクトのエコシステム・ネットワークなどで、このようなアプローチが必要だった。こうしたネットワークは、システムレベルの課題に集合的に対応するために、多くの個人、団体、コミュニティから提供される多様な視点や専門知識に加え、セクター全体の知見も集約している。
システムレベルのアプローチを通じた力強いコラボレーションという考え方は、確立された実践手法というよりは理想論に近いままで留まっているが、その大きな要因には本稿で述べてきたようなジェンダーギャップの存在があるのではないか、と私は考えている。このようなアプローチの持つ包括的、水平的、学際的な性質――「リーダー」よりも「グループ」を重視すること、そもそもシステムが即時に変化することはないのだから短期的な成果は出ないこと、ネットワークとシステム全体の変化との間に直接的な因果関係を確立できないこと――は、いまだに男性的な考え方にとらわれている潜在的な資金提供者や協働者にとって魅力的なものではない。
男性的な考え方を変化させるには、文化面でも構造面でも、より水平的で、助言し合い、多様な人を包摂するかたちへとシフトすることが必要だ。サラ・カプランとジャッキー・ファンデルブルグが2014年にSSIRの特集記事「ジェンダー資本主義の始まり」(The Rise of Gender Capitalism)で述べたように、「ジェンダーの視点を取り入れた投資とは、経済的リターンを求める市場論理と女性の平等を求めるフェミニストの論理の橋渡しとなるような、新しい経済論理を創造することであり……単にプロセスに沿って活動するのではなく、プロセス自体を変えることである」。
女性の社会起業家の数も増えているし、集合的なシステムレベルのアプローチを可能にしようという気運も高まっている。2018年の『フロンティアズ・イン・サイコロジー』の論文で、心理学者のアンドレア・ヴィアルとハイメ・ネイピアは、「まさに女性的なリーダーシップ特性(たとえば公共性など)は、時代とともにより望ましいものになってきているように見える。……実際、これらの特性が未来のリーダーを定義することになると主張する人もいる」と結論づけている。一方で著者らは、これらの特性が「望ましい(しかし必須ではない)」とするに留まってしまうことへの懸念も述べている。
社会起業家に資金と支援を提供する主要な機関は、重要な一歩を踏み出すことができる。それは、縦割りで競争が激しく、男性的な思考で世界の困難な課題に取り組む状況から脱却することだ。まず資金提供者が始めるべきなのは、協力してバックボーン組織により多くの「忍耐強い資本」を投入することであり、さらにシステムレベルの課題に焦点を当てた、より協働的で垣根を越える助成金の設計、対話の企画、コミュニケーション環境の整備に取り掛かることだ。そして、孤高のヒーローではなく、グループを対象とした注目を集めるアワードを新たに設けてはどうだろう。たとえば、「シュワブ・アワード システムレベル・イノベーション部門」や「アショカ・コラボレーション・フェローシップ」のように、垣根を越えたソーシャルイノベーターのグループを称えるアワードだ。
よりジェンダーバランスが取れたリーダーシップが実現すれば、社会起業の業界においてシステムレベルのアプローチがさらに実現していくだろう。その未来では、女性の社会起業家が活躍するだけでなく、世界も発展していくことになる。これは、単にアプローチやリーダーシップ特性が男性的か女性的かの問題ではなく、あらゆる人間の強みや能力を活用できるかどうか、という問題なのである。
【翻訳】布施亜希子
【原題】Applying a Gender Lens to Social Entrepreneurship(Stanford Social Innovation Review, Winter 2021)