チェンジメーカーは、問題解決に没頭するあまり自分を犠牲にしがちだ。しかし近年、彼らの内面のウェルビーイングは、より効果的な社会の変化を生み出すことが明らかになりつつある。※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。リンダ・ベル・グルジナ Linda Bell Grdinaノラ・F・マーフィー・ジョンソン Nora F. Murphy Johnsonアーロン・ペレイラ Aaron Pereiraこれまで見過ごされてきた内面のウェルビーイング「現場における燃え尽きの兆候がどのようなものか、という知見が不足しています。これまで問われてきたのは、(現場のスタッフを)『どうやって確保するか』で、『どのようにケアし、長期的に成長してもらうか』ではありませんでした。仮に私が、ルワンダの非常にリソースの限られた施設でがん患者やエイズ患者をケアする看護師だったら、自分の家族の世話をすることも仕事に行くこともできなくなるまでに、あと何人の死に耐えられるでしょうか。あるいは私がハイチの地域医療従事者だとして、休息もとらずに働いたら、社会に蔓延する飢餓の酷い状況にどれだけ耐えられるでしょうか。こういった問題を、私たちは十分に学んでいないのです」 ⸺ゲーリー・ゴットリーブ、パートナーズ・イン・ヘルス(Partners In Health)CEO災害支援に携わる人、アクティビスト(社会活動家)、社会起業家、医療従事者、教師など、健全さと公正さと思いやりのある社会を紡ぎ出そうと懸命に取り組んでいる人々は、巨大な問題の渦中で暮らし、働いている。ところがこうしたチェンジメーカーたちの多くが、解決策を見出して前進したとしても燃え尽きてしまい、うつ病、離婚、慢性疾患の早期発症といった、多くの個人的な困難に直面している。組織のあらゆるレベル、そして世界中のあらゆる地域において、舞台裏では変化の担い手たちがもがいているのだ。同時に私たちは、いまの時代に起こっている社会や環境の問題に対処できているとはとても言えず、さらなるコラボレーションやイノベーションを生み出す必要がある。だからこそ、チェンジメーカーが直面している個人的な困難への取り組み方を見つけなければならない。そのこと自体に意義があるのはもちろん、それが社会の効果的な変化を加速させる可能性があるからだ。社会変革の分野では長い間、チェンジメーカーたちのウェルビーイング[身体的・精神的・社会的に満たされた良好な状態にあること]は、ほとんどタブー視されて十分に検討されてこなかった。その一因は自己犠牲や殉教精神を特徴とするカルチャーにある。人の命を直接助ける活動であれ、気候変動対策を求めるアドボカシー活動であれ、社会を変えるために働く人々には、自分よりも他者を優先することへの潜在的な期待がある。しかし、社会変化の原動力としてウェルビーイングが果たす役割が注目されるようになったのは最近のことではなく、過去のさまざまなムーブメントや先人たちの教訓から受け継がれている。実際、個人の内面の状態を大切にすることが世界を変える仕事の糧になるという姿勢は、前世代による非常に力強いムーブメントのいくつかを支えてきたし、マハトマ・ガンディー、エラ・バット、ローザ・パークス、デズモンド・ツツといった偉大なリーダーたちの思想の土台にもなっている。たとえば、抑圧への抵抗や社会の変化に向けて前向きな行動をとるが、暴力は行使しないという「非暴力の原則」には、深く自分自身に気づき向き合うことが求められるし、それらを日々実践し続けることも必要だ1。また、この数十年の間、女性の権利を求めるムーブメントのリーダーやグループも、内面のウェルビーイングの重要性を強調してきた。1988 年には、作家でありアクティビストのオードリー・ロードが、セルフケアとは「自分を守ることでもあると同時に、政治的に闘う行動でもある」と述べたが、これは、セルフケアを優先することが取り組みの成功に不可欠だという、当時急速に広がっていた社会活動の方法論を反映している。運動に関わった女性の多くが過去にトラウマ(心的外傷)を経験しており、活動のなかでさらなるトラウマを負っているという認識は、2003 年に開催された「女性と健康の国際会議」(International Women and Health Conference)など、女性の権利に関する大きな会合から生まれてきたものだ。その頃、CREA(Creating Resources for Empowerment in Action)、AWID(The Association for Women’s Rights in Development)、アージェント・アクション・ファンド(Urgent Action Fund)などの団体は、女性のウェルビーイングをサポートする取り組みの重要性を認め、支援を始めた。その後、女性の権利を求めるムーブメントは、最も初期のセルフケア・ガイドをつくり、やがて内面の健康に焦点を当てたリトリートなど、アクティビストを支援するさまざまなコンテンツを開発していった2。こうした取り組みのおかげもあって、この10 年間で社会変革分野におけるウェルビーイングの問題は以前よりも認識されやすくなり、研究も進んだ。2018 年に英国のチャリティ団体や非営利団体の職員を対象としてユナイト(Unite)が実施した研究では、ソーシャルセクターで働く人々の42%が、仕事が自身のメンタルヘルスに不調を及ぼすと感じていることが明らかになった3。2016 年にイギリスのソーシャルワーカー向けウェブサイトのコミュニティ・ケア(Community Care)がイングランドのソーシャルワーカーを対象に行った研究では、仕事のストレスへの対処法として、 57%がエモーショナル・イーティング(心理的負荷を和らげるための食事)、35%が飲酒をすると回答した。さらに、63%が睡眠障害を抱え、56%が精神的に疲弊しており、75%が燃え尽きの懸念があると述べた4。これらの結果は、現場スタッフと経営チームの双方から報告された。人道支援の分野では、メンタルヘルスとウェルビーイングに関する2015 年の研究に参加した人権活動家の19.4%がPTSD(心的外傷後ストレス障害)、18.8%が閾値下PTSD(一部のPTSD基準を満たす状態)、14.7%がうつ病の基準をそれぞれ満たしていた5。似たような構図は、他の社会変革の領域においても世界中で表出しており、ブラック・ライブズ・マター(BLM)のような重要なムーブメントも同様である6。現実として、社会を変える仕事はそれ自体が難しいものだし、トラウマを負いやすいものだ。がん患者やエイズ患者のケアに当たる医療従事者は、人が亡くなる様子を絶えず目にすることになるし、生物の種や生態系の喪失を食い止めようとしている環境活動家は、環境が破壊されていく様子を目にし続けることになる。これに加えて、ソーシャルセクターで働こうとする人の多くが、個人的なトラウマの経験を持っており、自らのつらい過去と関連する仕事を選びやすいという事実もある。たとえば、個人的にいじめを受けた経験のある人が、いじめ問題に取り組む組織で働くことは珍しくない。こうした関連性は、汚職防止に取り組む団体でも環境保護団体でも、一般的に見られる。前述のようなアクティビストたちの先駆的な取り組みのほか、近年の新しい研究も、私たちがいま目にしている文化的な変化の土台づくりを支えている。より大きな観点でカルチャーの変遷を見ると、マインドフルネスやメンタルヘルスなどの分野に関連した議論や実践が、とくに欧米において一般的になってきた。そして社会変革の領域においてはますます多くの人が、ウェルビーイングは、業界全体でオープンに取り組んで理解を深めることが必要な、根本的な問題であると認識するようになっている。