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「奪い合う関係」を「与え合う関係」に変える仕組みとは

「奪い合う関係」を「与え合う関係」に変える仕組みとは

「応援する文化」をつくる新しいお金

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04 コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』のシリーズ「社会を変えるコラボレーションをめぐる『問い』」より転載したものです。

新井和宏 Kazuhiro Arai

投資とは、「損得」ではなく「応援」

私は、人間が幸せに生きるために、お金という存在の再定義に挑んでいる。

若い頃からお金に苦労し、働きながら大学の夜間部に通っていた私は、たくさんお金を稼げば必ず幸せになれると信じていた。大学卒業後、私は国内の信託銀行や外資系金融機関のファンドマネジャーとして、巨額の資金を運用した。最先端の金融工学を駆使し、いかに効率よく、レバレッジを効かせて最大限の投資リターンを得るかだけを考え、一番お金を儲けた者が勝ちという金融の世界で約20年働いた。しかし、過酷な日々のなかで疲弊し、病気で退職してしまった。その渦中でリーマン・ブラザーズが破綻し、世界的な金融危機が起きた。

お金は人間を本当に幸せにしているのか?

そんな疑問を抱えているときに出合ったのが、『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)という本だった。著者の坂本光司先生によると、「いい会社」とは、社員や家族、ステークホルダーなど、関わるものすべてを大切にする会社だという。そして、投資とは「損得」ではなく、「応援」することだ、とも。本には、障がいのある人たちが主力となって活躍し、社会に貢献している会社が登場する。いままで自分が見てきた、「奪い合う」だけの金融の世界とはまったく違う世界があることを知り、生き方や投資に対する価値観が180度変わった。

どうすれば、会社と従業員、会社と社会・地域、そして会社と投資家が、互いの領域の損得を超えて、応援し合える関係を築けるようになれるのか。このときから、私はずっとこのことを考えている。

赤字の会社に投資したのはなぜか

「分断」されていたお金の出し手と受け手に、顔が見える関係性を取り戻したい。心から共感できる会社を、投資で応援することが本来の金融の使命ではないか? 結果、多様なチャレンジをする会社が増え、イノベーションも加速するはずだ。

そう考えた私はかつての同僚と2008年11月に鎌倉投信株式会社を創業し、2010年3月から「結い2101」という投資信託の運用を始めた。投資対象は、社会性と経済性を両立できる会社、そしてこれからの社会に必要とされる会社だ。

たとえば、林業再生を目指すトビムシという会社がある。当時、トビムシの財政は厳しく、赤字だったが、私はすぐに投資を決めた。日本の林業の課題からビジネス化のアイデアまでアツく語る竹本吉輝社長の話に、「林業という衰退産業でチャレンジしようとしている彼らを応援しなくてどうするんだ」と心動かされたのだ。後に竹本さんは、「多くの金融機関は、危機を乗り越えたあとにお金を入れる。でも、鎌倉投信は危機を乗り越えるためにお金を入れてくれた」と話してくれた。

見返りを求めず、先に与える。いま思えば、この鎌倉投信の姿勢が、応援する投資という道を切り拓いていったのだと思う。

現在、トビムシは森林を「地域の共有地の最たるもの」とみなし、有名な岡山県西粟倉村をはじめ、全国で森林を通じて地域を持続可能にしていく取り組みを後押ししている。

彼ら自身が領域を越え、応援する側となっているのだ。

「ありがとう」が循環するお金をつくりたい

投資のあり方を変え、いい会社の支援に手応えを感じるようになったものの、徐々に私は新しい問いに向き合うようになっていた。人々の挑戦の気概を削いでいるのは、すべての関係性を損得に還元してしまう、いまのお金のデザインのせいなのではないか、と。

では、お金の仕組みを変えることができれば、あらゆる人の挑戦を後押しでき、いまとは違う新しい社会や経済がつくれるのではないか。

そう考え、2018年9月に株式会社eumo(ユーモ)を設立し、共感コミュニティ通貨「eumo」を開発した。多様な挑戦をフラットな関係の中で応援し合う文化をつくるためには、どんなお金をデザインすればいいのか? eumoはそれを模索するツールであり、壮大な社会実験でもある。

eumoにはいくつか特徴があるが、特に重要なのが、「腐る」ことと、「色がつけられる」こと。これは、お金が生み出す「分断」という課題は、期限がないことと、誰が使っても同じことに原因があると考えているからだ。期限がないから貯めようとするし、誰から受け取っても同じだから「決済」の瞬間に関係性が断たれてしまう。

これを逆にして、貯められない(腐る)お金、そして誰からもらったかが記録される(色のついた)お金をデザインすることができれば、分断ではなく連帯を強化していくことが可能ではないだろうか。

eumoには使用期限があり、それを過ぎるとコミュニティ全体の財布へと還っていく(コミュニティへの貢献度に応じて再分配される)。そして、顔の見える関係性で支払える(しかもメッセージも添えられる)ため、使うたびに「ありがとう」が循環する。使えば使うほど誰かを応援できるお金なのだ。ユーザーからのボトムアップによる情報共有や交流も活発で、支え合う関係性が次々と生まれている。

見返りを求めない「一歩」がイノベーションにつながる

投資からお金へと領域を広げたことで、私自身にも大きな変化があった。それは、関わるステークホルダーの裾野が広がったことだ。いい会社だけでなく、自治体や農家、飲食店、書店など、挑戦している人たちに直接会いに行くようになった。

北海道ニセコ町は、全国で初めてeumoの理念に共感してくれた自治体だ。片山健也町長は、eumo設立時から応援してくれていて、議会で「共感資本社会を目指す」と宣言してくれた。その縁で2021年、私はニセコ町に移住した。

このニセコ町で、2022年11月からeumoのプラットフォームを活用し、電子マネーでふるさと納税ができる「ë旅納税」がスタートした。ニセコ町でふるさと納税をすると、ニセコ町内の加盟店で使える「NISEKO eumo」を返礼品として受け取れる。通常のふるさと納税の返礼品と異なり、NISEKO eumoは3カ月の有効期限内に、ニセコ町に行かなければ使えない。そして、期限が切れると、地元の子どもたちのチャレンジのために使われる。3カ月経つと寄付型になる仕組みで、期限内に使えば町に貢献でき、使い切れなくても町の将来世代に恩送りできるようになっている。

ここまでの仕組みを町とともにつくり上げたが、eumoはニセコ町から1円も予算をもらわずに活動をスタートした。お金を前提としないパートナーシップなのだ。

こうした金銭的見返りを求めない、与え合う関係をセクター間でつくっていくことこそが、新しい挑戦につながると私は思う。損得で考えていたら、町はeumoをふるさと納税に組み込もうなどと思いもしなかったであろうし、私自身、縁のないニセコ町に移住していなかっただろう。

「与え合う関係」を築くのは、もちろん簡単なことではない。たとえば、与える人から奪うだけのフリーライダーの問題がある。さまざまな地域における持続可能なコミュニティづくりの取り組みが行き詰まる原因にもなっている。

1つの対処法として、顔の見える小さな単位での支え合いを増やしていくことがある。eumoはそれを後押しする仕組みでもある。「奪い合う関係」から「与え合う関係」への移行を促進する新しいお金が行き渡ることで、私たちは従来のお金の呪縛から解放され、より豊かな協力関係を生み出していくことができるのではないだろうか。

【構成】高崎美智子

新井和宏

株式会社eumo 代表取締役/鎌倉投信株式会社 ファウンダー
1968年生まれ。東京理科大学卒。1992年住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)入社、2000年バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)入社。公的年金などを中心に運用業務に従事。
2007~2008年、大病とリーマン・ショックをきっかけに、それまで信奉してきた金融市場のあり方に疑問を持つようになる。2008年、鎌倉投信株式会社を元同僚と創業し、投資信託「結い 2101」の運用責任者として活躍。2018年、株式会社eumo(ユーモ)を設立。共感コミュニティ通貨eumoを発行し、共感が循環する社会の実現を目指している。

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