社会課題解決においてデータを活用することには効率化とインパクトの両面で非常に大きな可能性がある。しかし結果を焦ってトップダウンで実施してはならない。なぜならコミュニティのエンゲージメントなくしていかなる施策も社会変革にはつながらないからだ。
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 05 コミュニティの声を聞く。』より転載したものです。
メロディ・バーンズ|ポール・シュミッツ
2010年10月、3人の男性が『オプラ・ウィンフリー・ショー』に出演し、ニューアーク市の公教育を改革するという野心的なイニシアチブを発表した。出演者はニュージャージー州知事のクリス・クリスティ、ニューアーク市長のコリー・ブッカー、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグである。ザッカーバーグは、「この取り組みを破綻した教育システムを再生するモデルにする」という目標を支援するために、1億ドルのマッチング・グラントを表明した(マッチング・グラントとは目標の資金調達金額に対してあらかじめ設定した比率で企業や行政が資金を上乗せして提供する仕組みであり、この事例では同額の比率で、ニューアーク市が1億ドルを資金調達するという条件がつけられた)。大半のニューアーク市民はこの発表があるまでイニシアチブのことを知らなかったが、実はそれも意図的なものだった。
知事と市長は、トップダウンのアプローチを選んだ。なぜなら、地元のステークホルダーと合意形成するという面倒な作業によって、改革が頓挫しかねないと考えたからだ1。彼らはいち早く目的を達成するために野心的なスケジュールを組み、イニシアチブの監督機関としてニューアーク市外からフィランソロピストを招聘した理事会を設置し、さらには教育長も市外から登用した。
ニューアークの教育改革の事例は、後に社会変革プロジェクトの反面教師として広く知られるようになった。教育改革は特に論争を招きやすいが、その中でも、ニューアークの事例をめぐる論争は際立って激しいものだった。
2010年のテレビ発表から始まったイニシアチブに対しては、子どもたちの成績上昇への期待が寄せられるどころか激しい非難が集中し、公開会議の場では地域住民が計画に猛然と抗議した。2014年には地元の聖職者77人が、地域の状況を悪化させたことを理由に同イニシアチブの中止を知事に嘆願した。ブッカーの後任としてニューアーク市長に就任したラス・バラカは、このイニシアチブへの反対を選挙運動の重要公約に掲げて当選したほどだ。ザッカーバーグらが提供した資金は底をつき、イニシアチブは2016 年に頓挫した。
ミルウォーキー市の元教育長で、学校改革のリーダーとして知られるハワード・フラーは、「最大の失敗は、州知事と市長がコミュニティ抜きで進める決断をしたことです」と話す。このイニシアチブは、共通の目標に向かって住民を結束させるどころか、ニューアークを分断したのである。
ザッカーバーグも教訓を得たようだ。2014年5月、彼と妻のプリシラ・チャンは、サンフランシスコ・ベイエリアの学校のために1億2000万ドルを寄付することを表明した。2人はその際、「地元の教育関係者やコミュニティのリーダーといった人たちのニーズをよく聞いて、支援の網の目からこぼれ落ちている生徒たちのニーズを理解する」ことを目指すと強調した2。
一方、同じく2010年にニューアークで始まった別のプロジェクトである「ストロング・ヘルシー・コミュニティーズ・イニシアチブ(Strong Healthy Communities Initiative, SHCI)」は、それほど論争を引き起こさなかった。ブッカーとバラカはどちらもこのプロジェクトを支援した。SHCIは、リビング・シティーズ(Living Cities)という、22の大手財団と金融機関から構成される都市再生プロジェクトに資金提供を行う連合組織の支援を受けて設立された団体であり、明確なセオリー・オブ・チェンジ(変化の方法論)に基づいて運営されている。その方法論とは、「子どもたちの学力を向上させるために、政策立案者やコミュニティのリーダーが働きかけるべきなのは『環境』である。なぜなら、環境条件こそが学習を促進するか阻害するかを左右するからだ」というものだ。
子どもたちが飢えや病気、疲労、ストレスに苦しめられていれば、学力の向上など見込めない。一連の調査によると、こうした劣悪な状況下では、親や子どもはその状況を何とかすることばかりに意識を向けてしまうので、学業で成功するチャンスを生かせない。
このような研究結果に触発されたSHCIのリーダーたちは、壊滅的な住宅事情を解決し、校内に保健室を設置し、経済的に不利な家庭であっても良質な食事へのアクセスが可能になるような対策を講じてきた。
SHCIは資金提供者と市のリーダーが主導する取り組みとして始まったが、その後はコミュニティ内の多様なステークホルダーに働きかける方向にシフトした。そうして時間の経過とともに、イニシアチブの運営者たちとニューアーク市全域のコミュニティや組織のリーダーたちとの間に協力関係が育まれた。SHCIのディレクターを務めるモニーク・バプティスト・グッドは次のように述べている。
「私たちはトップダウンのアプローチをできるだけ避けるようにしています。まずは地元のコミュニティから出発し、それから実績のあるリーダーにも協力を働きかけます。私たちは最初に、あえて正式な組織にせず、キャンペーンのように運営するという重要な決断をしました。私たちは後方に控え、パートナーを前面に押し出して彼らが力を発揮できるようにします。そうすることで、人々が受け入れられるペースで変化が生じるのです」
教育改革に比べれば、住宅や医療に関する課題は論争になりにくいと思うかもしれないが、これらの問題も同じくらいヒートアップしやすい(代表的なのは、子どもの栄養基準を変更しようとしたオバマ政権の政策をめぐる論争だ)。いずれにせよ、ニューアークの失敗から得られる教訓は、他の多くの社会課題の解決にとっても参考になる。それは、「社会変化を目指す政策立案者やリーダーたちがどのようなかたちでイニシアチブを推進するかが、取り組みの成否を決める」ということである。トップダウン型のアプローチで進めれば、失敗に終わる可能性が高い(ここでのトップダウン型のアプローチとは「、議員、資金提供者、その他の主要機関のリーダーが、地域コミュニティのリーダーや受益者の十分な関与がないままプログラムやサービスを立ち上げて実行すること」と定義している)。
この教訓は、近年ますます重要性を帯びている。教育、医療、経済的機会、司法制度へのアクセスという面での格差は広がりつつあり、そのニーズの拡大に対して課題解決のためのリソース供給が追いついていない。その結果、公共セクターや非営利セクターのリーダーたちは、リソースのよりよい使い道を模索している。並行してデータ主導の施策が広がっており、課題解決の前進につながるという希望が生まれてきている。
代表的なのはエビデンスベースのプログラムで、ある取り組みと具体的なインパクトとの間に確実な相関関係が存在することが実証されたうえで導入される。それだけではなく、コレクティブ・インパクトの取り組みや、解決策の構築や評価にデータを活用する取り組みもある(本稿では「データ主導」という言葉をこうした施策全体に使用する)。
ただし、リーダーがデータ主導のプログラムを展開するときは、社会変革にとって重要なその他の要素を無視してはならない。ニューアークの事例で実証されたように、データ主導の解決策は、対象となるコミュニティの人々に積極的に参加してもらったうえで策定、実行しない限り、実現することも維持することも不可能なのだ。
データはどれほど有望か
筆者らは最近、リザルツ・フォー・アメリカ(Resultsfor America)からの資金協力を得て、「実践者たちはデータ主導の社会変革の施策をどのように追求できるか、また追求するべきか」をテーマにした研究プロジェクトを実施した。同プロジェクトでは、アメリカ全域の自治体担当者、資金提供者、非営利団体のリーダー、研究者、コミュニティ開発者など約30人をインタビューした。調査にあたって、私たちはシンプルな前提を置いた。それは、「現在の社会変革の実践者たちは、データから得られた知見を活用してどのプログラムが効果的かを判断している。その能力は、史上最高の水準にある」というものだ。
たとえば、実践者たちは次のようなデータを知っていた。
- 特定の自宅訪問プログラムに登録している妊婦は出産後の経過が良好である⸺たとえば、出産経験のない母親と登録看護師をマッチングするナース・ファミリー・パートナーシップ(Nurse-Family Partnership)はそうしたデータを活用しているよい例だ3。
- 特定の読解力向上プログラムに参加する生徒は読み書きの能力が高い⸺たとえばリーディング・パートナーズ(Reading Partners)は、読むのが苦手な小学生にマンツーマンの読解指導を行うプログラムを通して素晴らしい成果を上げている4。
- 犯罪者が出所後に職業訓練や支援プログラムを受けると再犯率が下がり、雇用の見込みが高まる⸺たとえばセンター・フォー・エンプロイメント・オポチュニティーズ(Center for Employment Opportunities)は、生活スキルのトレーニング、短期の一時的な有給雇用、フルタイム雇用の斡旋、就職後の支援サービスの提供を通して、上記のアウトカムを実現している5。
2012年に設立された非営利団体であるリザルツ・フォー・アメリカの目標は、「教育、医療、経済的機会に関する問題について、国家から州、市までを含むあらゆるレベルの行政機関がデータ主導のアプローチを採用できるようにすること」である。その活動の一環として同団体は、2014年に『政府のためのマネーボール』(Moneyball for Government)を出版した(このタイトルは、メジャーリーグ球団のオークランド・アスレチックスが、選手の年俸に充てる資金が乏しいなかで、データアナリティクスを活用して優勝チームを築いた経緯を詳細に描いたマイケル・ルイスの書籍『マネー・ボール』[早川書房]にちなんでいる)。本書は、本稿共著者であるメロディ・バーンズも含む、さまざまな分野の第一人者や政策立案者の寄稿文を編纂したものだ。編集者であるジム・ナスルとピーター・オルザグは、行政が社会変革を推進するときに従うべき3つの原則を述べている6。
- 最も効果的かつ効率的な成果を生む施策/政策/プログラムに関する確実なエビデンスを集め、政策立案者がよりよい意思決定ができるよう支援する。
- その取り組みが機能することを証明するデータ、エビデンス、評価を活用する施策/政策/プログラムに対して限りある税金を投じる。
- 成果の測定に一貫して失敗しているような施策/政策/プログラムには資金を回さないようにする。
一見すると、簡単で常識的なコンセプトのように見える。しかし現在実施されている公共セクター、非営利セクターにおける一般的な施策はこの原則とかけ離れている。ある推計によると、アメリカ連邦政府の裁量的支出(国防費を除く)のうち、エビデンスの裏付けがあるプロジェクトへの支出は1%に満たない7。リスベット・ショアとフランク・ファロウは、政策立案者や社会的なサービス提供者の場合、エビデンスが意思決定に与える影響は、「特にイデオロギー、政治、歴史、さらには特定の成功ストーリーが与える影響と比べて」小さいと指摘した8(ショアは社会政策研究センター[Center for the Study of Social Policy]のシニアフェロー、ファロウは同ディレクターである)。
この状況は変える必要がある。データ主導のアプローチを採用することは経済的にも倫理的にも不可欠だ。慢性的な予算不足を考えると、公共セクターや非営利セクターのリーダーは、インパクトを達成していることをデータで証明できる施策に資金を投じなければならない。たとえ無限に資金が手に入るとしても、いや、それならばなおのこと、リーダーには受益者に最善の成果をもたらすプログラムをデザインする責任があるはずなのだ。
「忍耐を伴う切迫感」の必要性
効果があることがわかっているのだから、データ主導の施策の開発と実行を急ぎたくなるのは当然だ。
結局のところ、現在コミュニティが抱える問題は深刻かつ緊急性が高い。人々の命が懸かっているのである。特定の施策を実施すれば、「健康に生まれる子どもが増える」「学年に見合った読解力が身につく」「社会で求められているスキルを習得できる」というエビデンスがあるのなら、それを一刻も早く実行すべきだろう。
しかし、この分野での拙速な行動には大きなリスクが伴う。迅速にプログラムを開始したいという衝動によって、安直にトップダウン型のアプローチを選んでしまいがちだからだ。もちろん、「ボトムアップ型の方法では、せっかく良好な実績を上げてきたプログラムの実行が遅れるだけだ」と考えるのも無理はない。
この考え方について、アメリカのある都市の元データおよびアナリティクス担当ディレクターが教訓的なストーリーを語ってくれた。
「私たちは、市民のためによりよい結果を出せば、それに対する支持も集まるはずだと考えてしまいました。市長のコミュニケーションの仕方は、『私のほうがみなさんのニーズについてよくわかっています。みなさんのために私が事態を改善します。信頼してください』という父権主義的なものでした。しかし問題は、市民が私たちのことを信頼しなかったことです。重要なのは関係性でした。人々が何を望んでいるのかに耳を傾けること、そして何を見たり経験したりしているのかを尊重する姿勢が十分ではありませんでした。私たちが打ち出した施策の多くが頓挫したのは、効果がなかったからではなく、コミュニティの支持が得られなかったからです」
そうした支持を勝ち取るために、政策立案者や実践者たちは地域コミュニティのメンバーを能動的なパートナーとして扱わなければならない。コミュニティ主導の協力関係づくりについて豊富な経験を持つミルウォーキーの元教育長ハワード・フラーは、次のように語る。
「『私たちと一緒に』ではなく『みなさんのために』というやり方は失敗の方程式です。コミュニティに働きかければ、解決策が見えてきますし、その解決策を実行するためのリーダーシップも発揮されてきます。そして、みんなの中に責任感が育まれるのです」
住民に働きかけ、ともに歩むコミュニティ・エンゲージメントの活動は、やることリストの一覧表にチェックをつけて完了できるものではない。長期的な変化に必要なコミュニティからの支持を生み出すための、継続的なプロセスなのだ。目指すのは、受益者に対して、社会変革を目指す取り組みに参加してもらうように働きかけるだけでなく、そのイニシアチブを自ら推進してくれるよう促していくことである。
この点についてもフラーは強調している。
「この活動には忍耐を伴う切迫感が求められます。忍耐力がなければ変革は幻想で終わってしまいます。コミュニティの関与なしで、持続的な変化は実現できません。5年後、10年後にはあなたはいないかもしれませんが、コミュニティは変わらずそこにあるでしょう。こうした長期的視点を持つ一方で、プロセスを前進させて勢いを維持するための切迫感を保つ必要があります」
切迫感を保つことと我慢することの間にはジレンマがあるが、それらをうまく両立させることによって、施策の実践者とコミュニティメンバーは適切なエンゲージメントを達成できるのである。
今回の研究で得た主な気づきは、たとえデータを活用していようとも、忍耐力のないトップダウン型の取り組みは持続的な成果を生み出さないということだ。
公共セクター、非営利セクターのリーダーがポジティブで持続的な変化を達成するためには、取り組もうとしているデータ主導の解決策と同じくらいに強固なコミュニティ・エンゲージメント戦略を練り上げる必要がある。
この点について、ハーウッド・インスティテュート・フォー・パブリック・イノベーション(Harwood Institute for Public Innovation)のプレジデントであるリッチ・ハーウッドが、自身のウェブサイトでうまく説明している。
「コレクティブ(集合的)な取り組みでは、データの活用、指標、成果の測定と同じくらいに、コミュニティに内在する文化を理解して強化することが重要です。……いかに善意に基づいていても、また、いかに厳密な分析や計画があろうとも、コミュニティの文化が脆弱ならばすべて台無しになってしまいます。変化を起こすためには、信頼関係と当事者意識の形成、相互の関わり合い、そして変化を定着させて拡大するための適切な環境と能力の構築が必要なのです」
エンゲージメントを高める6つの原則
研究を通じて私たちは、データ主導の解決策がコミュニティから支持を得るために不可欠な6つの要素を特定した。これらの要素は相互に補完し合っている。各要素を取り入れることができれば、社会変革を目指す取り組みが成功する可能性は高まるだろう。
❶コミュニティ・オーガナイジングを通じて当事者の主体性を育む
多くのケースでは、データ主導の施策の設計や着手の後に、対象コミュニティへの働きかけが始まる。しかし施策に対する住民の支持を得るために、エンゲージメントを醸成する活動はもっと早く開始するべきだ。
実践者が犯す最大の過ちの1つが、「動員」と「オーガナイジング」を区別しないことである。動員とは、人々を集めて、特定のビジョン、理念、プログラムを支持させることである。このモデルではリーダーあるいは組織が意思決定の主体で、コミュニティメンバーはその意思決定を受け入れる客体である。一方、オーガナイジングとは、コミュニティ内でリーダーを養成し、メンバーの利害を明らかにし、変化を統率できるようにすることである。この場合はコミュニティメンバーが活動の主体となる。彼らが協力して意思決定を行うのである。最高のかたちのコミュニティ・エンゲージメントでは、取り組みの長期的成功に必要な支援を確保するために、草の根活動のリーダーをも含む多種多様なリーダーとの協力が不可欠である。
「市民参加のための国際協会(International Association for Public Participation, IAP2)」は、さまざまなエンゲージメントのあり方を表現する段階図を開発した10(下図「コミュニティ・エンゲージメントの段階」を参照)。最も緩やかな関わり方は「情報提供」で、専門家が新たな変革の取り組みについて説明したり意見を求めたりする郵便物やタウンミーティングなどがこれに当たる。最も踏み込んだ関わり方は「エンパワーメント」で、こちらはコミュニティメンバー自身が完全に自分自身で意思決定することを支援する。エンパワーメントを実践する組織の1つが、カリフォルニア州オークランドのファミリー・インディペンデンス・イニシアチブ(Family Independence Initiative, FII)である。FIIは社会サービスの提供を重視するのではなく、経済的に不利な状況下にある家庭で暮らす人たちの才能や創造力の開発に投資する(FIIは6つの地区におけるパイロットテストで集中的なデータ収集を行い、参加家庭が経済的・社会的な苦境を抜け出せることを証明した)。
コミュニティとの関わり方がエンパワーメント側に寄るほど、その施策に対するコミュニティメンバーの当事者意識が高まり、それを支持する傾向が強まるだろう。もちろん、常にエンパワーメントが100%実現した状態でイニシアチブを運営できるとは限らない。しかし、自分たちの関わり方がどの段階に位置するかを明確にし、目指したいエンゲージメントの水準を達成する必要がある。
ジョン・マクナイトとジョディ・クレッツマンは、ノースウェスタン大学のアセットベースト・コミュニティ・ディベロップメント・インスティテュート(Asset-Based Community Development Institute)の共同ディレクターで、コミュニティ開発の有名な手引書『内側からコミュニティを構築する』(Building Communities From the Inside Out)の著者である。その本で彼らは、コミュニティに存在する自然なリーダーシップやつながりの意識は問題解決に役立つ資産となるにもかかわらず、「専門家」が駄目にすることが多すぎると主張する。また、最近行われたコミュニティ開発者の国際会議においてマクナイトとクレッツマンは、社会サービスの提供者がコミュニティと協力する際に考えるべき問いとして、以下の3つを提案した。
- コミュニティメンバーが自身や互いのために実行できる最善のことは何か。
- コミュニティメンバーがサービス提供者から何らかの支援を受けた場合に実行できる最善のことは何か。
- サービス提供者がコミュニティのために実行でき、コミュニティの人々が自力では実行できないことで最善のものは何か。
重要なのは、コミュニティメンバーのことを「アウトカム(成果)を受け取る人」としてだけでなく、「アウトカムの創造者」として捉えるということである。支援のプロフェッショナルであれば、コミュニティメンバーが持っているイニシアチブに貢献できる資産について理解し、それを尊重しなければならない。子どもが学年に見合った読解力をつけることや、母親の健康な出産を支援することが目標なら、実践者はそうした人々の家族、友人、近隣住民が果たしうる役割について検討するべきである。放課後に近所の子どもを見守る母親は、ある種の青少年支援者だ。若い母親の様子を見にくる年配者は、ある種のコミュニティ支援者だ。持続的な変化を推進するためには、このようなコミュニティメンバーを支援する、つまり彼らの意見を聞くだけでなく、成果を生み出す能力を引き出すことが非常に重要なのである。
特に、草の根で活動する組織のリーダーに対して働きかける場合には、適切な意図と配慮が必要だ。ウィリアム・キャスパー・グラウスタイン記念財団の知識開発担当者のアンジェラ・フルシアンテは、「コミュニティメンバーのエンゲージメントに注力するなら、彼らが成功できるようお膳立てをしなければなりません。
彼らを私たちの世界へと案内しつつ、彼らの世界にも入り込んでいかなければなりません。地元のリーダーたちと協力して、コミュニティのデータから意味を引き出す必要があります。彼らはデータのどの部分から自分たちのストーリーを読み取るでしょうか。見たものをどう解釈するでしょうか。データは人々の生活の情報だということを覚えておきましょう」と語る。
❷複雑性を受け入れる
データ主導の施策の成否を大きく左右する、コミュニティの複雑なシステムに、リーダーは適応する必要がある。アニー・E・ケイシー財団のプレジデントを務めるパトリック・マッカーシーは、2014年のフォーラムで「冷淡なシステムは優れたプログラムを打ち負かす⸺いつでも、どんなときも」と述べ、この点を強調した11。リーダーはソリューションを「電源を入れれば動く」、すなわち導入すれば機械的に作動するものとして実践しようとするのではなく、人々がその解決策を採用する際の文化的な背景を考慮するべきだ。対象コミュニティとの結びつきを深めて、その取り組みの成否に影響を及ぼしうる大勢の地域関係者を深く理解しなくてはならない。
データ主導の施策に潜む落とし穴の1つが、人々の暮らしはいくつもの要素が複雑に絡み合っているにもかかわらず、時としてその複雑性が考慮されないことだ。ショアとファロウは、エビデンスを重視しすぎると「一面的な介入策(に特権を与えること)」になる可能性があるとし、次のように指摘する。
「これら(のプログラム)は、実験的評価における管理された条件下において『何がうまくいくか』を測るテストに合格する可能性が高い。そうした評価に頼っていると、必ずしもエビデンスから導き出せない介入策を無視したり抑制したりするリスクがある。また、エビデンス評価における優先順位は低いものの、システム全体に効いてくる複雑な解決策が二の次になったりするリスクがある」12
従ってデータ主導の施策を実行しようとするなら、その施策を魔法の薬としてではなく、より大きなエコシステムの中の重要な要素として扱う必要がある。
コレクティブ・インパクトのモデルが多くのコミュニティで取り入れられてきた理由の1つは、複雑性と向き合わざるを得ない状況があるからだ13。コレクティブ・インパクトの取り組みでは、コミュニティ全体の複雑な目標を達成するために、組織とコミュニティメンバーがシステムレベルで協力する。彼らは力を合わせて、個別の介入を、受益者の生活に影響を与える他のプログラム、組織、システム(家族や近隣住区システムも含む)と結びつけていく。単一の介入では、持続的な変化が生み出される可能性は低いだろう。エビデンスに基づいた小学生向けの読解力向上プログラムは、読み書きの能力には良好なインパクトを与えるかもしれないが、その活動を長期的に維持できるかどうかは、子どもたちの医療、安全、家庭環境、経済的なウェルビーイングの状況に左右されるのだ。
❸現場の組織と協力する
データ主導の施策を実行する際、既存の施策からエビデンスのある施策に資金を移すのはよくあることだ。このとき、既存の支援対象のコミュニティに被害を与えないよう気をつけなければならない。そうした被害は、たとえばコミュニティと深く結びついたプログラムの財源を減らす、適切な代替策がないまま重要なサービスを廃止する、既存のサービス提供者を脅かすようなプログラムをコミュニティ外部から取り入れるといった場合に発生しうる。
資金移転の判断は、将来的には支持者となりうる人々からの反発を生む可能性もある。ある都市に拠点を置く財団の担当者は、以前起こった出来事についてこう説明する。
「市長が他市で視察した大学進学支援プログラムに刺激を受けて、当市に導入するための資金を調達しました。当市には既に同じような目的のプログラムがいくつかあったのですが、市長が競合相手になったために資金調達が難しくなり、破綻に追い込まれるところが出始めました。しかも、新しいイニシアチブはまったくコミュニティの支持を得られなかったのです」
この担当者によると、市長の行動は最終的には逆効果であったという。
「大学進学支援を必要としている人々のための施策は、かえって減ってしまいました」
さらに、地域コミュニティにおいて、社会的資本が既に築き上げられていて、データ主導の介入が成功する土壌ができている場合もある。たとえば小学3年生の読解スコアの改善を目指す取り組みにとって、親の積極的な参加を促してきたコミュニティセンターは重要な資産となりうる。
こうした理由から、既存の助成金受給者にデータ主導の施策を採用するように後押しするほうが得策であることも多い。子どもとその家族が抱える課題に注目する非営利の調査機関チャイルド・トレンズ(Child Trends)でプレジデントを務めるキャロル・エミグは、このアプローチに賛成して、次のように述べる。
「資金提供者は、市や財団の関係者に向かって『現在の施策はエビデンスに基づいていないから資金提供をやめるべきだ』と告げるのではなく、長期にわたって助成を受けている団体に対して『実績ある施策を参考にして既存のプログラムやサービスを改革できるかどうかが、今後の資金提供に関わってくる』と告げることができるはずです」14
たとえば外部から大学進学支援プログラムを持ち込んだ前述の市長には、地元の団体と協力して彼らのプログラムを改変するという選択肢もあった。
現場の組織とのコラボレーションには努力が必要だ。資金提供者はまず、その助成金受給者に、コミュニティでの確固とした基盤があるか、関連する課題領域における経験を持っているか、既存の取り組みを変える意欲があるかどうかを評価することから始めなければならない。ミルウォーキー都市圏とウォキショー郡のユナイテッド・ウェイ支部(United Way)でコミュニティインパクト担当バイスプレジデントを務めるニコル・アングレサノは、同組織が助成金受給者と協力してパフォーマンスを改善する方法について、「私たちはその団体が築いている関係性を評価します」と説明する。特に注目するのは助成金受給者がコミュニティの中で得ている信頼度のレベルであり、「もし(信頼度が)高ければ、その団体の運営能力を高めて、よりよい成果を上げるために提携します」と彼女は述べる。
❹エクイティの視点を取り入れる
ジム・コリンズは、経営戦略を説いた著書『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』(日経BP)で、有能なリーダーは「最初に適切な人をバスに乗せ……適切な人がそれぞれにふさわしい席に坐ってから、どこに向かうべきかを決めている」と述べている15。一方、社会変革の取り組みは、適切な人々に働きかけられていないことがあまりに多い。十分な所得を得られていない人たちや有色人種のコミュニティにデータ主導の施策を取り入れようとする場合、実践者はエクイティ(構造的差別の解消)の視点で活動にあたることを心がけなければならない。つまり、こうしたコミュニティのメンバーを単純に「席につかせる」だけでなく、リーダーシップを発揮できるような役割を担ってもらうように働きかけるべきなのだ。
いざその施策を現場で実践する段階になって、エクイティの視点で活動を捉え直すのはよくあることだ。たとえば細分類データを分析して格差を発見し、それらを軽減するための戦略を採用する。もちろんこれも重要ではあるが、そのもっと前の段階で、つまり施策全体の重要な意思決定を行う段階でエクイティの視点を取り入れることのほうがより重要だ。
団体の幹部、スタッフ、顧問、パートナーといった運営体制の中に、対象コミュニティのメンバーが含まれていなければならない。ハワード・フラーは「一部のリーダーは、黒人や有色人種の人々にはただプラカードを掲げてくれれば十分だと思っています。彼らが実際に活動をリードし、発言権を持ち、自己決定することは望まないのです」と述べる。
多様なリーダーを集めるだけでは十分ではない。そうしたリーダーが効果的にコラボレーションできる文化をつくることも必要だ。エクイティの視点で物事を進めていけば、参加者間の信頼関係を築いたり、全員がイニシアチブに全力を尽くせる状態を確保したりするための活動も必要となる。またコミュニティメンバーの公正な参加を実現するためには、あらゆる意見に耳を傾け、すべての視点を尊重し、偏りがあれば迅速に是正するといった取り組みにコミットする必要がある。このプロセスで力関係の格差を完全に解消することはできないが、なるべく軽減する努力は続けるべきである。
さらに、施策実施の資金を受け取る団体を選定する際にもエクイティの視点を取り入れる必要がある。
その方法の1 つが段階的な資金提供だ。活動する団体が、データ主導の施策を導入する準備が整っている場合もあれば、準備を整えるために能力開発の支援が必要な場合もあるが、それぞれの段階ごとの資金提供スキームを用意して、団体側が自分たちの状況に応じて申請できるようにする仕組みである。
このアプローチによって、有色人種やコミュニティ内で過小評価されている人々が率いる小規模組織を参加させることが可能になる。
❺機運をつくる
既に述べたように、コミュニティ・エンゲージメントには忍耐を伴う切迫感が必要である。調査でインタビューした人々によると、コミュニティ・エンゲージメントの活動を大掛かりに行おうとする施策の場合、その中核となる計画策定や関係性の構築を完了するまでに1~2年を要することは珍しくない。データを活用する場合はなおさらだ。
そのため、財団による助成金交付の一般的な事業期間である2~3年で大きな成果を上げることがそもそも困難な可能性がある。同様に、行政の都合に沿ったスケジュールで持続的な変化を追求することも難しい場合がある。公的機関の通常の予算サイクルは1年であり、選挙で選ばれた議員は4年の任期中に目に見える成果を上げようとする。従って、公的機関が主導する施策の場合、その取り組みが持続的なものになるような外的圧力をかけることが、資金提供者などの外部パートナーの役割となる。
この問題に対するもう1つの解決策が、早い段階で改善を実証するいくつかの成功事例をつくり、施策への機運を高めておくことだ。初期の成功事例は、資金提供者のさらなる出資を後押しし、行政側の政治的ニーズも満たすだろう。また、施策への抵抗も抑制する効果がある。2~3年で成果が何も上がらなければ現状維持の声が高まり、もし失敗に向かっているなら反対派が熱心に声を上げるようになるだろう。
さらに初期の成功事例は、コミュニティの住民が苦しんでいる社会課題は手の施しようがないものではないか、という既存の言説を置き換えるような成功ストーリーづくりにも役立つ。同様に、コミュニティメンバー自身が、自分たちの積極的なエンゲージメントが重要だということを理解できるだろう。こうした理解が進めば、コミュニティ側が社会を変える取り組みが掲げる大胆な目標を受け入れやすくなる。この点についてバプティスト・グッドはこう述べている。
「走り出す準備ができた人たちには、そのエネルギーを維持できるような仕事を与えなければなりません。準備ができていない人たちには、時間をかけて、変化を受け入れて信頼を得るまで待たなければなりません。その活動には忍耐と関係性が必要なのです」
❻変化に対する地域関係者の反応に対処する
データ主導の取り組みを新しく始めようとする実践者は、変化に対する多様な地域関係者の反応をマネジメントする必要がある。よい出発点となるのが、技術的問題と適応課題を切り分けることである。この区別についてロナルド・A・ハイフェッツ、アレクサンダー・グラショウ、マーティ・リンスキーは、著書『最難関のリーダーシップ』(英治出版)で説明している。
「技術的問題は……高度な専門知識、組織内の既存の構造、手続き、実行方法によって解決できる。一方で、適応課題は、人々の優先事項、信念、習慣、忠誠心を変えなければ対処できない」16 実践者は、「データ主導の施策に対する資金提供の判断基準の策定」といったわかりやすい技術的問題を重視し、「施策が進行するにつれてスタッフ、パートナー、受益者に生じる関係性や行動の変化への対処」といった緊急性のある適応課題から目をそらしたいという誘惑に駆られるものだ。
もし戦略を変更する場合、多くの地域関係者がその影響を感じ取るだろう。たとえば既存パートナーは、オペレーションの変更を迫られたり資金源を失ったりする。これから参画しようとするサービス提供者候補は、新たな戦略に対する準備をしなければならない。受益者は、信頼できるサービス提供者との関係性を変える、あるいは断つことになるかもしれない。資金提供者は、何年もかけて築いた助成金受給者との関係を解消する必要があるかもしれない。これ以外にもいろいろとある。新たな戦略に対するコミュニティのエンゲージメントを高めるために、すべての関係者が起こるべき変化に適応できるように対策を講じなければならない。
こうした局面すべてにおいてコミュニケーションがきわめて重要であり、それをプロセスの初期段階から実践すべきだ。具体的には以下のステップを踏むとよい。
- 早期に変化のシグナルを発して、ステークホルダーが準備を整えられるようにする。
- 新たな施策への期待感を伝えることよりも、地域関係者が抱く懸念への共感を示すことを重視する(「まずは理解し、次に理解されることを目指す」という原則に従う)。
- 誰が、なぜ、どのように意思決定を行ったかを開示する。
- トレードオフや損害が生じることを認め、よりよい結果を生む戦略を採用するうえで避けられない結果であることを説明する。
- 新たな施策に取り組む意欲と能力を持つ人たちに向けて、移行プロセスを明確に説明する。
リーダーの役割として何より重要なことはプロセスの各ステップにおける各関係者の変化に対する期待値のマネジメントである。
コミュニティ・エンゲージメント戦略を推進した2つの事例
コミュニティ・エンゲージメントは簡単ではないが重要な仕事である。ここからは、データ主導の施策の実践過程で、戦略的にコミュニティ・エンゲージメントに取り組んだイニシアチブを2つ紹介する。
●プロビデンスの青少年プログラム
アニー・E・ケイシー財団は2012年、当時ロードアイランド州プロビデンスの市長室直轄組織の1つだったプロビデンス・チルドレン・アンド・ユース・キャビネット(Prov idence Chi ldren and Yout h Cabinet, CYC)と提携してイニシアチブを開始した。CYCは同財団が開発したデータ活用フレームワークである「エビデンス・トゥー・サクセス(Evidence2Success)」に従って、6年生、8年生、10年生、12 年生の青少年5000人以上を対象に、個人および学業面での成功をもたらす根本要因(社会的スキルや感情スキル、人間関係、家族の支えなど)を調査した。次に、この調査データを議論して重点的に取り組むべき項目への認識を揃えるために、2つの地区からコミュニティのリーダーと住民を集めてミーティングを開催した。市、州、地域の多様なリーダーが、このプロセスの運営に協力していくことになった。
その場で決まった重点項目は、イニシアチブにおける中心要素となった。たとえば、不登校や長期欠席、非行、感情的ウェルビーイングといった問題においてどんなアウトカムを目指すかについて認識を揃えた。そして、住民と社会サービス提供者の両方が参加する実行チームが結成され、各重点項目について改善目標を策定した。さらにアニー・E・ケイシー財団が開発した「青少年の健全な育成のための青写真(Blueprints for Healthy Youth Development)」を活用しながら、改善目標を実現するために設計されたエビデンスベースのプログラムを6つ選定した。それからCYCのリーダーは地域住民と対話し、これらのプログラムを確実に成功させるためにコミュニティにどんな支援やリソースが必要かを探った。現在、選定された6つのプログラムのうち3つが実行段階にあり、CYCは今後の調査で、改善目標に対する進捗状況を測定する予定である。
CYCのリーダーは当初から、意思決定プロセスの透明性を高めて共有することによって、ステークホルダー間の力関係の格差の改善に取り組んだ。CYCのディレクターであるレベッカ・ボックスはこう語る。
「私たちは各集団に主導権を持って取り組んでもらうために、それぞれに合わせて情報の伝え方を調整しました。同じフレームワークに沿って行動することは誰にとっても初めてのことであり、私たちは参加するすべての人々に働きかけました。コミュニティの住民に対しては、『このデータはみなさん自身であり、みなさんの暮らしを表すもの、つまりみなさんのものです』と話します。住民が自分の役割に責任を持つことを支援すると、大きな力が発揮されたのです」
ボックスによると、このイニシアチブでは、実質的に「専門知識を異なる視点から評価すること」が起きていた。言い換えれば、コミュニティメンバーを、行政担当者や社会サービス提供者などと「対等の存在」として扱うということである(ちなみに、将来選挙によって市長が代わったとしても、独立性をもって現地コミュニティの意見を代弁するというCYCの立場を維持するために、CYCのリーダーはこの組織を市長室の外に移した)。CYCのリーダーは約18 カ月をかけてコミュニティメンバーとの関係を築き、さらに18カ月をかけて3つのエビデンスベースのプログラムを実行した。アニー・E・ケイシー財団のシニアアソシエートのジェシー・ワトラスはこう語る。
「コミュニティレベルの成果が表れてくるまでには3~4年かかるでしょう。しかし、市の担当者が『コミュニティの声を聞き、効果が証明されているプログラムに市の資金を投じている』と話せるだけの成果は上げています。また、コミュニティのリーダーや住民に率直に発言してもらうこともできています」
同財団は最近、プロビデンスの事例で得た学びを踏まえて、アラバマ州とユタ州でも、エビデンスベースのプログラムを展開するためにエビデンス・トゥー・サクセスのパートナーシップを開始した。
●ミルウォーキーの医療プログラム
かつてのミルウォーキーは、黒人住民の乳幼児死亡率が全米で最も高かった。この問題に立ち向かうべく、ユナイテッド・ウェイ支部、ミルウォーキー市長、ウィスコンシン大学マディソン校医療保険学部のウィスコンシン・パートナーシップ・プログラム(Wisconsin Partnership Program)など複数のパートナーが集い、2012年、「人生を通じて家族の健康向上を支援するイニシアチブ(Lifecourse Initiative for Healthy Families, LIHF)」を立ち上げた。
その取り組みのなかでLIHFは、大学、非営利の人権団体、ミルウォーキー市保健局の研究者を招き、乳幼児の死亡原因とその抑制方法に関するエビデンスを共有した。LIHFの参加者の多くは当初、赤ちゃんの睡眠環境が安全ではないことが乳幼児の死亡の主な原因だと考えていた。しかし同市の乳幼児死亡率調査チームが集めたデータによると、睡眠環境は死亡原因の15%を占めるに過ぎず、60%以上が早産によるものだった。LIHFの参加者は、早産の抑制につながるエビデンスベースのアプローチを調査したうえで、医療サービスへのアクセス、父親の参加など、母親の健康に影響する社会的決定要因にフォーカスした一連のイニシアチブを推進することに合意した。
かつてミルウォーキー市とユナイテッド・ウェイは、10代の妊娠を減らすイニシアチブと提携し、7年間で57%の抑制に成功した(かつてのミルウォーキーは10代の妊娠率も全米最高だった)。そのときの教訓が生きていたおかげで、LIHF でも多様な人を参加させることが重視された。たとえば、2年間の計画プロセスを実行する際は、市のあらゆる分野から100人を超えるコミュニティリーダーたちが召集された。
開発段階でリーダーたちが特に強調したのは、イニシアチブの設計とリーダーの構成において、人種の違いによる格差が生じないようにすることである。
LIHFの初会合では、コミュニティのリーダーや住民が70人以上集まり、人種差別がいかに黒人女性の健康に悪影響を及ぼしているかについて、1時間にわたって議論した。それに続く会合では、人種面でのエクイティの実現が、LIHFが目標を達成するために必要なことであるとして取り上げられた。その結果、黒人女性のビジネスリーダーがLIHF運営委員会の共同議長となり(もう1人の共同議長はミルウォーキー市長)、黒人のコミュニティ活動家がイニシアチブのディレクターを務めることになった。また地域住民から情報提供や支援を受けるために、LIHFは対象地域でコミュニティ・オーガナイジングを担う人を6人雇用し、現地出身の2人を運営委員会のメンバーに迎えた。
データはエンゲージメントを高めるために
一見手の施しようがないような社会課題であっても、解決に向けて前進する手段として、データ主導の施策は非常に有望である。しかし結局のところ、コミュニティメンバーがリーダーやパートナーの立場で参画できない限り、うまくいくことはないだろう。コミュニティ・エンゲージメントには2つの大きなメリットがある。それは人々の暮らしに、特にコミュニティで最も弱い立場に置かれた人々の暮らしに真の変化を起こせることと、「やればできる」の精神をコミュニティ全体に根づかせられることである。
政策立案者、議員、資金提供者、非営利セクターのリーダーが、自分たちの持つリソースをデータ主導のプログラムに移行しようとするとき、必ずコミュニティ・エンゲージメントにも取り組むことを必須要素にしなければならない(下図「コミュニティ・エンゲージメントのリソース」を参照)。コミュニティの関与がなければ、たとえ強力なデータの裏付けがある最高のプログラムであっても、持続的な変化を達成するどころか、改善を示す成果を得ることもできないだろう。
【原題】Community Engagement Matters(Now More Than Ever)(Stanford Social Innovation Review Spring 2016)
【イラスト】Illustration by Yann Kebbi
開示情報:本稿執筆のための研究プロジェクトはリザルツ・フォー・アメリカがスポンサーとなって実現した。共著者のメロディ・バーンズが同団体のシニアフェローで、ポール・シュミッツがアドバイザーを務めている。ポール・シュミッツはアセットベースト・コミュニティ・ディベロップメント・インスティテュートの教員、ユナイテッド・ウェイ支部理事および「人生を通じて家族の健康向上を支援するイニシアチブ(LIHF)」の運営委員会の一員でもある。
注
1 Dale Russakoff, “Schooled,” The New Yorker , May 19, 2014.
2 Mark Zuckerberg and Priscilla Chan, “Why We’re Committing $120 Million to Bay Area Schools,” San Jose Mercury News , May 29, 2014.
3 ナース・ファミリー・パートナーシップに関する調査の例は、ナース・ファミリー・パートナーシップのウェブサイトのTrial Outcomes セクションを参照。https://www.nursefamilypartnership.org/about/provenresults/published-research/
4 リーディング・パートナーズに関する調査の例は、Robin Tepper Jacob, Catherine Armstrong, and Jacklyn Willard, “Mobilizing Volunteer Tutors to Improve Student Literacy,” MDRC website, March 2015を参照。http://www.mdrc.org/publication/mobilizingvolunteer-tutors-improve-student-literacy
5 センター・フォー・エンプロイメント・オポチュニティーズに関する調査の例は、センター・フォー・エンプロイメント・オポチュニティーズのウェブサイトのPublicationsのセクションを参照。https://www.ceoworks.org/publications
6 Jim Nussle and Peter Orszag, eds., Moneyballfor Government , Disruption Books, 2014, p. 6.
7 John B ridgeland and Peter Orszag, “Can Government Play Moneyball?” The Atlantic , July-August 2013.
8 Lisbeth Schorr and Frank Farrow, with JoshuaSparrow, “An Evidence Framework to Improve Results,”Center for the Study of Social Policy, November 2014, http://www.cssp.org/policy/evidence/AN-EVIDENCE-FRAMEWORK-TO-IMPROVE-RESULTS.pdf, p. 5.
9 Rich Harwood, “Why I Love Data,” Harwood Institute website, February 26, 2015, http://www.theharwoodinstitute.org/2015/02/why-i-lovedata
10 International Association for Public Participation(IAP2), “The IAP2 Public Participation Spectrum,”IAP2 website, https://www.iap2.org.au/resources/iap2s-public-participation-spectrum
11 Cited i n Schorr and Farrow, “An Evidence Framework to Improve Results,” p. 11.
12 Schorr and Farrow, “An Evidence Framework to Improve Results,” p. 7.
13 John Kania and Mark Kramer, “Collective Impact,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2011.
邦訳:「コレクティブ・インパクト」(ジョン・カニア、マーク・クラマー、『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』SSIR Japan、2021年)。
14 Quoted in Schorr and Farrow, “An Evidence Framework to Improve Results,” p. 10.
15 Jim Collins, Good to Great, HarperBusiness, 2001, p.13.
邦訳:ジム・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』 山岡洋一訳、 日経BP、 2001年。
16 Ronald Heifetz, Alexander Grashow, and Marty Linsky, The Practice of Adaptive Leadership ,Harvard Business Press, 2009, p. 19.
邦訳:ロナルド・A・ハイフェッツ、マーティ・リンスキー、アレクサンダー・グラショウ『最難関のリーダーシップ』 水上雅人訳、 英治出版、 2017年。
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