テクノロジー・データ科学

社会課題を解くための「共通言語」はAIでつくれるか

誰もが「ウィザード」になる世界へ

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 03 科学技術とインクルージョン』のシリーズ「科学テクノロジーと社会をめぐる『問い』」より転載したものです。

石山 洸 Ko Ishiyama

社会科学とAI研究を融合するための「セルフインクルージョン」

AIを用いて社会課題の解決を自動化、民主化することはできるか?そしてそのための共通の言語、プラットフォームをつくることはできるのか?これこそがエクサウィザーズのミッションでもあり、私自身が人生をかけて追いかけている問いでもある。

大学時代、私は社会科学系の学部でマーケティングや経済学を専攻していた。ちょうど日本にGoogleが進出した時期で、海外では大学発のITスタートアップ企業が続々と誕生。一方で、当時の日本の大学のキャンパスはアジビラ(アジテーション・ビラ)やアジカン(看板)だらけ。あまりのギャップに疑問を抱いた。社会科学に最先端のテクノロジーを導入したら、社会はもっとよくなるのではないだろうか? 直感的にそう思ったことが、AIで社会課題の解決に挑んでいる私の原点となっている。

AIとの出合いは、9.11 だった。2001年9月11日、アメリカで同時多発テロ事件が発生。大学2年生だった私は、アメリカの現状を自分の目で確かめたくなった。しかし、海外渡航経験もお金もない。悩んでいたとき、アメリカのカーネギーメロン大学で人工知能のプログラミングコンテストが開催されることを知った。日本予選の通過者は無料でアメリカに行けるのだが、締め切りまで2週間しかない。猛勉強して2週間でAIのプログラミング技術を習得。幸いにも日本予選を通過した。

アメリカのコンテスト会場で、人生の恩師となる東京工業大学大学院の出口弘先生に出会う。出口先生は経済学博士で理学博士。『複雑系としての経済学』(日科技連出版社)の著者でもあり、「複雑系」の分野で社会科学やAIの融合領域に関する研究をされていた。「君は理系の大学院に進んだほうがいい」。先生の言葉をきっかけに、大学院で理系に転向。社会科学とAIの融合領域の研究をするために、「セルフインクルージョン」したといえる。折しも、2000年代初頭は「複雑系」の全盛期。ミクロ経済とマクロ経済が分離していること自体に疑問を持っていた私は、コンピュータサイエンスでその問題が解決できるのではないかと思った。

2年間で18本の論文を執筆し、博士号を取得したが、徐々に研究論文だけではなく、研究成果を社会に実装したいという気持ちが強くなっていった。恩師の出口先生からは、「石山さんは天才ではないから、『合わせ技』で一本を取るようにがんばりなさい」という助言を頂いた。

選んだ会社は、リクルート。あらゆる技術がアナログからデジタルに、メディアも紙からインターネットに移行していた時期で、さまざまな社会実験ができるのではないかと思った。当時、リクルートは「おみくじビジネス」といわれる人生の節目の領域に力を注いでいた。結婚や就職、進学などの大切な節目の行方はおみくじにも出てくるが、実際の意思決定に関わるサービスや情報提供をAIでサポートできれば、よりよい選択ができて幸せになれるのではないか。そう考えながら、AIの開発や実装に携わっていた。

介護はヘルスケアだけの問題か

大きな社会課題は、もはや特定のセクターだけの問題ではない。そもそも、多岐にわたる問題を分けて考えること自体が問題ではないだろうか。

2016年に創業したエクサウィザーズでは、「セクター間のインクルージョン」に取り組んでいる。介護の問題も、ヘルスケアの観点ならば認知症と関連づけることができるし、社会保障費の増大という観点ならばフィンテックの話になるだろう。実際に現場の人はさまざまな問題を肌で感じている。たとえば、認知症ケアを担当している介護士は、認知症の人が「成年後見制度」で自分のお金を自由に使えないケースに遭遇することもある。助けたいけれど、どうしたらいいかわからない。この場合は、金融分野に詳しい人の知恵を借りたほうがスムーズに解決できる。セクターを超えて、多様なスキルを持つ人々が協働したほうが、社会課題に対する「解」も増えていく。

エクサウィザーズでは、さまざまな領域に特化した強みや経験を持つ精鋭たちをウィザード(Wizard:魔法使い)と呼んでいる。介護士もウィザードであり、AIのエンジニアもウィザードである。社会課題を解決できる範囲や可能性を広げていくためには、これまで接点のなかったスキルやバックグラウンドを持つ人々が集まっていることが重要だ。

台湾のデジタル担当大臣のオードリー・タン氏によると、世の中には「Story Weaver(物語を紡ぐ人)」と、「Code Weaver(コードを紡ぐ人)」がいるという。「Story Weaver」は社会課題に関する情報をもたらし、こうやったら解けるかもしれないという仮説を教えてくれる人。「Code Weaver」は、その課題を解決するために、実際にプログラミングをする人だ。

私はこの両方が必要だと思っている。課題解決に向き合う当事者にも多様性がなければ、既存の殻を破ることができない。たとえば、昨日まで日本で介護士をしていた人と、イギリスで機械学習のエンジニアだった人がある日突然、一緒に仕事を始めると、お互いに新たな社会課題の存在に気づく。介護の現場にディープラーニングの技術が応用できることを発見し、これまで解けなかった課題が解決されていく。自社のリソースだけで足りない場合は、オープンイノベーションで外部のリソースを掛け合わせることも、より多くの課題解決のために必要だろう。

社会課題解決の自動化、民主化はできるのか

私はインクルージョンと、その先にあるイノベーションを加速していきたいと考えている。たとえば、いま流行している技術の1つに、「MLOps(マシンラーニングオペレーションズ)」がある。機械学習の自動化や効率化をするための技術だ。Googleなど世界のテクノロジーを主導するプレーヤーの多くは、AIの自動化やより幅広い人が活用できるようにする民主化に取り組んでいる。しかし、私たちはさらに踏み込んで、AIの自動化や民主化によって、社会課題解決の自動化や民主化ができるプラットフォームの開発に挑んでいる。

その1つが「exaBase Studio(エクサベーススタジオ)」。社会課題の専門的な知識を持つ現場の人と技術開発の人が協働し、課題解決のためのAIアプリを自分たちで開発できるプラットフォームだ。これまでは介護士の人がクラウド環境を自分で設定しようとしても、ハードルが高かった。しかし、このプラットフォームを使えば、画面を見ながら簡単な操作でクラウド環境が構築されていく。みんなが一緒に開発できる環境をつくることに重点を置いている。多様な叡智が集まることで、インクルーシブなイノベーションが生まれていくのだ。

また、環境だけではなく、「言語」も壁になる。世の中では、コンサルタントが解決策を提案し、その後エンジニアが開発を進めたら違うものになっていた、というケースが少なくない。これは、コンサルタントはパワーポイントを使い、エンジニアはPython(パイソン)を使う、というように、課題を言語化するツールがバラバラでお互いの認識がずれてしまうからだ。エクサウィザーズでは、コンサルティングファーム出身者が「exaBase BASICs」という社会課題解決のフレームワークをつくっている。それを「exaBase Studio」に実装することで、現場の人と技術者の情報や認識が統合される仕組みとなっている。まさに新たな「共通言語」をつくっているところだ。これにより、トレードオフだったものがトレードオンになる。どうデザインしていくかが重要だ。

マクロとミクロ、企業とNPOの分断を埋める

最近は社会課題解決の糸口を可視化するものとして、SDGsのようなマクロな指標を社会全体で共有する動きが出てきた。ミクロな指標については、ベンチャー企業はそれぞれSaaSメトリクスを持っていて、自分たちのユーザー数やARPU(Average Revenue Per User:ユーザー1 人あたりの平均売上額)などを管理している。今後は、こうしたマクロとミクロに分散していた情報がつながっていくのではないか。

そこにAIを活用できれば、社会課題に対する企業の解決力や因果関係などをデータドリブンで分析できるようになる。どんなサービスでどんな改善をすれば、社会課題がどう解決されるのかがほぼ可視化されるというわけだ。私たちはそういうものを一般化できるような仕組みの設計に取り組んでいる。

また、これまでNPOと民間企業はバラバラに動いていたが、資本市場を活用して「社会性」と「経済性」を両立できれば、可能性の選択肢が広がるだろう。介護の問題を解くためにGoogleと同水準の給料を支払うことは、従来は不可能だった。

しかし、ストックオプションを提供することで、Googleのエンジニアも当社に転職することが可能となる。資本市場と対話することも、インクルージョンの1つだと考えている。

誰もが「課題解決者」になれる社会へ

私は映画『スター・ウォーズ』が好きで、よくたとえ話をする。「ダース・ベイダー」という社会課題は、人間の心の弱さから生まれているが、「ジェダイの騎士」だけでは倒せない。だから、「ハン・ソロ」のようなアントレプレナーや、「C-3PO」「R2-D2」のようなAIが、みんなで力を合わせて立ち向かう。「フォース(目に見えないエネルギー)」は、すべての人に宿っているのだ。

社会課題の解決をAIで自動化、民主化できるようになると、どんな未来になるのだろうか? 私は「Story Weaver」や「Code Weaver」のような分離そのものがなくなるのではないかと考えている。課題を抱える側と、解決方法を生み出す側という垣根が消えたら、誰もが問題に気づけるし、誰もが解決のために動ける「ウィザード」となれるのではないだろうか。

【構成】高崎美智子

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