コレクティブ・インパクトの数々の取り組みは、これまで、システムレベルの変化に貢献し、コミュニティの多くの人々の生活を改善してきた。次の10年は、エクイティ、不均衡な力関係の是正、サステナビリティ、複数の取り組み間の協力体制の強化といった点に注力し、より持続性の高い社会変化を実現することが求められる。
本稿は、SSIRのオンラインシリーズ「コレクティブ・インパクト:10年を振り返る(Collective Impact, 10 Years Later)」のまとめです。このなかで登場する論文のなかで、日本語訳のあるものにはそちらへのリンクを、そうでない記事については原文(英語)の記事へのリンクを貼っています。
ジェニファー・スプランスキー・ジャスター|シンディ・サントス
「コレクティブ・インパクト:10年を振り返る」のシリーズでは、コレクティブ・インパクトの活動の触媒的な役割を担っている人や、現場の実践者、資金提供者、支援者などのさまざまな声を取り上げてきた。本シリーズでは、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)が10年前にコレクティブ・インパクトに関する最初の論文を発表して以来、この分野がどのように発展してきたかを考察する。また、エクイティ(構造的不平等の解消)、コミュニティのオーナーシップ、権限の分散化をコレクティブ・インパクトの活動に不可欠な要素として位置づけることの重要性に着目する。私たちに貴重な知見を提供し、時間をかけてこの分野を開拓し、本シリーズで紹介する学びを築いてきたすべての著者およびパートナーに感謝したい。
コレクティブ・インパクトは現在も、10年前と変わらず重要な意味を持っている。現代は、政治的分裂、人種的エクイティを求める運動への反発、科学の否定など、文化における分断の物語の時代だ。そうした時代のあらゆる場面で、コレクティブ・インパクトの取り組みは、視点の異なる人々が分断を乗り越えて未来をともにつくり上げる方法を見出す場であり続けている。もう1つ強調したいのは、公的な権力を持つ人たちと、より大胆で根本的な変革を求めるコミュニティリーダーの両者がコレクティブ・インパクトに参加するとき、その取り組みが既存システムの改善へと結びつく可能性が高くなるということだ。
次の10年に目を向けると、コレクティブ・インパクトをはじめとして地域に根差した協働型のアプローチは今後も進化を続けるだろう。さまざまな方面からの変化が、その進化を後押しする。活動やコミュニティ、私たち自身に影響を及ぼすような、新しく困難な、あるいは予測不能な状況に直面するとき、変化は外的環境から生じるだろう。また、活動やコミュニティにおいてより強力なパートナーになるべく、私たちがそれぞれ、各自の実践をいかに構築、向上させるかを熟考するとき、変化は内部から生じるだろう。公正で革新的な、より良い未来に向けて、互いに貢献し、共有し、学び、協働することによって集合的な変化(コレクティブ・チェンジ)が確立されるとき、変化は互いの関係性やパートナーシップの中から生じるだろう。
コレクティブ・インパクト・フォーラムと私たちのパートナーは、これからの数年間、さらなる進化や学び、勢い生まれると期待している。
エクイティを真に追求するとはどういうことか
本シリーズの多くの著者は、地域および国レベルの取り組みにおいて、エクイティが最優先事項とされるよう、努力を積み重ねてきた。「コレクティブ・インパクトの北極星はエクイティの実現である」で触れたように、私たちはコレクティブ・インパクトの新たな定義として、「エクイティ」を次のように組み込んでいる。
コレクティブ・インパクトとは、集団やシステムレベルの変化を達成するために、ともに学び、連携して行動することによってエクイティの向上を目指す、コミュニティの人々とさまざまな組織によるネットワークである。
コレクティブ・インパクトの実践者は、たとえ活動がうまくいかなくなったり、エクイティに反発する動きが出てきたり、立場を明確にしないほうが楽だと思えるときであっても、エクイティへのコミットメントを長期にわたり掲げ続けなければならない。エクイティへの歩みを進めるには、依然なくならない人種差別や特定のグループの周縁化、抑圧という現実に立ち向かい、逆境にさらされても根本的な変革を絶えず追求することが求められる。現場の状況によってエクイティに向けた取り組みの焦点は変わりうるが、断固とした意識と行動がなければ、コレクティブ・インパクトのバックボーン組織や運営委員会メンバー、現場のパートナーはすぐに以前の習慣やあり方へと後退してしまいかねない。
コレクティブ・インパクトの取り組みに関わる資金提供者、リーダー、バックボーン組織は、自らの活動があらゆる局面でエクイティを向上させているかを問いかけてほしい。仲介者やコンサルタント、技術支援者など、コレクティブ・インパクトの取り組みに投資やサポートを行っている人は、実践者やコミュニティが取り組みを続けられるよう、いかに支援できるかを問う必要があるだろう。
コミュニティとの協働をいかに構築できるか
権力の不均衡の是正に不可欠な要素のひとつは、コミュニティのメンバーがコレクティブ・インパクトの主体となり、この活動をリードする状況をつくることだ。そのためには、コレクティブ・インパクトの取り組みにおいて、従来型の権力構造が自分たちのガバナンスや意思決定のあり方に残っていないかを問い直さなければならない。そして、内外の力関係や抑圧的な構造を解体し、権限の分散化を進めて、コミュニティの中心メンバーのリーダーシップ開発に投資し、信頼に基づいた関係を構築してそれを維持していかなければならないのだ。
さらに、システム・チェンジ分野の第一線で長年活動してきた、草の根のリーダーたちや地域密着型のネットワーク組織が持つリーダーシップや専門知識、影響力、コミットメントを知ることも重要だ。コレクティブ・インパクトの取り組みに参加してもらい、彼らの戦略的な優先事項を理解しなければならない。自分たちは「誰のビジョン」を達成したいのかを絶えず検証すれば、コミュニティ重視かつコミュニティ主導の活動を維持できるはずだ。この理解をもとに、共通のアジェンダについて皆で取り組むことの可能性や意義について話し合い、何が協働を阻んでいるのかを明らかにすることができるだろう。協力関係を築くチャンスが実際にあるなら、コレクティブ・インパクトの取り組みは草の根のリーダーや地域密着型のネットワーク組織と連携し、各組織の役割を明確にするとともに、それぞれの能力や影響力をどのような形で活用できるかを吟味すべきである。
地域コミュニティーのリーダーたちとの関係構築にあたっては、緊張が生じることがあるだろう。新しく関係を築く場合はなおさらだ。鍵となるのは、信頼の構築、コミットメント、そしてコミュニティのために動くことである。また、コレクティブ・インパクトのあり方が、そもそも変化を求められている権力者に同調しすぎているように見えてしまうと、地域の組織が取り組みに加わることを拒否する可能性があると理解することも重要だ。コレクティブ・インパクトは、草の根のリーダーたちの取り組みへの参加を求めることなしに、サポートやリソース、協力をコミュニティ主導の活動に提供し支援することはできないだろう。
構造の変化、関係性の変化、革新的な変化をいかに強化できるか
コレクティブ・インパクトが目指しているのはシステム・チェンジだ。いくつかの取り組みは、政策や資源配分のシフトといった「構造の変化」に重点を置いている。しかし、コレクティブ・チェンジ・ラボ(Collective Change Lab)が「関係性を変化させるシステム・チェンジ(The Relational Work of Systems Change)」で述べているように、メンタルモデルや物語(ナラティブ)、文化のシフトといった、より革新的な変化に焦点を当てた取り組みはほとんどない。
社会のシフトを長期にわたって持続させるためには、構造に働きかけるのと並行して革新的な変化に取り組む必要がある。マインドセットや文化の変容には、連携や組織レベルの取り組みだけでなく、個人レベルでの変容も必要だ。システム・チェンジのこうした側面は、これまでのコレクティブ・インパクトの取り組みではほとんど見られなかったが、そろそろこのような点についてさらに学びを深め、意識を向けるべき時ではないだろうか。
コミュニティ内のリソースや影響力をどうすれば最大化できるか
地域に根差した協働型の取り組みが進むにつれ、今やコレクティブ・インパクトの取り組みが複数行われているコミュニティも多い。協働の拡大はコミュニティに恩恵をもたらす一方で、それぞれの取り組みが互いにサイロ化するリスクがある。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって明らかになったように、コミュニティの課題は相互に関連し合っており、原因の根本はつながっている。コミュニティにコレクティブ・インパクトの取り組みが複数あると、現地の関心や資金獲得について競合関係になったり、運営面でも似たようなデータシステムを構築するなどの重複が生じたり、関連し合う問題に連携して取り組む機会を逃したりするといったことが起こり得る。個々のアジェンダを超えて複数の取り組みを効果的に連携させるための解決策のひとつが、現場で触媒的な役割を担う「フィールド・カタリスト」の存在だ。タマラック・インスティテュート(Tamarack Institute)は、生活賃金の制度化に向けた動きをサポートするためにカナダ全土のコレクティブ・インパクトの取り組みを連携させる役割を担い、それを「フィールド・カタリスト」と表現した。その役割について、SSIRで発表した記事「フィールド・カタリストがいかにコレクティブ・インパクトを促進するか(How Field Catalysts Accelerate Collective Impact)」の中で論じている。コレクティブ・インパクトのリーダーは、この事例から、現地の複数の取り組みがサイロ化しないようにするためにはどうすれば良いかを学べるだろう。
学びをいかにグローバルに共有するか
コレクティブ・インパクトは世界的に広がり、それぞれの歴史や背景、リソース、能力に合わせたアプローチが実践されている。このような、さまざまな背景に即したアプローチは、「オーストラリアにおける力関係とコレクティブ・インパクト(Power and Collective Impact in Australia)」という記事で考察されているように、世界中の各地域にとって貴重な教訓を明らかにしつつある。しかし、大陸を超えた学びの共有は今のところごくわずかしかみられず、主に欧米の、英語圏の国々の間だけにとどまっている。世界的な知見の共有にもっと投資すれば、コレクティブ・インパクトの取り組みはさらに広がるだろう。
たとえば、インドのバンガロールで行われている、非正規の廃品回収者とその家族の生活の質の向上に重点を置いた取り組みであるサームヒカ・シャクティなど、少ない財源の中で行われている事例からは何が学べるだろうか。アメリカに比べて政府の関与がかなり大きいヨーロッパの取り組みからは、何を学べるだろうか。パートナーとして政府により協力してもらうためには、どうすれば良いのだろうか。また、韓国の中高年層の雇用創出事業であるグッドジョブ5060など、民間セクターをコレクティブ・インパクトに巻き込むことに成功した事例から、アメリカの実践者は何を学べるだろうか。
世界各地の事例で得られた学びや情報を積極的に共有することは、他のあらゆる取り組みにメリットをもたらすだろう。
コレクティブ・インパクトをいかに持続的な活動にできるか
最後に、持続可能性の決定的な重要性に触れないわけにはいかない。関係者の積極的な参加とその機運、先に述べたエクイティへのコミットメントの維持、財政面での持続可能性が必要だ。「オポチュニティ・ユースとの協働(Working in Partnership With Opportunity Youth)」(オポチュニティ・ユースとは、就職も進学もしていない16~24歳の若者のこと)の著者らは、ケーシー・ファミリー・プログラムのプレジデント兼CEOであるウィリアム・ベルの「世代間にまたがる問題を助成金制度の時間軸で解決することは不可能だ」という発言を引用して、この点を強調している。
システム・チェンジを中核とした長期的で創発的な活動において、積極的な参加や機運を維持するための処方箋や公式はひとつではない。しかし、COVID-19の世界的パンデミック、あるいはそのずっと前からさまざまな危機に直面し、それを乗り越えて長く存続している取り組みはどれも、環境の変化に柔軟に適応しながら、自分たちのミッションや目指すべき方向性を一貫して掲げ続けている。「人種的正義と地域のオーナーシップをコレクティブ・インパクトの中心に据える(Centering Racial Justice and Grassroots Ownership in Collective Impact)」で取り上げた、マサチューセッツ州のフランクリン郡とノースクオビン地域で活動するコミュニティ・ザット・ケア(Communities That Care, CTC)は、このような環境変化に適応した進化と持続性を示した例である。CTCは2012年から、コレクティブ・インパクトの枠組みを用いて、西マサチューセッツの農村コミュニティの若者の健康やウェルビーイングの向上、健康格差の是正に取り組んでいる。アジャイルな学習力や適応力は、機運を維持するための重要な要素のひとつだ。今後は、ステークホルダーが本来の役割を最大限に発揮できるようにするためにはどうすれば良いかについても、より理解を深めていきたい。
コレクティブ・インパクトにおける資金調達力の維持も、掘り下げるべき重要な領域だ。コミュニティレベルで持続的な変化を生み出そうとする取り組みの多くが、最初の数年以降は資金調達に苦労している。コレクティブ・インパクトでは、バックボーン組織のスタッフやデータインフラ、コミュニティの積極的な関与など、活動の基盤をサポートするためのリソースが必要であり、しかもこの財源を長期的に確保しなければならない。フィランソロピー(慈善団体)、政府、ビジネス界からの一層のコミットメントはいずれも、持続可能性の向上に寄与するだろう。
- フィランソロピーが、協働型の取り組みに対して長期的なサポートを維持・拡大することは、システムレベルの変化を成し遂げるうえで不可欠である。また、資金提供者が継続してその役割を果たすようになれば、より信頼関係に基づくコミュニティ中心のフィランソロピーのあり方へと進化することが期待できる。こうしたあり方は、「コレクティブ・インパクトの取り組みにおいて資金提供者はいかにして信頼を築けるか(How Funders of Collective Impact Initiatives Can Build Trust)」に紹介されているように、資金提供者に次第に受け入れられつつある。
- 「最先端のコレクティブ・インパクト──誰にとっても公正かつ公平な国家の設計(The Leading Edge of Collective Impact: Designing a Just and Fair Nation for All)」と「「現場のプログラムか、全体のシステムか」の二元論を越えるコレクティブ・インパクトのあり方(Reflecting on Collective Impact for Place-Based Social Change)」の中で紹介したように、政府の財政支援や政策変更によって、活動のインパクトを真の意味で持続、拡大できる可能性がある。例えば、プロミス・ネイバーフッド(経済的に困難な状況にある子どもの教育支援を中心とした補助金制度)のような連邦政府のプログラムや、多数のステークホルダーが協働する取り組みに対して州が規定する基金が適応される際の要件、公衆衛生局といったバックボーン組織への郡ごとの資金提供の配分、あるいは、革新的な取り組みを支援する地域の補助金プログラムなどだ。
- 企業の社会貢献活動や社会的責任(CSR)の取り組みのほとんどは、その地域に根差したコレクティブ・インパクトの活動に携わっておらず、機会損失となっている。
次の10年もコレクティブ・インパクトの取り組みを維持・進化させるためには、このようなさまざまな資金調達のやり方を探究していく必要があるだろう。
終わりに
コレクティブ・インパクトの活動に取り組む世界中の人々が、この分野の開拓に貢献してきた。また、毎年数多くの新しいチェンジメーカーがコレクティブ・インパクトに参画し、活動の進展とともに、常に新たな知見をもたらしてくれるだろう。コミュニティの住民、特に周縁化や抑圧の対象となってきた人々は、私たちみんなが問題に取り組むこと、そしてさらにその向こうを見据えることを求めている。ぜひ読者の皆さんもこの活動に参加してほしい。
【原題】A Learning Agenda for Collective Impact
【イラスト】Hugo Herrera
本シリーズは、コレクティブ・インパクトフォーラム(The Collective Impact Forum)のスポンサーシップにより実現した。コレクティブ・インパクト・フォーラムは、マット・ウィルカとトレーシー・ティモンズ=グレイに対し、本シリーズへの協力に感謝する。
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