互いの共通点と相違点を把握する
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04 コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』のシリーズ「社会を変えるコラボレーションをめぐる『問い』」より転載したものです。
鬼澤秀昌
ソーシャルセクターの活動を支援する弁護士プロボノネットワーク
大学時代、私はTABLE FOR TWOを創設した小暮真久氏の『「20円」で世界をつなぐ仕事』(日本能率協会マネジメントセンター)という本を読んで衝撃を受けた。それまで私はNPOに対してあまり関心がなく、ビジネスで幸せを再生産できる仕組みをつくるほうがいいと考えてビジネス法務の道に進むつもりでいた。しかし、小暮氏の本でビジネスと社会課題の解決を両立できる「ソーシャルビジネス」の仕組みを初めて知り、その世界についてもっと知りたいと思った。それで社会課題の解決に取り組む事業に資金提供と経営支援を行うソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(SVP東京)の門をたたき、インターンとして活動に参加するようになった。
「ビジネス法務の知識を生かしてソーシャルビジネスに貢献したい」という思いでSVP東京の活動に関わるなかで、非営利団体の活動支援をしている弁護士の方々と話す機会があった。そこで、同じようなことに取り組む弁護士たちがお互いの活動についてあまり認識していないことに気づく。このままでは知見が個人にしか蓄積していかないし、リソースが個々に散らばったままではサポートを必要とする人たちもアクセスしづらい。同じ志を持つ弁護士のネットワークをつくり、ソーシャルセクターの支援に力を合わせて取り組めないか。そんな思いで司法試験終了後の2012年に立ち上げたのが、ビジネス法務のスキルや知識を生かして社会貢献活動を支援する弁護士のプロボノネットワークBLP-Networkだ。
ソーシャルセクターの活動支援に関わる、または興味がある弁護士たちが出会い、知見の共有や情報交換の場としてBLP-Networkを活用している。グループとして動くことでこうした活動を行う弁護士の存在が外からも見えやすくなり、NPOやソーシャルベンチャーが法律家へアクセスしやすくなった。
今後も、非営利団体やソーシャルベンチャーでは大型の資金調達や法的リスク対応などで法律家の需要は高まるだろう。BLP-Network があることで、弁護士がプロボノ活動に参加するハードルと、法的サポートを必要とする組織が法律家へアクセスするハードルの両方を下げていけたらと思っている。
「課題を俯瞰する力」の重要性
私自身がBLP-Networkから有志のプロボノとして参加し、特に学びが大きかった2つの事例を紹介したい。
1つ目は一般社団法人全国フードバンク推進協議会、2つ目は不妊(治療)の啓発活動などを行うNPO法人Fine(ファイン)へのアドボカシー支援で、いずれも、人々の社会参加と社会課題解決のためにプロボノ活動を推進するNPO法人サービスグラントが旗振り役を担ったプロジェクトだ。
前者では、食品ロスに関するアメリカの法案を参考に、日本でもフードバンク活動を後押しする法律制定や法改正の可能性を探るべく立ち上がった。私たちBLP-Networkの有志は海外の事例研究や米国の法律を日本に導入する場合の法的課題を整理し、資料を作成。その後、全国フードバンク推進協議会が行ったロビイングが功を奏し、「食品ロスの削減の推進に関する法律」が国会で成立した。
後者では、弁護士チームは海外各国の不妊治療関連の法律・制度の調査結果を集め、他の社会人チームは、企業向けの不妊治療の認知支援に活用できるマニュアルを作成。これらの情報やツールはロビイングにも使われ、菅義偉政権時代に不妊治療の保険適用が実現するなど具体的な動きにつながった。
個人が自分のスキルや時間を提供して社会課題に関わるボランティアやプロボノには、草の根から社会を変えていくという市民社会的な意義がある。一方で、こうした「空き時間での社会貢献」が一般的に浸透しているといえない背景には、支援をする側と受け入れる側の期待値のミスマッチがあると思われる。支援を受ける側の非営利団体は、外部の人が中途半端に関わることを敬遠しがちだし、企業などに勤める人は、本業があるため非営利活動にフルコミットできない。
では、この2つのプロボノ案件はなぜうまくいったのか? 理由の1つは、サービスグラントのプロボノの能力の生かし方にある。サービスグラントは、プロボノ活動をプロジェクト型にする。そうすることで、期間やゴール、それぞれの役割が可視化される。何をいつまでに実行するかがわかるので、プロボノメンバーも先を見通すことができてやりやすい。
受け入れ団体側も、プロボノの関わり方や成果物を事前に把握できるので、期待値がずれない。サービスグラントは、プロボノチームと受け入れ団体をつなぐハブとして介在し、プロジェクトの進捗をサポートする役割を担う。
もう1つのポイントは、それぞれのNPOの「課題を俯瞰する力」だ。何がやりたいのか、それはどうしてなのか、それが実行できた場合どんなインパクトがあるのか。自分たちができることは何か、支援を依頼したいことは何か。取り組む課題に対しても、依頼内容についても、プロボノを受け入れた2団体には非常にクリアな現状認識があった。サービスグラントは、事前にそれらを細かく聞き取り、課題の全体像を把握したうえで支援計画を練った。
この「課題を俯瞰する力」はコラボレーションに不可欠なものだ。課題がクリアに見えていると連携がしやすい。情報が整理され、やるべきことや各々の役割が明確だったからこそ、多様な背景を持つ多くの人が賛同して力を結集できたのだと思う。
4億円の資金調達はなぜ実現したのか
私が見てきたなかでは、認定NPO法人のLearning For All(LFA)とゴールドマン・サックスの連携も、クロスセクターのコラボレーションが成功した事例といえる。LFAは「子どもの貧困に、本質的解決を。」をミッションに掲げる団体で、2018年からの3年間でゴールドマン・サックスから異例ともいえる約4億円の資金提供を受けた。
大手法律事務所から独立した直後、私はLFAから依頼を受けて資金調達のサポートを行っていた。当時、ゴールドマン・サックスの持田昌典社長が子どもの貧困問題に関心を持っていて、本質的な解決に取り組む支援団体を探しているという。私は知人を介して持田社長にLFAに対する支援の提案をつないでもらうことにした。
LFAは当時、学習支援を続けるだけでは子どもの貧国問題に対して十分なインパクトを出せないと感じて居場所づくり事業に取り組んできたが、さらに踏み込んで子どもたちの生活環境を対象とする包括的な支援の必要性を痛感していた。支援を必要としている子どもと早期に出会い、つながり、切れ目なく支援する。そのために地域に学習・居場所拠点を複数つくり、地域や学校とのネットワークをつくるという事業を描いていた。その事業のモデルづくりに、ゴールドマン・サックスは4億円の寄付を決めた。
一般的にNPOが多額の寄付や助成金を受け取る場合、資金提供者の意図に意識を向けがちになる。資金提供側が求める活動に寄ってしまうあまり、自分たちが目指す活動や運営が難しくなるのはよくあるケースだ。その点、LFAは違った。彼らの軸のブレなさ、課題を俯瞰する力と実行力は突出していた。
LFAは子どもたちや保護者、関係者から聞いた声や現場の実態に基づき、本当に必要な事業や、自分たちがやるべきことを明確に把握し、実行してきた。活動実績も、これからのビジョンも、子どもの貧困問題の本質的な解決に向けたものであり、それがブレない。LFAとゴールドマン・サックスは何度も打ち合わせをしながら、必要な支援策について認識をすりあわせていった。話を重ねるなかで、支援側のゴールドマン・サックスに「この団体ならできる」と感じさせたのだろう。支援の実施内容と期間が決まり、4億円の寄付が実現した。
現在もこのコラボレーションは続いている。LFAはもともと、モデル事業を通じて自団体が蓄積したノウハウを他団体とも共有し、子どもの包括的な支援を全国に展開したいと考えていた。2021年にはLFA、ゴールドマン・サックス、公益財団法人パブリックリソース財団がともに助成プログラム「ゴールドマン・サックス 地域協働型子ども包括支援基金」を立ち上げ、子どもの貧困問題に関わる団体への資金助成と伴走プログラムを展開している。
「わかりあえない」との向き合い方
コラボレーションは、うまくいくことばかりではない。むしろ「わかりあえない」がつきものだ。その「わかりあえない」とはどう向き合っていけばよいのだろう。
私はスクールロイヤーとして教育現場にも関わっている。スクールロイヤーには、大まかに「子どもたちを守る立場」と「先生たちや学校を守る立場」の2つがあり、異なる考えをめぐって意見が対立することもある。
さまざまな意見を聞くなかで、わかりあえない人ほど、その背景(経験)を聞くことが大切なのだと実感している。「なぜ、そう思ったのか?」「どんな経験をして、どんな事実を見てきたのか?」。共感できるかどうかは別だが、その背景を知ることで、その人の思考プロセスを理解できるケースもある。
スクールロイヤーの例でいうと、子どもの権利を守ることを最重要視する人は、教師や学校側の不適切な指導や対応に保護者が憤りや不満を募らせる事例をたくさん見ている。一方で、先生たちや学校を守る立場の人は、明らかに過剰な要求を受けたり、精神疾患で休職したりする先生をたくさん見てきた。そうした背景と、互いの思考の共通点と相違点を把握して整理できれば、議論の土台ができるし、思考の分岐点もわかる。そうすると「対立」に見えるものも実は「対立」ではないことがわかってくることもある。
行政や企業、非営利団体、学術分野などセクターを越えたコラボレーションも同様で、それぞれの分野の特徴と限界を理解し、お互いの背景をしっかり把握することから対話が始まり、連携が生まれるのだろう。
あまり語られることはないが、話が平行線から動かない場合には、ときにあきらめることも必要なのだと思う。人間はそれぞれ経験や立場が違い、視点や思考も異なる。私たちは頑張ればわかりあえるのではないかと思いがちだが、越えられる「わかりあえなさ」もあれば、越えられない「わかりあえなさ」もある。コラボレーションにおいては、その引き際の見極めや、自分が消耗しないために頑張りすぎないことも大切だと感じている。
わかりあえないときは誰かが悪いのではなく考え方の違いだと割り切ること。違いがあることを前提にしたうえで部分的にでも連携できることがあれば、ともに前に進めばいい。大切なのは「コラボレーション」そのものではなく、課題を解決に向けて一歩でも前に進めることであることは、忘れないようにしたい。
【構成】高崎美智子