デジタルテクノロジーによって、オープンで参加型のソーシャルイノベーションが可能になった。新型コロナウイルス感染症のような社会レベルの危機においてこうしたプロセスはどのように機能するのか。その社会実験となったのがドイツで最初のロックダウン後に市民らのハッカソンから始まった取り組みだ。オープン・ソーシャルイノベーションが社会課題を特定し、ソリューションを生み出すまでのプロセスを明らかにする。※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。ヨハンナ・マイヤー Johanna Mairトマス・ギゲンフーバー Thomas Gegenhuberハッカソンで社会課題に挑む新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが社会全体の問題となってから1 年以上になる。その影響は私たちすべてに及んでいるが、影響の受け方は人それぞれである。気候変動の危機、経済的格差、人種間の不公平といった他の社会課題と同じように、COVID-19 は新旧の社会問題を悪化させ、私たちのシステムの弱さを容赦なく明るみに出す。このような課題の解決に取り組みつつ、社会の制度基盤を再活性化し、時代に合ったものにしていくためにはどうすればよいだろうか。必要なのは、実用的で柔軟で、なおかつ拡張性のあるアプローチである。しかしソーシャルイノベーションの現場は、いまだに、国家・公共セクター、市民社会、社会的企業、営利企業を明確に区別したパラダイムに囚われているように見受けられる。そんないまこそ、ソーシャルイノベーションのあり方は大きく変わる必要がある。社会変革は、英雄的な個人、国、市民社会、もしくは企業が単独で起こせるものだという考え方から脱却しなくてはならない。その代わりに必要なのは、デジタルテクノロジーが支える集合的アクションを土台としたソーシャルイノベーションの実験である。協業の推進、マルチステークホルダーのネットワークの構築、そして産業界、NGO、政府などさまざまなアクターによるコレクティブ・インパクトの手法の採用といったことが、その方向に進むためのステップとなる 1。近年、リソースの蓄積や助成金受給団体の交流促進を効率的に行うためのデジタルプラットフォームづくりを目指す集合的な取り組みが見られるが、そこに市民が協力者として参画することはまれである。市民の参画なくしては、ソーシャルイノベーションのプロセスは非生産的なものになり、効果も限定的なものになる。市民は社会問題の影響を受ける人々である一方で、ソリューションを生み出すスキルと専門知識を持っている人々でもある。たとえば、市民ボランティアの共同作業によって世界最大の百科事典に貢献したり(ウィキペディア)、天文学者が銀河を分類することを支援したりしてきた(ズーニバース)。では、集合的アクションとデジタルが可能にする共創の精神と、ソーシャルイノベーションの新たなアプローチを開発するための実験を、どのように結びつけることができるのだろうか。私たちは、近年のオープンな参加型アプローチの実験が、ソーシャルイノベーションの活性化に関する重要な知見を提示していると考えている。一方で、これらの実験は善意で実行されたイニシアチブが予期せぬかたちの排除を招く場合があるという問題も提起している。ハッカソンについて考えてみよう。ハッカソンは、限られた時間内にクリエイティブな思考、チームの結成、アイデアをめぐるコラボレーションを促す場をつくり出す。プロトタイプとまではいかなくても、有益なアイデアを大量に集められることが魅力だ。実際に、公共セクターに携わる組織⸺米国航空宇宙局(NASA)、米国国立科学財団(NSF)、国際連合、さらにはトロント市などの地方政府⸺が、公益促進という目的でハッカソンの可能性を見出している。コンテスト、コンペ、バーキャンプ(ユーザー主導のカンファレンスの国際的ネットワーク)などのイベントは、ソーシャルイノベーションのプロセスにおける公開性と公共性を強化するツールとしてよく利用されている。この種の取り組みを政府や公共セクターまで拡大することが期待されている2。社会的な課題の多くは、問題を特定し、プロトタイプをつくり、ソリューションの規模を拡大していくという点で公共セクターや既存の社会サービス提供者との協力が欠かせない。では、私たちが、新たなソリューションを創出してその規模を拡大するプロセスに、政府や自治体などのプレイヤーを参画させることを躊躇する理由は何だろうか。ソーシャルイノベーターは往々にして、公共セクターにはコミットメントや効率性、そして規模拡大のプロセスでソリューションを持続的に改善する意思の面で問題があるのではと考えている。公共セクターの組織は、成果に関する十分なエビデンスがないまま新たなソリューションを承認することに消極的な場合があるし、規模拡大のプロセスでは柔軟性を欠くことが多い。だが、課題を特定し、アイデアを繰り返し改善し、問題の理解を深め、ソリューションを開発・試行するプロセスの初期段階から公共セクターと市民を参画させることができたら、社会の制度基盤に対する集合的な責任感が生まれ、社会課題に取り組んだり危機に立ち向かったりするための集合的な学びにつながるのではないだろうか。社会のすべてのステークホルダー⸺市民、コミュニティ、社会的企業、企業、財団、フィランソロピスト、行政⸺が、ソーシャルイノベーションのオープンなプロセスに集合的に参加する実験は、どのようなものになるだろうか。もしこのような実験を、適切に機能していると思われる主要な民主主義国の政府や省庁、あるいは大統領府が積極的に支援するとしたら、何が起きるだろうか。