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セクターを越えて社会を変えていけるのはどんな人か

セクターを越えて社会を変えていけるのはどんな人か

チェンジメーカーが孤立しない環境を

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04 コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』のシリーズ「社会を変えるコラボレーションをめぐる『問い』」より転載したものです。

濱川知宏 Tomohiro Hamakawa

チェンジメーカーの「巻き込み力」は何に由来するのか

東ティモールに、ベラ・ガルヨスという女性がいる。彼女は、東ティモールの紛争時代に人身売買や過酷な虐待を経験。後に独立運動のために少女兵となり、命がけでカナダに亡命したという壮絶なライフストーリーを持つ活動家だ。

彼女に出会ったとき、私も妻(濱川明日香、アース・カンパニー代表理事)も、「この人は、間違いなく国の未来や世界を変えていく」と直感した。

ベラのような、さまざまな領域にまたがる複雑な課題に取り組むチェンジメーカーを応援したい。私たちのこの思いが結実したのが、アース・カンパニーの最初の事業、「インパクト・ヒーロー支援事業」だ。これは、社会を変える強い志と、傑出した可能性を持つチェンジメーカーをアジア太平洋地域35カ国から1年に1人選出し、3年間伴走しながら資金調達や広報、コンサルティング等の支援をするプロジェクトだ。8年目の今年は76人ものチェンジメーカーが応募してくれた。これまでの素晴らしいファイナリストたちの新たなネットワークも生まれている。

その後ベラは、内戦で荒廃した祖国の女性や子どもの心の再生と経済的自立のために、東ティモールで初の環境教育施設ルブロラ・グリーンスクールを設立。現在はノーベル平和賞受賞者のラモス・ホルタ大統領の補佐官を務め、次期大統領選挙に出馬するという。また、LGBTの当事者として、啓蒙活動や社会的弱者支援など、いくつもの領域で多大なる成果を上げている。

インパクト・ヒーローたちに共通しているのは、社会課題や環境問題の当事者として強烈な原体験があること。だから、自分の人生を賭けて本気で課題解決に挑み続ける覚悟がある。インパクト・ヒーロー支援事業で、私たちは7つの基準を設けているが、最も重視するのは「ライフパーパス」だ。私たちが支援するインパクト・ヒーローはビジョンが壮大で、それを成し遂げるためのポテンシャルも高い。人を巻き込む力もある。人を巻き込んでいくことは、自分から境界線を越えていくことでもある。

境界の外にいる人たちをどれだけインスパイアし、巻き込んでいけるか。また、そうした越境できる人材をどのようにして増やしていくか。これは、課題の複雑さがますます高まる現代において、問われるべき重要な問いだと思う。

社会を変えるために必要な3つの条件

アース・カンパニー設立以降、数百人のチェンジメーカーと対話を重ねてきたが、彼ら彼女らが社会を変えていくアプローチを見ていると、3つのキーワードが浮かび上がってくる。

  1. コレクティブ(Collective)
  2. 長期的視野(Long Term)
  3. 謙虚(Humility)

社会は、1つの団体や1人の力だけで変えられるものではない。だからまず、「コレクティブ」であることはアプローチを検討するうえで大前提となる。ベラのように、いくつものセクターに点在するキープレーヤーを巻き込んでいくことで、社会は動く。

次に「長期的視野」について。世の中にはファッションやコマースなど短いスパンで変化するものもあれば、社会的基盤や政治、文化、自然のように時間をかけて変化するものもある。持続可能なインパクトを社会にもたらすためには、コレクティブな取り組みと長期的視野を併せて考えることが重要だ。

一般的なアクセラレータープログラムの場合、スタートアップを支援する期間は数週間から数カ月だが、私たちは3年間の支援にこだわっている。社会の変革や根本的な課題解決は、数カ月で成し得るものではなく、信頼関係の構築だけでも1年はかかるからだ。

3番目のキーワードは「謙虚」だ。人間は、謙虚な人からでなければインスパイアされない。社会的インパクトの世界は特にその傾向が強く、上から目線で人は動かない。圧倒的な情熱と謙虚さが人々の心を動かし、巻き込み、大きなインパクトを生み出していくのだ。

うわべだけのSDGsが人材を白けさせる

では、チェンジメーカーが生まれるのを阻害しているものとはいったい何だろうか?

その一端を、私は学校教育の現場で目撃した。今やSDGsは、あらゆる学校で教えられている。だが、その学校という場はどうだろうか。日本の場合、そもそも学校自体が再生可能エネルギーを使っていなかったり、自販機でペットボトルの水を販売したりしているようなケースが少なくない。生徒たちは、この矛盾に気づいている。うわべだけの取り組みを見せられて、自分も枠を越えて行動してみようと思うだろうか。

企業でも同じことが起こっている。CSV(Creating Shared Value)の考え方で、本業を社会や環境にポジティブなインパクトを生むモデルにシフトしていくことが一番重要だが、当然ながら一夜で成し遂げられるようなものではない。本気で実践するにはコストも労力もかかってしまう。

だからといって、うわべだけの取り組みをやって、外に向けてアピールするだけでは、企業の中から挑戦の空気を霧消させてしまうだけだ。では、どこから手をつければいいのか。それこそが、「足元」であるオペレーションの部分だ。実際に使っているエネルギーは再生可能エネルギーか?オフィスでどのように廃棄物の管理をしているか?水に関してはどうか?こうした一番着手しやすい「足元」からアクションを起こしていく。職場というフィジカルな環境がエコ化すると、そこで働く人たちのマインドの変容も生まれやすい。そうしたマインドを醸成するなかで、CSVに取り組みやすい土壌をつくっていくのだ。

地球環境問題に真剣に向き合っている企業は、必ずこのオペレーションの部分の改善にも取り組んでいる。たとえば、パタゴニア。CSVやCSRの取り組みもよく知られているが、「オフィス・店舗・工場を100%再エネにする」「オフィスや店舗ではプラスチック素材から紙素材に変更する」などオペレーション面でも先進的な取り組みが多い。さらに、社員をサーフィンに行かせるなど、ワークスタイルの多様化や人材の活性化にも積極的だ。パタゴニアは金太郎飴のようにどこを切ってもサステナブルな取り組みが出てくる。枠を越えて挑戦する人材というのは、こうした環境から生まれてくるのではないだろうか。

教育現場とチェンジメーカーの連携が生徒を変えた

アース・カンパニーには、そうした問題意識を反映した「オペレーション・グリーン」という取り組みがある。2018年に採択された環境省の「地球環境基金」という助成金で調査を実施し、CO2や廃棄物の削減、再生可能エネルギー、水、省エネ、働き方改革など8つのカテゴリで約40項目のチェックリストを作成。これをもとにできること、できていないことを可視化しながら、オフィスや学校ですぐに始められる具体的なエコアクションやサーキュラー化の取り組みをサポートしている。

学校向けのオペレーション・グリーンは、生徒主体でそれらの課題を洗い出し、学校でできる取り組みをみんなで考えていく。学校側はそのための予算を確保し、私たちは生徒たちのファシリテーションをしながら伴走する。そうして、双方が自分事として課題に向き合うようになる。

私たちはエネルギーに関しても、水に関しても専門家ではない。いわば、オーケストラの指揮者のようなかたちで学校の現場に入り、ニーズを聞きながら、なぜできていないのかを生徒たちとともに探っていく。たとえば、学校で菜園をつくりたい、給水スポットがほしいなど、具体的なニーズが出てきたら、20社以上のテクニカルパートナーの中からニーズに合ったパートナーにつないでいく。

オペレーション・グリーンを実現するために、セクターを越えて、教育現場と課題解決ができるパートナーやアンバサダーをつなぐことで、コレクティブなインパクトが生まれていく。

海外でも同じような取り組みをする団体がインドネシア、オーストラリア、シンガポールにあるので、連携して知見をシェアすることもできる。今後はインドの学校でもオペレーション・グリーンのフレームワークを活用してもらう予定だ。

私たちアース・カンパニー自身も、こうした取り組みを率先して示したい。そうした思いから、2019年9月、バリ島ウブドに開いたのが「Mana Earthly Paradise」(通称マナ)という次世代型のエコホテルだ。マナでは太陽光や雨水、廃水、廃材などあるものを循環して活用し、食材も自然農法で地産地消。収益はインパクト・ヒーロー支援に使うなど、滞在するだけで社会貢献できる仕組みだ。どこを切ってもサステナブルな取り組みが出てくるホテルを目指している。

マナは2022年10月、地球を含むあらゆるステークホルダーにとってよいビジネスに与えられる国際的な認証「B Corp」を取得。パンデミックによって開業してすぐに厳しい状況に追い込まれたが、ようやくフィールドスタディや企業研修の受け入れも再開でき、オペレーション・グリーンの実践の場となっている。

チェンジメーカーが孤立しない仕組みづくりを

最近は、日本の企業から研修を依頼される機会が増えている。だが、同時にこうも思う。

「日本から、ベラのような人がもっと生まれるにはどうすればいいだろうか?」

日本でも、社内起業家やサステナビリティに関心の強い人たちが増えている。だがその一方で、会社の中でその人たちが孤立してしまっていることが大きな課題だ。社会をよりよく変えたいという高い意識や感度があっても、経済合理性の磁場が強すぎて、会社の上司や周囲に理解してもらえない。そんな環境では、せっかくの人材も心が折れてしまいかねない。

社会を変えていくのは2.5 ~ 3.5%の人たちにすぎないという話もある。しかし、だからこそ点と点をつないでいくことが大事だ。社内のつながりはもちろん、社外、そして社会とのつながりなど、セクターを越えたつながりを生み出していかなければ克服できないこともある。チェンジメーカーが孤立しない仕組みづくりを考えることも、今後の大きな課題ではないだろうか。

【構成】高崎美智子

濱川知宏

Earth Company 最高探究責任者
ハーバード大学ケネディスクールで修士号取得。英国大手財団CIFF、国際NGOコぺルニクを経て、2014年に妻の濱川明日香とEarth Company(アース・カンパニー)を設立。アジア太平洋のチェンジメーカーを支援する「インパクト・ヒーロー支援事業」、企業・教育機関を対象にした研修プログラム「インパクトアカデミー事業」、そしてエシカルホテル事業「Mana Earthly Paradise」(バリ、2022年B Corp取得)の3事業を展開。2014年、ダライ・ラマ14世より「Unsung Heroes of Compassion(謳われることなき英雄)」受賞。

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