目的、価値、そして謙虚さこそが、社会セクター最大の強みとなる
サラ・エリス・コナント(Sara Ellis Conant)
ジェイコブ・ハロルド(Jacob Harold)
【翻訳】井川 定一(SSIR-J 副編集長)
【原題】Future-Oriented Leadership (Stanford Social Innovation Review, September 23, 2025)
【リード・コメンテーター】エリクセン恵(SSIR-J コミュニティファシリテーター)

世界が変わり続ける以上、私たちもまた変わる必要があります。人類は、気候の不安定化、権威主義の台頭、さらには新たな人工生命の可能性といった課題に直面しています。一方、ソーシャルセクターのリーダーたちは、「敵対的な政府」、「不透明な資金環境」、そして「疲弊が蓄積した担い手たち」という現実に向き合っています。リーダーシップとは、他者を「共有された物語」へと招き入れる営みであり、その根底には倫理と基本的な人間としての良識がなければなりません。しかし同時に、この激しく揺れ動く時代に適応し、進化していく必要もあります。
本稿では、私たちがフィランソロピー、非営利団体、政府、ビジネスの各リーダーを集めて開催したセクター横断的な対話から得られた、この時代におけるリーダーシップの教訓を共有します。そこには明確なテーマが見て取れました。それは、「個人を支え、ミッションに仕え、この瞬間(時代)に応える」という、未来に向けたリーダーシップ(future-ready leadership)の青写真です。これからの道は決して平坦ではありませんが、目的意識に満ちたものにできるはずです。その時代に力を発揮するのは、必ずしも声の大きなリーダーやカリスマ性のあるリーダーではありません。地に足がつき、高い志を持ち、世界とともに自らも進化し続けることにコミットする人こそが、未来を切り拓いていくのです。
1.パーパスに立ち返る(Return to purpose)
アーサー・ブランク財団のプレジデントであるフェイ・トワースキーは、社会変革に取り組む上での基本的なマントラ(訳者注:考え方)を示しています。それは、「パーパス(目的)から始めること(Start with purpose)」です。こうした賢明な言葉も、一見すると自明に思える他の多くの言葉と同様に、いつの間にか仕事上の「背景」に埋もれてしまいがちです。しかし、そうさせてはなりません。パーパスとは、棚に置かれた戦略文書の一文ではなく、私たちを前へと突き動かす原動力なのです。
変革を志す人々がパーパスから始めるのは当然のことです。けれども、現代においてこの言葉は新たな意味を帯びています。多くの社会変革リーダーは、長年にわたり、いくつかの基本的な信念を前提としてキャリアを築いてきました。気候変動は危険であること、人種的バイアスは現実に存在すること、最も弱い立場にある人々を思いやることは善であること、移民は社会を豊かにする存在であること。しかし今、こうした前提そのものが、公然と否定される時代になっています。その結果、多くのソーシャルセクターのリーダーは戸惑いを覚えています。リーダーたち——そう、「私たち」自身が——何十年もの間、これらの前提を道徳的にも戦略的にも土台としてきました。では、今、何をすべきなのでしょうか。
パーパスに立ち返ることです(Return to purpose)。良識や思いやり、事実や理性の重要性を、改めて言葉にしなければならないこと自体が、ばかげているように感じられるかもしれません。しかし、それは同時に、資金提供者、受益者、パートナーといったアライ(仲間)との対話を再設定する戦略的な機会でもあります。多くの人が同じように途方に暮れています。そうした人々を、共通のパーパスへとあらためて招き入れること自体が、一つの贈り物になり得るのです。
さらに、この「言い直し」の瞬間は、私たち自身の精神を再活性化する機会でもあります。長年この分野で働いてきた多くの人が、当初この仕事に惹かれた情熱を失いつつあるのが現実です。
例えば、ある移民の権利を擁護する地域のNPOは、政治的な逆風にさらされた際、そのメッセージを創設時の信念に立ち返らせました。「すべての家族には、安全と尊厳をもって生きる権利がある」。この共通のパーパス(shared purpose)をスタッフミーティングや資金提供者向けの報告で強調することで、チームは再び活力を取り戻し、アライ(仲間)たちも改めてこの運動とのつながりを感じるようになりました。パーパスにしっかりと根を下ろすことで、私たちは仕事にも人生にも、新たなエネルギーを吹き込むことができるのです。
2.自分自身を導く(Lead yourself)
最も効果的なリーダーとは、内面の倫理と外に表れる行動が一致し(aligned)、その姿勢が組織全体に反映されている人です。中心が定まり、一貫性を持つリーダーは、周囲からの信頼を集め、時間をかけて丁寧に育まれた関係性のネットワークを通じて、安定を生み出します。そして人を鼓舞し、力を与えながら、権限を手放すことで、より大きなインパクトを実現していきます。
しかし、そのような「整合性」を実現するには、内省的な努力が欠かせません。リーダーシップは活力を与えると同時に、消耗も伴います。混乱とストレスに満ちた時代において、燃え尽きを避けること自体が、リーダーの重要な仕事の一つになります。最も持続力のあるリーダーは、インパクトを生み出すための手段として、自らのウェルビーイングを優先します。運動や睡眠といった身体的習慣、瞑想やコーチング、祈りといった精神的な明晰さ、さらには境界線の設定や休息、持続可能なペース配分といった構造的な設計まで、そこには意識的な投資が必要です。
ミッションに忠実(mission-driven)であるためには、ミッションを体現(mission-embodied)していなければなりません。他者に仕えるためには、自分の身体と精神を守る必要があります。飛行機の中で繰り返される「まずは自分の酸素マスクを着けてから、他者を助けてください」というアナウンスには、深い意味があります。自分を優先することは利己的に見えるかもしれません。しかし、リーダーが無限の重荷を背負えないと認めることは、むしろ謙虚さの表れです。そして、それは同じ重圧を分かち合う周囲の人々を支え、共にリーダーシップの責任を担う機会にもなります。例えば、トリプルボトムライン(訳者注)を掲げる企業のCEOが、自身とスタッフのために「会議のない金曜日(No-Meeting Fridays)」を設けるとしたらどうでしょうか。それは健全な境界線を示し、戦略的思考の時間を生み、組織全体の士気を高めることにつながります。
※訳者注:トリプルボトムライン:企業や組織の成果を、経済(Profit)、社会(People)、環境(Planet)の3つの側面から評価する概念
3.俯瞰する(Zoom out)
私たちはどうしても、自分の身近な経験を基準に戦略を考えがちです。目の前にあり、すぐに起こり、よく知っているものに焦点を当ててしまいます。しかし、社会変革の仕事は、日々のタスクリストや次の四半期計画をはるかに超えたものです。世界を変えようとするなら、慣れ親しんだ枠の中に閉じこもるわけにはいきません。
人工知能がどのような形で私たちの仕事に影響を及ぼすのか、変化する気候がいつ地域社会に深刻な影響をもたらすのか、そして政治指導者たちが社会のあり方そのものをどこへと変えていくのか——私たちはそれらを知りません。しかし、慣れたものに退避してしまえば、それを超えたものを見る力を失ってしまいます。世界がこのまま変わらないのであれば、馴染みのある枠組みで仕事を捉えても問題はなかったでしょう。しかし、近年の出来事は明確に示しています。世界は変わり続けるのです。
リーダーには、短期的な目標だけでなく、長期的な軌道(時間)、異なる地域(空間)、多層的なシステム(スケール)を見渡す視点が求められます。
時間(Time):第二次世界大戦以降、人類の経済活動のほぼすべての指標が急激に加速しました。いわゆる「グレート・アクセラレーション(Great Acceleration 訳者注)」です。その影響は日常生活の中でも感じられます。しかし、日々のニュースサイクルや最新のソフトウェア更新に振り回されるのではなく、私たちの仕事が将来世代に与える長期的な影響を見据え、それに応じて行動を調整することができます。
※訳者注:1950年代以降に、人類の活動(人口増加、経済成長、資源消費、環境負荷など)が地球規模で指数関数的に急増し、地球システムに前例のない変化を引き起こしている現象
空間(Space):私たちは皆、特定の場所に生きていますが、その場所は、地域、州、国家、そして地球規模のつながりの中に埋め込まれています。相互につながったこの世界に、地理的な孤立は存在しません。オマハ(訳者注:米国中西部ネブラスカ州の都市)で排出された二酸化炭素は、デリーの降雨パターンに影響を与えます。自然システムが人間社会の運営に影響を及ぼすことが明らかになるにつれ、地域に根ざしたリーダーであっても、常にこの惑星全体を視野に入れる必要があります。
スケール(Scale):ホームレス問題のように、個々の物語の積み重ねで捉えられる課題もあれば、パンデミックのような指数関数的な現象や、刑事司法改革のような人間システムの問題もあります。部分が全体に影響し、全体が部分に影響を及ぼす中で、リーダーは具体と抽象を自在に行き来できなければなりません。ある時は大胆な賭け(big bet)が必要であり、またある時は、特定の個人やコミュニティに深く向き合うことが求められます。
例えば、フードパントリーの運営に加え、SNAP(補助的栄養支援プログラム 訳者注)の政策改革を提言する食料安全保障団体を考えてみてください。目の前の支援から一歩引いてシステムチェンジ(systemic change)に取り組むことで、これらの団体は困難な状況にある家族に、より持続的なインパクトをもたらしました。
※訳者注:アメリカの低所得者層を対象とした連邦政府の食料購入支援制度
4.あなたは、あなたの組織そのものではない(You are not your organization)
組織は、しばしばそのリーダーと同一視されるようになります。たとえば、投資家がアップルの戦略を考えるとき、「ティム・クックはどう動くのか」と問うことがあるでしょう。政治風刺画においては、習近平が中国そのものを象徴する存在として描かれることもあります。こうした関係は逆方向にも作用します。とりわけ社会セクターでは、リーダー自身のアイデンティティが組織と強く結びつくことがあります。というのも、組織のミッションへの献身が、私たちの仕事に道徳的な意味合いを与えると同時に、個人にとっての強い原動力ともなり得るからです。
しかし、この結びつきは罠にもなり得ます。私たち自身も、その感覚を仕事の中で何度も味わってきました。ジェイコブは、GuideStarのCEOを退き、Foundation Centerとの合併によってCandidが誕生した際に、その感覚を強く経験しました。サラは、コーチング会社のCEOでありコーチでもあり、本人の意図とは関係なく、組織の戦略そのものの体現者として見られています。
私たちは皆、自分の仕事と自分自身を重ね合わせつつ(align ourselves)も、同一視(identifying ourselves)しすぎない方法を見つけなければなりません。ソーシャルセクターの仕事は、人間としての価値観が職業として表れたものです。個人的な使命に人生を捧げてきた人ほど、無意識のうちに組織と自分を同一視してしまいがちです。しかし、それは人間としての私たちの可能性を狭めてしまいます。私たちは、仕事以上の存在なのです。そしてそれは、ミッションを達成するために必要な組織変革を阻む現実的な障壁にもなります。例えば、15年間にわたって精神保健分野のフィランソロピーを率いてきた創設者が、退任にあたって自らを中心に据えるのではなく、スタッフや理事会の継続性を祝福することを選んだケースがあります。それは、ミッションが個人に属するものではなく、集合的なものであることを示す行為でした。
5.思いやりは競争優位である(Compassion is a competitive advantage)
利害が激しく衝突する場面では、切迫感や圧力に流されがちです。対立が激しくなると、他者を敵視しやすくなります。しかし、最も力強いリーダーは立ち止まり、忍耐や共感、そして心理的な余白を、自分自身のために、チームのために、さらには周囲の世界のために育んでいきます。
これは単なるソフトスキルの話ではありません。戦略そのものです。思いやりは問題解決能力を高め、過剰な反応を抑え、信頼を築きます。変動の激しい状況でも冷静さと好奇心を保てるリーダーは、より良い意思決定を行うだけでなく、周囲にも同じ姿勢を促します。ゲーム理論の研究からも、長期的に最も効果的な戦略は、希望と寛容さに根ざしていることが示されています。
だからこそ、最良のかたちにおいて、ソーシャルセクターとは「思いやりを制度として体現する存在(institutionalization of compassion)」なのです。それは弱さではなく、最大の強みです。例えば、予算危機の局面では、自治体の保健部局長が、削減を決断する前に職員との対話の場を設けることがあります。こうした思いやりに基づくアプローチは、厳しい状況にあっても、創造的な解決策を引き出し、信頼を守ることにつながります。
個人として自分自身を支えながら、組織のミッションに仕え、この時代に向き合う。そんな未来志向のリーダーを、共に目指していきましょう。
筆者紹介
サラ・エリス・コナント:a)plan coaching CEO
ジェイコブ・ハロルド:GuideStar元CEO。CandidおよびProject Starling共同創設者
◆ リード・コメンテーター エリクセン恵
社会変革を牽引するリーダーシップについては、これまで数多くの議論がなされてきました。多くのリーダーは「正義」「民主主義」「多様性」といった価値観が、社会の揺るぎない共通の土台であるという前提で活動してきましたが、現在のアメリカにおける政権や分断の加速は、その土台がいかに脆弱であったかを突きつけています。
外側の基盤が不安定な今、リーダーシップは「外側への主張」から、「内なる人間性の回復とレジリエンス(回復力)」へとシフトする必要があります。本記事では、内なる信念を現実と一致させていくための5つのプラクティスを提示しています。
◆未来を切り拓く5つのプラクティス
1. パーパスに立ち返る (Return to purpose): 自らの根源的な動機と繋がりなおす。
2. 自分自身を導く (Lead yourself): 他者を導く前に、まず自らの内面を整え、深い自己理解と共に、自らの人生を導く。
3. 俯瞰する (Zoom out): 目の前のことに反射的な対応をせず、システム全体を高い視点から観察する。
4. あなたは組織そのものではない (You are not your organization): 仕事と自分自身の方向性を一致(Align)させつつも、自分を仕事と同一視(Identify)しない。
5. 思いやりは競争優位である (Compassion is a competitive advantage): 思いやりは弱さではなく、信頼と希望を築く戦略である。
私はこれまでアメリカで多くのリーダーと対話してきましたが、これらの重要性は、かつての東日本大震災の際にも痛感したことでした。社会全体が悲しみと憤りに覆われ、既存のシステムが機能不全に陥る中、バーンアウトと隣り合わせで走り続けるリーダーにとって、組織や肩書からいったん離れることは不可欠でした。
個人として「なぜ自分はこの活動をしているのか」と内省し、自分自身と仕事のアライメントを静かに探る。それはリーダーシップにとって極めて重要なプロセスです。その内省を経て、改めてパーパスと繋がりなおし、エネルギーと強いコミットメント、そして尊い謙虚さを持って再び立ち上がる姿を、私は何度も見てきました。
何よりも大事なのは、この「未来志向のリーダーシップ(Future-Oriented Leadership)」に、特定の肩書や立場は関係ないということです。社会の前提がどれほど揺らいでも、私たち一人ひとりが個人のパーパスを体現し、未来を見据えながら地に足をつけた歩みを進めること。それこそが、今求められているリーダーシップの姿であり、私自身も体現の道を深めていきたいと思っています。
リード・コメンテーター紹介
エリクセン恵:SSIR-J コミュニティファシリテーター。在米15年間はアメリカシアトルにてNPO法人iLEAP(現RootSpring)の社会変革のためのリーダーシッププログラム、人材育成に携わる。現在は日本ファンドレイジング協会、LivEQualityグループ、RootSpringなど各組織でグローバル連携戦略等に関わる。国際教育学修士。米国CTI認定プロコーチ(CPCC)。


