コレクティブインパクト・連携

イノベーションの未来は、コレクティブから生まれる。

世界は、経済、技術、地政学、環境、社会といった複数の領域で同時多発的に変化を経験している。こうした変化に、もはや単独の組織だけで立ち向かうことはできない。個々の組織の力では手に余る課題を解決できるのは、社会イノベーションへのコレクティブ・アプローチ(集合的アプローチ)だけだ。

シンシア・レイナー(Cynthia Rayner)
ソフィア・オトゥー(Sophia Otoo)
フランソワ・ボニッチ(François Bonnici)

【翻訳】茶園幹太(SSIR-J Translator)、井川 定一(SSIR-J副編集長)
【原題】The Future of Innovation Is Collective (Stanford Social Innovation Review, Summer 2025)

(Illustration by John Hersey)

アンデス山脈の氷河から流れた無数の水脈が、エクアドルとペルーを横断しながらアマゾン川へと注ぎ込み、アマゾン地域の主要な水源となっている。この源流域は、8,600万エーカーを超える濃密な森林地域に広がり、「生きた森」(selvas vivientes)と呼ばれる生態系を育んでいる。これらの森は、地球規模で気象や降雨パターンを調整する重要な役割を果たしている。この地域はまた、世界で屈指の多様な生態系を擁し、30を超える先住民族の約70万人が暮らしている。この土地を、1万年以上にわたり、守り続けてきた人々だ。

1970年代、この地域の先住民族たちは、それぞれの国で同盟を結成し、資源採掘産業の侵略に対抗し、領土の自治を獲得しようとした。しかし、企業や政府は「分断統治戦術(divide-and-conquer tactics)」を用いてこれらの協力関係を弱め、コミュニティ間の対立を煽り、自分たちのプロジェクトを推進しようとした。2000年代初頭に大きく報道された事例がある。エクアドル政府がアルゼンチンの石油企業に与えた採掘権について、サラヤクのキチュア族が、「事前協議が十分ではなかった」と訴え、勝訴したときに、他の先住民族コミュニティは、経済的利益や雇用、インフラ開発の約束に説得され、キチュア族に反対の立場を取った。

2017年、環境破壊によってコミュニティの存続が脅かされる中、先住民族のリーダーたちは、個別に戦うのではなく、協力して立ち向かうことを決意した。このコレクティブ・アプローチの実現には、大きな課題を乗り越える必要があった。それは、独自の歴史、文化的伝統、目標を持つ異なる民族が、生活様式を守るという共通のビジョンのもとに団結するということである。

「それぞれの先住民族組織や民族は、これまで独自に活動していました。しかし、こうした個々の努力だけでは、根本的な問題の解決には至らなかったのです」と語るのは、アマゾン聖なる源流同盟(Amazon Sacred Headwaters Alliance: ASHA)のリーダー、ウユンカル・ドミンゴ・ペアス・ナンピチカイ氏である。彼は続ける。「分裂があるところに出向き、団結を促しました。権力争いがあれば、私は当事者一人ひとりと話し、その理由を探りました。こうした情報を得たことで、誰もが『今こそ団結すべきだ』と理解したのです」

2019年、マドリードで開催された国連気候変動サミット(United Nations Climate Summit)において、アマゾンの複数の先住民族のリーダーの代表団が、自らの構想を発表した。この勢いに乗り、30の先住民族の代表者が3年半にわたり議論を重ね、すべての民族、組織、支援者の声が反映されるように努めた。地域としての共通のビジョンを作り上げるプロセスでは、パートナー団体、技術チーム、地域グループが集う10回のワークショップが開催された。このプロセスの結果、ASHAは、環境破壊的な産業活動を停止させ、それに代わる持続可能な経済モデルとなる生物地域計画(bioregional plan)を発表した。

計画には、「9つの道筋(nine pathways)」が示されており、先住民の若者向けのサステナビリティ関連の雇用といった短期的な目標から、気候関連投資家や技術パートナーとの協力による再生型経済への転換を目指す長期的な目標までが含まれている。現在、ASHAは世界最大の先住民族主導の自然保護連合へと成長し、ペルーで「自発的隔離(voluntary isolation)状態にある人々の権利を剥奪する法案」を阻止した世界規模の署名キャンペーンの実施や、エクアドルのヤスニ国立公園での石油採掘を停止させた歴史的な国民投票の実現支援など、数々の政策的・法的勝利を収めている。ASHAの集合的なビジョンにより、先住民族コミュニティは、企業や政治の利害の狭間で翻弄されることなく、世界の舞台で主導権を握ることができるようになった。

ASHAの事例が示すように、個々の組織が単独で行動していては、経済、技術、地政学、環境、社会の急速かつ同時多発的な変化に対応することはできない。解決の糸口はセクター、専門分野、コミュニティの交差点(intersections)で見つかる可能性が高く、その効果と持続性を高めるためには、問題に最も近い人々の参加が不可欠である。しかし、これほど多様な人々や組織、セクターの垣根を越えた協働は、プログラム単位の介入や短期的なプロジェクト助成、成果ベースのインパクト測定という、従来のやり方では十分に対処できない一連の課題が伴う。

私たちは、ASHAをはじめ、多くの同様の取り組み事例を研究してきた。いずれの取り組みも複数の組織が協働し、個別には解決が難しい構造的な社会課題(systemic social issues)に挑む試みである。私たちは、こうした実践を「コレクティブ・ソーシャル・イノベーション(Collective Social Innovation)」と呼んでいる。以下では、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターたちがどのように活動を展開しているかを分析する。ステークホルダーを継続的に結びつけ、大規模な変化を推進するための仕組みや道筋、活動のあり方、そしてその活動を運営面で支えるインフラについて検討していく。本記事の目的は、こうした分析から得られた洞察と教訓を共有し、読者が自身の関心領域におけるコレクティブ・アクション(集合的な行動)に活かすことにある。

コレクティブ・アプローチ(集合的アプローチ)の力

コレクティブ・アプローチ(集合的アプローチ)は決して新しいものではない。実際、コレクティブ・アクション(集合的行動)は、人類最大の力(humanity’s greatest superpower)であり続けてきた。集合的なプロセスは歴史を通じて様々な形で現れてきた。世代を超えて受け継がれてきた地域の儀式、地域間の相互扶助の取り組み、抑圧的な体制を覆してきた社会運動まで、その形は様々である。こうした方法を通じて、地域は長年にわたり、結束を生み出す実践を活用しながら、変化を起こし、レジリエンスを育んできた。

今日世界は、これまでになく人口も多く、より多元的であるとともに、分極化によってますます麻痺しつつある。新しいテクノロジーは協働のためのプラットフォームの拡大を約束する一方、個人の声を過度に増幅させ、人々が接する情報や経験を分断(siloing)してしまう側面もあることが分かってきた。

「違いを超えた協働は、ますます必要になり、同時にますます難しくなっています」こう語るのは、レオス・パートナーズのディレクターであり、『Collaborating with the Enemy: How to Work with People You Don’t Agree with or Like or Trust.(仮訳:敵とのコラボレーション―賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法)』の著者であるアダム・カヘンである。「私たちが直面する課題に対処するには、ごく近所の人々であれ、地球の反対側にいる人々であれ、多種多様な組織、セクター、バックグラウンドを持つ『自分とは異なる他者(unlike others)』と協働する必要があります。しかし、他者を正誤、善悪、敵味方に分類しがちな私たちの傾向が、成すべき協働を困難にしているのです」

過去15年間、ソーシャルセクターのリーダーや研究者たちは、市民社会、政府、企業が連携してポジティブな社会変革を推進する手法に、いっそうの関心を寄せてきた。実際、ここスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)においても、実践の変化に呼応する形で議論が発展してきた。2011年、ジョン・カニアとマーク・クラマーは、広く引用される記事「コレクティブ・インパクト(Collective Impact)」において、マルチセクターによる協働アプローチの必要性を強調した。ヨハンナ・マイアとトーマス・ゲーゲンフーバーは、「オープン・ソーシャル・イノベーション(Open Social Innovation)」でこの概念をさらに深化させ、プロセスとインパクトの両方におけるイノベーションの必要性を強調している。「社会イノベーションは、見直されるべきです。英雄的な個人が社会変革の単独の主体であるという考え方をやめましょう。むしろ私たちは、コレクティブ・アクション(集合的行動)に基づく社会イノベーションを試みていく必要があります」社会イノベーションの分野におけるこの潮流の重要性が増すにつれ、集合的な取り組みを指す語彙も豊かになってきた。たとえば、「システム・オーケストレーション(systems orchestration)」「フィールド・カタライジング(field catalyzing)」「共同所有戦略(collectively owned strategies)」といった新たな用語が登場している。

こうした豊富な批判的関心にも関わらず、イノベーターたちが活動を組織するための戦略については、プログラムそのものに比べてまだはるかに理解されておらず、これらの戦略の影響や有効性も、ほとんど記録に残されていない。これを受けて、本稿の共著者であるシンシア・レイナーとフランソワ・ボニッチは、著書『The Systems Work of Social Change(仮題:社会変革におけるシステムワーク)』の中で、システム変革の実践に関わる原則と手法を研究し、体系的にまとめた。これに対し、コレクティブ・アプローチに関する枠組みと言語化を重視する組織から、多数の反響を受け取った。シュワブ財団の理事会は、こうした取り組みがこれまで十分に可視化されてこなかった現状を踏まえ、2022年に「コレクティブ・ソーシャル・イノベーター賞(Collective Social Innovators Award)」を創設した。コレクティブ(集合的)な取り組みを明確に定義し、それを組織の中核機能として位置づける人々に国際的な注目を向けさせたのだ。ここでは、コレクティブ・ソーシャル・イノベーター(collective social innovators)を、単独の組織では対処できない大きな課題に取り組むため、複数組織のグループやネットワークを率い、調整し、促進するセクター横断的なリーダーと定義している。重要なのは、こうしたイノベーターが、規模拡大を目指すプログラム型介入とは異なる、大規模なシステムチェンジ(systemic change)の達成に適した方法を取り入れているということだ。

この書籍と賞の創設以降、私たちはコレクティブ・アプローチの幅広いスペクトラム(広がり)に関心を抱き、イノベーターたちの手法と成果に強い感銘を受けてきた。そして、コレクティブ・ソーシャル・イノベーションが単純な枠組みやチェックリスト、あるいは公式には収まらないことを学んだ。むしろそれは、地理、文化、課題の多様性を抱え込む大きなテントのようなものと言える。コレクティブ・ソーシャル・イノベーションは、社会的結束(social cohesion)を強化するだけではなく、イノベーター、資金提供者、企業、政策立案者が現実的な目標を追求することを可能にするのだ。広範の関係者集団が連携して取り組むことで、資源の効率的活用、人口レベルのデータセットの構築、エビデンスに基づく実践の共有、そして効果的かつ財政的に実現可能な政策の推進・実施が可能になる。

私たちは、こうしたアプローチから得られた学びを、新しい報告書『The Future Is Collective(仮題:未来はコレクティブにある)』にまとめた。本報告書には、2024年10月にスイス・ジュネーブで開催されたシュワブ財団の「コレクティブ・アクション会合(Collective Action Convening)」において共有された、約40の組織の事例に基づく洞察が収録されている。さらに、コレクティブ・ソーシャル・イノベーションに関する10のケーススタディの作成にあたって実施された17回の詳細なインタビューによって補完されている。この報告書は、これらのイノベーターの価値観とインパクト、そしてコレクティブ・ソーシャル・イノベーションの基盤となる集合的な仕組み、道筋、活動を紹介している。また、集合的な取り組みを可能にするインフラについて詳述し、ステークホルダーがより適切な形でコレクティブ・ソーシャル・イノベーションに参画するための示唆を提示している。

当然ながら、扱う課題、地理的特性、さらにはイノベーター自身の特異性ゆえに、こうした戦略は組織によって大きく姿を変える。しかし、私たちがその営みを俯瞰的に評価したところ、共通のパターンとテーマが浮かび上がり、理解を深めることができた。以下で詳しくみていきたい。このイノベーターたちは、まず価値観を軸に組織をつくり、そののちにアプローチや解決策の開発に取りかかっていた。そこで、私たちも、その実践に通底する共通の価値観から出発することとしたい。

1. 集合的な価値観(Collective Values)

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、あらゆる社会イノベーターと同様に、社会課題に取り組むための革新的な組織モデルを開発し、実装している。しかし、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターを特徴づけているのは、社会課題への解決にあたり、多様なステークホルダー、視点、解決策を広く取り入れることを重視する、明確な運営価値観へのコミットメントである。私たちが調査した事例において、こうした価値観は、貧困、気候変動、教育といった大規模で複雑な課題に取り組むイノベーターの長期的な経験から生まれている。そこから、単一のプログラムや組織だけではこれらの課題に対処しきれないという自覚に至っているのだ。これらの行動価値は、プロセスと成果の双方に影響を与える指針となっている。イノベーターがこれらの価値を地域や特定の課題領域に適用することで、当事者や直接的な経験をもつ人びとを含む多様な声が積極的に関わり、共に解決策を生み出すことが可能になる。この代表性と参加への注目は、理念的であり、実用的でもある。なぜなら、最終的な結果の影響を受ける当事者を含めた解決策の方が、より持続的で効果的だからである。

私たちの調査では、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターの活動を支える5つの運営価値観を特定した。それらをASHAの事例に立ち戻って具体的に紹介する。

1-1. 幅広いステークホルダーを結集し、解決策を共創すること

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、初期段階から幅広い関係者の参画を確保し、継続的な参加のための仕組みを構築する。コミュニティ、NGO、企業、政府を結びつけることで、より実践的で持続的な解決につながる協働プロセスを開発する。ASHAは、資源採掘産業の影響下で資源を奪い合うのではなく、先住民族コミュニティを地域への共通のビジョンのもとに団結させている。ASHAは単に対峙する役割を演じているわけではない。メンバーたちは、例えばエコツーリズムのための持続可能なビジネスモデルの創出や、より強力な環境保護政策の策定など、民間セクターや政府の政策立案者との建設的パートナーシップの構築にコミットしている。この連携は、関係者同士の協働のあり方を変えず、問題に対して単発的に立ち向かう行動とは一線を画す。関係者間で建設的な関係を築き、より持続的な解決策への道を拓くものである。

1-2. 短期的な対症療法ではなく、野心的でシステミック(構造的)なインパクトを志向すること

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、共通の目的に焦点を当てつつ多様な視点を調整し、大規模で持続的な変化を目指す。完全な合意を求めるのではなく、深い傾聴と実質的な協議を重視し、官僚的手続きではなくインパクトを行動の原動力とする。例えばASHAは、生物地域計画の策定にあたり3年半にわたる協議を実施し、20近い先住民族との対話に加え、経済、環境、地域計画の国際的専門家の知見を取り入れた。ASHAは、生活様式を維持しつつ公正な未来へと移行するという志向を、先住民族が共有できるように促した。このアプローチは、時間を要し複雑ではあるものの、表面的な症状ではなく根本原因に狙いを定め、野心的でありながら実行可能な計画の策定に繋がっている。

1-3. 創発を見越し、失敗から学ぶことで柔軟性を保つこと。

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、適応性と失敗からの学びを重視している。その姿勢が、地域の経験とニーズに基づいて戦略を進化させることを可能にしている。常に変化に対してオープンであり続け、硬直した計画に依存するのではなく、状況の進展に応じてアプローチを調整する。この柔軟性は創造性を育み、コミュニティが共通の目的の範囲内で自身のアイデアを実行することを可能にしている。ASHAの場合、先住民族グループは現在、生物地域計画(bioregional plan)によって結束し、その実行のための政策、パートナーシップ、資金源を見出すために協働する強い決意を持っている。同時に、各グループは、自らのコミュニティに適したアプローチをそれぞれ開発、試行している。お互いのつながりを保つことで、解決策を洗練させ、予期せぬ課題や機会に効果的に対応できるようになる。

1-4. 課題から直接影響を受ける人々の主体性(agency)を回復すること

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、課題に最も影響を受ける人々が、解決策づくりの中心的役割を担うよう、仕組みを整えている。ASHAは、先住民族の直接参加を保障するというコミットメントのもと、最近、エクアドルに拠点を置き、先住民族による統治体制を備えた新しい法人を設立した。(それまでASHAは、エクアドルを拠点とするNGOの支援を受けて運営されていた。)この移行を支え、他の取り組みや組織でも先住民族によるリーダーシップを育むために、ASHAは「リビング・スクール・オブ・アマゾン(Living School of the Amazon)」を設立した。同校では、若手リーダーを対象に、リーダーシップ開発やガバナンス、法的権利に関する教育を提供している。これにより、地域にとってより適切で持続可能なリーダーシップが醸成され、コミュニティにおける主体性や尊厳の回復、レジリエンスの再構築へと繋がっている。

1-5. 人間と自然との関係における尊重と均衡を確保すること

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、人間のウェルビーイングが社会と環境の双方と繋がっていることを理解している。そして、技術的な処置にのみ焦点を当てるのではなく、コミュニティを強化し、天然資源を守る包括的なアプローチを模索している。ASHAのリーダーたちは、先住民族コミュニティが、気候変動や環境保護に関する国際的な議論において、豊かな知見と経験をもたらすことができると信じている。ブエン・ビビール(ともに良く生きること)というアマゾンの哲学に焦点を当て、伝統的な知識と現代科学の融合を推進している。そして最終的には、生態系の恒久的な保護を確かなものとし、再生型経済(regenerative economy)への転換を促す解決策を生み出すことを目指している。

2.集合的な仕組み(Collective Architectures)

自らの価値観に沿いながら、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは従来とは異なる形で自らの組織をつくっている。私たちはこれらの組織の在り方を「コレクティブ・アーキテクチャ(集合的な仕組み)」と呼んでいる。他のイニシアチブやプロジェクト、組織が自らのインパクトを拡大するための足場(scaffolding)を築いているからである。これにより、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは広範な関係者を動員し、多様なステークホルダーの活動を有機的に結びつけることで、その貢献と専門知識を最大限に生かすことができる。その一方で、地域に根差した専門知識や文脈的ニーズを尊重する仕組みも維持されている。

その代表的な例が、マップバイオマス(MapBiomas)と言われる、テクノロジーとデータを利用して、世界の熱帯諸国における土地利用や土地被覆の変化をモニタリングするオープンな協働ネットワークである。2015年の設立以来、マップバイオマスは14カ国にわたる100以上の地域組織を結集してきた。そのプラットフォームにより、メンバーたちは、過去40年間の土地利用の変化を示す地図を、これまで不可能とされてきた精度、敏捷性、品質で作成することができるようになった。現在、そのデータは、政府機関、金融機関、農業関連企業、NGOを含む年間60万以上の利用者によって活用されている。すべてのデータとコードはオープンソースであり、誰でも無償でアクセス可能である。

この目覚ましい活動量にもかかわらず、マップバイオマスは、法人格はおろか1人の従業員も有していない。このイニシアチブは、それぞれ他の組織に所属しながらも広大なグローバルネットワークでつながっている500人以上の共創者たち(cocreators)によって運営されている。そうした共創者たちは、マップバイオマスに多大な時間とエネルギーを注いでいる。マップバイオマス創設者のタッソ・アゼヴェード氏は次のように語る。「各国・各地域の人びとは、MapBiomasにとどまらず、同じ考え方や学びをもとに他の課題の解決や新たなプロジェクトの開発にも取り組んでいます。そして、同じ技術を用いて地域のニーズに応えているのです」

私たちが調査した事例は、それぞれ異なる社会課題を扱い、多様な関係者を結集している。法人格を持つものもあれば持たないものもある。しかし、それぞれの仕組みには共通点がある。それぞれのアーキテクチャ(仕組み)は、数十万、時には数百万人規模の人びとの代表性と参加を可能にするよう設計された、多層的な構造を成していることだ。通常、コレクティブ・アーキテクチャ(集合的な仕組み)は3つの明確な層で構成されている。1つ目のアクション層(action layer)は、地域の現場で活動を行い、直接的に人々と関わる草の根グループから構成される。2つ目のネットワーク層(network layer)は、異なる地域の草の根グループ同士を結び付け、一体感と共通の目的を生み出す連結組織(connective tissue)である。3つ目のサポート層(supporting layer)は、資源の管理や調整、長期的な持続可能性を担保するための運営支援を提供する。この3層が一体となって、動的で拡大可能なコレクティブ・アクション(集合的行動)のシステムが形成される。

マップバイオマスのアクション層は、14の熱帯諸国・地域を含む20の地理的単位と、火災、水、土壌、土地被覆などのテーマ領域にまたがる20以上のイニシアチブから構成されている。地図は中央で一括して作成されるのではなく、地域やテーマごとのニーズに応じて、各地のチームが自ら作成する。新しい地域でマップバイオマスを立ち上げる際には、既存ネットワークのメンバーが、地元の推進者グループ(local champions)を支援する形をとる。その際、必ず、学術界、テクノロジー系スタートアップ、市民社会組織といった多様な主体が含まれる。新しいイニシアチブが立ち上がると、その地域のメンバー組織がマップバイオマスの一部となる。こうした地域が合わさってネットワーク層を形成しており、現在100以上の組織が、集団的にイニシアチブ群を集合的に支えることに尽力している。これらの組織は、協働してマップバイオマスの方法論を開発・適用し、各地域や各テーマの土地利用マップの作成を成功に導く。すべての共創者は、同じクラウド基盤で地図やデータを処理する。ネットワークは、さらにサポート層の支援を受ける。サポート層は、4人のコーディネーション・チーム、3つの財務スポンサー、そしてプラットフォームの技術基盤に携わる共創者から成る中央チームで構成されている。

マップバイオマスの事例からは、コレクティブ・アーキテクチャ(共創の仕組み)には3つの目的があることが分かる。1つ目は、代表性である。複数のセクターからの利害関係者が含まれ、専門分野の異なる幅広い構成員がそれぞれの役割を見出せるようにすることである。2つ目は、学びである。個人や組織がこの仕組みに繋がることで、他者の取り組みを知り、そこから得られる教訓や専門知識を活かして、自らの活動を支援・発展させることができる。3つ目は、協働である。この仕組みは、グループ同士が繋がり合い、単独では実現し合えない成果を互いに補いながら生み出せることができる。

3.集合的な道筋(Collective Pathways)

私たちが研究したコレクティブ・ソーシャル・イノベーターたちは、それぞれ異なる道を歩みながら、ステークホルダーとの間でコレクティブ・アクション(集合的行動)への共通理解に達している。それぞれの歩みは独特で感動的だが、人々を結集し、取り組みを成功に導く過程には、いくつかの共通したパターンが見られる。あらゆるイニシアチブには、協働を導くための重要な要素が存在しており、私たちはそれらを「コレクティブ・パスウェイ(集合的な道筋)」と呼んでいる。それは、広いビジョン、指針となる原則、一連の方法論、そして実践の集積という要素である。これらの要素は、地形図のように、具体的な目標やアジェンダ、動機が異なる場合でも、グループがともに歩み続けることを可能にする。

まず取り組むべき第一歩は、共有される利害と相違点を見極め、それらを将来への広範な「1. ビジョン」へと編み上げることである。このプロセスにはしばしば、グループは繰り返し集まり、互いの声に耳を傾ける深い対話が必要となる。アマゾン源流の30の先住民族を対象に、未来のビジョンを語り合うための対話を数年にわたって継続しているASHAの取り組みは、その代表例である。

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは通常、参加型プロセスに多大な労力を注ぎ、集合体を代表するグループ、組織、人からの貢献を促しながらビジョンを練り上げる。そこでは、妥協と敬意ある融和が好まれ、最終的に特定の文脈に合わせて調整可能な広範なビジョンに到達する。言い換えれば、この戦略的なビジョンは、処方箋的な計画というよりは北極星(North star)のような役割を果たす。これらの取り組みにおいて、手段は目的と同じくらい重要である。なぜなら、このプロセス自体が、今後訪れるより困難な実行段階でも週動態を繋ぎとめる「関係性の糊(relational glue)」を生み出すからだ。

広範なビジョンに加え、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、それを実現するための指針となる「2. 原則のセット」も整える。これらの方向性を示す概念は、意図的な取り組みによって生まれることもあれば、協働の過程で自然に形成されていくこともある。意図的な取り組みの一例として、ストリートネット・インターナショナル(StreetNet International)の事例がある。同団体は、露天商のための国際的なアライアンス(同盟)であり、1995年にイタリア・ベラージオ会議センターで行われた会合をきっかけに構想された。

ASHAと同様に、ストリートネットの創設者たちは、地域協議(regional consultations)を重ね、アライアンスの広範なビジョンを作り上げた。その後、組織の原則を明記した設立文書であるストリートネット憲章(StreetNet Constitution)を起草した。憲章の主要原則の一つに、「役職の少なくとも50パーセントを女性が占めること」という条項がある。これは、組織の設立文書にクォータ制を盛り込み、実施を担保するために設立者たちが払った意図的な努力の成果だった。

今日、ストリートネットは、世界55カ国に広がる62の会員制加盟組織から成る、自律的で民主的なアライアンスへと成長し、916,015人の露天商、市場商人、行商人、国境貿易業者を代表している。女性リーダーシップの原則は、その歴史を通じて受け継がれ、2016年には、ロレーヌ・シバンダ・ンドロブがアライアンス初の女性会長に選出され、現在もその職務に就いている。

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターはまた、グループが活動で共有して用いる一連の「3. 手法のポートフォリオ(組み合わせ)」を整理・体系化している。これらの手法は多くの場合、構成メンバーの豊富な専門知に根差し、しばしば長年にわたって蓄積された強固なエビデンスによって裏付けられている。また、メンバーが集まって知識を出し合い、共同で開発されるケースもある。こうして生まれる方法論は、過去の成功や失敗の経験を踏まえて改良され続けていく。これらの方法は明確な方向性を示しながらも柔軟性を保っており、学びが生まれるにつれて文脈に応じて変化させ、反復していくことができる。

手法への強いこだわりが顕著に表れている例が、ドイツの非営利団体プロジェクトトゥギャザー(Project Together)の事例である。同団体は、社会が最重要課題を解決するために新しい「方法(how)が必要である」という考えのもとに設立された。2020年、プロジェクトトゥギャザーは、COVID-19のパンデミックから生じる課題に取り組むため、「#WirVsVirus(私たち対ウイルス)」と名付けられたバーチャルハッカソンを共同開催した。このハッカソンには、28,361人の市民が参加し、わずか48時間で1,498の解決策が生み出された。このイベント以来、プロジェクトトゥギャザーは、熟練労働者とグリーン・ジョブの不足、難民・移民の到着プロセス、循環経済、再生可能な農業と食糧システムなど10の課題分野に対して、一連の手法(「運営モデル(operating model)」と呼ばれる)を繰り返し改良・適用してきた。

ここで重要なのは、プロジェクトトゥギャザーの職員は、ミッションの企画や実行するのではなく、ファシリテーターとして活動する点である。すなわち、コミュニティメンバーが複数のコレクティブ・アクション・プロジェクト(CAPs)を実行できるように支援する。この十分に文書化された一連の手法は、プロジェクトの開始から実施までの支援ガイドラインとなっており、運営モデルは継続的な学びを通じて頻繁に更新される。マネージングディレクターのヘンリケ・シュロットマンはこう述べる。「四半期ごとにチーム全員で集まり、各ミッションを横断して学び合います」「そして、年に一度、その会議の中で、運営モデルの更新を発表します。小規模な更新だけの年もあれば、大幅な刷新する年もあります」これまでにプロジェクトトゥギャザーは、3,000の組織に属する10万人を支援し、75件を超えるコレクティブ・アクション・プロジェクトの設計と実装を後押ししてきた。その範囲は、数千人の難民と宿泊施設をマッチングするプラットフォームの運営といったテクノロジー案件から、求職者とサステナビリティ関連産業を結ぶキャリア支援プログラムなどの教育プロジェクトまで多岐にわたる。

コレクティブ・パスウェイの最後の要素は、変化を推進するための「4. 実践の束(collection of practices)」を編成することだ。ビジョン・原則・手法とは対照的に、これらの実践はレシピというよりも選択肢のメニューのようなものに近い。各グループが自らの地域ニーズに応じてアジェンダを前進させるために使えるアイデアや取り組み例を提供する。

(Illustration by John Hersey)

この実践中心アプローチの好例が、インド全土で公教育の改善を目指す運動シクシャグラハ(Shikshagraha)である。この運動は、パンジャブ州の教育成果を改善するために取り組んでいた4つの非営利組織の協働から始まった。これらの組織は、既存の公教育制度の中で、その強みを活かし、改良を積み重ねていく道を選んだ。シクシャグラハは、「マイクロ・インプルーブメント(小規模改善)」と呼ぶ一連の実践に重点を置いている。これは、保護者、教師、学校の管理職、地区教育行政を招き、地域の課題を特定し、最小限の労力と追加資源で実施できる改善プロジェクトを共創することで、主体性の回復とリーダーシップの醸成を狙うものだ。地域リーダーとの共創で生まれたマイクロ・インプルーブメントのリストは更新を続けており、その中には、保護者会、授業中の読書時間、朝礼の再設計、家庭学習スペースの設置などが含まれる。

その多くは非常に簡単に実施できるように設計されており、地区の職員は自分たちの地域で実現可能な改善策を選択できる。そのシンプルさと既存の人員・インフラの活用ゆえに、到達したスケール規模とインパクトは驚異的である。

発端となったパンジャブ教育共同体(Punjab Education Collective)では、1万9,000校で200万人の生徒を対象にマイクロ・インプルーブメントが導入された。その結果、4年間のうちに、パンジャブ州は、パフォーマンス評価指数(Performance Grading Index)と全国学力調査(National Achievement Survey)の両方において、その成績が全28州の下位圏から全国1位に押し上げられた。この運動は、2027年までに100地区の4,000万人の子どもたちの教育成果を向上させるという目標に向け、着実に前進している。

これらのコレクティブ・パスウェイを築くには時間がかかる。緊急性の高い課題に直面しているときには非効率(counterintuitive)に感じるかもしれない。しかし、「このプロセスは、無理に進めたり急がせたりすることはできないのです」と、シクシャグラハの提唱者であり設計者でもあるクシュブー・アワスティ氏は語る。「問題と目的を真に合致させるには、忍耐、そして対話や信頼構築のための空間が必要です。短期的なスピードを犠牲にしてでも、未来を見据えて長期的に真に効果的で持続可能な仕組みを築くために、最初はゆっくり進むことが欠かせません」

4.活動の拡大(Amplifying Activities)

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターたちはまた、グループの取り組みを拡大し、有効性を確保しつつ変化に向けた勢いを持続するために、多様な共同活動を行う。私たちの調査では、これらの活動を5つの領域に分類したが、その優先順位はそれぞれのイニシアチブのニーズに応じて異なる。例えば、データ基盤の強化に多大な労力を投じる場合もあれば、そうではない場合もある。ある事例では学びのコミュニティの構築が主要な活動であり、別の事例では知識構築や学びの共有に力を注いでいる。活動リストはチェックリストではなく可能性の幅(range of possibilities)である。特定の組織の利益ではなく、システム全体の利益に資すると判断される時期と条件が整ったときに、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターが追求し得る選択肢である。

4-1. ムーブメントの構築

ムーブメントの構築とは、変化に向けた力と勢いを固めながら、支持基盤(constituency)を維持・拡大する能力を指す。その燃料となるのは、グループを結びつける共通の変革ストーリである。多くのコレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、関係者の裾野を広げ、歴史的な分断を乗り越えるために、共通のナラティブ(物語)を紡ぐために多くの時間を費やしている。興味深いことに、こうした共有されたナラティブは、しばしば人びとを分断してきた既存の支配的な物語に異を唱えるものとなる。そして、新たなナラティブが生まれることで、これまで対立していた人々が再び結びつく新しい機会が生まれるのだ。

例えば、ストリートネットは、非正規労働者は世界的な労働運動の一部ではないとする支配的なナラティブに正面から立ち向かった。伝統的な労働組合員は、労働者が組合に参加するには、まず正式な労働者になる(訳者注:雇用化される)必要があると考えていた。そのため、露天商は、国際労働組合総連合(ITUC)や国連の国際労働機関(ILO)のレベルを含む、労働者の権利を守るための政策対話への参加を妨げられてきた。ストリートネットは、会員制組織間で国際的な連帯を築き、他のインフォーマル経済アライアンスと連携することで、インフォーマル労働の正当な認知拡大を求め続けた。その結果、露天商も労働運動の正当な構成員であるという新しいナラティブが少しずつ社会に浸透していった。こうした取り組みは、2015年のILO勧告204号の採択に寄与した。この勧告は、各国政府が非正規労働者を支援し、社会保障および労働権の枠組みに統合するための指針を示すものである。

4-2. データシステムの強化

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターはまた、その広範なリーチを活かして膨大なデータセットを構築している。これにより、内部的には各グループが課題の共通理解に基づき協働でき、外部的には他の組織や政府がより効率的に業務を進められることを支援できる。明確な用語が定まっていないことが、大規模なデータ収集を妨げることは少なくない。しかし、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターたちは、合意を可能にする用語や指標をともにつくり上げることをためらわない。ひとたび共有された定義と関連指標が確立されると、新たな関係性やテクノロジーを活用し、従来は不可能と思われた規模のデータセットの収集が可能になる。

その代表的な事例が、マップバイオマス(MapBiomas)のプラットフォームである。ここでは、世界中で公開されている衛星画像を収集し、機械学習やディープラーニングのアルゴリズムを応用して、土地被覆や土地利用の変化を分析できる。さらに、水、火災、土壌などのテーマ別の地図を生成することも可能である。マップバイオマスの登場以前には、この精度と頻度で地図を作成することは、熟達した専門家でさえ不可能だと考えていた。現在、このプラットフォームを用いて、研究機関、市民社会、テクノロジー系スタートアップに属する500人超の共創者(cocreators)がグローバルに協働し、画像の分類と詳細地図の作成に取り組んでいる。ひとたび地図が公開されると、政府、検察、企業、銀行、科学者、メディアを含む幅広いユーザー層が自由にアクセスし、独自の取り組みを展開できる。マップバイオマスのデータは、政府が自国の公共政策をモニタリングする能力を高めてきた。最近の評価では、マップバイオマスユーザーの43%が政府の省庁や機関に所属していること、また、違法な森林伐採に対する政府機関の取り締まり行動は、警告システムが導入された2019年には伐採面積のわずか5%に留まっていたが、2024年には50%以上にまで拡大していることが明らかになった。

4-3. 制度への働きかけ

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターはまた、支援的な政策を提唱し、公的機関との協働を通じて、公共制度にも影響を与えている。他のタイプのイノベーターとは異なり、その正統性は、単一のプログラムや独自の事業を実施にあるのではなく、大規模な関係者(constituencies)層を代表していることに由来している。場合によっては、アドボカシーキャンペーンの実施、法的リテラシー研修の提供、訴訟活動の組織化など、外部からの働きかけによって影響を与える場合もある。別の場面では、政府機関と緊密に連携し、集合的な知識と専門知識を政策立案や実施に応用するなど、公的機関の内側から変化を生み出す。

例えば、シクシャグラハはインドの公教育システム内で活動し、国、州、地域の学校を支援している。
シクシャグラハのパートナーたちは、州政府に対し、「好奇心」と「学ぶ姿勢」を持って関わり、新たな官僚的プロセスや管理構造を重層的に構築するのではなく、学校のリーダーや教員とともにマイクロ・インプルーブメント(小さな改善)を進めている。こうすることで、公立学校システムのあらゆるレベル、つまり保護者や地域住民、教師や校長、地区の教育行政官、州政府関係者までもが関与することになる。

4-4. 学びのコミュニティの開催

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターが変化を支える重要な方法の一つは、多様で広範な関係者が学び合い、知見を共有するための場を創出することである。こうした場の目的は、協働の条件を整え、その動きを拡大することにある。具体的には、学びの記録化、資料ライブラリの運営、調査の実施、研修の提供、実践コミュニティの接続といった活動が含まれる。

この分野で規範的な事例として挙げられるのが、プロジェクトトゥギャザーである。同団体は、メンバーがミッションやコレクティブ・アクション・プロジェクト(CAPs)を通じて、学びを共有するための数多くの場と機会を提供している。ベルリン中心部に物理的スペースを構え、少人数対話(fireside chats)、パネルディスカッション、ピアラーニングセッションなどのハイブリッド型イベントを開催している。プロジェクトトゥギャザーのチームは、「共に学ぶこと」こそが、共有された文化や信頼を育む前提条件であることを深く理解している。

4-5. システム的な解決策への投資

最後に、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、メンバー組織の勢いを持続させには、資金が不可欠であることを痛感している。いくつかの事例では、草の根組織がより持続的に活動できるよう、共同資金(pooled funds)や新しい金融手段の創設が進められている。

ASHAの指導者たちは、先住民族コミュニティへの直接投資の欠如が、資源採掘産業や政治家による「投資」や「資金提供」の約束を通じて利害の分断を生んできたことを、特に深刻に受け止めている。
そのためASHAの生物地域計画(bioregional plan)は、資金調達に対する2つのアプローチを追求する機会を掲げている。第一に、聖なる源流基金(Sacred Headwaters Fund)の設立である。この基金は、資源を共同でプールし、食料安全保障、生計手段の多様化、森林モニタリング、異文化間の保健・教育、再生可能エネルギーなど、先住民族主導の取り組みを直接支援することを目的としている。同時にASHAは、森林保全を促進し、森林破壊を食い止めるための革新的な資金スキームの開発を積極的に進めている。具体的には、原生林からの所得(intact forest income)、生態系サービス支払い(ecosystem services payments)、バイオエコノミーハブへの投資などである。

5.支援インフラ(Supportive Infrastructures)

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターはまた、適応性と安定性のバランスをとる支援インフラを構築する。これは、多様なステークホルダーによる長期的な関与を維持するうえで不可欠である。支援インフラの重要な側面には、ガバナンスと参加の仕組み、チーム文化、スタッフの能力、そして実装を支えるテクノロジーが含まれる。こうした活動の多くは舞台裏で行われ、時間をかけて進化していく性質を持つため、その重要性を完全に理解し評価することは、パートナーや資金提供者、政策立案者にとって容易ではない。この障害を乗り越えるには、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターと関わるステークホルダーが、それぞれ異なるアプローチをとることが求められる。

5-1. ガバナンス

私たちが調査したほとんどのケースにおいて、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、公平で開かれた、柔軟な意思決定を可能にしつつ、グループ間の強いつながりを維持できるガバナンス構造を意図的に設計していた。例えば、ストリートネットは、62の加盟組織からの平等な代表性を担保する、民主的で参加型のガバナンスモデルを採用している。4年ごとに、各組織の代表者が国際総会(International Congress)に出席し、優先事項を決定するとともに、政策とプログラムを監督する15名の国際評議会(International Council)を選出している。日常的な運営については、より小規模な執行委員会(executive committee)が担当し、ストリートネットのミッションとの整合性を担保している。

5-2. チーム文化と能力

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターたちは、コレクティブ・アプローチを実現するためには、柔軟性と継続的な学びを重視するチーム文化と能力が不可欠であることを強調している。そのうえで、専門知とファシリテーションスキルのバランスが取れたチーム構成が求められる。イノベーターたちは、集合的な成功に資する能力は、個人の成果を導くスキルとは異なることにすぐに気が付いた。学校教育や職業訓練の多くは、期限厳守や標準作業手順(SOP)からの逸脱を最小限にするなど、明確なアウトカムにつながるスキルが一般的に重視される。対照的に、コレクティブ・アプローチは、ステークホルダーの視点に持続的に耳を傾ける姿勢と、学びが得られるたびに柔軟に適応する力が求められる。ASHAの理事長であるウユンカル・ドミンゴ・ぺアス・ナンピチカイは次のように語る。「対話こそが最も重要(なスキル)です」「怒りや叫び、攻撃(による対話)ではなく、落ち着いた議論、情報、そして明確な意図(による対話)です」

5-3. テクノロジーの活用

これらの組織はまた、コミュニケーション、データ共有、プロジェクト管理を容易にする新しいテクノロジーを活用している。多くの場合、グループや地域間における調整や学びを支える機能を備えている。テクノロジーは、いくつかのコレクティブ・ソーシャル・イノベーターの活動において中核的な役割を果たす。例えば、マップバイオマスは、Google Earth Engineやクラウドコンピューティング・ツールを活用しており、シクシャグラハは、ディクシャ(DIKSHA)(※)を通じて知識共有を行っている。他のケースでは、テクノロジーは強力な媒介装置(conduit)として機能しており、地理的に離れたもの同士が、10年前にはほぼ不可能だったようなスピードと低コストで結びつくことを可能にしている。

(※訳者注:ディクシャとは、Digital Infrastructure for Knowledge Sharingの略で、インド政府の教育プラットフォームを指す)

5-4. 協力的なステークホルダー

最後に、コレクティブ・ソーシャル・イノベーションには、民間セクターのパートナー、資金提供者、政府関係者、政策立案者など、集合体の外部にいるステークホルダーによる支援と多様な関与が欠かせない。民間セクターのパートナーは、集合的な取り組みにおいてしばしば強力な協力者となり、分断化の軽減や集合的な問題解決への参加を通じて力を発揮する。例えば、マップバイオマスの技術的な能力はGoogle Earthとの関係に支えられている。プロジェクトトゥギャザーはベルリンを拠点とする住宅マッチングプラットフォームであるワンダーフラッツ(Wunderflats)と密接に連携し、難民を受け入れる意思のあるホストを特定している。資金提供者もまた極めて重要なステークホルダーである。持続可能な資金を提供し、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターが活躍できる重要なエコシステムを構築している。

フィランソロピーの支援は不可欠だが、金融投資家もまたコレクティブ・ソーシャル・イノベーターを支えている。例えばASHAは、生態系サービスやバイオカルチュラル・スチュワードシップ(※)の支払いメカニズムを設計することで、生物多様性や繊細な生態系の保全に資する新しい金融手段の開発を可能にしている。また、協力的な資金提供者は、組織基盤(institutional capacity)へ投資することで、より大きな利益を得ることができる。コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、小規模なチームと限られた予算にも関わらず、広範なネットワークを通じて学び、データ、連帯を生み出しているからだ。さらに、政府および政策立案者も、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターと密接に連携することで、利害の調整、重要データへのアクセス、人口レベルでのカバレッジを達成できる。シクシャグラハはその好例だ。この取り組みでは、各集合体が地区の学校システムと連携し、学校のリーダーシップを通じてマイクロ・インプルーブメントを直接組み込むことを進めている。

(※訳者注:バイオカルチュラル・スチュワードシップとは、生物多様性と文化遺産のつながりを重視する環境管理のアプローチであり、「生物文化的保全管理」を指す。ここでは原文に近いカタカナで表記する)

6.インパクトと課題(Impacts and Challenges)

コレクティブ・ソーシャル・イノベーションが生み出すインパクトは、単一の課題や組織の枠を超えて波及する。しかし、こうしたインパクトの多くは定量化が難しい。受益者数や提供製品・サービス量といった指標では捉えにくく、ましてや社会的インパクト測定における標準基準である厳密なアトリビューション分析(※)にもなじみにくいからである。

(※訳者注:アトリビューション分析とは、コンバージョンに至るまでのマーケティング施策の貢献度を評価する手法)

例えば、マップバイオマスの地図は、世界中の何十万ものユーザーによる森林減少を抑える多様な取り組みを支えている。それでも、マップバイオマス自身は、政治的に緊張した環境下で中立性を維持することを重視しており、これらの取り組みへの貢献をあえて控えめに扱っている。ストリートネットの能力開発とリーダーシップ研修は、55ヶ国・約100万人規模の非正規労働者を動員する運動の中核を成している。しかし、その真の成果が現れるのは、研修を受けた労働者たちがネットワークを超えてリーダーの地位に就き、活躍するときである。またシクシャグラハでは、教育成果に向けた集合的な進捗を可視化する共有ダッシュボードの開発を進めている。しかし、その活動の柔軟な性質ゆえに、指標だけでは、学習者の成功に寄与する何百万ものマイクロ・インプルーブメントのインパクトを完全に捉えることはできない。

こうした事例に対し、「現場での(on the ground)直接的な成果ではない」として、これらを真のインパクトではないと批判する声があがるかもしれない。しかし私たちは、それこそがシステムチェンジを駆動する構造的要素(structural elements)であると主張したい。実のところ、それらは派手でもなければ、特に目を引くものでもない。むしろ、社会イノベーション・セクターの配線と配管、つまり他のすべてをうまく機能させるための基盤を整える仕事なのだ。これらの構造的なインパクトには、次のようなものが含まれる。

6-1. 共通の言葉

集合的な取り組みには、異なる視点や優先順位を持つグループが集まるため、問題解決が難しくなることがある。コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、自らの活動がもたらす重要なインパクトの1つとして、「共通の言葉(Shared Terminology)」の形成を挙げている。それは、立場や視点の違いをつなぐ架け橋となり、グループ同士が取り組みを調整し、長期的な協働関係を維持するのを可能にしている。こうして生まれる共通の用語は、行動計画や指標の共有につながり、ステークホルダー間に共通の基盤を築く。同時に、多様な目標や柔軟なアプローチを許容する余白を残す。

6-2. 草の根の知をつなぐ伝達路(Conduits)

効果的な社会イノベーションを妨げる大きな課題の1つは、サービスや解決策を提供する多くの組織が、支援対象とする地域コミュニティから地理的にも文化的切り離されている点にある。その結果、地域の草の根アクターが持つ貴重な洞察が見過ごされたり、十分に活用されなかったりすることが少なくない。これに対し、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、草の根コミュニティの直接的な参加と知識を取り込む構造を有している。地域のリーダーを変化プロセスに積極的に組み入れ、その知識と視点が解決策の設計に反映されるようにしている。

6-3. 共有資源

コレクティブ・ソーシャル・イノベーターはまた、共有リソースを管理する新しい方法を見出している。自然資源や社会資源がかつてない脅威にさらされているなかで、こうした取り組みは喫緊の課題となっている。従来、開発専門家や政策立案者は、共有財(common goods)の分配を市場メカニズムや政府の規制に委ねてきた。しかし、コミュニティは何世紀にもわたり、資源を集合的に管理してきた実績を持つ。コレクティブ・イノベーターは、この伝統的な実践を再評価しつつ、新しい手法を開発することで、持続可能な解決策の幅を広げている。

6-4. 広範なデータセット

社会経済政策の立案は、しばしば信頼できるデータの不足によって妨げられ、根拠に基づく意思決定やエビデンスに基づく政策を進めることが難しくなっている。コレクティブ・ソーシャル・イノベーターたちは、自らの広範なネットワークを活かし、データ収集の壁を乗り越え、膨大なデータセットを構築している。そして、それらの情報が意味のある、持続的なインパクトを生み出すよう活用している。

6-5. 大規模資金の展開

さらに、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、社会課題の解決に向けて資金を効果的に集約・配分する上で、重要な役割を担っている。多くの場合、単一の組織では、広範な地域や人びとに大規模資金を展開できるほどの規模に成長することは難しい。国際援助システムは、長年にわたり、複雑で非効率な専門仲介業者のネットワークに依拠してきた。これに対して、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、高コストな仲介を介さずに、草の根グループに迅速かつ直接的に大規模資金を届けるための代替的な仕組みを提供している。

もっとも、その強力な役割にもかかわらず、コレクティブ・ソーシャル・イノベーションの構造は、大規模で多様な集団の関与を前提に設計されているため、複雑で捉えにくいものに見えることがある。
こうした複雑性そのものが、コレクティブ・アプローチの発展を阻む要因となることもある。以下に、その主な課題を挙げる。

6-6. 資金調達

現在主流の開発パラダイムは、ソーシャル・イノベーター同士の競争を促す仕組みになっており、組織が互いに助け合う余地を削ぎながら、助成金や委託契約をめぐって競い合う環境を生み出している。しかし、今年の国際的な資金危機が明らかにしたように、このシステムは少数の有力な資金提供者と脆弱な関係性に依存している。コレクティブ・ソーシャル・イノベーションを促進するためには、この競争的な環境を、組織やグループが協働を動機づけられる協働的フィールドへと進化させる必要がある。そのなかで、各ステークホルダーが自らの専門性と文脈に応じた最適な役割を担えるようにすることが重要である。本稿で紹介してきた事例の多くでは、組織が個別のアジェンダを脇に置き、学びの共有、データの統合、政策的立場の共同形成、共通ビジョンの追求に取り組んでいる。それは、ソーシャル・イノベーション分野における文化的転換の兆しを示している。持続可能なエコシステムを構築するために、資金提供者は、トラスト・ベースドな資金提供の実践(trust-based funding practices)、より高い柔軟性、長期の時間軸を通じてコレクティブ・ソーシャル・イノベーターを支援できる。あわせて、集合体の支援的インフラに資金を投じることで、学びの共有が促進され、ネットワーク内のグループの能力強化が実現する。

6-7. 法的構造

現在の法制度や財務システムは、単一の法人を前提に設計されていることが多く、そのためコレクティブ・ソーシャル・イノベーターにとっては、煩雑な行政手続きや書類の重複といった大きな負担を生むことがある。同時に、政府関係者は集合体と関わる際に、依然として従来型のガバナンス構造を想定しているのが現状である。こうした状況を改善し、集合的な取り組みをより効果的に支援するために、政府や政策立案者は、集合体特有のガバナンス構造をより深く理解する必要がある。そのうえで、分散的な特性を活かせる政策や資金メカニズムを整備することが求められる。また、意思決定を一つの中央組織に集中させるのではなく、複数のグループに分散させる新たな法的構造を創出することも有効である。さらに、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターと連携し、マルチステークホルダー型のイニシアチブを公共セクターのサービスと結びつけることで、トレーニング、能力強化、コミュニティ成果に直結する継続的な改善を促進できるだろう。

6-8. 測定

集合的な取り組みは分散的な性質をもつため、インパクトを特定の主体に帰属させること(attributing impact)が難しい。上記の例で見てきたように、帰属に固執すること自体がインパクトを阻害しうる。
しかし、多くのステークホルダーはいまだに、インパクトを個々の組織や従来型のプログラムに結びつけて捉えることに慣れており、協働的な取り組みを通じた成果としては見ていないのが現状である。
こうした状況を乗り越えるためには、資金提供者やパートナーが、取引的な関係(transactional relationships)を超えて協働関係を深化させることが必要である。その過程では、実験(experimentation)、フィードバック、そして状況に応じた適応(adaptation)を取り入れることが欠かせない。イノベーターたちとともに学ぶことで、民間セクターのパートナー、資金提供者、政策決定者は、社会の最も深刻な課題に対する現場レベルでの現実と解決策について、より深い洞察を得ることができるだろう。

ともに未来をつくる

私たちが直面する社会課題の解決は、かつてないほど困難になっている。政治の変動、経済の不確実性、そして社会的つながりの崩壊が、私たちの間に深い分断を露わにしているからである。こうした断絶は大きなコストを伴う。なぜなら、イノベーションの源泉である創造性、専門知、資源は、多様なステークホルダーが交わる交差点にこそ存在するからである。

コレクティブ・ソーシャル・イノベーションは、まさにこの脅威に対する必要な応答である。それは、協働というプロセスそのものを革新することによって、分断に抗う取り組みである。互いに交わることのなかった多様な関係者を結びつけることで、コレクティブ・ソーシャル・イノベーターは、人びとを再びつなぐ新たな仕組みとナラティブ(物語)を生み出している。また、これまで十分に聞かれてこなかった声とその能力を議論の場へと引き入れ、公共・民間セクターが長年直面してきた重要なイノベーション/実装上の課題の一部を乗り越えている。さらに、資源・データ・資金をプールし、迅速かつ効率的に流し込むことで、単独の組織では到底到達し得ないスケールを実現している。何より重要なのは、コレクティブ・ソーシャル・イノベーションは「大きなテント(broad tent)」であり、幅広い活動を包み込む概念だという点である。共通点はあるにせよ、最終的にその営みは、多様な当事者の生活実感に根ざし、それぞれが活動する文脈に対応して展開されている。

革新を語るとき、孤高のイノベーター(lone innovator)は長く語り継がれてきた象徴的な存在である。しかし、それはいまの時代にはもはや当てはまらない神話である。気候変動、経済的不平等、紛争の拡大、新しいテクノロジーにおけるプライバシーとセキュリティといった地球規模の課題は、いずれも集合的行動を必要とする問題である。それらの解決は、個人の英雄による「決定的な一手(silver-bullet solutions)」によってではなく、人びとがともに立ち上がる力にかかっている。コレクティブ・ソーシャル・イノベーターたちは、かつて機能していたアプローチを再生させると同時に、これからの時代に向けて新たな方法を築いている。私たちが、生き延びるだけでなく、共に繁栄する未来を設計するためには、その未来をともに創り出すことが求められている。

筆者紹介

シンシア・レイナー(Cynthia Rayner)は、シュワブ社会起業財団、オックスフォード大学スコール社会起業センター、ケープタウン大学バーサ社会イノベーション・起業センターに所属する研究者である。
ソフィア・オトゥー(Sophia Otoo)は、世界経済フォーラムの一部であるシュワブ社会起業財団のプログラムおよびコミュニティリードを務める。プログラム開発を統括し、ソーシャル・イノベーターのグローバルコミュニティを運営している。
フランソワ・ボニッチ(François Bonnici)は、公衆衛生医、教授、社会変革の実践者、財団のリーダーである。2011年にケープタウン大学にバーサ・センター・フォー・ソーシャル・イノベーション・アンド・アントレプレナーシップを創設し、2019年からはシュワブ社会起業財団のディレクター、および世界経済フォーラムの財団部門統括責任者を務めている。

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