※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04 コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』より転載したものです。
チャナ・R・ショーンバーガー
企業、とりわけ上場企業が、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に関するESG目標を取り入れるようになったことで、市場も、企業が株主資本主義以外の価値を支持しているかを評価するようになってきた。
近年、企業に対してESG価値の重視を法的に義務付けようとするムーブメントがあるが、この動きを先導している企業を研究した論文が発表された。これらの企業は「Bコープ」として知られ、株主に対してだけでなく、より幅広いステークホルダーに対する公益の促進に誠実に取り組んでいる証として、アメリカの非営利団体「B Lab」から正式なBコープ認証を受けている。
論文の著者であるボストン・カレッジのサンティ・キム助教(経営組織学)とテンプル大学フォックス経営大学院のトッド・シフェリング助教(経営学)は、Bコープと既存企業が互いに与える影響に注目した。彼らは企業のデータベースをもとに、大量解雇、経営者と一般従業員の所得格差、自社株買いなど、株主資本主義の典型的な企業行動の証拠を収集した。これらをB Labが持つBコープのディレクトリと比較したところ、このような行動がみられる企業が多い業界ほど、Bコープになる企業も多いことが明らかになった。
著者らは同様に、企業の社会的責任(CSR)について公表している取り組みにおいても、商標、CSRに対する世間からの評価、CSR関連企業の買収などのデータを用いて測定した。その結果、CSR活動が活発な業界ほど、Bコープになる企業が多いことがわかった。これらの調査から明らかになったことは、利益追求型企業がCSRへの積極的姿勢を公にアピールすることで市場の関心に応えようとしていることだ。一方、社会的課題に積極的に取り組んでいる企業は、厳格なBコープ認証を求めることで、自らのCSR的な価値観を体系化しようと動いていた。
著者らによれば、企業がBコープという認証を求める理由は主に2つある。
1つには、「株主価値最大化という心の通わない超資本主義企業に対抗して、『世界を変えたい』と考えている」からだ。もう1つの理由は、信頼性である。利益追求型の企業がマーケティング戦略としてサステナビリティを利用する一方、Bコープ認証を取得した企業は自分たちは「本来のサステナブルなビジネス」をしているという信念があり、その長期的かつ根深い取り組みが評価されることを望んでいる。
キムがBコープに興味を持つようになったのは、Bコープ・ムーブメントが始まった2010年頃のことだ。当時彼はミシガン大学ロス経営大学院の大学院生だった。キムいわく「Bコープが生まれた背景には、株主至上主義に対する反発のみならず、サステナビリティなどを広告文句として多くのCSR関連活動を行ってきた企業に対する反発もあった」。
Bコープは普通の企業とは一線を画そうとしているというのが、この研究の最も驚くべき発見の1つだったとキムは述べている。そしてもう1つ予想外だったのが、Bコープ・ムーブメントの波が時代とともに変化しても、「ムーブメントの拡大と、その本来の理念の維持との微妙なバランス」を保っていることだという。フェアトレードや有機農業といったそれ以前のオルタナティブなムーブメントは、スターバックスやネスレのような既存のプレーヤーを取り込みながら、その拡大に重点を置いてきた。その結果、「基準があいまいになり、ムーブメントは既存勢力に乗っ取られるかたちになった」とキムは続ける。
これに対し、Bコープ・ムーブメントでは、Bコープ認証をあいまいにするようなことはせず、少しずつ同志を増やしていくという折衷案をとったのだ。この発見は、広く産業論に影響を与えるものである。
「既存企業による変化への抵抗は、短期的には既存企業によるムーブメント支配の脅威を和らげるだけでなく、ムーブメントの進化のきっかけにもなっている。そして長期的には変革運動を再活性化する種をまいているのだ。つまり、既存企業の抵抗にもかかわらず、というよりも、既存企業の抵抗があるからこそ、ムーブメントの拡大か深化かをめぐる論争が続くことになる」と研究者らは結論づけている。
一般企業とBコープは、ESGをめぐってどちらが正統であるかという争いを続けているが、この戦いは、株主中心資本主義がその組織構造を完全に変更し、ステークホルダー資本主義に寄り添うかたちになるまで終わることはないだろうと研究者らは断言する。
「Bコープの例は、企業が批判をただ表面的に受け入れるだけではかえって反感を招き、長期的にみれば事態が悪化する可能性もあることを提起している」と研究者は続ける。「このような大惨事を回避するために、企業のリーダーは批判に真摯に耳を傾け、うわべだけの対応だけでなく、事業の本質を変えていかねばならないだろう」。
アルバータ大学経営大学院のマイケル・ラウンズベリー教授によると、この論文の重要性は、「株主重視型企業による見せかけのサステナビリティへの取り組みが、そのようなガバナンス形態に対するステークホルダー重視型企業の反発をさらに強めていることを発見した」ことにある。
「CSR運動をより広く制度的なものとして捉えれば、単に象徴的なものとしてCSRに取り組む企業の姿勢が、(Bコープのような)新しい改革運動を触発し、いずれもが相まって、ステークホルダー資本主義を広めるための、より本質的なシステムレベルの変化へとつながっていく。そのことをキムとシフェリングの論文が示してくれた」とラウンズベリーは述べている。
この研究はまた、外部からの挑戦に組織がどのように対応するかに関して新たな事実を指摘するものでもあるとラウンズベリーは付け加えている。「彼らの論文は、あるムーブメントの波が新たな波を生み出すとき、組織の変化の軌跡もまた、より進化的なものからより革新的なものへと変化し得ることを示唆している」。
【翻訳】五明志保子
【原題】The Dance Between B Corps and Incumbents(Stanford Social Innovation Review Fall 2022)
【画像】Kimon Maritz on Unsplash
参考論文:
Suntae Kim and Todd Schifeling , “Good Corp, Bad Corp, and the Rise of B Corps: How Market Incumbents” Diverse Responses Reinvigorate Challengers,” Administrative Science Quarterly , 2022.
Copyright©2022 by Leland Stanford Jr. University All Rights Reserved.