リーダーシップ・人的資本強化

「誰もがチェンジメーカーになれる」は本当か

本書は既に拡大解釈されがちな概念をさらに拡大して捉えるものでありソーシャルイノベーションの世界を支配するヒーロー神話を強化している。

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 05 コミュニティの声を聞く。』より転載したものです。

アルベルト・アルマノ

「Becoming a Changemaker: An Actionable, Inclusive Guide to Leading Positive Change at Any Level」アレックス・ブダック Alex Budak|Balance|2022

1981年、アショカ(Ashoka)創設者ビル・ドレイトンが「チェンジメーカー」という印象的な言葉をつくり出し、ソーシャル・アントレプレナーシップ(社会起業家精神)という分野を牽引した。この言葉は、社会変革に携わる人々の幅広いコミュニティに刺激を与え、やがて文化全体に急速に広まっていった。その動詞形である「チェンジメーキング」とは、壊れたシステムを修復してより良い世界をつくる実践のことで、多様なアクターを結びつけることのできる分野横断的なアプローチが世界的に注目されるようになった。チェンジメーカーもチェンジメーキングも、今やセクターを越えてあちこちで耳にする言葉になり、その概念はほぼ間違いなく形骸化しつつある。

チェンジメーカーとは、いったい何なのだろうか? チェンジメーカーを定義するリーダーシップとはどのようなものなのだろうか? そして、チェンジメーキングとは、変化を導くことなのだろうか、あるいは変化を可能にすることなのだろうか?

社会起業家のアレックス・ブダックは、著書『チェンジメーカーになるために―あらゆるレベルでポジティブな変化を導くための、実践的で包括的なガイド』(Becoming a Changemaker: An Actionable, Inclusive Guide to Leading Positive Change at Any Level)で、チェンジメーカーになるための包括的な道筋を示そうと、この3つの疑問に対して伝道者的な立場で新鮮な視点を紹介している。

チェンジメーカーを主題とした本は既に大量に出版されている。たとえば、ヘンリー・デ・シオの『チェンジメーカー・プレイブック』(Changemaker Playbook)や、ビバリー・シュワルツの『静かなるイノベーション』(英治出版)などである。これらの本と比べてみると、ブダックのこの分野における最大の貢献は、チェンジメーカーの定義を広げたことにある。ブダックの考えるチェンジメーカーとは、「いまいる場所でポジティブな変化を導く人」であり、「社会的な課題の制約をはるかに超えて」その変化を導く人のことである。チェンジメーキングという概念をソーシャルセクターの外側にも広げることで、既にかなり幅広く使われている概念に「どこまでもインクルーシブな」定義を与えようとしている。そして、肩書、性格、人種、性別、年齢、階級に関係なく、誰もがチェンジメーカーになれるというばかりでなく、チェンジメーキングはもはや社会起業家だけのものではないと主張しているのだ。

たしかに、アスリート、看護師、政治家、アーティスト、非営利団体の支援者など、他のどんな職業でも、さまざまな形式、規模、範囲で、変化を起こすことはできる。スコール財団(Skoll Foundation)、エコーイング・グリーン(Echoing Green)、オミディア・ネットワーク(Omidyar Network)などの大きな組織も、企業や政府のイントレプレナー(組織内起業家)を「チェンジメーカー」と呼ぶようになった。しかしブダックはさらに踏み込みたいと考えている。「インクルーシブなチェンジメーキング」の先にあるのは、社会的な問題の存在しない世界だ。

ソーシャルやアントレプレナーシップといった枠を越えた、チェンジメーキングの「分野」と「手段」に対するこのような広範な視点は、過去10年にわたってセクターを越えて活動する何百もの組織や個人を支援してきた著者の、チェンジメーカーとしての経験から生まれた。本書は、ブダックのチェンジメーキングの実践と、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスで絶大な人気を誇る、学部生向けの彼の講義をもとに構成されている。このコースでは、ノーベル賞受賞者のムハマド・ユヌスや社会変革プラットフォーム、チェンジ・ドット・オーグ(Change.org)の創設者ベン・ラトレイなど、世界の名だたるチェンジメーカーたちがゲスト講師として登壇している。

本書は3部構成になっており、本書のチェンジメーキングのレシピに不可欠な要素であるマインドセット、リーダーシップ、アクションを各部で1つずつ取り上げている。第1部「チェンジメーカーのマインドセット」では、分野を問わず、チェンジメーカーとして成功する人に共通する態度、特徴、行動が紹介されている。そして、最新のリーダーシップと心理学に関する研究をもとに、チェンジメーカーのマインドセットとして必須の要素が抽出されている。たとえば、常に現状に疑問を持つことや、「学習性楽観主義」によって挫折したときの対処法を学ぶこと、また「他人とは違う独自のアプローチをとる」ことや、想像力を駆使して「他の人たちが後に続くような将来を描く」こと、といった具合だ。

第2部では、チェンジメーカーになるための次なるステップが紹介されている。チェンジメーカーのマインドセットをどのように育むかということからさらに踏み込んで、それが新たなリーダーシップスタイルの受容をどのように促すかを探る。ブダックはこの新しいリーダーシップスタイルのことをシンプルに「チェンジメーカーのリーダーシップ」と呼び、「他の人々を通して、またその他者とともに、意味のあることを実現する能力」と定義している。このスタイルには、協調的、包括的、アクション志向で実験的であるという特徴がある。つながりをパートナー同士のネットワークであると捉えて、すべてのアクター同士の信頼とその構築を必要としている。チェンジメーカーのリーダーシップにおいては、階層的な権威を押し付けることなく影響力を発揮することが重要だ。つまり、チェンジメーカーは力で支配したり力を武器にしたりするのではなく、力を活用して目的達成に導くのだ。

ブダックのメッセージは、パーパス(Purpose)共同創設者でCEOのジェレミー・ハイマンズと、ギビング・チューズデー(#GivingTuesday)の創設者ヘンリー・ティムズによる2018年の共著『NEW OWER―これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』(ダイヤモンド社)を思い起こさせる。その中で彼らは、「潮流のように」動く「仲間(ピア)主導型」の「ニューパワー」と、「独占欲によって用心深く守られ(中略)一般からは手の届かない、リーダー主導型」の「オールドパワー」とを区別している。しかし、ブダックは、彼らの重要な警告を見逃している。その警告とは、「新旧のパワーをめぐる論争やバランスがこの先数年の社会や企業の特徴を決定づけることになる」というものだ。オールドパワーとは、ただ単純に消え去ることはないし、消し去ることもできないのだ。

内面の変化からリーダーシップの哲学、そして実践へという本書のロジックに従って、最後の第3部「チェンジメーカーのアクション」では、チェンジメーキングの多様な形態について概観されており、非営利活動、イントレプレナーシップ、芸術活動、規範的な起業家精神(アントレプレナーシップ)などについて解説されている。そこでブダックは、多様な手法を紹介している。たとえば、営利セクターで新しいアイデアの実現可能性を迅速に検証するリーンスタートアップの手法や、非営利セクターで用いられる、変化の取り組みが何を目指し、なぜ、どのように変化が起こるのかということを特定するセオリー・オブ・チェンジ(Theory of Change: ToC)モデルのような方法論などがその例だ。そしてブダックは、これらの手法を組み合わせて、「チェンジメーカーキャンバス」と呼ぶ1ページの分析フレームワークを提案している。これは、「ビジネスプランという昔ながらの概念を戦略へと変換する」ことで、「チェンジメーカーが変革のイニシアチブを取り、その戦略を小さく扱いやすいものに落とし込む」ことをサポートするものだ。

本書はジャンル分けの難しい本だ。チェンジメーカーになりたい人向けのわくわくするようなエピソード集? ハウツー本? それともリーダーシップやモチベーションを高めるための自己啓発本? あるいは自伝? 本書は、これらすべてに当てはまる。しかし、ソーシャルイノベーションの入門書ではない。本書は、心理学や行動科学、意思決定理論といったさまざまな分野の主要な研究成果をわかりやすく説明し、専門知識がないと往々にして理解しづらい分野がどんなふうにつながっているのかを見せてくれる。基本的に、この本は個人の物語と最新の社会科学理論に裏打ちされた、実践のためのヒントを組み合わせることで、新世代の実践者たちに向けて、チェンジメーキングの魅力を伝えようとするものだ。

これらを背景に、ブダックは読者に、「チェンジメーカー指数」という自己評価ツールを提供している。これは、学びや人生の旅を通して「チェンジメーカーとしての個人の成長を測る」ための25の質問から構成されている。この指数を反復処理した最初のデータからは、「ほんの数週間でチェンジメーカーになれるばかりでなく、年齢、性別、人種といった変数をコントロールすることで、(中略)誰もが、統計的にかなり高い確率で、チェンジメーカーになれる」ことが示されたとブダックは主張している。ただ、ブダックが分析したデータとは彼の授業を履修している大学生のものに限られていることを考えれば、この結論は少しばかり大げさだ。しかし同時に、このツールは、自らのチェンジメーキング能力を評価したいと考えている数多の慈善事業やその他の社会変革に取り組む団体の活動に役立つものではあるだろう。

では、ブダックの「誰でもチェンジメーカーになれる」という主張には信憑性があるのだろうか? 言い換えるなら、あらゆるところで不平等や他の構造的不公正がはびこる世界において、「誰でもチェンジメーカーになれる」という主張は、説得力があるものなのだろうか?  

ブダックは、社会的な力関係の再構築を伴うような「集合的なプロセス」としてのチェンジメーキングというよりは、生活の量的・質的なわずかな改善を図るという、根本的に「個人主義的な試み」としてのチェンジメーキングに焦点を合わせている。本書は、この個人主義的で実用主義的なアプローチによって、民主的な変革、正義、平等に関わる複雑でシステミックな問題を意図的に避けている。しかしこれらの問題はすべて、誰かが、とりわけシステム的に不利な立場にある人が、チェンジメーカーになれるかどうかに影響を与えるものである。

現代の一般的なソーシャルイノベーション研究とは反対に、本書ではこうしたシステム変化を決定づけるプロセスや制度に触れていない。ブダックは「私たちの外にある構造的な障壁」の存在を認めているが、これら障壁を打ち破る責任をチェンジメーカー個人に押し付けている。なぜならブダックは、チェンジメーカーは「私たちそれぞれにとって役に立つ世界をつくり出すことができるし、そうしなければならない」と考えているからだ。

ブダックの考えるチェンジメーカーは、平等主義的でどこまでもインクルーシブなチェンジメーキングの概念を強調し、相互協力を重視するリーダーシップスタイルであるにもかかわらず、ヘラクレスのような英雄的存在として浮かび上がる。分散的かつ協調的なチェンジメーキング・リーダーシップを求める著者の主張とは相容れないように思われるこの結論は、さらに深い問いを投げかけてくる。それは「チェンジメーキングは学ぶことができ、誰もが変化を起こせるとするブダックの前提を受け入れるとしても、この1つの方法で、たった1人の人間が、今日の課題の規模に対応することができるのだろうか?」というものだ。

本書では、変革の唯一の担い手であるチェンジメーカーの非代替性を称える一方で、チェンジメーカーの特性を解明して誰もがなれるとも伝えている。その両者間には常に緊張状態が生じている。そして、この歪みは、強く求められている「ポジティブな変化」がどのようなものであるべきかが曖昧にしか述べられていないために、より一層深刻なものとなっている。本書は、求められる変化の規模や範囲について(「ポジティブ」なものであること以外は)規定しておらず、サステナビリティ、正義、平等といった道徳的な原則や、より良い世界を築くための社会政治的なビジョンを提示することもしていないのだ。

ブダックは自身のイデオロギーを押し付けるのではなく、政治的にニュートラルなツールキットを紹介して、誰もがチェンジメーカーになりたいという願いを実現できるようにしている。しかし、「ポジティブな変化」という言葉の曖昧さは、このような重要な概念を空疎なものにするリスクがあるだけでなく、意図しない結果をもたらすこともある。本書は、既存のシステムや制度の問題点を掘り下げて論じることを拒否している。そこには、私たちが生きる現在の世界を繰り返すだけになる、というリスクがある。それは、英雄的な個人が、いまここにあるシステムの不具合をなかったことにして、自分の身の回りだけで変化を起こそうとしている社会である。このような結果は、現状に挑戦するというチェンジ
メーキングの本質そのものに反するのではないだろうか?

インクルーシブなチェンジメーキングは、従来の目的(社会の変化)と手段(アントレプレナーシップ)を超えることで、「あるべき姿」を指し示すものでなくてはならないと私は考える。そして、「どのように」だけでなく、「なぜ」私たち一人ひとりが変化の主体になるべきなのか、ということにも注目するべきである。結局、真のチェンジメーキング・リーダーシップとは、他者に影響を与えられることなのか、それとも他者に自身の可能性を発揮する場を与えることなのか。この根本的な問いに対しても本書は答えていない。

このような限界はあるものの、本書は、特にチェンジメーキングがソーシャル・アントレプレナーシップという分野を越えた広がりを見せている時代において、幅広いチェンジメーカーのコミュニティに貢献する重要な1冊である。

【翻訳】五明志保子
【原題】Radically Inclusive Changemaking and Its Limits(Stanford Social Innovation Review Winter 2023)

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