社会運動によるボイコットは顧客や従業員に対してだけではなく取締役会にも打撃を与えうる。
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。
チャナ・R・ショーンバーガー Chana R. Schoenberger
企業が重要な価値観を守っていないとして社会活動家がボイコットを呼びかける光景は、今日のソーシャルメディア主導の批判カルチャー[ソーシャルメディアなどにおいて個人や組織の言動や態度を批判し、説明を求める行為]の下では頻繁に見られるようになった。ここでいう価値観とは、環境保護やLGBTの権利といった進歩的なものもあれば、信教の自由や銃所持の権利などといった保守的なものもある。社会活動家たちは、ボイコットが企業の行動を変えるための効果的な手段であると思っている。顧客やビジネスパートナーが離れ、収益が減れば、やり方を変えざるを得なくなると考えているのだ。
ボイコットには別の効果もある。企業の取締役会が受ける影響を考察した最新の論文によると、「ボイコットは、対象となった企業の離職率を著しく増加させる。特に、企業の社会的価値が取締役自身の個人的価値と対立することを示唆するようなボイコットの後には、取締役が自ら職を辞する可能性が高くなる」。ペンシルバニア大学ウォートンスクールで経営学の准教授を務めるメアリー -ハンター・マクドネルと、テキサス大学オースティン校マコームズ・スクール・オブ・ビジネスでビジネス、政治学、社会学の准教授を務めるJ・アダム・コブはそう指摘する。
彼らは、2000 ~2014 年にボイコットが発生した 120 社を抽出し、それらのボイコットが取締役の離職率にどのような影響を与えたかを調査した。その結果、対象企業の離職率が 7%増加していたことがわかった。これはボイコットの影響を受けていない企業の離職率に比べて 3 割も高い。
また、過去にどのような政治運動を支持していたかという公開記録をもとに、個々の取締役のイデオロギー傾向を評価したところ、リベラルか保守かにかかわらず、自社を標的とする社会運動の価値観を共鳴する取締役は辞める傾向が強まることが判明した。一方で、リベラルな運動が自社を標的にしている場合に保守的な取締役が取締役会で自分の立場を主張する可能性は、リベラルな取締役が保守的な活動家によるボイコットに直面している場合に比べて高いことも明らかとなった。この結果は、ペンシルバニア大学のフィリップ・テトロック教授が提唱する「右翼の硬直性」と呼ばれる仮説と一致する。この仮説は、政治的に右派寄りの人ほど、自分の考えを正しいと信じて疑わず、頑なになる傾向があるというものである。
抗議運動が企業に与える影響を研究しているスタンフォード大学経営大学院の組織行動学の教授、サラ・スールは「取締役個人の政治的嗜好に沿った社会的ボイコットは、意図せずとも、彼らの自発的な辞職を促す」ということが、この論文の最も重要な発見であると述べている。
さらに、社会運動によるボイコットが取締役の退任決定に影響を与えるのは、ボイコットが市場に悪影響を与えるもので、なおかつ自社への批判が予期しなかったものである場合に限られることもわかった。たとえば、エクソンモービルの取締役なら、同社が石油採掘していることを当然知っているし、その取締役が自社の化石燃料推進の姿勢にショックを受けることはないだろう。しかし「取締役がボイコットによって得られた新しい情報を通じて、自社に対する認知的不協和が生じれば、取締役会を辞める可能性が高くなる」と、スール教授は言う。
この論文では、ボイコットの影響を受けるのは企業の顧客だけではないということに注目している。
「我々の論文は、企業内の人々も社会運動の重要な対象であることを示している」と、マクドネル准教授は言う。いずれ従業員の政治的信条を調査できるようになれば、従業員全体に同じ結論が当てはまるかどうかを調べることができるだろう。
「最も恐ろしい発見のひとつは、社会運動の偶発的な効果として企業と取締役の価値観が一致しないことが浮き彫りになってしまった場合、企業が最も強力な味方を追い出してしまう可能性があるということだ」と、マクドネル准教授は指摘する。これまでのコーポレート・ガバナンスに関する研究によると、取締役は「心変わりしやすい傾向があり、危機を感じると真っ先に逃げ出す」。というのも、彼らは往々にして他の仕事もしており、自分の評判を気にしているからだ。
マクドネル准教授はまた、「従業員と同様、取締役は自分が担当する企業の価値観に共鳴することで、内発的な動機付けを得ることができる」と説明する。逆に「企業の価値観について否定的な反応を起こすような危機に直面すると、内発的な動機付けが弱まり、離脱を促す可能性がある」。
この調査は、取締役が企業を選ぶ際にどのように役立つだろうか?スール教授は、「長期にわたって取締役を続けるのであれば、自分が共鳴する価値観や慣習を持つ企業に参加すべきだ」と言う。しかし、別の問題もある。スール教授の同僚で、スタンフォード大学経営大学院のデボラ・グリューンフェルドらの研究によると、多様な意見がより良い意思決定につながるからだ。
スール教授は言う。「すべての取締役が自分と同じ価値観を持つ企業でしかその役目を引き受けないとしたら、取締役会の意思決定の質が下がるかもしれない」。
【翻訳】SSIR-J
【原題】Boycotts and Corporate Boards(Stanford Social Innovation Review, Spring 2021)
【写真】Max Bender on Unsplash
Mary-Hunter McDonnell and J. Adam Cobb, “Take a Stand or Keep Your Seat: Board Turnover After Social Movement Boycotts,” Academy of Management Journal, vol. 63, no.4, 2020, pp.1028-1053.