コミュニティの声を聞く。
Vol.05
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。青木健太 Kenta Aoki『重耳』(上・中・下)宮城谷昌光講談社文庫(1996)社会問題に挑む組織のリーダーを務めるなかで、自分が取り組まざるを得なかったことのひとつは、「いかに驕らないか」ということだった。現場が見えづらい国際協力においては、たとえば途上国に住み続けているだけで何気なく「すごいですね」と言われてしまうことがある。心の奥底では大きなシステムの前に無力に立ち尽くすだけの自分を知っている。それにもかかわらず、競争によるプレッシャーや、自分のエゴが誉め言葉を求めてしまうことも恥ずかしながら体験してきた。そんなときに心を戒めてくれるのは、小説で出会った中国の昔のリーダーと家臣たちである。中学校2年生の頃、塾の先生に薦められて初めて手に取った宮城谷作品が『重耳』だ。そしてそれ以来ほぼすべての作品を読み込むくらいファンになった。さまざまな作品を通じて僕の心を捉えたのは、「人間の器」や「徳」についての考え方、そして君主と臣下の関係の描き方だ。国のために命をかけて諫言を行う臣下、損得を超えて旅を共にする仲間たち。人と社会の関係、人と人の関係はこれほどまでに美しくあれるのか、と興奮しながら読み続けた。『重耳』の舞台は紀元前1000年頃の中国。衰退する周の周辺に小国が割拠していたが、そのなかの晋という国でのちに王(文公)となる重耳が、人間としては隙だらけでありながらも臣下の夢に支えられながら偉業を成し遂げていく物語だ。印象に残る言葉がいくつもある。冒頭で述べた「驕り」についてはこんなふうに語られる。
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