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わたしを支えてくれる本: 知の循環を生み出す図書館という装置

わたしを支えてくれる本: 知の循環を生み出す図書館という装置

著者

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 03 科学技術とインクルージョン』より転載したものです。

豊田高広 Takahiro Toyoda

『未来をつくる図書館ーニューヨークからの報告』
菅谷明子
岩波書店(2003)

私は2つの自治体(静岡市と愛知県田原市)の公共図書館で、通算20年以上働いてきた。3年前に定年退職してからは、民間の専門家として、図書館の開設、図書館員の育成、公民協働による運営などをサポートしている。

図書館勤務7年目の2000年、私は静岡市の中心部にできる再開発ビルに新しい図書館を開設する担当となった。その構想を練る際に大きな影響を受けたのが、雑誌中央公論の1999年8月号に掲載された、菅谷明子氏の「進化するニューヨーク公共図書館(ルポ)」だった。『未来をつくる図書館』の原型である。

菅谷氏によれば、図書館は眠れる人材を支援し、それを社会に還元するための「知的インフラ」だ。そのような存在であり続けるために、ニューヨーク公共図書館はインターネットを積極的に取り入れて進化しつつある。その試みを知り、「図書館は読書のための機関」という私の常識は揺さぶられた。「日本の図書館員よ、あなたはどうするのか?」⸺そう問いかけられていると感じた。幸運なことに、私は自分の仕事を通じて答えることができる立場にいた。

私たち新図書館の開設担当スタッフは、さまざまな潜在的利用者や関係者へのインタビューを繰り返した。そのなかで、既存の図書館には日本語を母語としない外国人住民が読める本がほとんどないという課題に気がついた。そこで私たちは、英語に加え、中国語、ポルトガル語、韓国語を中心とした実用書、児童書、新聞、CD 等約4000 点のコレクションをそろえることに決めた。

多言語サービスを柱の1 つに掲げた課題解決型の公共図書館としてようやく開設にこぎつけたのは、2004年。『未来をつくる図書館』刊行の翌年のことだ。

開館後、図書館は多言語のコレクションを活かして新しい利用法を切り拓いていった。病院に入院中、あるいは少年鑑別所に入所中の外国人向けに母国語の本を貸し出したり、法律事務所からブラジルの家族法についての調査依頼が寄せられたりすることもあった。また、本を借りに来る外国人も、次第に図書館の資源を利用するだけの人たちではなくなっていった。多国籍のボランティアと図書館員のチームによる外国語絵本の読み聞かせプログラムが発足し、いまでは図書館の名物として知られている。

図書館は、利用者の経済力や性別、年齢、国籍などを問わず、すべての人に対して開かれた場だ。本という器に詰まった知識は人々の間で循環し、知の循環によって、強者と弱者を隔てる情報の障壁はより薄く、低くなる。本を介して読者はさまざまな人々と対話し、実践のきっかけを得る。古臭いとイメージされがちな図書館だが、ソーシャルイノベーションにも大きく貢献する可能性を持った装置なのだ。

そんなビジョンが絵空事ではないことを実例で示しているのが、菅谷氏の著書だ。ビジネス、芸術、市民活動など、さまざまな分野で、インターネットを含むあらゆるメディアを駆使しながら、「図書館で夢をかなえた人々」という序章のタイトルの通り、図書館が市民一人ひとりの夢を力強く後押しする「知的インフラ」となることは可能なのだ。

私が図書館の現場を退いた2019年、フレデリック・ワイズマン監督によるドキュメンタリー映画、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が日本の劇場で公開された。ニューヨーク公共図書館の舞台裏に迫る200分の大作である。制作されたのは2017年であり、『未来をつくる図書館』の「その後」を知ることができた。この映画で何よりも強く印象づけられたのは、図書館で行われる対話の豊かさである。幹部たちの会議、現場の図書館員の会議、講師や図書館員と市民のワークショップ、市民同士の読書会……。対話の土台となっているのは、もちろん図書館が収集し蓄積した膨大な資料だ。

本来公共図書館は市民のためのリサーチセンターのはずである。何をするためにも情報を収集し分析することはアクションの第一歩。そのために、図書館は多様なメディアによる網羅的な情報ストックを持ち、司書による情報ナビゲーション機能があるべきである。

日本の公共図書館を、市民一人ひとりのチャレンジを応援し、生き生きとした地域社会を支える「知的インフラ」に変えていきたい。私がそんな願いを持つきっかけになった本書は、いまも変わらず私を勇気づけてくれている。

とよだ・たかひろ

図書館を創り、育てるフリー・ライブラリアン。2019年まで静岡市や愛知県田原市の図書館長として、地域に根ざした事業を展開。現在はフルライトスペース株式会社研究員および東海ナレッジネット創設メンバーとして、図書館の計画策定・組織開発・人材育成等を支援。共著に『図書館はまちの真ん中――静岡市立御幸町図書館の挑戦』(勁草書房)等。

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