このWebサイトでは利便性の向上のためにCookieを利用します。
サイトの閲覧を続行される場合、Cookieの使用にご同意いただいたものとします。
お客様のブラウザの設定によりCookieの機能を無効にすることもできます。詳しくは、プライバシーポリシーをご覧ください。

わたしを支えてくれる本:キッチンで算数を学び菜園で詩を書く学校

わたしを支えてくれる本:キッチンで算数を学び菜園で詩を書く学校

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 02 社会を元気にする循環』より転載したものです。

小野寺 愛

『エディブル・スクールヤード
学校を食べちゃおう!』
アリス・ウォータース 著
八須理明|高橋良枝 訳
コンパッソ(2015)

私は神奈川県逗子市で、小学生たちの放課後自然クラブと保育園の運営をしています。ここで大切にしているのは、地域の自然の中で「食べて、つくって、遊ぶこと」。

お金を払って衣食住をアウトソーシングするのは便利だけれど、その結果、人の暮らしと地域の自然が分断され、生きづらい町を生み出しているように感じています。その分断を越えるのは大変なことですが、子どもと一緒に自然の中で遊ぶことで見えてくるものがあるはず。そんな思いで活動を始めて、7年目になります。

おもしろさはいつも、境界線を越えていくことにある。分断されていた異なるもの同士がつながるときに、新しい流れが生まれ、文化となる⸺そう思い、活動を続けるなかで、私がずっと背中を追いかけてきた一人の女性がいます。

もっとおもしろい方へ、もっと美しい方へと分断をつなぎ直す生き方で、社会にインパクトを与えてきたアリス・ウォータースです。アリスは1971年、カリフォルニア州バークレーにレストラン「シェ・パニーズ」をオープンして以来、半世紀にわたる地域での実践を通して世界に働きかけてきた料理人。スローフード・インターナショナル1の副代表、およびエディブル・スクールヤード・プロジェクト2の創設者としても、人と地球と食に人生を捧げ、世界中の料理人と教育者に影響を与え続けています。

彼女のレストランでは70年代から、メニューに野菜の生産者名を記載して生産者へ敬意を払い、地元農家から手に入る旬の食材に合わせて、毎日メニューを変えていました。ともすればブラックにもなりがちなレストラン業界にありながら、一貫して「スタッフが健康的で幸せでなくては、美味しい料理など提供できるはずがない」と労働環境を守り続け、客席と一体になったオープンキッチンには大きな窓から美しい西日が入ります。

そんな彼女が27年前、地元の公立中学校ではじめたエディブル・スクールヤードは、まさに分断を越えた先にできた新しい文化です。教職員用の駐車場のコンクリートをはがし、耕し、種をまき、校舎の目の前に地元住民が誰でも自由に出入りできる「食べられる校庭」をつくりました。その広さ、なんと1エーカー!(約4046平方メートル)

学校菜園はただの畑ではありません。皆の居場所であり、屋外のクラスルームです。アリスは言います。

歴史の先生は伝統種の穀物を育てながら古代史を教えられるし、算数の先生ならキッチンを教室代わりに、材料の配分で分数を教えながらクッキーを焼けるでしょう!

菜園でプラムと桃を試食しながら詩を書き、ローマ・インド・中国の各地の生産品を知って、ライスプディングをつくりながらシルクロードの歴史を学びます。学校菜園とキッチンで行うすべての授業が、全米学習指導要綱「コモンコア」、カリフォルニア州学習指導要綱の双方で何条の何項にあたるのかを一覧できるカリキュラムまでできていて、授業内容はすべてオープンソースで公開中。毎年、世界中から教育者を集めて研修も行っています。

アリスの活動に一貫しているのは「加速しすぎた社会をスローダウンするために、私たちはどう食べて、どう生きるべきか」という問いです。だからエディブル・スクールヤードも多地域展開はせず、モデル校として地元の1校を磨き続け「必要な部分はどうぞまねしてください。でも、あなたの土地ではあなたのやり方で実践してね」と言います。

土地のありようやそこに暮らす人々が違えば最適解も異なるはずなのに、私たちはつい、1つの成功事例をもってスケール化を目指してしまいがちです。その結果が、いまの社会の分断やゆがみを生んでいるのかもしれません。

アリスのあり方から学んだことが2つあります。1つは「視野の広さはグローバルに、行動とつながりづくりはローカルから」。もう1つは「子どもの教育は20年後の社会づくりである」。

私たちの保育園では、園児たちは毎日海と森で遊び、給食で使う味噌やしょうゆを自分たちでつくり、畑で育てた小麦入りのパンを焼きます。小学生たちの放課後クラブでは、地元漁師の協力を得てワカメの養殖を行い、アウトリガーカヌーやSUPを漕いで間引きや収穫をして、温暖化の影響で変わりつつある海を目の当たりにしています。

幼少期に自然の中で思いきり遊んだ子どもは、大好きな海の変化や森が開発されることに敏感で、自然を守るために迷わず「自分にできること」を見つけて行動することができます。「好き」という気持ちが分断を乗り越える大きな力になることを、子どもたちに教わる毎日です。

おのでら・あい

一般社団法人そっか共同代表。日本スローフード協会三浦半島支部代表、エディブル・スクールヤード・ジャパンのアンバサダー。アリス・ウォータースの新著『スローフード宣言―食べることは生きること』を翻訳し、海士の風より出版。趣味はカヌー、畑、おせっかい。3児の母。1978年生まれ。上智大学卒業。

  1. スローフード・インターナショナル
    食とそれを取り巻くシステムをより良いものにするための世界的な草の根運動で、1989年にイタリアで始まった。各地方の伝統的かつ固有な在来品種や加工食品の中で、このままでは消えてしまうかもしれないものを守り、地域における食の多様性をつなぐ。現在160カ国以上に広まっており、日本スローフード協会は2016年3月に発足。
  2. エディブル・スクールヤード・プロジェクト
    Edible Schoolyardは、直訳すると「食べられる校庭」。1995年、カリフォルニア州バークレー市にある公立のマーティン・ルーサーキング・ジュニア中学校の校庭に、アリス・ウォータースが創設。〈必修教科+栄養教育+人間形成〉の3つをゴールとし、各々の学習目的を融合させたガーデンとキッチンの授業は全米の多くの学校で正規の授業として実践され、成果を上げている。オープンソースで公開されている授業数は、現在7000以上。
  • 考えてみる、調べてみる、ためしてみる etc.
  • やってみる

  • いいね

  • 共有する

タグで絞り込み検索