ステークホルダーは、自分たちに影響を与える企業に対してより大きな影響力を持たなければならない。その最良の方法は、ステークホルダー自身がオーナーシップとガバナンスの権限を持つことだ。
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。
ハンス・タパリア Hans Taparia
市場の失敗がまん延するアメリカ産業界
近年のアメリカの産業界は、冷ややかな消費者や怒りの声をあげる環境保護主義者、スタンドプレーを演じる政治家らに取り囲まれている。そのなかで企業は、自社のイメージを守ろうと広報活動を展開している。自然を保護し、従業員を大切にし、顧客の幸福度を高め、地域社会の維持に努めている、と。
だが、ステークホルダーすべての声に応えようとするなら、アメリカ企業のほとんどが利益の多くを創出するビジネスモデルそのものを放棄することになる。それどころか、一部の企業にとっては、その存在自体に疑問を投げかけられることになるかもしれない。たとえば、フェイスブックやユーチューブが誤った情報やヘイト満載のクリックベイト(ユーザーの関心を煽って誘導するが、多くの場合ユーザーに悪影響をもたらす書き込み)を削除したり、表示順位を下げたりするようなアルゴリズムに変更すれば、広告収入は落ち込んでしまうだろう。
一流ビジネススクールや「コンシャスキャピタリズム」の推進派は、多様なステークホルダーのためになる活動は、実はビジネスと相性が良く、長い目で見ればリターンも大きくなるという。この主張は、感覚的にも納得がいく。ステークホルダー理論の大家であるバージニア大学ダーデン経営大学院のエドワード・フリーマン教授も、顧客、従業員、取引先、地域社会に何の貢献もしないような企業は衰退の道をたどることになると指摘する。だが、そういう企業が圧倒的な市場支配力を行使するがゆえに、顧客が購入先を選ぶときも、取引先が販売先を選ぶときも、従業員が就職先を選ぶときも、選択肢が狭められているとしたらどうだろうか。
たとえば、ソーシャルメディアのユーザーは、より広いコミュニティとのつながりを保つために1つか2つのプラットフォームに限定されるだろうし、商品作物の農家や繊維メーカーは、ほとんどの場合、買い手が複数になることはない。また、熟練技術を持たない労働者は、往々にしてごく限られた業界や会社しか働き先の選択肢がない。こうした状況を、エコノミストは「市場の失敗」と呼ぶ。このように企業の影響力が集中すると、他のステークホルダーの選択肢が狭められ、企業は暴利をほしいままにする。その半面、企業はステークホルダーに目もくれず、場合によっては悪影響を及ぼすことさえある。
いまやアメリカのそこかしこに、市場の失敗がまん延している。2019年に行われたある調査によれば、この20年間でアメリカの全産業の75%で集中化が進み、たった5社のテクノロジー企業がS&P500企業全体の時価総額の24%を占めるまでになった。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを受け、「企業の収益」と「ステークホルダーの繁栄」の落差は大きくなるばかりだ。株式市場が新高値を更新し続ける一方で、失業、不平等、環境破壊がはびこっているのである。
このような機能不全に陥るのは予測できたことだ。資本主義社会では勝者が大勝ちしやすく、その利益が果てしなく増えていく傾向にあるからだ。さらに、技術の進歩で労働力の需要が減少し、資本力のある者が他のステークホルダーよりもはるかに早いペースで富を築いていくのだから、これはまさにカール・マルクスや、最近ではフランスの経済学者トマ・ピケティがさんざん警告していた状況である。この力学の下、危険な力の不均衡はますます進むだろう。株主は、取締役会や経営陣を通じて他のステークホルダーの利益を抑え込み、自分たちの利益になるようにその影響力を行使するからだ。やがて、このシステムは社会全体にとっての価値を蝕むことになる。
現在、アメリカの上場企業株の80%は、顔の見えない機関投資家が保有している。このような機関投資家が議決権の過半数を占め、ほとんどの取締役を任命する。インパクト投資に多額の資金が流れ込み、ESG投資が絶えず話題に上ってはいるが、他のステークホルダーの利益を本気で守るには、少なくとも短期的に株主への利益を削る必要がある。ところが、この事実はほとんど受け入れられていない。現在の沈滞した状況を打破するには、企業や資産運用会社が喧伝したり、ビジネススクールが新たな理論を発表したりするだけでは不十分だ。他のステークホルダーに、組織のオーナーシップや意思決定権を移行させるための制度的な改革が求められている。
資本主義の弱体化と社会起業家の台頭
過去1世紀にわたって、資本主義社会はステークホルダーの利益を守るためにさまざまな手段に頼ってきた。政府は規制を打ち出し、その執行役となる各種機関を設立した。たとえばアメリカは、1906年に消費者保護のために食品医薬品局(FDA)を、1970年に市民の健康と自然環境の保護のために環境保護庁(EPA)を設置している。
現在、進歩的な議員らが、こうした機関を強化するとともに最低賃金の引き上げ、有給休暇の義務化、炭素排出量への課税といった新法制定を呼びかけている。このような法律はステークホルダーの保護強化につながるが、法律面の改革には限界がある。なぜなら、市場が複雑化する一方で、ありとあらゆる株主の濫用について法的措置を講じたり、想定したりすることは困難だからだ。しかも、そもそも大企業は、ロビー活動や選挙運動への献金というかたちで、議員に桁外れの影響力を行使している。
ところが、過去数十年の間に、新しいタイプの社会起業家が登場した。彼らは、通常、特定のステークホルダー(複数の場合もある)にスポットライトを当て、ビジネスで世界最大級の問題を解決しようとする。
具体的には、不利な境遇にある人々を対象としたマイクロローン(小口融資)の実施、元受刑者の雇い入れ、農業の生産性向上支援などに取り組んでいる。株主に利益をもたらしながら、同時に他のステークホルダーのために社会的使命を果たすことは可能だというのが、彼ら社会起業家の主張だ。たとえば、アウトドアブランドのパタゴニアは「故郷である地球を救う」という使命を掲げ、メガネブランドのワービーパーカーは手ごろな価格のメガネを提供するとともに、恵まれない人々にメガネを無償提供する方針を打ち出した。
こうしたソーシャルビジネスを展開する企業、パーパスドリブンな企業を制度化するために、アメリカの多くの州ではパブリックベネフィットコーポレーション(PBC)と呼ばれる新たな法人形態を導入している。
PBCを目指す企業は、人、コミュニティ、環境のうち、プラスのインパクトを与えようとしている対象領域(複数可)を規定しなければならない。ただし、これにも限界はある。PBCが定款どおりに活動しなくても、ステークホルダーが取れる法的手段はないに等しいからだ。しかも、規定上、パブリックベネフィット、つまり公益をどこまで具体化する必要があるのかについては、定義されていないことがほとんどである。また、PBCが制度的な改革につながるかどうかも不透明だ。それは、PBCの法人格取得は必須ではなく、ひとえに株主や経営陣の善意にかかっているからだ。
制度的な改革よりも有効なのは、コーポレートガバナンスの手綱の一端を担うステークホルダー自身が立ち上がることだ。注目すべき事例の多くに共通しているのは、農家、顧客、従業員といったステークホルダーらが協力して大手企業の大株主になっている点だ。たとえば、オーガニックブランドのオーガニックバレーとインド最大の乳製品ブランドのアムルは原料となる生乳を供給する酪農家が所有する協同組合であり、アウトドアグッズチェーンのレクリエーショナル・イクイップメント(REI)や生命保険会社のニューヨーク・ライフ・インシュアランスは顧客が所有している。さらには、イギリスの人気百貨店ジョン・ルイスやスペインの巨大協同組合モンドラゴンは従業員が所有している。
こうしたケースでは、意思決定の力学が根底から変わる。企業のオーナーが複数のステークホルダーの顔を持ち、収益と社会貢献活動の両立を可能にするからだ。前出のオーガニックバレーは、乳価下落の際に酪農家に価格保護措置を講じた。モンドラゴンは、パンデミック初期に生産量が75%低下したときでも、一時解雇なしに、わずか5%の賃金カットで乗り切った。ステークホルダーが企業のオーナーである場合、ステークホルダーの利害が企業の判断に直接影響するのである。
多様なステークホルダーへのオーナーシップ再分配
企業のオーナーシップの再分配を一方的に義務付けても、容易に受け入れられないだろう。ならば、政府がそれなりの援助やインセンティブを提供してはどうだろうか。たとえば、ステークホルダーのオーナーシップを大幅に増加させた企業には税制面の優遇措置を与えたり、ステークホルダー主導の買収計画に融資するプライベートエクイティ会社には低金利融資や減税措置を適用するなどだ。エバーグリーン協同組合のファンド・フォー・エンプロイー・オーナーシップといったミッションドリブンなプライベートエクイティ会社は、従業員による自社買収に特化した資金調達を行っている。
2018年、アメリカでは中小企業庁の権限を強化し、従業員による買収に際して500万ドルを上限に融資する超党派法案が議会を通過した。だが、これで終わりにすべきではない。この法案を基に、取引先や顧客など他のステークホルダーを対象とする、より大規模な買収の許可にまで強化できるはずだ。株主にもメリットはある。従業員による所有が拡大すれば、収益増につながることが実証されているからだ。
現在、アメリカ国民の10%が自らの勤務先企業に出資している。
バイデン政権は、上場企業が議決権と取締役の大部分を他のステークホルダーに割り当てることを義務付けるよう、法制化に取り組むべきである。ステークホルダーが議決権を持てば、会社の売却など重要な決定に関与できるようになり、取締役会に席があれば、戦略や予算編成について意思決定権限を持つことになる。ドイツでは、大企業の監査役会の半数を従業員代表に割り当てることが義務付けられ、戦略に関わる高度な意思決定が下されている。
もちろん、この措置だけであらゆる企業の不正行為を排除できるわけではない。2015年にEPAが発見したフォルクスワーゲンの排ガス不正スキャンダルでは、従業員も株主も、同じ動機から規制当局を欺こうとした。同社の排ガス不正スキャンダルとは、ディーゼルエンジンの排気ガス制御装置が大気汚染防止基準を回避するようプログラムされていた事件のことだ。とはいえ、ドイツの制度は、失業の抑制、賃金の引き上げ、長期的な事業構築の促進には貢献している。何よりも、この制度で企業の活力が損なわれていない点は重要だ。2020年、ドイツはブルームバーグ・イノベーション指数で1位となった[2021年は2位に後退]。世界トップクラスの革新的な国家として認められたのだ。一方、スタートアップ輩出数で見ると、アメリカは1970年代以降で最も低い水準に落ち込んだ。
フォルクスワーゲンの事件で、顧客やコミュニティのメンバーなど多様なステークホルダーを取締役候補として考慮する必要性が明確になった。たとえば、フェイスブックの取締役にユーザーの代表が任命されていたら、誤情報の拡散に拍車をかけるようなアルゴリズムの適用について、現行とは違った方針が打ち出されていただろう。フェイスブックは、コンテンツが適切であるかを判定する取りまとめ役となる監視委員会を設立したが、委員は事実上フェイスブックが任命しており、しかもいつでも委員会を廃止できる。
その意味でフェイスブックは、影響力の不均衡を如実に物語る象徴的存在といえる。マーク・ザッカーバーグという1人の人間が保有する同社株式は13%にすぎない。だが、議決権で見れば58%近くを握っているからだ。
南北戦争後のにわか景気に沸いた「金ピカ時代」以降、企業がいまほど強大な影響力を振りかざしている時代はない。現在、意思決定は、たった1つの利益しか考えない少数の株主が握っているが、より公平な社会への第一歩は、その社会を構成するすべてのステークホルダーにより公平に影響力が分配されるようにすることだ。現在、その影響力を発揮しているのは、株主と取締役会である。つまり、この両者が分け隔てなく多様な人々を受け入れることが、ステークホルダー資本主義を掛け声だけで終わらせない鍵となる。それだけでなく、おそらくは資本主義自体を救う糸口にもなるだろう。
【翻訳】斎藤栄一郎
【原題】How to Make Stakeholder Capitalism Work(Stanford Social Innovation Review, Summer 2021)
ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスのビジネス&ソサエティ学部特任準教授。