戦略的なスピンオフは、人材と資源の循環を促し、日本の非営利セクター全体を次のステージへと導く鍵となる。
中村 俊裕(Toshihiro Nakamura)
エヴァ・ヴォイコフスカ(Ewa Wojkowska)
【編集】井川 定一(SSIR-J副編集長)
【リード・コメンテーター】青木 健太(かものはしプロジェクト理事長及びSALASUSU理事長)

現在、日本の非営利セクターは岐路に立たされている。
内閣府によると、NPO法人の代表者の40.2%が70歳以上、60歳以上に広げるとその割合は69%に達しており、リーダー層の高齢化が顕著である。また、代表者の約7割が男性であることから、ジェンダーバランスの偏りも指摘されている。
さらに、NPO法人だけでなく、幅広い種類の非営利組織の代表者を対象に行った、NPOサポートセンターの調査によると、約6割の代表者が創業者のままであることが明らかになっており、世代交代の進まなさが課題として浮き彫りになっている。
団体数の減少も、新陳代謝の進みにくさや再編の必要性を映し出している。NPO法人数は、1998年のNPO法施行以降増加を続け、2017年には52,930法人とピークを迎えたが、その後は減少に転じ、2025年4月現在では50,728法人にまで縮小している。
リーダーの顔ぶれが変わらず、組織数も減少している現在、非営利セクターは、新陳代謝の乏しさによって変化や刷新が進みにくい構造的な課題を抱えている。こうしたセクターでは、組織の慣性や変化への抵抗に加え、外部からの刺激や学び合いの機会の不足などにより、イノベーションが生まれにくく、社会課題の解決も進みにくい状況が続いている。
では、このような非営利セクターの停滞を打破するには、どうすればよいのだろうか。
ハッカソンやアクセラレーターは、新たなアイデアやスタートアップの創出・支援を目的とした手法として、近年、非営利セクターでも注目を集めている。前者は、短期間で特定の課題に対する解決策のプロトタイプを開発することを目的としたイベントであり、後者は、初期段階のスタートアップの成長を加速させるために、一定期間メンタリングや資金提供を集中的に行うプログラムである。
たとえば、国際協力機構(JICA)と長岡技術科学大学は共催で、高等専門学校(高専)の学生たちがアフリカの課題に挑むハッカソンを開催した。学生たちは専門性を活かし、ガーナでのカカオの発酵を安定化させるための非電化冷蔵庫のアイデアを提案するなど、既存の援助関係者の枠を超えた新たな視点や発想が持ち込まれる機会となっている。しかし一方で、実現性の低いコンセプトが評価されたり、フォローアップや実行支援が伴わない「ピッチイベント化」に陥ったりするなどの課題も世界各地から報告されている。
私たちコペルニク(ソーシャルチェンジの研究・実践を行うR&Dラボ)での経験から言えば、非営利セクターの活性化に必要なのは、2つの取り組みを同時に前進させることである。すなわち、既存組織の革新と、新たなアプローチを持つ新組織の創出である。既存の非営利団体は、限られたリソースでより高い成果を上げるために、自らの活動を見直し、自己変革を進めることができる。また、新たな才能やアイデアに基づいた新組織を立ち上げることは、社会的インパクトの拡大につながる。
既存組織のイノベーションについては広く議論されており、探究心を育む文化や多様性のあるチームがイノベーションに不可欠であること、そして組織は自らの強みを活かしながら、新たなアプローチに挑戦する必要があることが、さまざまな論考で指摘されてきた。一方で、新たな視点や手法を備えた新組織の創出によって分野全体を活性化させるという観点は、これまで十分に論じられてこなかった。しかし、すでに資金を獲得し、実行に移され、地域社会からの信頼を得ている高インパクトな取り組みを、親組織の内部にとどめておくのではなく、意図的かつ戦略的にスピンオフさせることは、セクターに新たな活力をもたらす極めて有効な手段である。
スピンオフの価値
私たちは、スピンオフを、既存の非営利組織内で生まれた有望なプロジェクトやイニシアチブを基盤に、新たな独立組織を創設することと定義している。本手法の特徴は、事業を親組織の内部で継続・拡大するのではなく、独自のリーダーシップ、法人格、意思決定権を備えた自律的な組織体として分離・独立させる点にある。スピンオフ先の組織は、目標や価値観、哲学に応じて、非営利法人、社会的企業、協同組合、あるいはそれらのハイブリッド型など、さまざまな法的形態をとることができる。
インパクトの大きなプロジェクトを既存組織の内部で育て続けるのではなく、外部に切り出して独立させる「スピンオフ」には、以下のように数多くの利点がある。
1. 研ぎ澄まされたフォーカス:
多くの非営利組織は複数のプロジェクトを同時に展開しており、リーダーの注意やリソースが分散しがちである。その結果、特に潜在力の高いプロジェクトに十分な注力ができないこともある。スピンオフによって、特定のイニシアチブに専念する新たなリーダーが立ち上がることで、すべての努力と知見がその活動に集中し、成長とインパクトの加速につながる。
例えば、米国で1961年に設立され、刑事司法や社会正義の分野で革新的な取り組みを行ってきた非営利組織Vera Institute of Justiceは、スピンオフを体系的に実施してきた先駆的存在である。1967年から2007年の間に16を超える独立した非営利組織を輩出し、2007年にはその経験をもとに「スピンオフ・ツールキット」を公開した。最新の事例である2021年設立のVera Actionは、アドボカシーやロビイングといった政治的戦略に特化することで、特定分野でのインパクト加速を目指しており、親組織であるVeraもアドボカシー機能を切り離すことで、プログラム実施にリソースを集中させることが可能となった。
2. 新たなリーダーシップと成長の機会:
スピンオフでは、多くの場合、親団体のプロジェクトメンバーから新たなリーダーが生まれる。彼ら・彼女らの情熱やコミットメント、活動に関する深い知見がそのまま引き継がれることに加え、新しい団体という環境のもと、親組織では難しかった柔軟性や自律性を発揮することができる。このような環境は、次世代のリーダーが育つ貴重な機会にもなる。
日本の非営利組織であるかものはしプロジェクトは、カンボジアにおける児童買春問題の解決をミッションに、2002年に設立された。孤児院の子ども向けパソコン教室から始まり、警察支援や土産品製造などで女性の自立を支援してきた。2015年頃からカンボジアにおける児童買春が減少傾向を示したことを受け、主な活動の拠点をカンボジアからインドへと移行。2018年、創業メンバーの一人で主にプログラム開発を担ってきた青木健太氏を中心にカンボジアでの事業をSALASUSUとしてスピンオフし、公教育支援を主軸とする活動へとシフトした。青木氏は、新団体で資金調達を含む組織立ち上げの全責任を担ったことで、リーダーとして大きく成長できたと述べている。
3. 失敗リスクの低減:
スピンオフは、すでに一定の実績と評価を得ている有望なプロジェクトを基盤として生まれるため、ゼロから始めるスタートアップやハッカソン、アクセラレーターに比べて、失敗のリスクが相対的に低い。この点は、スピンオフの大きな強みの一つである。プロジェクトが親組織の中で実装・洗練される「インキュベーション」の期間は、新しい組織の持続力を高めるうえで重要なプロセスとなる。
例えば、1972年バングラデシュで設立されたBRACは、社会的企業を活用したスピンオフを長年実践してきた。助成金で始まった繭・絹プロジェクトはBRAC Silk Enterpriseへ発展し、現在は約6,000人と協働する収益事業になっている。日本では2004年設立のフローレンスが好例だ。訪問型病児保育やこども宅食などを展開する同団体は、2021年に神戸市と「おやこよりそいチャット神戸」を開始し、相談件数と早期支援率を大幅に改善。しかし夜間・休日の相談員不足が課題となり、生成AIを組み込んだ24時間対応を実証して成果を上げた。これを受け、フローレンス創設者である駒崎 弘樹氏は、2025年にAI部門をつながりAI株式会社としてスピンオフし、自治体向けサービスを拡大した。親団体での実証経験が、独立後の持続・拡大への確信につながったと言える。
4. ファンドレイジングの強化:
非営利セクターでは、助成期間の終了とともにプロジェクト自体が終了してしまうケースも少なくない。スピンオフによって独立した団体は、引き続き資金調達を行う必要があるものの、新しいリーダーシップと明確かつ専門的なミッションを活かすことで、ファンドレイジング活動を再活性化できる。また、非営利プロジェクトが社会的企業としてスピンオフされる場合、融資や投資など、多様な資金調達手段が新たに開かれる可能性もある。
コペルニクは、この6年間で社会企業2社、協同組合1社、非営利組織1社の計4団体をスピンオフしてきた。とりわけ、再利用可能な生理用下着の普及を担うソーシャルベンチャーPerfect Fitは、親団体コペルニクのプロジェクトであった時代こそ主に助成金に頼っていたが、独立後はインパクト投資、企業・学校との協働、製品販売を組み合わせることで資金源を大きく多様化させている。
5. 親組織の信頼性の活用:
スタートアップが顧客や資金提供者との関係構築を試みる際、無名であるがゆえに初期のアプローチに苦労することが多い。しかし、より歴史の長い親組織からのスピンオフであることが知られれば、信用や注目を得やすくなる。つまり、スピンオフ先の団体は、親組織のブランドや信頼性をレバレッジできるのである。
コペルニクは、Perfect Fitのスピンオフ事例を参考に、有望なプロジェクトを体系的にスピンオフさせる「ネクストCEOプログラム」を実施した。その第1号として誕生したMagi Farmは、アメリカミズアブの幼虫を活用し、食品廃棄物を高品質なタンパク質に変換する事業を展開している。現在では、バリ島の複数の5つ星ホテルを顧客に持つなど着実に成長しているが、スピンオフ直後は無名ゆえに潜在顧客の信頼を得るのに苦戦した。そこで商談や業界イベントでは、親団体が持つインドネシアでの知名度とネットワークを最大限に活用した。この「信用の借り入れ」は一方通行ではなく、Magi Farmの成長がコペルニクの評判やブランド価値を押し上げるという好循環を生み出している。
どこからはじめるか
コペルニクでの複数のスピンオフの経験から言えるのは、スピンオフを実現するには次の3点を一気通貫で進めることが重要だ、ということだ。
第1に、組織内のプロジェクトを棚卸しし、課題解決効果が高く、コミュニティや資金提供者からの評価も良い「インパクトの核」となる案件を抽出する。
第2に、その有望案件を独立団体のリーダーとして担える起業家タイプの人材を内部で見つけるか、必要に応じて中長期的に育成する。安定志向のスタッフが多い場合は、近いバックグラウンドを持つ社会起業家の成功事例を共有し、「独立すればこうした可能性が広がる」という具体像を提示して起業家マインドを醸成するとよい。
第3に、手を挙げた人材とともに、法人設立、ビジネスモデル構築、ブランド開発(名称・ロゴ・ウェブサイト)、資金提供者の紹介までを含む12か月前後のロードマップを描き、親組織がインキュベーターとして伴走する。シードマネーやオフィススペースを提供できれば、さらに効果的だ。
結論
日本の非営利セクターは、代表者の高齢化や団体数の減少といった課題に直面しており、次なる展開に向けた転換期にある。この状況を打開するには、既存組織の内部革新に加えて、実績ある有望な取り組みを外部に切り出し、インパクトをさらに加速させる「スピンオフ」という手法が、有効な選択肢の一つとなる。
国内外の事例が示すように、スピンオフは子団体に対して、機動力や新たなリーダーシップの機会を提供すると同時に、親団体にとっても人材の循環やブランド価値の向上といった恩恵をもたらす。こうした好循環を生むスピンオフを、日本の非営利組織がより戦略的かつ積極的に活用していくことで、セクター全体に新たな活力が生まれ、社会課題の解決スピードも一段と高まることが期待される。
筆者紹介
中村 俊裕:コペルニク共同創設者・CEO。国連開発計画などを経て、インドネシアを本拠地に、社会・環境課題を解決するためのR&D活動を行うコペルニクを創設し、代表を務める。大阪大学公共政策大学院の招聘教授や、Stanford Social Innovation Review Japanの編集アドバイザーも兼務。
エヴァ・ヴォイコフスカ(Ewa Wojkowska):コペルニクの共同創設者兼COO。国連や世界銀行で10年以上、東ティモール、インドネシア、シエラレオネ、タイ、米国などで司法アクセスや脆弱層のエンパワーメントに携わる。Asia Society Asia 21ヤングリーダー、Ashokaフェローなどに選出されている。
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◆ リード・コメンテータ― 青木 健太
記事のケースにとりあげられているかものはしプロジェクトからSALASUSUのスピンオフを実行した経験を持つ自分にとって、その事例や洞察が他団体の参考になるのは大変光栄だ。
中村俊裕氏は自団体をR&D機関と位置づけ、有望プロジェクトをスピンオフすることで、その可能性をさらに広げてきた。本記事では、新陳代謝やイノベーション創出に構造的課題を抱えるNPO経営において、プロジェクトを独立組織としてスピンオフする手法の有効性を提案している。
エコシステム全体で社会課題に挑むリーダーをいかに増やすかという観点から、広い意味の分権化という意味で、スピンオフは極めて有効だ。他の手法では連携を維持しつつ独立性を高めるのが難しいためだ。
例えば株式会社ならホールディングス経営があるが、日本のソーシャルセクターでは制度上実践が困難だ。また、非営利組織向けのティール組織も喧伝されているが、その前提となる組織運営やリーダー育成が整っていないケースが少なくなく、導入が難しい。
一方、本記事が可能性として提示するようなスピンオフ団体がエクイティ調達をするケースや、ソーシャルビジネスで顧客基盤を引き継げる場合を除き、スピンオフした新団体が非営利団体として自立し、経営基盤を安定させるまでには相当な時間を要する。
その期間、親団体が連携を活かしてスピンオフ団体をインキュベートし支援して初めて、当初の意図どおり質の高い事業体とリーダーシップの総量が増え、親団体のブランド価値も向上すると言える点を強調したい。
具体的には、自分の経験から言うと、親団体はスピンオフ団体に対して助成金などで基盤整備費用を3年間かけて財務的に支援するだけでなく、理事会への参加・サポート、寄付リードの紹介、共同広報、規程やシステムの共有といった非財務的支援も行った。これらは元々同じ組織だったからこそ、より高い効果を発揮しやすかった。
国際協力分野で議論されてきたローカライゼーション(現地化)も広義にはスピンオフの一形態だ。今後は非営利組織経営の一手法として積極的に検討してほしい。また、経営者や理事層に本記事が広く共有され、多様なケーススタディが進むことを期待している。
リード・コメンテーター紹介
青木 健太:かものはしプロジェクト理事長及びSALASUSU理事長。2002年子どもの人身売買の撲滅に取り組むNPO法人かものはしプロジェクトを創業。2009年にカンボジアに移住しソーシャルビジネスと教育事業に取り組んできた。2018年かものはしのカンボジア撤退に伴いカンボジアの公教育改革、教師育成に取り組むSALASUSUを設立。