信頼に基づく(Trust-based)アプローチを特徴づける中核的な実践は、複数の経路を通じて、資源効率性の向上と非常に大きなインパクトに繋がる。
ステイシー・ファエラ(Stacey Faella)
ライアン・ロバーソン(Ryan Roberson)

「戦略的フィランソロピー」という概念は、既に一定の歴史を持つ。定義には若干のばらつきがあるものの、約10年前にはその主要な要素が明確に整理されていた。すなわち、「成果志向、結果志向、そして効果的なフィランソロピー」であり、これは、資金提供者によって明確に定義された目標が存在し、それに基づくエビデンス・ベースの戦略(成果情報など何らかの「証拠」に基づく戦略※編集部注)を通じて実行され、ドナーと助成先の双方が成果をモニタリングしながら、適宜戦略を見直すことによって達成される。
近年、「トラスト・ベースド・フィランソロピー」という概念が登場し、注目を集めている。その主張は、正義と公平のための権力移譲や、非営利組織のリーダーにかかる負担の軽減といった重要な目標に基づいている。両者は本質的に対立するものではないが、トラスト・ベースド・フィランソロピーはしばしば戦略的フィランソロピーと対比され、「非戦略的」であるかのような誤った二項対立が生まれている。つまり、トラスト・ベースドなアプローチは、エビデンス・ベースの戦略を採用し効果向上のための調整を行うといった戦略的手法とは両立しないとされてしまうのである。これにより、トラスト・ベースドな実践は「怠慢」であり、成果を出しにくいという誤解が広がっている。例えば、ドナーの中には、制限のない助成を行うことは、資金の最適な使途を見極める努力を十分に行っていない証拠であると捉える向きもある。
しかしながら、トラスト・ベースド・フィランソロピーには本質的に非戦略的な側面は存在しない。両者の主な違いは、証拠を重視し対応するかどうかではなく、誰の時間・専門性・経験に価値を置くかにある。実際、トラスト・ベースド・フィランソロピーを構成する中核的な実践は極めて戦略的であり、複数の経路を通じて資源の効率性向上や卓越したインパクトの創出を可能にする。具体的には、非営利組織のリーダーに裁量を与え、状況の変化に応じた柔軟な対応を可能にし、資金提供者が組織の課題を深く理解し、適切に対応できるようにする。また、助成先のリーダーやチームが助成金管理に費やす時間を減らし、プログラムの実施に集中することができる。さらに、資金提供者側も、支援するリーダーの専門性を尊重し、スリムな体制を維持しながら戦略性を発揮することができる。
こうした利点は、筆者らが関わる二つの組織、すなわち、アメリカ南部において人種的および経済的に不利な立場に置かれたコミュニティと協働し、政治的・社会的・経済的権利を擁護・推進する非営利団体Southern Coalition for Social Justice(SCSJ)と、SCSJを助成する進歩的なファミリー財団Woodcock Foundationの経験を通じて、具体的に示されている。
状況変化に応じて柔軟に対応するリーダーの力を高める
近年の出来事が私たちに教えてくれたのは、「予期せぬ事態を常に想定せよ」ということである。資金提供者が、提供先の団体が直面する新たな機会や課題を予測することは難しい。新型コロナウイルス感染症のパンデミック、ジョージ・フロイド氏殺害事件、山火事、地震と津波、そして2021年1月6日の米国連邦議会議事堂襲撃事件など、例を挙げればきりがない。組織のリーダーには、状況の変化に応じて方針を変更する能力が必要であり、資金提供者はそれを「使途制限のない資金提供(unrestricted funding)」を通じて可能にできる。これはトラスト・ベースド・フィランソロピーの基本的な実践の一つである。制限のない資金は、リーダーに裁量を与え、環境の変化、新たな機会やアイデアの出現、新たなエビデンスの出現に対応して方針転換を可能にする。それにより、危機への対応が容易になり、地域社会への柔軟かつ迅速な支援が可能となる。
SCSJの経験では、使途制限のない資金がないことで、組織が地域社会のために実行可能な活動にギャップが生じる場合がある。SCSJは、有権者の権利、環境正義、刑事司法という3つの主要なプログラムを有しており、これらは相互に深く関連している。その関係性は時間とともに変化し、他の多くの組織と同様、プロジェクトの戦略を途中で変更する必要が生じる場合がある。たとえば、最近SCSJが取り組んでいた訴訟が予想外に連邦最高裁まで持ち込まれたケースがあった。この案件は有権者の権利に関わるものであり、SCSJは別のプロジェクトから資金を移して、緊急対応として集会の開催、市民の移動手段の手配、その他関連費用のために使用した。このような柔軟な対応は非常に重要であり、形を変えることが成功の鍵となった。幸いにもSCSJは使途制限のない資金を再配分して迅速に対応できたが、別の場合では、資金提供者に対して新規プロジェクトの緊急性を理解してもらい、助成契約の修正を求めるために時間を要したこともある。
さらに悪いことに、SCSJは、他の非営利組織がドナーの好みや制約、柔軟性のなさのために、効果の低いプログラムに固執せざるを得なかった事例を目の当たりにしてきた。たとえば、ある団体は、刑期を終えた人々(帰還市民)が釈放直後に社会復帰の道筋を描くための指導書(ツールキット)を作成・配布するというプロジェクトで資金提供を受けた。しかし、ニーズアセスメントを進めた結果、対象者の多くは信頼できるインターネット環境やパソコンを持っておらず、印刷物よりも電話やSMSでの連絡を望んでいることが判明した。電話番号を持たないことも多く、社会的・職業的な接点も限られていた。新たな情報により、別の方法の方が本来の成果達成に有効であることが示唆されていたにもかかわらず、残念ながら、その非営利団体は資金提供時の提案に従い、当初の計画を変更せず書面ツールキットを提供せざるを得なかった。
SCSJの別のパートナーで、リスクの高い若者を支援する団体も、類似のジレンマを共有している。この団体は、小規模ながら寛大な資金提供者からの支援を受けているが、その報告要件は厳しく、定量的なデータと指標を用いて成果とインパクトを示すことが求められている。その結果、このリーダーは、指導時間数、生徒のテストスコア、メンターの出席率といった追跡・測定可能な活動を優先せざるを得ないと感じてきた。しかしながら、見栄えのよい活動が、必ずしも最も効果的であるとは限らない。このリーダーは、メンターとメンティーとの個人的な関係性、生徒の社会的・情動的スキル、参加者からのフィードバックや満足度といった、測定や追跡が難しい活動やサービスを、やむを得ず縮小または軽視せざるを得なかった。これらの質的サービスは、一般的に非常に効果的であると考えられているにもかかわらず、である。
一方で、SCSJは、柔軟かつ使途無制限の資金の恩恵を実感した経験もある。パンデミックが発生した当時、SCSJは野心的な選挙区再編教育プログラムを立ち上げたばかりだった。その資金提供契約には、米南部各州での対面式の研修実施が含まれていた。しかし、COVID-19の感染拡大により、SCSJは移動やケータリングの手配を中止せざるを得なくなった。そのとき、私たちは「すべてオンラインに切り替えたらどうか?」という発想に至った。時間との闘いの中で、チームは即座にワークショップをオンラインで再編成・実施する体制に移行し、このプログラムはSCSJ史上もっとも成功した取り組みの一つとなった。元々の目的を達成しただけでなく、移動に制約のある人々も参加できるようになり、さらなるインパクトを生み出すことができた。この迅速な適応が可能であったのは、大半の資金提供者が柔軟であり、SCSJが「何が最善か」を判断することを信頼してくれたからである。
組織に対する使途制限のない支援は戦略的である。なぜなら、方針転換の必要性は例外ではなく、むしろ常態であるからだ。我々が生きる世界はダイナミックであり、非営利組織に未来を見通す水晶玉などない。使途制限のない資金提供は、組織も柔軟に対応する必要があるという現実を踏まえ、リーダーが成果を生む意思決定を行う力を支えている。
資金提供者としての関係性を活用した学習と対応
トラスト・ベースド・フィランソロピーは、資金提供者と提供先団体の間に開かれた、信頼に基づく関係性を築くという理念に根ざしている。このような関係性により、資金提供者は組織のニーズをより深く理解し、それに対して柔軟に対応することが可能となる。これは、一般経費としての支援が組織リーダーの地域社会および他のステークホルダーへの対応力を高めるのと同様である。資金提供者と提供先団体の関係性が良好であれば、リーダーは自身の懸念や課題――時には失敗さえも――率直に共有できるようになる。信頼関係は学習環境を促進し、資金提供者のより意味ある関与を可能にする。このような関係性に基づく学びと関与は、資金提供者が組織のレジリエンスと能力を高めるために、戦略的な支援を提供する上でも極めて有効である。
たとえば、昨年の夏、米国連邦最高裁は、民主主義に深く関わるノースカロライナ州の選挙区再編に関する訴訟の審理を決定した。SCSJはこの重要性を認識し、パートナー団体と迅速に連携し、情報と調整の拠点となるマイクロサイトを立ち上げるために資金の確保を模索していた。この状況をWoodcock財団に共有したところ、財団は迅速な対応助成を行い、他の資金源と合わせてそのマイクロサイトの立ち上げが実現、SCSJはこのマイクロサイトから大きな効果を引き出すことができた。この成果は、資金提供者との信頼関係と、形式的な助成計画や報告の枠を超えて、新たに生まれた計画を共有できる安心感によって可能となった。
また、別の事例では、Woodcock財団は、ある被助成団体が民主主義に関連する活動の結果、深刻なセキュリティ上の脅威に直面していることを知った。団体のリーダーと協議した結果、財団はセキュリティ対策のためのコンサルタント雇用を支援する能力強化助成を提供した。さらに、他の被助成団体との会話から、同様の懸念が他の団体にも存在することが分かったため、財団はそのコンサルタントに依頼し、すべての被助成団体を対象としたワークショップを開催した。SCSJのリーダーもこのワークショップに参加し、フィジカルおよびデジタル領域での安全対策についての知見を深めることができた。
助成管理の負担を軽減する
非営利組織はしばしば、次のようなジレンマに直面する。すなわち、資金提供者は低い資金調達・管理コストを求める一方で、使途制限付き助成金や個別化された報告要件は、膨大な人的資源を必要とする。
SCSJは、開発と助成管理を専門とする2名のスタッフを擁するという点で恵まれているが、これは多くの小規模・草の根・スタートアップ型の非営利組織には当てはまらない。多くの場合、事務局長やプログラム責任者が、本来の業務を犠牲にしてまで助成要件に対応せざるを得ない。新たな制約や報告要件が追加されるたびに、組織はプログラムとその成果に集中する時間と労力を奪われることになる。直接的なコストに加え、助成金の管理やその他の助成者からの要件に多くの時間を費やすことが、すでに過重な負担を抱えている非営利組織のリーダーにとって、疲労や燃え尽きの一因となっていることを示す証拠が存在する。
トラスト・ベースド・フィランソロピーには、こうした助成管理と資金調達の負担を軽減するための複数の中核的実践が存在する。プロジェクト指定型の助成金と比べて、管理および計画の負担が少ない使途制限のない支援を提供することに加えて、資金提供者は複数年にわたる支援を行うことも可能であり、それは年ごとの資金の安定性向上につながる。また、助成者は、被助成者にどのような報告を求めるか、あるいは報告を求めるか否かについても、大きな裁量権を有している。
Woodcock財団では最近、助成先に対して何が最も適しているかを尋ねた上で、報告の柔軟化を図った。ある団体は、他の資金提供者向けに作成した報告書を転用し、別の団体は、書面報告の代わりに電話会議での報告を選択した。これらはすべて、助成先が最もやりやすい方法を選べるという方針によるものである。財団の観点からすれば、事務負担を最小限に抑えつつ、プログラムに充てられる資金と人的リソースを最大化する形で支援を提供することは、戦略的である。さらに、書面による報告に代えて実際の対話を行うことで、関係性が深まり、財団は、助成先の取り組みをより微妙なニュアンスを含めて理解することができることも明らかになっている。
被助成者にとっても、助成者の柔軟な対応は非常に大きな意味を持つ。そしてそれは、両者の信頼関係の重要性にも深く結びついている。SCSJでは、開発チームのメンバーが重要な資金提供者への報告期限を前に、家庭の事情で休暇を取る必要が生じた際、私たちには「他の優先事項を後回しにして報告書を仕上げる」か「助成者に配慮を求める」か、二つの選択肢があった。その担当プログラム・オフィサーとの関係性のおかげで、私たちは締め切りの延長を気兼ねなくお願いすることができ、担当者はすぐに同意してくれた。資金提供者として、受給者が柔軟な対応を気軽に求められるような関係性を築くことは、ストレスや燃え尽き症候群の軽減に極めて有効である。
小規模な資金提供者でもインパクトを生み出せる仕組み
助成財団の大多数は、少人数のスタッフで運営されており、Council on Foundationsの調査によれば、その中央値はわずか4名である。最大規模の財団であれば、自らの戦略を構築し、それに適合する団体を選定する体制を整えることができるが、多くの財団にとってこれは効率的でも効果的でもない。トラスト・ベースド・フィランソロピーのアプローチは、助成先のリーダーの専門性を尊重・重視することを通じて、資金提供者がスリムな体制を維持しながらも戦略的であり続けることを可能にする。フィランソロピーの世界では、「支援対象となるコミュニティの出身者であり、かつ最も大きな影響を受けている当事者こそが、課題に対する最良の解決策を見出せる存在である」との認識が高まりつつある。
Woodcock財団もまた、少人数体制であるからこそ、資金を託すリーダーたちに賭け、信頼し、支援することに大きな力を見出している。財団は、エビデンスとインパクトに対する信念の上に、トラスト・ベースドなアプローチを重ねて実践している。リーダーたちやその所属団体と関係を築き、その活動やインパクト評価に対する団体のアプローチについての理解を深めている。リーダーの実体験がどのように解決策の設計に反映されているか、あるいはステークホルダーをどのように巻き込みながら、自らにとって有効な解決策を共に設計しているかについて対話を重ねている。複数の優先課題を持つ助成財団としてプログラム分野ごとに人員を増やすことなく、複数の課題領域にまたがって取り組むことが可能になっている。その代わりに、私たちは助成先のリーダーを信頼し、彼らの経験と専門性を活かすトラスト・ベースドな実践を通じて、その信頼を具体的に示している。
戦略的実践としてのトラスト・ベースド・フィランソロピー
戦略性と効果を重視する資金提供者に対して、私たちはトラスト・ベースド・フィランソロピーの実践を推奨する。最初の一歩として、制限のない、あるいは一般管理費に使える助成を提供することが最も容易で効果的である。さらに、特にすでに複数年にわたって支援する予定の団体に対しては、複数年助成も検討すべきである。また、助成先と積極的に対話することも勧める。その際、互いに説明責任を果たし合う関係を構築することも重要である。助成先に「どうすればより効果的に活動できるか」を尋ねるだけでなく、「資金提供者として、どうすればもっと効果的に支援できるか」も問いかける姿勢が求められる。
助成を求める団体に対しては、次のような実践を推奨する:
- ニーズ、課題、成果について、資金提供者に率直かつ誠実に伝えること。学びやフィードバックを共有し、資金提供者にもそれを促すこと。
- 使途制限のない複数年の助成を要請すること。資金を必要な場所に配分でき、管理の負担を軽減できる。使途制限付き助成を受ける場合は、十分な一般管理費および予備費を予算に組み込み、その必要性を明確に伝えること。
- 資金提供者との間に開かれたコミュニケーション、協働、対話を通じて、相互信頼と尊重に基づく関係を築くこと。資金提供者を「パトロン」ではなく「パートナー」として捉え、そのように接すること。
- フィランソロピー業界全体において、トラスト・ベースドな実践の普及を訴え、同様の考えを持つ非営利団体・資金提供者のネットワークに参加すること。
- 自団体のミッションや戦略に合致しない使途制限付き助成には、明確に「ノー」と言う覚悟を持つこと。
トラスト・ベースド・ファンディングは、組織リーダーが本来果たすべき活動とインパクト創出に専念できるよう、資金提供者の過剰な管理から解放する役割を果たす。そのアプローチは、資金提供者と提供先団体の関係性を変え、管理経費から事業に資源を再配分する仕組みである。現代の課題と機会がますます複雑化するなか、財団および非営利組織はより機動的かつ柔軟な対応が求められている。そして、フィランソロピーが非営利セクターの在り方に多大な影響力を持つ以上、財団は、現状が意図せずインパクトの実現を妨げている可能性に真摯に向き合う必要がある。
トラスト・ベースドな資金提供は、非営利セクターのリーダーが有する高度な専門性と、変化の激しい現場環境の特性とを、的確に理解し、評価する枠組みである。それは柔軟性を創出し、リーダーが戦略的に行動し、資源効率を高め、新たな機会を活用することを可能にする。こうして、リーダーが変化を実現する力が培われる――これこそが戦略性の本質である。
筆者紹介
ステイシー・ファエラ(Stacey Faella)は、Woodcock財団の事務局長を務めている。
ライアン・ロバーソン(Ryan Roberson)は、Southern Coalition for Social Justice(SCSJ)の事務局長を務めている。
【翻訳】井川 定一(SSIR-J副編集長)
【原題】The Strategic Value of Trust-Based Philanthropy(Stanford Social Innovation Review, February 21, 2024)