ますます分断が進む社会において、論争になりがちな会話をマネジメントするためのヒントを提供する。
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 03 科学技術とインクルージョン』より転載したものです。
メーガン・ワイルドフッド Megan Wildhood
左派と右派のほとんどの人が合意できることが1つあるとしたら、それは、互いに対する接し方や話し方のまずさだ」と、ジャーナリストのモニカ・グスマンは主張する。
アメリカではイデオロギー的分断が定着し、それが話し合いを拒絶する風潮を社会全体にもたらしている。譲歩や合意の精神で他党に歩み寄ろうとすることさえ、国民からの批判を招くリスクがある。グスマンの友人らは、メキシコからの移民でトランプを支持する彼女の両親について、「なぜ、まだ彼らと話し合おうとするの?」と繰り返したずねたという。このような強固な党派主義から着想を得て書かれた彼女の最初の本、『そんなふうには思ってもみなかった――危険なほど分断された時代に、恐れず好奇心旺盛な会話をする方法』(I Never Thought of It That Way: How to Have Fearlessly Curious Conversations in Dangerously Divided Times)は、相反するイデオロギーで対立する人同士が生産的な会話を育むためのガイドブックである。
グスマンは、私たちが互いの違いを本当に理解したいなら、敵対的な態度で会話に臨むのではなく、「生まれ持った好奇心」を発揮しなければならないと主張する。好奇心があると「私たちは心を開き、萎縮しない。疑いようがないくらい誠実で、鋭い問いこそが、互いの間に築かれた壁を打ち壊す」と彼女は説明する。
グスマンは本書のなかで、難しい会話に効果的な30を超える実用的な手法やアドバイスを紹介する。これらは数十に及ぶインタビューや個人的な経験のほか、アメリカの分断解消に尽力する市民運動として発足した非営利団体ブレーバー・エンジェルズで、デジタルおよびストーリーテリング・ディレクターを担う彼女の経験をもとに導き出されたものである。彼女は山登りに例えて説明する――私たちは難しい会話の切り出し方を知るための地図「好奇心スターターキット」を持つ必要があるのだと。「思い込みを問いかけに変え」、安易な答えを退けることによって、それぞれが自分の知識の「ギャップを意識する」ことから始めなければならない。思い込みから逃れるためにグスマンが読者に推奨するのは、「思い込みの助長要因」、つまりオープンなマインドで対話に臨むことを妨げ、先入観の原因となるステレオタイプやその他の安易なレッテル貼りに注意することである。
グスマンは、もし論争になりそうだと感じたら、よりポジティブな方向へと会話を導くプロセスとして、「引き寄せループ」を活用することを推奨する。このプロセスでは、自分の発言が堂々めぐりに陥っていないか、繰り返される言葉に意識を向けたり、対話の相手に思考方法やその視点に至った経緯をたずねることによって、自分と相手の双方の好奇心を高めたりする。相手の価値観や観点を理解するためにじっくり聞くことを優先すると、防衛反応を引き起こしたり他者を完全に拒絶したりするリスクを軽減することができる。この潜在的な壁を双方がうまく乗り越えられれば、敬意を持って注意深くお互いの話を聞くための道筋が見えるようになり、公私におけるつながりを築く可能性も生まれる。そうなればともに山頂へ到達することができるだろう。
グスマンは、私たちが「あちら側」と決めつけている相手も自分と同じ人間らしさがあることを忘れてはならないと指摘する。「相手に関して、間違っているだけでなく品位を傷つけるようなストーリーを語れば、タコツボ化を招いてしまう」「自分の主張の土台を強化するような場に長く居続けると(中略)相手が間違っているだけでなく、非人間的だと思い込んでしまう」と警告する。グスマン自身も他者との交流のなかで、問いかけることを恐れず、防御の壁を取り払って「あちら側」の人々を知ろうと努力したことで、「みんなものすごく面白い人だ」とわかったという。
リベラルを自認するグスマンは、左派が相手を保守主義と見なせばほぼ例外なく「有害」のレッテルを貼ることを認めたうえで、このような特徴づけは非生産的だと考える。「自分の側の正しさを重視するあまり、まともな思考が停止し、違いが何かを真剣に考える能力を失う」ために「この種の救いがたく冷淡な拒絶によって、人々の本当の姿が隠れてしまう」と彼女は指摘する。それだけでなく、このようなステレオタイプは、他者と真のつながりを築くことを妨げる障壁になる。
ブレーバー・エンジェルズにおけるグスマンの役割は、「あちら側」を非人間扱いしてきた断絶を解消するために、ストーリーテリングやコミュニケーションを使った、クリエイティブな解決策を見出すことだ。ブレーバー・エンジェルズはワークショップ、ディベート、その他公開イベントを開催し、参加者たちに他者の考えを変えさせるのではなく、互いに理解を深めて共通点を見出せるような場を提供している。彼女は非営利団体での仕事に言及しながら、「架け橋となる会話とは、議論を戦わせることではなく、むしろ議論の向こう側にある、人々がその見解に達するまでにたどってきた道筋に目を向けること」だと書いている。
グスマンはカジュアルな親しみやすい筆致でインタビューや個人的な経験を紹介し、雰囲気づくりの方法や、個人の見解を形成してソーシャルメディアで発表するときの工夫が、実際にどのように機能するかを説明する。彼女によると、対立の根本的な原因、つまり基本的な価値観の違いを明らかにすることが最も効果的だという。
たとえば新型コロナウイルス感染症について、連邦政府によるマスク着用の義務づけに対する意見の相違を理解するには、価値観の相違(個人主義vs集団主義)と捉えることが最も適切かもしれない。そしてこの認識が、マスクの強制は人々を苦しめるための策だというような否定的な態度ではなく、相互の尊敬の念を育てるだろうとグスマンは示唆する。
他にも、話すよりも聞くことを優先する、自分の主張に有利なネタを探すよりも知識の確認を目指す、意見を仮説ではなく体験に基づいたものにするために、個人的な体験を共有して相手にもそれを促すといった方法が述べられている。この最後の方法は、相手が防衛的になりにくくなる工夫として、自分の立場を表明すること(たとえば「これが現時点の私の考えです」など)から会話を始め、自分のオープンなマインドを示せるようにしようというグスマンの提案に沿うものだ。私たちの文化は調和と合意を求める一方で、考えを途中で変える人を恥知らずと見なす。
たとえば政治家がある課題について見解を変えると、しばしば「変節」したと非難される。しかし考えを変えること、別の言い方をすれば自分は変われるという気持ちを持つことは、より良い世界を目指すためにはむしろ称えられるべきである。
グスマンは、意見が対立しても誠実さを持とうと呼びかける。ここで言う真の誠実さとは、真実を武器として振りかざすことではなく、会話が怒鳴り合いになることを避け、つながりを形成する方向に導くための舵として使うものである。こうした誠実さは信頼を築く土台であり、嘘偽りのない有意義な人間関係の重要な要素である。このような人間関係は健康で長生きするための必須条件であることは研究でも明らかになっている。グスマンは「互いに誠実でなければ、私たちが本当に1つになることはなく、つながったり引き寄せあったりもしない。単に知り合うだけである」と書いている。
しかし正直に話すことで対立を悪化させて断絶が深まる可能性もある。その差を生むのは雰囲気、言葉の選択、伝え方だ。誠実さの効果を維持するためにグスマンは、言葉を声に出しながら考え、好奇心を通して謙虚さを示し、意見の対立を公正さで埋めていくことを勧める。
「好奇心がある」とは、CARE質問、すなわちCurious(好奇心がある)、Answerable(答えられる)、Raw(率直な)、Exploring(探索的な)質問をするということでもある。「誠実さのない好奇心には価値がない。もし会話で本心を隠し、出し惜しみをし、仮面をかぶっていたら、そこから何かを学べる人がいるだろうか」とグスマンは言う。
とはいえ誠実さはデリケートなものだ。公の場で恥をかいたり、職業で報復や懲罰を受けたりすることを恐れるために、人々が誠実に話せない可能性もある。グスマンはそれについては触れずじまいである。また、「正直に伝えたまでです」というような言い回しが、しばしば望ましくない行動の弁明に使われることについての考察もない。
本書は読者がより意識的に会話をする手助けをしてくれる。グスマンはここに書かれている方法やその実践は簡単ではないが、それらは読者の公私の人間関係を壊すものではなく、より充実させるはずだと請け合う。議論を通して他者の考えを変えることはできないが、会話を通して変化を促すことはできるというわけだ。本書で提示された手法を用いて私たちが謙虚さ、好奇心、傾聴、脆さを差し出したときに発揮される、変化の触媒として会話の力を信じているのである。
フィランソロピーやソーシャルセクターに携わる人々にとって、コミュニティに癒やし、正義、思いやりをもたらす取り組みを継続させるためには、「あちら側」に働きかける方法を変えることが非常に重要だ。本書は、対立をこじらせて悪化させるだけの抑圧的な方法ではなく、対立を受け入れて立ち向かうための手法を提示しており、人々が共通の目標に向かっているのに意見が相違している場合にも、有効なコミュニケーションを図る参考になる。
しかし、どこにも架け橋が見つからない場合はどうなるだろうか。グスマンの楽観主義には元気づけられるが、この本には、架け橋の構築に失敗して断絶が持続するというシナリオは出てこない。たとえば、本書に出てくる共産主義国出身でボストン在住のソフィアという女性は、アメリカの分極化を解消する最善策は、「円満離婚」をして「アメリカ保守州国」と「アメリカリベラル州国」を建国することではないかと述べている。ソフィアは、分極化がもはや克服不可能なレベルに達したと考える大勢のうちの1人だ。グスマンの提示する手法は、そうした人々を十分に納得させられるだろうか。
グスマンはソフィアの意見に答えていないため、そのような和解しがたい対立をどう乗り越えられるのか、読者はわからないままである。また、虐待を伴うような関係にある場合など、対話や関係を断つことが正当化される状況があるかどうかについても、彼女は立場を明確にしていない。本書はそのような有害な関係の維持を推奨していると解釈されかねない。
最後に、グスマンは自身のプロジェクトのきっかけになったアメリカの分極化に関する政治的な問いに答えておらず、それによって中途半端な楽観主義に陥ってしまっている。これらの喫緊の問いに対する答えはないものの、本書は、相容れない見解を持つ人同士の話し合いを改善するための手がかりを提供してくれる。新型コロナウイルス感染症パンデミック期の在宅勤務による孤立化によって私たちの社会的ネットワークやデジタルネットワークがますますタコツボ化しているなか、コミュニケーションの方法を復旧させることは待ったなしの課題である。
【原題】Bridging Partisan Divides (Stanford Social Innovation Review, Summer 2022)
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