2011年に発表され、社会課題への新しいアプローチとして注目を集めた論文「コレクティブ・インパクト」。その後も世界各地で実践が広がり、追加の研究も実施されている。そこから見えてきた成功要因とは。
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04 コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』より転載したものです。
フェイ・ハンリーブラウン|ジョン・カニア|マーク・クラマー
世界規模で栄養改善を目指す取り組みと、アメリカのマサチューセッツ州の小さな田舎町で実施された10代の薬物乱用防止プログラムとの共通点とは何か?
それは、いずれも目標に向けて目覚ましい成果をあげたことだ。前者の栄養改善グローバル・アライアンス(The Global Alliance for Improved Nutrition, GAIN)は、これまで世界5億3000万人もの低所得層の栄養状態を改善してきた。後者のコミュニティズ・ザット・ケア(Communities That Care, CTC)も、マサチューセッツ州のフランクリン郡およびノースクオビン地域における地元密着型の活動で大きな成果をあげ、未成年者の飲酒率31%減を達成している。意外なことに、両組織がインパクトを生み出せたのは斬新な施策を導入したからでもなければ、成果を出した組織の規模を拡大したからでもない。活動の内容も範囲もまったく違う2つの組織に共通していたのは、コレクティブ・インパクトを生むアプローチを使ったことだ。
「コレクティブ・インパクト」とは、『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』(SSIR)の2011年冬号で私たちが提唱したコンセプトだ。その論文では、高度に組織化されたコラボレーションによって、大規模な社会課題に大きなインパクトを与えた事例を紹介した。オハイオ州シンシナティで教育問題に取り組むストライブ・パートナーシップ(StrivePartnership)1や、バージニア州エリザベス川の環境浄化を目指すエリザベス・リバー・プロジェクト(Elizabeth River Project)、マサチューセッツ州サマービルで子どもの肥満改善に挑むシェイプアップ・サマービル(Shape Up Somerville)などだ。どの事例にも共通していたのが、コレクティブ・インパクトに必要な5つの条件であり、他のコラボレーション形態とは異なる特徴を持っていた。その5つの条件とは「共通のアジェンダ」「共通の測定システム」「相互に補強し合う取り組み」「継続的なコミュニケーション」「活動をサポートするバックボーン組織」である(下表参照)。
一般的に多くの非営利団体、企業、政府機関は、それぞれ単独で社会課題に取り組み、アイソレーテッ
ド(個別的)・インパクトを生み出そうとしている。しかし私たちは、これらの5つの条件を前提としたコレクティブ・インパクトのアプローチのほうが、より強力かつ現実的に社会の進歩につながると考えた。社会課題は複雑なものであるため、いかに優れた経営や潤沢な資金があっても、1 つのプログラムや組織が単独で、大規模かつ永続的な変化を起こすのは不可能に近い(下表参照)。
「コレクティブ・インパクト」の論文は驚くほどの反響を呼んだ。世界中の実務家や組織、さらにはアメリカ政府からも反応があり、事例についての詳しい情報や実践への助言を求める声が寄せられた。
さらに驚いたのは、私たちが出合ったコレクティブ・インパクト実践例の多くから、課題解決に向けて確かな前進があったという報告が続々と届いたことだ。先述したGAINとCTCだけではない。オポチュニティ・シカゴ(Opportunity Chicago)は公営住宅の住民6000人に新しい仕事を斡旋し、目標を20%も上回る成果をあげた。メンフィス・ファスト・フォワード(Memphis Fast Forward)の活動によってテネシー州メンフィスの暴力犯罪が減少し、1 万4000を超える雇用が生まれた。カナダのカルガリー・ホームレス財団(Calgary Homeless Foundation, CHF)は3300人以上の成人男女と未成年者に住居を提供し、国内で最悪だったホームレス状態の増加率に歯止めをかけた。バイブラント・コミュニティズ・カナダ(Vibrant Communities Canada)は複数の都市で貧困レベルを大幅に改善した。
私たちが論文で紹介した事例も、その後大きく前進している。シェイプアップ・サマービルのアプローチは、その後の研究プロジェクトを経て14のコミュニティで採用され、全米規模で展開されるクロスセクターの協働プログラムに影響を与えた。ストライブは2011年に第4弾の年次報告書を公表し、学力指標34項目の81%が上昇傾向にあり、前年の74%、前々年の68%を上回ったことを明らかにした2。また、2011 年時点で水平展開を計画していたのは5都市だったが、その後80以上のコミュニティ(遠くはドイツ西部のルール地方を含む)がストライブの成功例に倣いたいと表明し、展開地域は大幅に増えた。
このような機運の一因が、景気低迷と政府からの財政支援の不足にあることは間違いない。ソーシャルセクターは以前よりも少ない資金でより多くの活動に取り組まざるを得なくなっているうえに、そうした負担が軽減される兆しも見えない。コレクティブ・インパクトに関心が集まるもう1 つの理由としては、社会課題を解決できない政府への失望が世界中で広がり、新たな社会変化のモデルが注目されるようになっていることもあるだろう。
「コレクティブ・インパクトは、コラボレーションを聞こえがいい言葉に置き換えただけではなく、それとは根本的に異なるものであり、大規模な社会的インパクトを生み出すための、より綿密に設計され、よりよい成果をもたらすアプローチである」という理解が広まりつつある。このコンセプトを使ってみようとするだけでも、新たな情熱と希望を喚起するようだ。私たちが所属する非営利専門のコンサルティング団体FSGにはこれまで、コレクティブ・インパクト実践への支援依頼が十数件も寄せられている。また、ブリッジスパン・グループ( The Bridgespan Group)やモニター・インスティテュート(Monitor Institute)、カナダのタマラック・インスティテュート(Tamarack Institute)など、ソーシャルセクターの能力開発を行う組織も、さまざまな異なる条件下でコレクティブ・インパクトを実践できるようなツールを生み出している。
コレクティブ・インパクトの事例が次々と報告されるなかでわかってきたことがある。このアプローチは地域や国単位にとどまらず、世界規模のさまざまな課題にも適用できるということだ。事実、私たちはこう信じて疑わない⸺ 物事の進め方としてコレクティブ・インパクトが普遍的に受け入れられないかぎり、現代の複雑で差し迫った課題を解決して社会が大きく進歩することはできない、と。
同時に、コレクティブ・インパクトの成功には何が必要なのかが、私たちの継続的な研究を通じてさらに明確になってきている。本稿の目的は、コレクティブ・インパクトについて理解を深めることと、それを実践しようとする世界中の人たちに役立つ詳細な手引を提供することである。具体的には、私たちが最も聞かれる疑問に答えていく。それは、「どのように始めるか」「どのように方向性をそろえるか」「どのように取り組みを維持していくか」だ。
コレクティブ・インパクトの可能性を最大化する
私たちが調査した事例のなかでも、グローバルに展開しているGAINと地域にフォーカスしているCTCの2 つは組織の規模が極端に違う。しかし、いずれもコレクティブ・インパクトの原則を具現化しながら、それぞれのゴールに向かって着実に歩みを進めている。
GAINは2002年に開催された国連子ども特別総会で発足した活動だ。栄養不良の削減を掲げて、開発途上国に暮らす約10億人を対象に健康と栄養の改善に取り組んでいる。発足にあたっては次の2点が根拠となった。①貧困に苦しむ途上国の人々の栄養改善に向けて、大規模導入が可能かつ実証ずみの介入策が存在する。②最貧困層の栄養改善では民間セクターがより大きな役割を果たせる。
GAINは現在、スイスの財団をコーディネーターとして世界8都市に地域事務所を置き、新しい事務所も開設される予定だ。発足から10年足らずで、手がけた大規模なコラボレーションは36に上り、30を超える国の政府、非営利団体、国際機関、大学、600社以上の企業などが参画している。
活動の結果、世界全体で5億3000万人以上に栄養強化食品が行き渡るようになったほか、多くの国々で鉄分、ビタミンA、ヨウ素などの微量栄養素の欠乏症が大幅に減少した。たとえば、中国、南アフリカ共和国、ケニアでは、GAINが提供した栄養強化食品を摂取した人々の同症状が11%から30%減っている。GAINはその間、3億2200万ドルを新たに調達し、それを大きく上回る出資を民間企業と政府機関から受けている。
ここで小規模な事例であるCTCのほうに目を向けよう。CTCが活動しているマサチューセッツ州西部のフランクリン郡とノースクオビン地域一帯では約2200平方キロメートル内に30の自治体が散在し、人口はわずか8万8000人だ。その地域で活動する2つの社会福祉団体が、未成年の飲酒と薬物問題について話し合うために会合を開いた。1つはコミュニティ・ティーンズ連合(Community Coalition forTeens)で、もう1つがフランクリン郡&ハンプシャー郡&ノースクオビン地域コミュニティ・アクション(Community Action of the Franklin, Hampshire,and North Quabbin Regions)だが、彼らは参加者が60 人にも上ったことに驚いた。
偶然にもGAINの発足と同じ2002年に開かれたその初会合は、やがてCTCへと進化。現在では福祉機関、地区検察局、学校、警察、青少年団体、宗教団体、地方議員、地元企業、メディア、保護者や若者グループなど、200以上の組織の代表者を擁するまでとなっている。
CTCでは中央協議会が全体の連携を図り、3つのワーキンググループが活動を実施している。各グループは毎月ミーティングを実施し、保護者教育や若者への啓発、地域の条例や社会的慣習への働きかけなどを行っている。さらに、CTC全体で学校保健を専門とするタスクフォースを設けて、3 つのワーキンググループと10の公立学区を連携させている。8年間にわたる活動で改善したのは、飲酒問題だけではない。未成年者の喫煙率が32%減、大麻使用率が18%減という成果もあがったのだ。また、活動支援のために新たに調達した公的資金は500万ドルを超えている。
これら2つの事例は、活動内容こそ異なっているが、コレクティブ・インパクトを目指すアプローチの汎用性の高さを示しており、その取り組みをどのように立ち上げ、マネジメントし、仕組み化していくかについて、幅広い洞察を与えてくれる。
コレクティブ・インパクトの前提条件
コレクティブ・インパクトの取り組みを立ち上げる前に整えておくべき前提条件が3つある。それは「影響力のある招集者」「十分な財源」「変化を望む危機感」だ。これらすべてがそろうことで、これまで協働しなかった人たちをコレクティブ・インパクトの取り組みに引き込み、連携を支えて活動を軌道に乗せていくまでに必要な機会と機運が生まれるのである。
なかでも圧倒的に重要なのが「影響力のある招集者(たち)」だ。さまざまなセクターで活躍する経営者クラスのリーダーたちを結集させ、長期にわたって彼らの積極的な関与を引き出すような、信望の厚い存在が欠かせない。私たちが常に痛感してきたのは、変化に強いリーダーシップこそが、コレクティブ・インパクトを目指す取り組みを持続させていくために欠かせない触媒であるということだ。ここで必要とされるリーダー像はきわめて特殊で、問題解決に情熱を注ぎつつ、自分の視点を押し付けずに他のステークホルダーが自ら答えを出すように促す人物である3。
GAINには開発分野での経験が豊富なリーダーが4人いた。米国疾病予防管理センター(CDC)元所長で天然痘撲滅に多大なる貢献をしたビル・フェイギ、UNICEFの元事務局次長クル・ゴータム、米国国際開発庁(USAID)の元グローバル保健局上級長官補代理ダフ・ガレスピー、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の創設当初のディレクター、サリー・スタンスフィールドだ。この4人が一堂に会し、栄養不良の危機にある途上国の人々を大規模に支援できる可能性を模索した。それが2002年国連子ども特別総会での共同声明につながり、GAINが発足して多数の政府や企業、非営利団体を巻き込む取り組みとなった。
次に重要な条件は、最低でも2~3年は持つ「十分な財源」だ。どの事例でも、少なくとも1つの大口の資金提供者に初期段階から参画してもらい、必要なインフラや準備過程の資金を賄うためのさまざまなリソースや支援を得ている。GAIN発足時は、ビル& メリンダ・ゲイツ財団、カナダ国際開発庁(CIDA)、USAIDがこの役割を果たした。CTCの場合は、アメリカ政府の補助金で複数年分の経費をカバーした。
最後の前提条件が、「変化を望む危機感」だ。課題解決のためにはまったく新しいアプローチが欠かせないという認識が広まるまで、危機が限界に達しているか。CTCのように、協働への意欲を高めるのに十分な資金を調達できる目途はあるか。GAINのように、民間セクターの生産力、流通力、需要創造力を活かして効率的かつ持続的に何百万もの人々にリーチできる、革新的なアプローチはあるか。また、課題に関する調査を実施し、メディアの関心を集めるレポートを公表して問題の深刻さを浮き彫りにすることも、危機感を高めて人々を引き込む1つの方法だ。
コレクティブ・インパクトに命を吹き込む
前提条件がそろったらコレクティブ・インパクトの実践に移っていくが、その過程は3 つのフェーズに明確に区別できることが、私たちの研究から示された。
フェーズ1は「活動の立ち上げ」だ。ここで必要となるのは、「主要プレーヤーの置かれた状況と進行中の取り組みの把握」「変化への道筋を描くための社会課題に関する基本データ」「初期のガバナンス構造の確立(影響力があり誰からも信頼されるリーダーに参画してもらうなど)」である。
フェーズ2は「インパクトに向けた組織化」である。ここでは、「ステークホルダー同士の協働による共通の目標と測定基準の確立」「バックボーン組織など活動を支える基盤の構築」「共通の目標と測定基準に向けて多数の関係組織の足並みをそろえるプロセスへの着手」が必要となる。
フェーズ3は「活動とインパクトを持続させる」だ。ここでステークホルダーに求められるのは、「優先順位の高い分野に対する協調的な取り組み」「体系的なデータの収集」「共通の目標に向けた進捗を確認しながら積極的に学び軌道修正できるような、持続可能なプロセスの整備」だ(下表参照)。
ここで強調したいのは、コレクティブ・インパクトの取り組みは、既に存在しているコラボレーションを土台にすることが大切であるという点だ。それができた場合に最大の効果が期待できる。新たな解決策をゼロからつくり上げていくのではなく、進行中の活動を尊重し、基盤のしっかりした組織を巻き込むのである。
同様に重要なのは、この初期フェーズにかかる時間を現実的に見積もることだ。ステークホルダー同士の協働が生まれ、機能不全に陥った社会システムの本質的な改善につながる土台が整うまでには時間がかかる。フェーズ1とフェーズ2だけでも半年から2年を費やすことがある。どの課題に焦点を定めるのか、既存のコラボレーションがどの程度進んでいるのか、地元コミュニティの人たちをどれくらい巻き込めているか ⸺ これらすべてが初期フェーズにかかる時間を左右する。これらの前提条件をもとに準備状況を評価すれば、必要な時間を予測しやすくなるだろう。
活動が軌道に乗ったら次のフェーズに移行するが、フェーズ3は10年かそれ以上におよぶことがある。コレクティブ・インパクトは短距離走ではなく、長距離走だ。長い時間をかけて社会変化を目指すプロセスに、近道など存在しない。とはいえ歩みとともに成果が表れてくるのは救いである。事実、協働の価値を証明する成果を早い段階で得ることが、コラボレーションの継続には欠かせない。たとえば、FSGが支援するシアトルのコレクティブ・インパクト教育イニシアチブの場合、初年度のコラボレーションをきっかけにカレッジ・バウンド奨学金(College Bound Scholarships)への登録数が急増した。これは最終目標ではなかったにせよ、希望をもたらした。また、フェーズ2で共通のアジェンダと共通の測定システムの合意に成功したという体験だけでも、初期段階で重要な成果を得たという手ごたえを生んだ。
共通のアジェンダを策定する
明確かつ実用的な共通のアジェンダの策定は、シンプルな作業に思えるかもしれない。ところが、分野や地域を問わずどの事例においても、共通の測定システムの土台となり、相互に補強し合う取り組みを形成するのに十分な明快さを持ち合わせたアジェンダに落とし込むことに苦労している。共通のアジェンダを定める際には、2つのステップを踏まなくてはならない。ステップ1は活動対象となるシステムや課題の範囲を設定することで、ステップ2は活動の指針となる戦略的アクションフレームワーク(活動の枠組み)を構築することだ。
●範囲を設定する
範囲をどう設定するかは、個別の状況判断による。
ニューヨーク州スタテン島で未成年者の薬物乱用問題にセクター横断で挑むイニシアチブの場合は、保護者と若者の社会的慣習への働きかけ、ならびに予防や治療を主要な活動範囲に盛り込んだ。他にも、薬物乱用の「根本原因」とされる若者の失業やドメスティックバイオレンスなど、追加できる要素はいくつもあっただろう。それらも薬物乱用の原因であることには違いないが、このイニシアチブではこれらの領域で満足のいく成果を出せないと判断し、活動範囲から除外した。その一方で、小売店と連携して未成年者への酒類販売を制限する取り組みは採用した。これは通常のソーシャルセクターの活動範囲には当てはまらないが、対応可能な課題に含まれると判断したのだ。
次は、オポチュニティ・シカゴが設定した活動範囲を例に挙げたい。オポチュニティ・シカゴは、財団や政府機関、非営利団体、雇用者が参画したイニシアチブだ。シカゴ市の包括的な公営住宅改革計画と連携して、低スキルの公営住宅居住者に職業を斡旋している。しかし当時、公営住宅を新たに建設しても、希望者が規定の労働要件を満たさないかぎりは入居資格を得られないという問題があった。この取り組みのリーダーたちはそこに目をつけ、働くためのスキル開発を活動範囲に盛り込んだオポチュニティ・シカゴを立ち上げ、最終的には6000人の住民に職を斡旋するという成果をあげた。
活動範囲は月日とともに変化する可能性があるし、実際に変化する。CTCは未成年の薬物乱用防止に10年近く取り組んだのち、若者の栄養改善と運動促進を掲げる2つ目のイニシアチブに着手した。これは、「地域に住む若者の健康状態の改善」というもともとのミッションと密接に関連してはいるが彼らにとって新しい分野であり、既存の仕組みとステークホルダーを活かす試みである。
地理的な範囲を定める場合も同様に、地域の状況とステークホルダーの希望をうまく勘案して判断する必要がある。シェイプアップ・サマービルは、市全域で子どもの肥満問題に取り組むことに決めた。他方、同種の問題に挑むリブウェル・コロラド(LiveWell Colorado)は、広範囲に散らばる企業や政府機関、非営利団体、保健セクター、学校、交通機関などの代表者を集めることで、コロラド州全体を活動対象とした。
コレクティブな取り組みで何を含め、何を除外するのかを明確に定めることはたしかに重要だが、実際には厳密に線引きされているケースは少なく、臨機応変に対応している。後の分析や活動をもとに、当初は対象外だった課題やプレーヤーや地域が含まれるようになることもある。たとえばCTCは、もともとフランクリン郡だけを活動対象にしていたが、7年目に範囲を拡大し、ノースクオビンでも活動を行うようになった。
●戦略的アクションフレームワークを構築する
共通のアジェンダを策定するうえで、初期段階の活動範囲を設定したら、次に取り組むべきは戦略的アクションフレームワークの構築である。ただし、詳細な計画や厳密なセオリー・オブ・チェンジ(変化の方法論)を盛り込むべきではない。たとえば、ストライブの「ロードマップ」は1 ページ足らずの内容で、作成にかかったのはほんの数週間だった。戦略的アクションフレームワークにはバランスが必要だ。シンプルであると同時に、全ステークホルダーの活動が網羅され、問題が包括的に理解できるものでなくてはならない。また、コレクティブ・インパクトについて実践を通して学べるような柔軟性も必要だ。
このアクションフレームワークは、共通のアジェンダを作成するために非常に重要な役割を果たす。ストライブ創設当初のリーダーの1人であるチャド・ウィックはこう説明する。
「ロードマップを描いたことで、参加者全員が個人の価値観を保留し、活動に向かうスタート地点にともに立つことができました。先入観はいったん脇に置き、現実とあり得る未来について、オープンな態度で語れるようになったのです」
優れたアクションフレームワークに必要な要素は数多くある。「信頼性の高い調査研究で裏付けられた課題の概要」「望ましい変化についての明確な目標」「大規模な変化を目指す主要戦略のポートフォリオ」「組織の行動指針」「フィードバックの入手・判断方法を示す評価のアプローチ」などだ。
タマラック・インスティテュートは2002年以降、バイブラント・コミュニティズ・カナダの取り組みのなかで、国内十数都市での貧困撲滅を目指す活動のガイド役を担っている。同団体は彼らが構築した
戦略的アクションフレームワークを「フレームワーク・フォー・チェンジ(変化に向けた枠組み)」と名付け、その価値についてこう力説している。
「信頼性の高い調査研究と地元関係者からのインプットが土台となって強力なフレームワーク・フォー・チェンジができたことで、参加者たちは戦略的に思考するようになった。さらにこのフレームワークは、どこに時間とエネルギーを投入すべきかという非常に難しい意思決定に役立っており、活動のモニタリングと評価を行う際の指針となっている。全体の目標とそこに至るまでの道筋を参加者にたずねてみると、だれでも説明できるはずだ」4
この内容は、共通のアジェンダを導く戦略的アクションフレームワークすべてに当てはまるはずだ。
また、私たちの経験上、すべての戦略に手をつけていくことは必ずしも合理的ではないようだ。重要なのは、イニシアチブ初期の機運を維持するための「容易だが実質的な短期の成果」と、数年間はインパクトが現れないかもしれないが「野心的でシステムレベルの長期の戦略」を組み合わせたポートフォリオ構成を目指すことだ。
そして何よりも、戦略的アクションフレームワークは静的なものではない。タマラック・インスティテュートはこうも述べている。
「戦略的アクションフレームワークは、こうすれば自分たちは目標を達成できるはずだという道筋を示した暫定的な仮説である。試行錯誤しながら常に実験を繰り返し、そこから得られた学びを吸収し、絶えず変化する地域の状況を考慮に入れ、新規メンバーが持ち寄る新しい知見や優先事項を反映しながらアップデートし続けるものなのだ」
私たちの所属するFSGの研究でも、このように絶えず適応していく必要があることが裏付けられている。ストライブは過去5年でロードマップを3度も修正し、進化させてきた。GAINは自分たちの実践知をもとに綿密なフィードバック・ループを構築。第4弾の年間戦略的アクションフレームワークの基本要素には、過去8年の経験から得られたベストプラクティスと教訓が盛り込まれている。CTCは過去8年でコミュニティ・アクションプランの改訂を3度行った。
このようにコレクティブ・インパクトの取り組みではアジェンダが変わる可能性が高いため、「共通の測定システム」や「活動をサポートするバックボーン組織」といった新しいかたちのコラボレーションの仕組みが必要となる。
共通の測定システム
コレクティブ・インパクトの実践者たちは、「共通の測定システム」がきわめて難しいと口をそろえる。これは、共通の指標を用いたパフォーマンスのモニタリングや、目標への進捗状況の確認、うまくいく活動とそうでないものの把握などである。従来の評価では一般的に、個別の組織や補助金交付による事業が生んだアイソレーテッド・インパクトに的が絞られている。
そのため、複数の組織が連携し、共通の課題の解決に向けて同時多発的に活動した場合のインパクト測定にそのまま当てはめるわけにはいかない。ステークホルダー間における優先事項の対立と、低パフォーマンスと判断されることへの懸念から、共通の測定基準に合意するのはきわめて困難だ。そもそも、自分たちのパフォーマンスを測定できるリソースを持っている組織すらほとんどない状態で、複数の組織間で共有できる共通の測定システムを構築・維持するのは至難の業なのである。
それでも、共通の測定システムは不可欠だ。それなくしては、表層的なコラボレーションしか生まれないだろう。数は少なくとも包括的な指標があれば、それが共通言語となって、アクションフレームワークを支える。また、そうした指標があることで共通のアジェンダと照らし合わせながら進捗を確認できるようになり、多様な組織の目標の大きな方向性がそろい、問題解決に向けたコラボレーションが促される。さらに包括的指標は、コミュニティの継続的な学びを促し、すべてのステークホルダーがよりよい効果をあげるための土台となる5。多様な組織が、同じ指標とアウトカム(成果)基準を意識しながら活動を計画すれば、相互に補強し合う活動の全容がはっきりと浮かび上がってくるはずだ。
カナダのカルガリー・ホームレス財団(CHF)が支援する、ホームレス状態の削減を目指したコレクティブ・インパクトの事例を考えてみたい。初回の会合でホームレス問題に関する共通の測定基準を打ち立てようとしたステークホルダーたちは、愕然とした。カルガリーの多くの機関、事業者、資金提供者が、無数の測定基準を個別に用いていたのだ。また、事業者がホームレス状態を表現する際に使う「慢性の」あるいは「暫定の」といった重要な言葉の定義が大きく異なっていたほか、提供しているサービスが個々の受益者ニーズに必ずしも合っていないことも明らかになった。
ところが、明確に定義された共通の指標をわずか8項目設定しただけで、サービスと連携が改善した。データ共有をめぐる最大の法的な障壁であるプライバシー問題でさえ、匿名性を高めた共有方法によって
解決に至った。CHFの戦略担当責任者アリナ・ターナーはこう話す。
「共通の測定基準を設定することは、誰が見てもわかる方法でより深いシステム変化を起こしていく第一歩です。……共通の枠組みを起点として、福祉システム全体の連携が深まるのです」
効果的な共通の測定システムを構築するには、匿名性と透明性を確保したうえで、多くの関係組織に幅広く関与してもらう必要がある。カルガリーの事例では、セクター横断型のアドバイザリー委員会ならびに事業者委員会の双方と協力して、エビデンスに基づいた研究を活用しながら共通の測定基準を構築した。
その基準はのちに、多数のステークホルダーが参加する会合を繰り返すことで改良が加えられ、完成した。
共通の測定システムには、強力なリーダーシップと十分な資金、そしてバックボーン組織からの継続的な人材支援が必要だ。バックボーン組織は、トレーニングやファシリテーションを提供し、データの精度を確認してくれる存在だ。CHFの場合は、財団が資金と人材を提供し、ホームレスマネジメント情報システム(HMIS)と共通の測定基準の開発を支援した。
ウェブ技術の発達で、多くのステークホルダーが数年前にはあり得なかった方法で、測定システムを安価で利用できるようになった。CHFは事業者、政府機関、資金提供者向けに、異なるセキュリティレベルでデータにアクセスできる高度なHMISシステムを採用した。ストライブは、シンシナティ公立学区、P&G、マイクロソフトと提携し、共通の測定システムを大きく改良した。そのために採用したのが「ラーニング・パートナー・ダッシュボード(Learning Partner Dashboard)」という、学校や非営利の事業者が各生徒の成績や利用サービスなどのデータにアクセスできるウェブシステムだ。また、メンフィス・ファスト・フォワードが実施しているイニシアチブ「オペレーション:セーフコミュニティ(Operation: Safe Community)」は、郡全域の犯罪データを追跡・公表できるツールを開発して、各所に働きかけた結果、5都市すべての警察署と郡保安官事務所がデータを共有する覚書の締結を実現させた。
共通の測定システムの構築は、単なる第一歩だ。
関係者は定期的に会合を開き、結果を共有し、学び合い、得た情報をもとに個々の活動と集合的な活動を改善しなければならない。多くのイニシアチブは、ゼネラル・エレクトリック社の品質管理手法「シックスシグマ」や品質向上モデルなど、標準化された継続的改善プロセスを活用している。GAINには、パフォーマンス測定のフレームワークや、モニタリングと評価に関する厳格な基準があり、組織全体の学習課題に組み込まれている。さらには、栄養、農業、経済、ビジネス分野の世界的な専門家で構成される「パートナーシップ・カウンシル」と呼ばれる評議会も設置されている。理事会に対して学習課題について助言をしたり、正確性を担保するためにデータの検証を行ったり、プログラムとマネジメントについて改善点を提案したりする組織だ。
どのような改善アプローチを採用するにしても、バックボーン組織はコラボレーションにおける学習と改善のプロセスを支える決定的な役割を担っている。
活動を持続化するバックボーン組織と多層型コラボレーション
コレクティブ・インパクトの実践において、多くの異なる団体の方向性をそろえて長期間にわたって協調を維持することが大きな課題となるが、それを実現するために欠かせない構造上の要素が2 つある。それが、「活動をサポートするバックボーン組織」と「多層型コラボレーション」だ。
●バックボーン組織
私たちは2011年の論文で、「コレクティブ・インパクトを生み出しマネジメントしていくためには、イニシアチブ全体の支柱(バックボーン)となるためのきわめて特殊なスキルセットを持つ、独立した組織とスタッフが必要である」と述べた。また、「ネットワークの調整は時間のかかる作業であり、サポート構造がなくてもコラボレーションが実現できるだろうと期待することは、最もよく見られる失敗原因の1つである」と警鐘を鳴らした。
その後の研究から、バックボーン組織には6つの必須機能があることが明らかになった。それが、「全体的な戦略の方向づけ」「パートナー間の対話促進」「データ収集・分析のマネジメント」「コミュニケーションの円滑化」「地域コミュニティとの連携のコーディネート」「資金繰り」である。
こうしたバックボーン組織の中核機能は、私たちが調査したコレクティブ・インパクトの事例すべてで共通していたが、その役割を果たすことができる組織形態は多様である(下表参照)。
資金提供者、新規または既存のNPO、地域の財団や非営利団体ユナイテッド・ウェイ(United Way)支部のような中間支援組織、政府機関などは、どれもがバックボーン組織の役割を果たし得る。バックボーンの機能は複数の組織で分担してもいい。たとえば、ロサンゼルスのマグノリア・プレイス・コミュニティ・イニシアチブ(Magnolia Place Community Initiative)は、人口10万人を擁する地域で、家族の機能回復支援、健康とウェルビーイングの向上、教育支援、家計の安定化を目指す取り組みだ。中心となっているのは少人数の専任スタッフだが、70団体で構成されるネットワーク内で、「データの収集・分析」や「戦略的ビジョンの一貫性を保つためのコミュニケーション推進」などのバックボーン機能を複数の組織で分担している。いずれのかたちにもメリットとデメリットがあり、取り組んでいる課題や地域、資金調達力、きわめて重要となる組織の中立性への社会的認識、ステークホルダーを動かす力などによって、最適なあり方は異なる。
バックボーン組織はまた、リーダーシップと資金調達という2つの壁に直面する。リーダーシップについては、強力なアダプティブ・リーダーシップのスキルを持つ人物がバックボーン組織をリードしなければ、どんなコレクティブ・インパクトの取り組みも維持できないという問題がある。アダプティブ・リーダーシップのスキルとは、アジェンダを強要したり成功を自分の手柄にしたりすることなく、人々を結束させる力だ。バックボーン組織はうまくバランスをとって、すべての関係組織を1つにまとめる強いリーダーシップと、イニシアチブの成功を他のステークホルダーの功績とする「縁の下の力持ち」の役目とを使い分ける必要があるのだ。
もう1つの壁は、バックボーン組織には十分な資金力がなければならないということだ。コレクティブ・インパクトへの注目度が高まりつつあるとはいえ、資金提供者は概して、バックボーン組織への支援には消極的だ。たとえその活動が、資金提供者の関心分野であってもだ。多くの資金提供者は、一定の短期的介入を支援することが実績として評価されるのを期待するが、コレクティブ・インパクトを実践しようとするなら、その考え方を変える必要がある。コレクティブ・インパクトは特効薬ではない。ステークホルダーが足並みをそろえて有効性を高めるべく学びを重ねながら、時間をかけて徐々に改善することで実現するものだ。資金提供者は、いつ終わるかもわからない長期的なプロセスを支援することをいとわず、大規模で持続可能な社会的インパクトに貢献できていること自体に十分意味があると捉えるべきだ。そのためには「自分たちが出した資金で、特定の成果に直接貢献した」という実績を得られないことも受け入れなくてはならない。
資金提供者は間接費を出し渋るものだが、彼らはバックボーン組織への出資もその一種とみなすこともある。しかし実際は、効果の高いバックボーン組織は並外れたレバレッジを発揮する。一般的にバックボーン組織が使える財源は、コレクティブ・インパクトの予算全体の1%未満にすぎない。しかし、それが残り99%の予算の有効性を劇的に高める可能性を持っているのだ。さらにバックボーン組織は、新たな資金源を引き寄せることもできる。前述したように、GAINとCTCはともに相当な活動資金を新たに調達している。
とはいえ、理想的なバックボーン組織であっても、コレクティブ・インパクトの取り組みに参画する多数のステークホルダーの活動を独力でまとめることはできない。そこで必要となるのが、多層型コラボレーションである。
●多層型コラボレーション
課題や地域を問わずコレクティブ・インパクトの成功事例には、それを構築していくプロセスにおいてきわめて類似したパターンがあることが、私たちの研究から見出された。どのケースでもまずは、活動全体を見るグループが立ち上げられる。それらは運営委員会や執行委員会と呼ばれることが多く、対象課題に関わる主要組織からセクター横断で集められた経営者クラスの人々で構成されている。理想としては、その課題の実際の当事者たちを代表する人物も含まれていたほうがいい。この委員会は、活動範囲と戦略的アクションフレームワークを定める共通のアジェンダを策定し、以降は定期的に会合を開いてイニシアチブ全体の進展を見ていく。
戦略的アクションフレームワークが合意に至ったら、次は主要なレバレッジポイントや戦略に対して活動するメンバーが集まり、ワーキンググループを立ち上げる。GAINの場合は、理事会が全体を俯瞰し、その下で職員100人を擁する事務局が「食物の栄養素強化の大規模展開」「栄養補助食品」「妊婦と乳幼児の栄養改善」「農産物の栄養素強化」という4つのプログラムを運営している。プログラムを支えるのは15のワーキンググループで、ヨード添加塩の普及から乳幼児の栄養改善、アドボカシーなど、技術とプログラムの両面を担う。さらには、評価と調査研究、コミュニケーション、資金提供者との関係構築など実務面を担当するワーキンググループも存在する。
リブウェル・コロラドの場合は、セクター横断で22組織と連携し、州政府が定めた共通のアジェンダを目指しながら各コミュニティ内で活動が行われている。
CTCでは、保護者教育、若年層向けの啓発活動、地域慣習への働きかけに取り組む3つのワーキンググループがあり、学校保健に関する特別委員会も存在する。より複雑な構造を持つイニシアチブの場合は、重点戦略の枠内で特定の目標に取り組むサブグループを立ち上げることもある。
ワーキンググループは個別に会合を開く一方で、多層型コラボレーションを通じて相互の意思疎通や調
整を図る。バックボーン組織によるコーディネートが効果的に行われれば、どれほど多くの組織が複雑な課題に対してさまざまな切り口から活動していても、方向性をそろえた協調的なアクションを生み出せるだろう。コレクティブ・インパクトとは、上記のような目標を絞り込んだグループごとに、継続的に「計画と実践」を繰り返していくプロセスだ。そのなかで何がうまくいっていて何がうまくいかないのかについて、エビデンスに基づいたフィードバックを定期的に検討しながら進んでいく。
それぞれのワーキンググループは通常、共通の測定項目で「目に見える変化を起こすこと」を目指してアクションプランをつくる。その後は、定期的に会合を開いてデータやストーリーを共有しながら進捗を確認する。また、問題に関わる他の組織や個人に向けて活動について伝えながら、連携の輪を広げていく役割も担う。その輪が広がれば、コレクティブ・インパクトの恩恵はさらに拡大するだろう。なぜなら、共通のアジェンダの核心についての理解が広まれば、たとえイニシアチブに正式に参加していない組織や個人であっても、イニシアチブと共鳴する行動を起こすようになるからだ。北東アイオワ・フード&フィットネス・イニシアチブ(Northeast Iowa Food & Fitness Initiative, NIFFI)では、5つの郡が連携し、健康的な地元の食材へのアクセス向上と、運動機会の増加を目指している。共同発起人のブレンダ・ラナムは、外部の人たちが共鳴してくれることを「おまけの波及効果」と呼ぶ。私たちも少年司法制度の改革や、持続可能な漁業、教育改革、青少年育成、農業開発などさまざまなコレクティブ・インパクトの取り組みにコンサルティングを行うなかで、この「おまけの波及効果」の恩恵を実感している。
バックボーン組織は、さまざまなワーキンググループの進捗を定期的かつ体系的に分析し、結果を取りまとめて、共通のアジェンダの核心的価値の番人である運営委員会へと報告する。
ワーキンググループの数や、コラボレーション構造が何層になるのかは、年月とともに変化することもある。
ワーキンググループの戦略は効果検証をもとに修正が加えられるため、なかには役割を終えて解散する
グループもある。あるいは、共通のアジェンダで新たな戦略が定められ、それを推進するグループが発足することもある。忘れてはならないのは、推進する戦略すべてが共通のアジェンダならびに共通の測定基準と明確につながっていること、そして戦略同士もつながり合っている状態を保つことだ。
多層型コラボレーションで複数の複雑な課題に取り組んでいる代表例が、メンフィス・ファスト・フォワードだ。同組織は、20名のメンバーで構成されたセクター横断型の運営委員会の下、メンフィスをアメリカ南部有数の経済の中心地にすることを目指して活動している。彼らは「治安」「教育」「雇用」「行政の効率性」という4 つの主要なてこを柱にした共通のアジェンダを設定した。各てこごとに、複数のサブイニシアチブが立ち上がり、その取り組みをサポートするセクター横断型の運営委員会とバックボーン組織がある。それぞれのサブイニシアチブの下で、各てこの分野特有の戦略に特化したワーキンググループが活動している。たとえば「治安」では、独自の戦略的アクションフレームワークを構築。
15の戦略を設けて、それぞれにリーダーを務める共同パートナーたちとセクター横断型の代表チームがつくられた。これらの相互に連携するワーキンググループの複合的な活動により、メンフィスでは過去5 年で暴力犯罪が26%、窃盗犯罪が32%減少した。
メンフィス・ファスト・フォワードの主要メンバーの1人は、このアプローチの難しさと価値についてこう話す。
「分散型でありながら相互につながっているので、各活動において独自のガバナンスと構造があると同時に、全体として学びを共有しているのです。全体のバックボーン組織のリーダーたちが集まり、課題を共有して解決していくことの価値を私たちが実感するまでには時間がかかりました。当初は、イニシアチブ同士が緩やかにコミュニケーションを取るだけでしたが、相互に学び合える素晴らしい機会であり、もっと意図的かつ積極的に行うべきだと気がついたのです」
現在は4つのてこのリーダーたちが毎月会合を開いている。
「ソフト面」にも目を向けよう
ここまでコレクティブ・インパクト実践におけるポイントを述べたが、変革に成功した事例の「ソフト面」にはほとんど言及してこなかった。ソフト面とは、「多様なステークホルダー同士の関係性や信頼の構築」「リーダーシップの発掘と開発」「学びの文化の醸成」などの要素だ。
これらもコレクティブ・インパクトの成功に不可欠であり、私たち以外にも多くの人が、ソフト面の充実が社会変化を目指す活動を大きく左右すると論じてきた。実際に、研究を通じて出会ったコレクティブ・インパクトの実践者たちから、無形のソフト面にうまく対処できたことが成功の秘訣だったと聞い
た事例がいくつもある。
ソフト面として挙げられる意外なものが「食」だ。エリザベス・リバー・プロジェクトの発起人であるマージョリー・メイフィールド・ジャクソンに、けんか腰の環境活動家から押しの強いビジネスマンまで、意見が対立する多様なステークホルダーをまとめて共通のアジェンダを築けた秘訣をたずねれば、こう答えるだろう。「ビールを片手に、イギリス郷土料理のクラムベイクをつつき合うことです」。また、タマラック・インスティテュートのウェブサイトにはレシピ紹介ページがあり「、食がいかに人々の関係を発酵させて協力を引き出すか」を説く。コレクティブ・インパクトの実現を目指すとき、「食」のような生きていくうえで欠かせない営みに立ち返る大切さと必要性を決して見くびってはならない。そうした行為が、過去のわだかまりによる分断を解消し、協力なんてあり得ないと考えていた人同士につながりを生む助けとなるのだ。
本稿では、コレクティブ・インパクトの実践ステップを可能な限り明確に示そうと努めたが、その道筋はいまだ平坦とは言えないうえに不確かだ。
これからも失敗に終わる試みは多く出てくるだろう。一方で、私たちが調査した数々の事例は、成功もまた可能であることを証明している。
また、「やってみること」自体が、目に見えない、そして実に得がたい恩恵をもたらしてくれるはずだ。その恩恵とは、希望である。コレクティブ・インパクトの取り組みを軌道に乗せるのは難しいにもかかわらず、早い段階で新たな希望を感じたと関係者は口にする。共通のアジェンダを打ち立てただけでも、人々の考え方が大きく変わる。多くの変化が生まれる前であっても、未来はよりよい方向へ変わっていくと感じられるのだ。その感覚だけでも、この困難な時代に希望のよりどころを探し求めている多くの人にとっては、コレクティブ・インパクトを受け入れる十分な理由になるかもしれない。
【翻訳】遠藤康子
【原題】Channeling Change: Making Collective Impact Work(Stanford Social Innovation Review, 2012)
注
1 2011年の論文発表時点での名称は「Strive」。
2 http://www.strivetogether.org/wp-content/uploads/2011/11/2011-Strive-Partnership-Report.pdf.
3 こうしたリーダーの資質を、以下の論文は「アダプティブ・リーダーシップ」と提唱した。Ronald Heifetz, John Kania,and Mark Kramer, “Leading Boldly,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2004.
4 Cities Reducing Poverty : How Vibrant Communities Are Creating Comprehensive Solutions to the Most Complex Problem of Our Times , The Tamarack Institute, 2011: 137.5 Mark Kramer, Marcie Parkhurst , and Lalitha Vai dyanathan, Breakthroughs in Shared Measurement and Social Impact , FSG, 2009.
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