社会的企業は、シリコンバレー・モデルから脱却することで地域社会により貢献できる。
ダニエラ・ブレイ Daniela Blei

ミシガン大学アナーバー校の博士課程の学生だったキム・サンテは、株主利益の最大化を追求するだけではない、オルタナティブなビジネスのあり方に興味を持つようになった。そこでデトロイト近郊にある営利目的のビジネスインキュベーター(新事業支援施設)で実地調査を始めた。この施設では街の「持続可能な再活性化」を目指し、中小企業にワークスペースを貸し出して収益を得ていた。サンテは指導教官から、社会起業型ビジネスの発展に関する比較調査を行い、他の事例との違いや独自の特徴を明らかにしてはどうかと提案された。
キム・サンテは、比較対象となりうる、地元企業が所有する非営利ビジネスアクセラレーター(スタートアップや起業家をサポートし、事業成長を促進する組織)を見つけた。そこでは「デトロイトを次のシリコンバレーにする」というミッションを掲げていた。現在、ボストンカレッジのキャロル経営大学院の助教(経営組織論)であるサンテは、モントリオールのマギル大学助教(サステナビリティ経営)のキム・アンナ教授と共同で、2つの組織におけるアイデアの進化と変化を評価する新しい論文を発表している。
まず、2つの組織を選び、社会起業型のビジネスと従来型のビジネスを比較した。比較した2つの企業には、それぞれGREEN、ACCELという仮名をつけた。ところが、彼らが想定していた2つの分類は曖昧になってしまった。従来型ビジネスである方のACCELは社会や環境への関心が高く、社会起業型のGREENは利益を追求していたからだ。2つの組織の違いは、貧困率が高く経営資源の乏しいデトロイトという都市において、対照的な方法で成長を追求した結果、異なるローカル・インパクトをもたらしていることからきていた。
「ACCELから生まれたベンチャー企業は、急速に成長して事業を広げていった。時間的にも、規模的にも、急速に成長したのだ。こうしたベンチャー企業はすぐにデトロイトを離れ、全米、世界へと規模を拡大していった」と、キム・サンテは言う。それとは対照的に、GREENから生まれたベンチャー企業は「地域に深く根ざして、デトロイトに腰を据えて、長い時間をかけて育っていった」。GREENから生まれたビジネスは、爆発的ではないものの、時間をかけて成長し、持続性をもって、地域に大きな経済効果をもたらしたのだ。
著者らは、参加観察(調査者が長期にわたって調査対象集団の内部に身を置き、観察すること)とインタビューを組み合わせた「エスノグラフィック・リサーチ(フィールドワークを通じて異文化の行動様式を分析し、理解するアプローチ)」を実施した。そしてニュース記事やソーシャルメディアへの投稿などのアーカイブデータを収集して、各組織の軌跡を追い、それぞれが生み出すインパクトを評価した。デトロイトでは国内外の多くの地域と同様に、「シリコンバレーに続け」とばかりにベンチャーキャピタルによる高成長の実現に向けた取り組みを行っているが、そのほとんどが効果を上げていない。
「最近の研究では、ハイテクベンチャー企業の設立が貧困の削減に寄与することはほとんどなく、場合によっては不平等の拡大につながることもわかってきた」とキム・サンテは言う。「シリコンバレー、ボストン、ノースカロライナ州のリサーチ・トライアングル(世界有数の高等教育機関や研究所が集中する学術都市圏)、テキサス州オースティンなどで広く知られている成功例は地域の経済を豊かにしているのに、経済的に困難な地域や貧困が集中している場所での成功例がないのはなぜだろうか」。
著者らがGREENとACCELにおけるアイデア開発を精査した結果、経営資源が重要な役割を果たしていることがわかった。ACCELでは、ベンチャーキャピタルによる融資を主な資金調達方法としていた。それは最速で最大のリターンを得たい投資家からの資金流入を維持する観点でアイデアがつくられることを意味する。こうした企業は次の投資ラウンド(投資家がスタートアップに対して投資を行うフェーズ)まで存続し、評価を上げ続けなければならない。起業家はスケーラビリティ、つまりアイデアを迅速かつ広範囲に複製する能力に対して報酬を受けている。
一方、GREENでは「ブリコラージュ」という方法で経営資源を得ていた。ブリコラージュとは「容易に入手できる資源の再利用」という意味で、アントレプレナーシップの研究者らが使う人類学的な概念だ。たとえばGREENで始まったアフリカ系アメリカ人のフードベンチャーは、デトロイトの教会やデイケアセンターにある、活用されていない認可済みキッチンスペースを利用して料理をつくったり、地元の都市農家を頼って新鮮で安価な野菜を手に入れたりしている。
「彼らには、地域に密着して成長するというビジネス志向があり、デトロイト以外の地域で成長しなければならないというプレッシャーはなかった。また、こうしたベンチャー企業は地元の関係者と人間関係を築いていたので、事業を継続させたいという動機があった」とキム・サンテは言う。起業家がデトロイトのような地域を活性化しようとする場合、ACCELのようなスケールアップ型のベンチャーは、正解ではないかもしれない。
カナダのビクトリア大学で政治的生態学を研究するアナ・マリア・ペレド教授は次のように述べている。「著者は、内在する資源を生かし(ブリコラージュ)、ゆっくりと着実に、その土地での成長を目指すアントレプレナーシップが、多様で持続可能な利益の連鎖を生み出す事例に注目している」。大量の外部資本が介入し、劇的に拡大したものの、なかなか高い成果に結びつかなかった事例との対比は印象的だ。
【翻訳】布施亜希子
【原題】Growing Locally and Deeply(Stanford Social Innovation Review, Winter 2022)
参考論文
Suntae Kim and Anna Kim, “Growing Viral or Growing Like an Oak Tree? Towards Sustainable Local Development through Entrepreneurship,” Academy of Management Journal, 12 Jul 2021.