ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか

ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか

さあ、これからの「社会の変え方」を探す旅に出よう。今や、困難な問題を解決するために、いろんな人がいろんなチャレンジを行い、知見の探求も進んでいる。ソーシャルイノベーション」の定義や解釈には幅がある。これまで注目された「社会起業家」や「社会的企業」と何が違うのか? 私たち1人ひとりが、どのように関わるのか? また実践に役立つ考え方とは何か? 具体的な方法論を探求する前に、改めて「ソーシャルイノベーションとは何か」について考えてみたい。

※本稿は、SSIR Japan 編『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。――スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10』より転載したものです。

ジェームズ・A・フィルズ・ジュニア  James A. Phills Jr.
クリス・ダイグルマイヤー  Kriss Deiglmeier
デイル・T・ミラー  Dale T. Miller

2003年春、スタンフォード大学経営大学院センター・フォー・ソーシャルイノベーションは、『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』を創刊した。その冒頭のエディターズ・ノートで私たちは、ソーシャルイノベーションを次のように定義した。

「社会のニーズと課題に対してまったく新しい解決策を発明し、支援を得て、社会に実装するプロセス」

また、このメディアならではのソーシャルイノベーションを起こすアプローチについて、「公共・企業・非営利セクターの間の垣根を取り払い、対話の橋渡しをすること」と表現した。

過去20年にわたり、私たちは次のような状況を目にしてきた。まず、ビジネス界のアイデアや実践が、非営利分野や行政分野の活動に応用される事例が爆発的に増えた1。ビジネス界は「企業の社会的責任(CSR)」「コーポレート・シティズンシップ」「社会的責任を果たす企業」などの言葉とともに社会的価値の創造について取り上げるようになった。また、セクターをまたぐ活動の増加を示す兆候として、「ソーシャル」を企業セクターの概念と組み合わせた表現が多用されるようになった。たとえば、「ソーシャルアントレプレナーシップ(社会起業家精神/社会起業家*)」や「ソーシャルエンタープライズ(社会的企業)」、そしてもちろん私たちのお気に入りである「ソーシャルイノベーション」など、新しい用語が生まれた。

私たちは、ソーシャルイノベーションこそが、持続的な社会変化をどのように理解して創造するかを表現する際に、最も適切な概念ではないかと考えている。そして、より正確で深い洞察を得るために、ソーシャルイノベーションの定義を次のように改めた。

「社会課題に対するまったく新しい解決策で、既存の解決策よりも、高い効果を生む・効率がよい・持続可能である・公正であるのいずれかを実現し、個人よりはむしろ社会全体の価値の創出を目指すもの」

たとえば、ソーシャルイノベーションの代表例であるマイクロファイナンスを考えてみよう。これは、従来の金融システムを利用できない貧しい人々に、ローンや貯蓄や保険などの金融サービスを提供するものだ。マイクロファイナンスは、貧困によってあらゆる場所で生じる手ごわい課題に立ち向かっている。その課題とは、大勢の人々が必要最低限のものしか賄えない生活サイクルにはまってしまい、貧困から抜け出す可能性のある活動に投資する資金を得られていないことだ。マイクロファイナンスが全体としてどの程度のインパクトと効果を生んでいるかについて懐疑的な見方はあるものの、多くの人が、この方法は既存の解決策よりも、高い効果を生み、効率がよく、持続可能で、公正だと考えている2。さらに、例外はあるものの、マイクロファイナンス機関によって生み出された収益は、起業家や投資家よりも、貧困層や一般市民のほうへ回るようになっている3

本記事では、私たちがどのような経緯で新しいソーシャルイノベーションの定義にたどり着いたのか、なぜこれが社会起業家や社会的企業などの用語よりも実践に活かしやすいと考えるのかを説明したい。さらに、アイデア、価値観、役割、関係性、資金がセクターをまたいで自由に流れることが、どのように現在のソーシャルイノベーションの原動力となっているかについて述べる。最後に、どうすればセクター間の垣根を払拭し続けられるのか、またそれによって、現代における最も厄介な社会課題に対して、どうやって未来に残る新しい解決策を世に送り出すのかを提案したい。

なぜ、いま「ソーシャルイノベーション」なのか

2006年、ノルウェー・ノーベル委員会は、バングラデシュのムハマド・ユヌス氏と彼が設立したグラミン銀行に、ノーベル平和賞を授与した。グラミン銀行は、マイクロファイナンスの先駆者だ。「社会起業家」の支持者はこの授賞を歓迎し、どうすればユヌスのような個人を見つけ出して育成できるかという、それまでの探求にいっそう打ち込むようになった。一方で、「社会的企業」の支持者、つまり社会的な目的を持つ組織により強い関心を持つ人々は、グラミン銀行のような社会的な目的を果たしながらも自立して成長できる組織をどのようにつくり出せるのか、またそのマネジメント方法や資金調達方法を見出そうとしてきた。

しかし、ユヌスがその実現に尽力し、グラミン銀行が実践した「ソーシャルイノベーション」は、マイクロファイナンスだ。私たち筆者は、ユヌス個人やグラミン銀行と同じくらい、マイクロファイナンスにも注目すべきだと考える。個人や組織だけでなく、イノベーションそのものに焦点を当てることで、よい方向への社会の変化につながったメカニズムをはっきり理解できるからだ。オックスフォード英語辞典によれば、「メカニズム」の定義は、「順序づけられた一連の出来事」、あるいは「複雑なプロセスのなかの相互に結びついた構成要素」である4

ここで、社会起業家と社会的企業について、もう少し詳しく分析してみよう。社会起業家の研究は、そのおおもとである「起業家精神(アントレプレナーシップ)」と同じように、新しい組織を立ち上げる人物の個人的資質に注目し、その人物の大胆さ、責任感、才覚、野心、忍耐力、非常識さを称賛する5。対照的に、社会的企業の研究は、組織に注目する傾向がある。一部の研究で、社会的な目的を持つ組織のマネジメントに関して幅広い視点で分析するものはあるが、ほとんどの研究が焦点を当てているのは、従来の社会サービスプログラムに財務面や運営面で貢献するような、商業活動、事業収入、営利のベンチャーとはどういうものかについてである6

「社会起業家」と「社会的企業」という用語は、どちらも非営利セクターから生まれたものだ。そのため、研究領域を非営利団体に限定する傾向があり、暗にあるいは公然と、公的機関や営利企業を除外している7。研究者たちは、社会起業家や社会的企業にまつわる従来の考え方の幅をもっと広げようと価値ある努力を続けてきたが、その努力によって、共通の目的のために協働するグループが生まれたり、資金提供者の選択肢が変わったりするまでには至らなかった8

社会起業家でも社会的企業でも、ほぼすべての人に通底する目的は、「社会的価値」の創出だ(この語の意味については後述する)。2つの考え方が受け入れられてきたのは、このようなより大きな目的を達成する新しい方法だったからだろう。

とはいえ、社会起業家や社会的企業はこの大きな目的を達成する唯一の方法ではないし、必ずしも常に最善の方法であるわけでもない。もちろん、社会起業家の存在が重要なのは間違いない。彼らは社会を変えるための新しいパターンと可能性を見出し、既存の組織が動こうとしないときにも、物事の新しいやり方を試し、結果を出そうとする強い意志を持つ。また、社会的企業も、イノベーションを社会に実装するという点で重要だ。

しかし突き詰めていくと、社会的価値を生み出すのはイノベーションそのものである。イノベーションは、社会起業家や社会的企業ではない場所や人々からも生まれる。特に、大規模で成熟した、非営利団体、企業、さらには政府もまた、ソーシャルイノベーションを生み出している。

それに加えて、ソーシャルイノベーションは、イノベーションに関する豊富な文献に支えられている。起業家研究と比べると、イノベーション研究は、その概念をより正確かつ矛盾のないように定義している。結果として、イノベーション研究のほうが、社会変化を起こす新しい方法についての知識を構築するうえでより強固な土台となるだろう9。実際に、「アントレプレナーシップ(起業家精神)」の名付け親とも言えるオーストリアの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターでさえ、目標であるイノベーションを実現する手段という点においてのみ、起業家たちに関心を持っていた。彼は代表的著書である『資本主義・社会主義・民主主義』(東洋経済新報社)の中で、起業家精神が引き起こす「創造的破壊」が、経済成長を生み出す主たる手段であるとしている。

イノベーションというレンズを通して肯定的な社会変化をどう起こせるかを検証する利点は、このレンズであれば社会的価値の源泉にとらわれずに済むことにある。社会起業家や社会的企業のような用語と違い、ソーシャルイノベーションは、セクター、分析範囲、そして、持続的なインパクトを生むプロセスを見出すための方法論(戦略、戦術、変化の方法論*)など、個別の要素を超えられる。たしかに、もっと多くの社会起業家を見つけて訓練することも、ソーシャルイノベーションに含まれるかもしれない。また、社会起業家が立ち上げる組織や事業体への支援を含むかもしれない。しかし、今後あきらかに必要となるのは、社会課題への解決策を生み出す条件を理解し促進することなのだ。

イノベーションとは何か?

ソーシャルイノベーションをより明確に定義するため、まず、「イノベーション」が何を意味するかをよく吟味し、次に、「ソーシャル」の意味もじっくり検討してみよう。イノベーションはプロセスでもあり成果物でもある。したがって、イノベーションに関する学術文献は、2つの流派に分かれる。一方は、イノベーションを生み出す組織と社会的な「プロセス」、つまり、個人の創造性、組織構造、周辺環境の文脈、社会的・経済的要因などを探求する10。もう一方は、新しい製品、製品の仕様、製造方法など、具体的な「成果」として現れるイノベーションに焦点を当てる。こちらの流派の研究は、イノベーションの源泉や経済的な結果を分析する11

変革の実践者、政策立案者、資金提供者も同じように、プロセスとしてのイノベーションと、成果としてのイノベーションを区別する。プロセスの観点からは、実践者はより多くの、よりよいイノベーションを生み出す方法を知る必要がある。政策立案者や資金提供者は、イノベーションを支える文脈をデザインする方法を知る必要がある。一方、成果の観点からは、どのイノベーションが成功するかを予測する方法を誰もが知りたがる。

プロセスにしろ成果にしろ、イノベーションとみなされるには2つの基準を満たさなければならない。1つは「目新しさ」だ。イノベーションは必ずしも独創的である必要はないが、ユーザーにとって、あるいは文脈やそれが使われる対象にとって新しいものでなければならない。もう1つの基準は「改善」だ。イノベーションとみなされるには、プロセスあるいは成果が、既存のものより効率的か効果的でなければならない。私たちはソーシャルイノベーションの定義の「改善」の項目として、より持続可能、あるいはより公正であることを加えている。「持続可能」とは、組織としてだけでなく、環境的にも持続可能であること、つまり、長い期間を通じて機能し続けられるものであることを意味する。たとえば、貧困問題に対する解決策として、石油の採掘や漁業など、天然資源の採取のような取り組みがあるかもしれないが、資源が無尽蔵ではないという制約がある。「改善」の定義で私たちは、「いずれか」という言葉を意図的に使っている。その理由は、ソーシャルイノベーションはこれらのどれか1つの点でも改善されればよいからだ。

これまでの定義の中には、規模の小さいイノベーションを除外するものもあれば、漸進的なイノベーションと急進的なイノベーションを区別するものもある12。私たちは、定義の一部に改善の規模や速さの度合いを含めることはしない。そうした判断は非常に主観的になるため、それらの度合いは創出される価値の1つの要素として扱うのがよいと考える。

ほかにも、創造的な解決策であっても、あまり広がっていなかったり導入例が少なかったりする場合はイノベーションとみなさない定義もある。しかし、イノベーションの拡散と導入を支えるプロセスは、イノベーションを生み出すプロセスとは別のものだ。たとえば、Dvorak配列のキーボードは優れた製品だが、あまり広がっていない理由は性能とは無関係だ13。導入されるイノベーションとそうでないイノベーションの違いを説明するためには、導入および拡散と、イノベーションそのものを区別するような定義が必要だ。

以上をまとめると、イノベーションの4つの特徴的な要素の区別が不可欠ということだ。第1はイノベーションの「プロセス」、すなわち、目新しい製品や解決策を生み出すことで、これには技術的、社会的、経済的な要素を含む。第2は製品やイノベーションそのもので、私たちが実際に「イノベーション」と呼ぶ成果のこと。第3はイノベーションの「拡散または導入」で、その動きを通して利用が広まること。そして、第4はイノベーションによって創出される最終的価値だ。この論法から、「ソーシャルイノベーション」の定義の最初の半分―「社会課題に対するまったく新しい解決策で、既存の解決策よりも、高い効果を生む・効率がよい・持続可能である・公正であるのいずれかを実現する」―が導かれる(社会課題の意味については、すぐあとで詳述する)。

ソーシャルとは何か?

「ソーシャル」が何を意味するかの説明は、本記事の議論の中心であるとともに、とりわけ厄介な部分でもある。この分野の観察者の多くが、ポッター・スチュワート連邦最高裁判事が言うところの「私は定義することはできないが、見ればわかる」というアプローチをとっている。その結果として、社会起業家や社会的企業や非営利組織のマネジメント分野の優れた論者の間でも、ソーシャル(social)という語はまったく異なるものを表現する言葉として使われている。たとえば「社会的な動機(social motivation)」や「社会的意図(social intent)」、あるいは法的分類としての「ソーシャルセクター(social sector)」、はたまた「社会課題(social problem)」や「社会的インパクト(social impact)」といった具合だ。

「ソーシャル」を定義しようとする数多くの試みが、イノベーターや起業家の動機や意図にばかり集中してきた。社会起業家研究の第一人者であるグレゴリー・ディーズは、彼の代表的論文「『ソーシャルアントレプレナーシップ』の意味」で、営利目的のビジネスと社会起業家の大きな違いとして、「(単に個人的価値だけでなく)社会的価値を生み出し持続するようなミッションの採用」を挙げている14。ディーズはさらに、「利益を出し、富を生むこと、あるいは消費者の願望に応えること(中略)は、社会的な目的のための手段であって、目的そのものではない」と述べた。同様に、イノベーション研究の第一人者であるクレイトン・クリステンセンも、社会変化は「ほとんど意図せずして生み出される(中略)副産物」ではなく「主たる目的」であるという見解を示し、(ソーシャルな)「触媒的イノベーション」と、(営利目的の)「破壊的イノベーション」を区別した15

しかし、動機については直接観察できないし、いくつもの動機が重なっている場合が多い。その結果、何がソーシャルで何がそうでないかを決める信頼できる基準にはならない。ロジャー・マーティンとサリー・オズバーグは、『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』の2007年春号で、「起業家と社会起業家の違いについて、『起業家はお金を求め、社会起業家は利他主義によって突き動かされるという、単純な動機の違いである』という考え方を払拭することが重要だ」と指摘した。

何がソーシャルかを決定するうえでは、セクターも判断基準とするには不十分だ。社会的価値を創出できる手段や機関の形態を、勝手に除外してしまうからである。たいていの人は、「ソーシャルセクター」という言葉を、非営利団体や国際的な非政府組織(NGO)の意味で使っている。しかし、社会課題が複雑化し、企業と政府を含むセクター横断のアプローチが拡大している現在は、組織形態とソーシャルの定義を結びつけても、すぐに時代遅れになってしまう。

「ソーシャル」という言葉には、ニーズや課題の種類を表現する使い方もある。実際に私たちも、ソーシャルイノベーションは社会課題に取り組むものであると定義している。この定義方法なら、私たちは議論を少し進められそうだ。というのも、あるイノベーションの社会的性質をめぐる議論はあるかもしれないが、何が社会的ニーズや社会課題なのか、また、どのような種類の社会的な目的に価値があるのか(正義、公正、環境保護、健康増進、芸術と文化、よりよい教育など)については、社会でより大きなコンセンサス(総意)が得られやすいからだ。

人々が「ソーシャル」という言葉を使う最後の用法は、金銭的、経済的価値とは異なる種類の価値を表現する場合だ。著名な有識者の多くが、「社会的価値」や類似用語について説明してきた16。それらの研究を参照したうえで、私たちは「社会的価値」を次のように定義する。「社会的ニーズや社会課題に取り組む努力を通じて、社会のために利益を創出したりコストを削減したりすることであり、それは個人の利益や市場活動全体への利益を超えた形で実現される」。このような社会への利益は、これまで論じてきた種類の社会的な目的を含むことができるので、社会的に不利な人々や権利を奪われている人々と、社会全体の両方にとっての恩恵になりうるだろう。

多くのイノベーションは、主に雇用の増加や生産性の向上や経済成長を通して、社会への利益を生み出している。なかには、前述の社会的価値や明らかな経済的インパクト以上の社会的価値を生むものもある。コンピュータは、個人の生産性や学習能力や創造性を劇的に向上させた。自動車は自由な心や独立心を育む一方で、めったに会うことのできない人々を結びつけた。医薬品は命を救う。制汗剤などのデオドラント製品はおそらく、社会の結びつきを強化している。そして、これらの製品は個人だけでなく、社会全体に利益をもたらしている。

しかし、だからといって、これらの製品をソーシャルイノベーションと呼ぶことはない。私たちの定義に従えば、イノベーションは、社会的価値のほうにバランスが傾いたときにだけ、本当にソーシャルと言える。つまり、個人的価値―起業家、投資家、(社会的に不利な人々ではなく)一般消費者が得る利益―よりも、公共または社会全体への利益のほうが大きい場合に限られる。私たちは、ソーシャルイノベーションを普通のイノベーションと区別したい。なぜなら、普通のイノベーションならすでに次々と生み出されて広まり、世界中にあふれ返っているからだ。しかし公共財の場合など、市場がうまく機能しないときにこそ、ソーシャルイノベーションが重要となる。なぜなら、他のやり方では満たされそうにないニーズを満たし、生み出されそうにない価値を創出するからだ17

そこで、営利の製薬会社が開発した、命を救う医薬品の例に戻って考えてみよう。これらのイノベーションには社会的価値があり、投資家、発明者、消費者の利益を超えて社会全体に利益をもたらしはするが、従来の市場メカニズムによって生み出され、おおむね効率よく分配されるイノベーションだ―ただし、製品を買う余裕のない一部の人々を除いては。この取りこぼされる層があるという社会課題を軽減するために、インスティチュート・フォー・ワンワールド・ヘルスのような非営利団体が現れて低所得層のための医薬品を開発し、メルク・アンド・カンパニーのような製薬会社が公民パートナーシップを立ち上げて、開発途上国の患者向けにメクチザンのような薬を無償で提供してきた。

多くのイノベーションが社会課題の解決に取り組み、社会的ニーズを満たそうとしているが、ソーシャルイノベーションと呼べるのは、経済的・社会的価値の分配バランスが社会全体に傾いたものだけだ。このことから私たちは、ソーシャルイノベーションの完全版の定義にたどり着いた。「社会課題に対するまったく新しい解決策で、既存の解決策よりも、高い効果を生む・効率がよい・持続可能である・公正であるのいずれかを実現し、個人よりはむしろ社会全体の価値の創出を目指すもの」。製品、製造プロセス、テクノロジーのどれでもソーシャルイノベーションになりうるが(この点では一般的なイノベーションとほとんど変わらない)、それだけにとどまらず、1つの原則やアイデア、法律、社会運動、介入、あるいはこれらを組み合わせたものもそうなりうる。実際に、マイクロファイナンスのような、ソーシャルイノベーションとして最も知られているものの多くは、これらの要素が組み合わさったものだ。

フェアトレード(公正な取引)を例に挙げてみよう。これは「フリートレード(自由な取引)」を引き合いに出して、その倫理的な代替手段と表現されることが多い。フェアトレードには、一定の取引基準を満たしたコーヒー、花、コットンなどの製品を認証してそのラベルを付与するという仕組みがある。認証を統括する国際フェアトレードラベル機構(FLO)は、認証基準として、公正な価格、労働条件、直接取引、民主的で透明性のある組織、地域の開発、環境のサステナビリティなどを定めている。FLOや他のフェアトレード組織は、これらの基準を奨励するだけでなく、生産者や貿易業者向けにトレーニングを提供して個別に認証を与えることによって、基準の実践にも力を入れている。最後に、フェアトレードはフェアトレード認証製品を購入するメリットについて、消費者への啓発を行ってもいる。

フェアトレードの新しさは、バリューチェーン*における多くの構成者―農業従事者から販売員へ、さらに消費者へ―に働きかけていることだ。また、モデル自体が新しいだけでなく、大きな社会的、環境的価値を創出している。それは、持続可能な農業技術や国際認証ラベル、児童労働の防止、公正な価格など、数々の保護策を展開することで実現している。さらに、フェアトレードは重要な経済的価値も生み出している。トランスフェアUSAの調査によれば、1999年から2005年の間に、コーヒー農場の経営者はアメリカのフェアトレード市場での取引で、約7,500万ドルの追加収入を得た。適正な賃金が保証されることで、労働者は収穫前の時期の金融業者による搾取から解放されるし、よりよい保健医療を受け、子どもたちにはよりよい教育を与え、経済力を培うことができる。さらに、地域コミュニティの団結も強化されている。FLOの推計によれば、フェアトレードは2007年に、アフリカ、アジア、南米にわたる58の開発途上国で、150万の農民に直接の恩恵をもたらした。

ソーシャルイノベーションのメカニズム

ソーシャルイノベーションは、歴史上の特定の時期における文脈の中で生まれ、導入され、拡散する。私たちのソーシャルイノベーションの定義は時代の枠を超えるものだが、ソーシャルイノベーションのメカニズム(イノベーションにつながる一連の相互作用と出来事)は、社会やその制度の進化とともに変化する。したがって、アメリカにおいてソーシャルイノベーションが最も花開いた時期の1つを引き起こしたダイナミクスである大恐慌は、現在のソーシャルイノベーションを引き起こしているダイナミクスとは異なるのだ。ソーシャルイノベーションを十分に理解するためには、歴史的事例も検証しなければならない。

1930年代の経済不況は、アメリカにも世界にも破壊的な影響をもたらした。国際貿易は極端に衰退し、個人所得、税収、物価、利益も落ち込んだ。世界中の都市や地域全体が、飢え、住居喪失、失業、病気などの増加に苦しんだ。
これらの劇的な経済の変化によって、大きな社会的ムーブメントが生まれ、政府に対して人々の困窮を軽減するように圧力をかけた。アメリカ連邦政府は、ニューディール政策でそれに応えた。この政策の下で、雇用促進局(WPA)が失業者のために雇用をつくり、社会保障局(SSA)は生活費が不足する高齢者層に月々の給付金を支給した。連邦預金保険公社(FDIC)は、混乱したアメリカ市民に、銀行を信頼して預金するように促した。これらのソーシャルイノベーションでは、政府が社会課題の解決に、より大規模で直接的な役割を果たした。そしてこれらのイノベーションは、各セクターに疑念と敵意の風潮が広まる中で実施された。

ここ数十年においては、ソーシャルイノベーションを形作る社会の支配的な風潮は大きく異なっている。1981年に大統領に就任したロナルド・レーガンは、その就任演説で「現在の危機に際して、政府はこの国の問題への解決策とはなっておらず、政府自体が問題となっている」と述べ、政府は社会課題を解決する主要な手段になれるし、そうなるべきだ、という考えをきっぱりと否定した。レーガン政権はその後、フードスタンプ(食料配給券)、メディケイド(低所得者向け医療費補助制度)、児童扶養世帯扶助制度(AFDC)などのプログラムを削減していった。また、航空産業、トラック輸送業、貯蓄貸付業などを含む、幅広い産業分野の規制緩和を実施した。

企業や非営利セクターへの公共サービスの民営化は、現在も続いている。営利・非営利団体によるチャータースクールの経営、保健医療の提供、介護施設の運営が増え、ニューディール政策のWPAと同じように、人々を公的福祉から遠ざけて職に就かせようとした。たとえば、民間企業のブラックウォーター・ワールドワイドは軍事サービスを提供し、エジソン・スクールが公立校を運営している。

同時に、企業セクターに事業の社会的インパクトを考慮に入れることを求める圧力が非常に高まっている。「企業の社会的責任(CSR)」という用語は、1960年代から広く使われてきた。しかし、ザボディショップ、ベン&ジェリーズ、パタゴニアなどの企業が、「事業を利益の創出だけでなく、社会をよりよくするための手段ともみなす」というCSRのビジョンを積極的に取り入れるようになったのは、1980年代後半になってからだ18。今では多くの企業が、社会における企業の役割という野心的なビジョンを受け入れ、積極的に採用するようにすらなっている。

そして、レーガン政権以降、非営利団体や政府機関もまた大きく変わってきた。非営利サービスへの需要が拡大する一方で、非営利団体への公的資金の供給が縮小してきたために、多くの組織が営利のベンチャーを立ち上げて事業収入を得ようと考え始めた。そして、非営利団体と政府もまた、より効率的に事業を運営するために、企業の手法をあてにするようになった。

過去30年のあいだ、非営利団体、政府、企業は、気候変動や貧困などのグローバルな課題の複雑さに理解を深めてきた。これらの問題には洗練された解決策が必要だと、多くの組織が理解するようになった。その結果として、誰もが影響を受ける社会課題に、3つのセクターが協力して取り組む例が増えている。

さまざまな要因で、非営利団体、政府、企業の間の垣根が取り払われてきた。境界線がなくなることによって、アイデア、価値観、役割、関係性、資本が、今では以前より自由にセクター間を流れている。このセクター横断の土壌の肥沃化が、ソーシャルイノベーションの3つの重要なメカニズムを支えている。それは、「アイデアと価値観の交換」「役割と関係性の変化」「企業の資金を公共や市民による支援活動に統合する」である。

アイデアと価値観の交換

非営利団体、企業、政府の間に今より隔たりがあったころは、アイデアも同じように、各セクターの壁の内側に閉じ込められていた。非営利団体がマネジメントや法律を議論することはめったになかった。企業が社会課題の解決策を追求するのは珍しく、政府との関係はしばしば敵対的なものだった。政府は企業に税金と規制を課し、非営利団体には多くの社会的害悪を正す責任を委ねていた。

しかし近年になって、非営利団体と政府のリーダーたちは、マネジメント、起業家精神、実績評価、利益の創出について、企業から学ぶ姿勢を見せるようになった。政府と企業のリーダーたちは、社会や環境の課題、草の根での組織化、フィランソロピー、アドボカシーについて、非営利団体の知恵を借りるようになった。そして、企業と非営利団体のリーダーたちは、政府と協力して公共政策を立案するようになった。この相互作用の結果として、多くのソーシャルイノベーションが生まれたのだ。

たとえば、社会的責任投資(SRI)について考えてみよう。SRIは最も純粋な経済的意思決定である投資という活動に、非営利セクターの倫理を取り入れて、投資による社会的、環境的、経済的な影響を同時に考慮するものだ。アメリカにおける初期のSRIの例は、1750年代にクエーカー教徒が奴隷貿易への投資を禁じたことだ。そして1980年代には、より有名なSRIの事例が生まれた。多くの個人投資家と機関投資家が、アパルトヘイトへの抗議の表明として、南アフリカでビジネスを行う企業の株を売却したのだ。

近年、SRI資産の価値と認知度は大きく成長している。社会的投資フォーラムの調査によれば、1995年から2005年の間に、SRI投資は6,390億ドルから2兆2,900億ドルへ、258パーセント以上増加した。その後の2年間には、運用管理下のSRI資産は18パーセント以上増加した一方で、すべての運用管理下の投資資産の成長率は、わずか3パーセントに満たないものだった。

SRIには3つの形がある。「投資スクリーニング」(一定の社会的、環境的基準を満たす企業にのみ投資すること)、「コミュニティ投資」(十分なサービスを受けていないコミュニティに資本を振り向けること)、「株主アクティビズム」(コーポレート・ガバナンスの手続きを通して、企業の社会あるいは環境に対する行動に影響を与えようとする活動)である19

SRIファンドの実績については不確かながらも、SRIという現象そのものが、資本市場を通じて社会の変化に影響を与えようとする個人や機関の台頭によって、セクター同士の距離が縮まっている状況をよく表している。株主アクティビズムは、株主価値を損なう経営陣を律する昔ながらの手法を、社会的価値を損なう経営陣を律するという形で応用したものだ。

これらの重要なアイデアと価値観の交換なしでは、SRIは企業の意思決定に影響を与えられなかっただろうことは言うまでもなく、そもそも存在しえなかったかもしれない。SRIを通じて、大口投資家も小口投資家も資本市場の力を利用して、企業に自分たちの行動が持つ社会的意味を考えさせたが、それはもう1つのソーシャルイノベーションであるCSRの出現に貢献したのだ。

役割と関係性の変化

現在のソーシャルイノベーションを生んだ第2の源泉は、3つのセクターの役割と関係性の変化だ。今や企業は多くの社会課題でリードするようになり、政府や非営利団体とは敵対者や嘆願者としてではなくパートナーとして協力するようになっている。同様に、非営利団体は企業や政府と手を組んで社会的事業に乗り出している。政府もまた、規制や税金を押しつける敵対的な役割から、パートナーや支援者といった協力的な役割へと変わってきた。

役割と関係性におけるこれらの変化は、排出権取引をはじめとする多くのソーシャルイノベーションの効果を左右する。排出権取引は、市場の仕組みを使って大気汚染の軽減を目指すアプローチだ。「キャップ・アンド・トレード」とも呼ばれるこの温室効果ガス削減の取引制度を成功させるには、3つのセクターすべての関与が必要になる。まず、中央権力―通常は政府―は、企業の温室効果ガス排出量の上限を決める。そして、それぞれの企業に特定の汚染物質について許容できる排出量を表すクレジットを発行する。もしその企業がそれより多く排出する必要があれば、他の企業からクレジットを買うことができる。一方、もしその企業が排出量を引き下げれば、クレジットを他の企業に売ることもできる。このように適切なインセンティブをつくり、関係者同士の自発的な取引を認めることで、排出権取引はいつ、どこで、どのように汚染物質を削減するかの選択を分散化させ、最も費用対効果の高い削減が実現されるようにしている。

たとえば、米国環境保護庁(EPA)は1990年大気浄化法で、排出権取引を導入した。このイノベーションはアメリカ北東部での酸性雨の問題を軽減したと広く評価され、温室効果ガス削減への応用にも期待されている20

非営利団体は排出権取引のプロセス全体で、企業と政府を支援している。たとえばNGOは、企業がどれほど排出量を減らしているかの測定や検証など、技術的支援を提供している。同様に、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)は、世界の大企業の炭素排出に関するデータを、投資決定の指針として提供している。CDPは機関投資家と連携し、企業に炭素排出データの自発的開示を求め、株主や企業に対して、気候変動と温室効果ガス排出によるビジネス上のリスクと機会に関する情報を提供している。メリルリンチ、ゴールドマン・サックス、HSBCなど、CDPに参加している機関投資家は、世界中の大企業3,000社から報告されるすべてのデータに自由にアクセスできる。

排出権取引では、非営利団体、企業、政府それぞれが、新しい役割を担う必要がある。これまで、政府機関は規制を定めて企業を監視し、それに対して企業は規制と監視に抵抗し、非営利団体はお目付け役となって、不正を働く企業や手ぬるい政府機関があれば告発してきた。今では、政府、非営利団体、企業が協力して、環境の改善に取り組んでいる。これらの新しい役割がなければ、排出権取引のシステムは生まれていなかっただろう。そして、具体的なプログラムの設計からモニタリングや改善方法に至るまで、産業界、政府機関、環境保護団体の相互協力がなければ、目的の達成も不可能だっただろう21

企業の資金を公共や市民による支援活動に統合する

社会のなかの、サービスが十分に行き届いておらず存在が見過ごされている層は、保健医療費、食費、家賃などの基本的な生活費すら支払う余裕がない。その結果、自由市場はこれらの人々が必要とする品物やサービスを生産しない。市場におけるこのギャップを埋めるために、政府や慈善団体が必要なモノやサービスの費用を負担したり、助成金を出したりしてきた。実質的に、施しを与えてきたということだ。しかし、セクター間の垣根を取り払うことで、非営利団体、政府、企業が資金源や資金提供モデルを融合し、持続可能で、ときには利益さえ生み出すソーシャルイノベーションを創出している。

多くのソーシャルイノベーションには、新しいビジネスモデルが実装される。サービスが行き届いていない層のニーズを、より効率的、効果的に、そして、利益を出すまではいかなくても持続可能な形で満たせるモデルだ。これは、コストを引き下げる構造とより効率的なサービス提供チャネルの確立によって、また、市場と非市場のアプローチの組み合わせによって、そして、特に事業収益と公的あるいはフィランソロピーによる財政支援を組み合わせることによって達成できる。これらのハイブリッドのビジネスモデルにはトレードオフが生じるし、両者の間に緊張が高まることも往々にしてあるものの、純粋に営利目的のみ、あるいは慈善目的のみの組織が社会課題や社会的ニーズに取り組むときに直面する多くの限界を克服できる。

その1つの例として、1990年代半ば、セルフヘルプ(Self-Help)という革新的なコミュニティ開発金融機関が、ノースカロライナ州においてマイノリティが大半を占める低所得世帯でも住宅を所有できるようにすることを目指す、強気のキャンペーンを展開した。この組織は、地方の金融機関が資本を増やせるような創造的なビジネスモデルを確立して、このキャンペーンを成功させた。その過程において、セルフヘルプは低所得の住宅所有者のローンをパッケージ化して売買する、不動産担保証券の二次市場を創出した。

このモデルは次のように機能する。まず、セルフヘルプは低・中所得層の住宅取得者が契約したローンの抵当権を商業銀行から買い取る。次に、このローンを再パッケージ化して、ファニーメイ(連邦住宅抵当公庫)に売る。ファニーメイの引き受けに関する制約を回避するため、とりまとめたローンが債務不履行になるリスクはセルフヘルプが負う。ファニーメイへの売却で得た資金で、セルフヘルプはさらに多くのローンを商業銀行から買い取ってこれらの銀行に追加資金を与えることで、低所得層へのさらなるローン契約ができるようにする。セルフヘルプは低所得世帯に関する深い知見を活用して、提携する商業銀行がクライアントのニーズに応えるローンを考案するのにも協力している。

1998年には、このセルフヘルプのプログラムを全米に拡大するために、フォード財団が5,000万ドルの助成金を提供した。商業銀行のリスクを引き下げ、低所得層の借り手の信用価値を示すことで、フォードの5,000万ドルの助成金は、2003年には手頃な住宅ローンという形で20億ドル以上の価値になっていた。ファニーメイはその後、2008年にセルフヘルプから25億ドル以上のローンを再購入した。低所得層やマイノリティのコミュニティで住宅取得率が低いという問題に対するこの解決策は、セクター横断の提携で生み出された、市場の仕組みを活かす解決策だ。このプログラムは比較的小さなフィランソロピー資本の注入でスタートした。そして、フォードからの助成金は、その資本金が営利の銀行と非営利のコミュニティ開発機関、連邦政府系列であり公開市場で取引を行う営利の融資機関、そして最終的には民間の投資家の間をスムーズに流れるようにした。

もちろん、サブプライムローン危機がこのソーシャルイノベーションに影を落とした事実は認めなければならない。しかし、その危機をもっとよく調べてみれば、問題はイノベーションそのものではなく、過剰な利益追求にあったとわかる。いわばソーシャルイノベーションが暴走させられた形だ。セルフヘルプを設立したマーティン・イークスは、こうしたサブプライムローンの搾取的な性格―過度な手数料、当初金利の高さ、爆発的に上昇する変動金利、早期に完済する場合の罰則―については憤慨している(『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』2008年夏号掲載のイークスのインタビュー記事を参照)。彼は、セルフヘルプや他の責任ある融資機関は、30年固定金利、所定の頭金、繰り上げ返済の罰則なし、ローン申請者に対する公正な調査など、消費者を助ける慣行を取り入れていると述べている22

誰がソーシャルイノベーションを担うのか

私たちが示してきたソーシャルイノベーションの考え方は、各分野の第一線のリーダーたち、政策決定者、資金提供者、実践者の活動に影響を与えられるだろう。社会の変化の担い手が実現したい目的だけでなく、その目的を達成するための手段の全体像をしっかりと捉えているからだ。社会起業家と社会的事業の研究分野が主に注目しているのは、変化への道筋のうち、特に、新しい非営利ベンチャーの立ち上げの部分だ。しかし、既存の非営利団体や政府機関も、重要な社会変化を生み出している。企業もまたそのリソースを活用して、より公正で豊かな社会をつくるために貢献する事例が増えている。社会の変化を生み出す人々も、資金を提供してそれを支える人々も、社会起業家や社会的企業という限定的なカテゴリにとどまらず、もっと視野を広げなければならない。実際に、この視野を広げるという点は、アショカを設立したビル・ドレイトンの、「誰もがチェンジメーカーである世界(Everyone a Changemaker)」という主張とも重なる23

第一線のリーダーたちが本当にソーシャルイノベーションを支え、発展させる知識を生み出そうと思うなら、この現象の捉え方は、より明確で、正確で、一貫していなければならない。この記事で私たちが最も伝えたいことは、ソーシャルイノベーションが出現し、拡散し、成功(あるいは失敗)するプロセスは、ソーシャルイノベーション、社会起業家、社会的企業の定義と一緒くたにするのではなく、切り離して考える必要があるということだ。

最後に伝えたいのは、セクター横断のダイナミクスが本質的な役割を果たすと認識することが何よりも重要であると、私たちは確信しているということだ。アイデアと価値観の交換、役割と関係性の変化、そして、公共、フィランソロピー、企業のリソースの一体化だ。建前としては、セクター間の垣根を取り払おうという風潮を多くの人が受け入れている。しかし実際には、それぞれのセクターが個別の取り組みで奮闘し続けている。いまだに中心的な役割を果たしているのは、ビジネス・フォー・ソーシャルレスポンシビリティや全米非営利協議会のような、それぞれのセクターにおける専門家が集まるネットワークだ。セクターの内側でさえ、コミュニティは役割によって分断されている。非営利セクターを例に挙げれば、センター・フォー・エフェクティブ・フィランソロピー、全米財団評議会、グラントメーカーズ・フォー・エフェクティブ・オーガニゼーションズなどの最も傑出した財団であっても、主催する会議には助成団体しか参加できないよう、厳密に制限している。

特に深刻で重要な社会課題は、非営利、公共、企業のすべてのセクターが関わらないと、解決はもちろん理解すらできない。たとえば、エクソンモービルやBPのような世界的石油企業、EPAやエネルギー省のような国の機関、国連や世界銀行のような超国家の国際機関、そして、グリーンピースやエンバイロメンタル・ディフェンスなどの非営利団体の役割を考慮しなければ、地球温暖化対策について考えることすらできないのだ。

イノベーションは、セクター同士の距離が縮まる場所でますます花開くようになっている。その交差点では、アイデアと価値観の交換、役割と関係性の変化、企業の資金を公共や市民による支援活動に統合することが、社会的価値を創出するための新しい、よりよいアプローチを生み出している。セクター横断の協働を支援するためには、アイデア、価値観、資本、人材などのセクターの壁を越えた交流を阻み、セクター同士の役割と関係性を縛るような政策や慣行を見直さなければならない。

この世界は、もっと多くのソーシャルイノベーションを求めている。それは、世界を最も悩ませる問題の解決を望むすべての人々―起業家、リーダー、経営者、活動家、変化の推進者―にとっても同じだ。その人たちがビジネス界、政府、非営利団体のどこに属していようと、分離や父権主義や対立意識という古いパターンから脱却して社会的価値を生む新しい方法を見つけるために、セクター横断のダイナミクスを理解し、受け入れ、活用する努力をし続けなければならないのだ。

本記事の草稿を読んで役立つ指摘をしてくれたジェフリー・ブラダック、J・グレゴリー・ディーズ、サム・ケイナーに、また、リサーチに協力してくれたアリソン・スチュワートとレイラニ・マタサウア・メッツに感謝する。

【翻訳】田口未和
【原題】Rediscovering Social Innovation(Stanford Social Innovation Review, 2008年秋号)

ジェームズ・A・フィルズ・ジュニア James A. Phills Jr.

スタンフォード大学経営大学院センター・フォー・ソーシャルイノベーション(CSI:Center for Social Innovation)理事、組織行動学教授。CSIでは、社会起業家、非営利リーダー、助成団体向けの数多くのエグゼクティブ・プログラムを監修している。著書に『非営利組織におけるミッションと戦略の統合』(未訳/Integrating Mission and Strategy for Nonprofit Organizations)がある。

クリス・ダイグルマイヤー Kriss Deiglmeier

スタンフォード大学経営大学院CSIエグゼクティブ・ディレクター。センターに参画する前は、営利、非営利、社会的企業の分野で、14年間にわたって経営に携わってきた。資産開発、社会的企業、行政と民間のパートナーシップなどをテーマに、国内外での講演実績多数。

デイル・T・ミラー Dale T. Miller

スタンフォード大学経営大学院モーグリッジ研究所組織行動学教授、人文科学大学院心理学教授。CSIファカルティ・ディレクターも務める。主な研究分野は、正義の心理学、社会的規範、フィランソロピー、集団意思決定など。著書に『社会心理学への招待』(未訳/An Invitation to Social Psychology)、共編書に『日常生活における正義の動機』(未訳/The Justice Motive in Everyday Life)がある。

(訳注)
* ソーシャルアントレプレナーシップ(社会起業家精神/社会起業家):社会起業家とは、社会課題の解決や新たなビジョン実現のために、新たな手法を見出し、社会に実装・展開するリーダーのことを指す。英語のsocial entrepreneurship には、その社会起業家としてのあり方やマインドセットを意味する「社会起業家精神」が用いられることが多いが、本論文では、社会起業家・社会起業家精神の両方を指す意図で使われており、日本でも広く認知されている「社会起業家」のほうを採用している

* 変化の方法論(セオリー・オブ・チェンジ):社会課題の解決やビジョンの実現など、特定の変化を生み出そうとするときに、どのような手段や方法を用いて、どのような成果やインパクトが生まれるのかを描いたもの。その際、利害関係者(ステークホルダー)がどう関わるかを示す場合もある

* バリューチェーン:価値の連鎖。マイケル・ポーターが提唱。事業プロセスを、各工程における物資の加工や取引をモノの連鎖として捉えるサプライチェーンに対して、各工程において創出される付加価値の連鎖として捉える考え方

(原注)
1 James C. Collins, Good to Great and the Social Sectors: A Monograph to Accompany Good to Great, 1st ed., Boulder, Colo.: Jim Collins, 2005.〔ジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリーカンパニー【特別編】』山岡洋一 訳,日経BP,2006年〕
Mark Harrison Moore, Creating Public Value: Strategic Management in Government, Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1995.
Albert Gore and Scott Adams, Businesslike Government: Lessons Learned from America’s Best Companies, Washington, D.C.: National Performance Review, 1997.
Christine Letts, William P. Ryan, and Allen Grossman, High Performance Nonprofit Organizations: Managing Upstream for Greater Impact, New York: Wiley, 1999.
2 Beatriz Armendáriz and Jonathan Morduch, The Economics of Microfinance, Cambridge, Mass.: The MIT Press, 2005: 21.
3 グラミン銀行の財務諸表によれば,2006年のユヌスの報酬は6,879ドル99セントだった.
4 “Mechanism, n.,” The Oxford English Dictionary OED Online, Oxford University Press, 2008. ポール・ライトは『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』2006年秋号の記事で,「社会起業家精神・社会起業家」の定義を広くするように訴え,まさにこの点を主張している.しかし,これは「起業家精神」の基本的な意味を拡張することになる.そのため,私たちはソーシャルイノベーションを分析するうえでは,イノベーションのほうがよりよいツールになると考える.
5 Skoll Foundation, “Background on Social Entrepreneurship,” http://www.skoll.org/aboutsocialentrepreneurship/index.asp
Schwab Foundation for Social Entrepreneurship, “What Is a Social Entrepreneur?” http://www.schwabfound.org/definition.htm
Ashoka, “What Is a Social Entrepreneur?” http://www.ashoka.org/social_entrepreneur
John Elkington and Pamela Hartigan, The Power of Unreasonable People: How Social entrepreneurs Create Markets That Change the World, Boston: Harvard Business School Press, 2008.〔ジョン・エルキントン,パメラ・ハーティガン 『クレイジーパワー―社会起業家―新たな市場を切り拓く人々』関根智美訳,英治出版,2008年〕
経営学教育という文脈においては,起業家精神や社会起業家精神を教える者は,起業のプロセス(つまり,個人が新しい組織を設立し成長させるために用いる手段)に集中する傾向がある.これはソーシャルイノベーションの観点により近くはあるものの,社会のより広い経済システムのことよりも,起業家個人や新しい会社を立ち上げる経営上の課題に集中する傾向がある.たとえば,以下を参照.
William B. Gartner, “’Who Is an Entrepreneur?’ Is the Wrong Question,” American Journal of Small Business, 12, no. 4, 1988.
Jane Wei-Skillern et al., Entrepreneurship in the Social Sector, Thousand Oaks, Calf.: Sage, 2007.
6 再考察に関しては,以下を参照.
Cynthia Massarsky, “Coming of Age: Social Enterprise Reaches Its Tipping Point,” in Research on Social Entrepreneurship: Understanding and Contributing to an Emerging Field: ARNOVA Occasional Paper Series, edited by Rachel Mosher-Williams, Washington, D.C.: Association for Research on Nonprofit Organizations and Voluntary Action, 2006: 67-87.
7 Paul light, “Searching for Social Entrepreneurs: Who They Might Be, Where They Might Be Found, What They Do,” in Research on Social Entrepreneurship: Understanding and Contributing to an Emerging Field: ARNOVA Occasional Paper Series, edited by Rachel Mosher-Williams, Washington, D.C.: Association for Research on Nonprofit Organizations and Voluntary Action, 2006: 13-37.
8 たとえば,以下を参照.
J. Gregory Dees and Beth Battle Anderson, “Framing a Theory of Social Entrepreneurship: Building on Two Schools of Practice and Thought,” in Research on Social Entrepreneurship: Understanding and Contributing to an Emerging Field: ARNOVA Occasional Paper Series, edited by Rachel Mosher-Williams, Washington, D.C.: Association for Research on Nonprofit Organizations and Voluntary Action, 2006: 39-66.
こうした努力の影響についての私たちの主張は,アショカ,ファスト・カンパニー・ソーシャル・キャピタリスト賞,社会起業のためのシュワブ財団,スコール財団などの優れたネットワークから助成や賞を受けている団体は,圧倒的に非営利団体で構成されているという私たちの分析に基づいている.資金提供分野における注目すべき例外は,オミディア・ネットワークで,営利の社会起業家を支援するため,社名と法人形態を変更した.
9 これは比較的おおざっぱな主張ではあるが,イノベーションと起業家精神に関する2つの文献の対比に支えられる.
J.T. Hage, “Organizational Innovation and Organizational Change,” Annual Review of Sociology, 25, 1999.
Patricia H. Thornton, “The Sociology of Entrepreneurship,” Annual Review of Sociology, 25, 1999.
10 Rosabeth M. Kanter, The Change Masters: Innovation and Entrepreneurship in the American Corporation, New York: Simon & Schuster, 1983: 20.〔ロザベス・モス・カンター『ザ チェンジ マスターズ―21世紀への企業変革者たち』長谷川慶太郎監訳,二見書房,1984年〕
T. M. Amabile, “A Model of Creativity and Innovation in Organizations,” in Research in Organizational Behavior, edited by Barry M. Staw and L.L. Cummings, Greenwich, Conn.: JAI Press, 1988.
11 William J. Abernathy and James M. Utterback, “Patterns of Industrial Innovation,” Technology Review, 80, no. 7, 1978.
Eric von Hippel, The Sources of Innovation, New York: Oxford University Press, 1988.〔E・フォン・ヒッペル『イノベーションの源泉―真のイノベーターはだれか』榊原清則訳,ダイヤモンド社,1991年〕
12 von Hippel, The Sources of Innovation.〔E・フォン・ヒッペル『イノベーションの源泉』〕
John E. Ettlie, William P. Bridges and Robert D. O’Keefe, “Organization Strategy and Structural Differences for Radical Versus Incremental Innovation,” Management Science, 30, no. 6, 1984.
13 効果的なイノベーションの拡散の失敗例については,以下を参照.
Everett M. Rogers, Diffusion of Innovations, 5th ed., New York: Free Press, 2003.〔エベレット・ロジャーズ『イノベーションの普及』 三藤利雄訳,翔泳社,2007年〕
効果のないイノベーションの拡散の成功例については,以下を参照.
Sarah A. Soule, “The Diffusion of an Unsuccessful Innovation,” The Annals of the American Academy of Political and Social Science, 566, November 1999.
14 J. Gregory Dees, “The Meaning of ‘Social Entrepreneurship,’” Center for the Advancement of Social Entrepreneurship, 2001.
15 Clayton M. Christensen et al., “Disruptive Innovation for Social Change,” Harvard Business Review, 84, no. 12, 2006: 96.〔クレイトン・M・クリステンセン,ハイナー・ボーマン,ルディ・ラグルス,トーマス・M・サドラー「破壊的イノベーションで社会変革を実現する」,『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2008年1月号,ダイヤモンド社〕
16 社会的な目的,公的価値,公共善,外部性などの関連する概念の詳しい説明は,以下を参照.
J. Gregory Dees, Social Enterprise: Private Initiatives for the Common Good, Boston: Harvard Business School, 1994.
Mark Harrison Moore, Creating Public Value: Strategic Management in Government, Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1995.
Charter Wolf Jr., Markets or Governments: Choosing between Imperfect Alternatives, 2nd ed., Cambridge, Mass.: MIT Press, 1993.
17 さらに詳しい議論については,Public Goods and Market Failures: A Critical Examination, edited by Tyler Cowen, New Brunswick, N.J.: Transaction Publishers, 1992を参照.
18 David Vogel, The Market for Virtue: The Potential and Limits of Corporate Social Responsibility, Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 2005: 28.
19 Joshua Humphreys et al., 2005 Report on Socially Responsible Investing Trends in the United States,Washington,D.C.: Social Investment Forum, 2006.
20 John McMillan, Reinventing the Bazaar: A Natural History of Markets, New York: W.W. Norton & Company, 2002.〔ジョン・マクミラン『市場を創る―バザールからネット取引まで』 瀧澤弘和,木村友二訳,NTT出版,2007年〕
A. Denny Ellerman, Paul L. Joskow, and David Harrison Jr., Emissions Trading in the U.S.: Experience, Lessons, and Considerations for Greenhouse Gases, Pew Center on Global Climate Change, 2003.
21 McMillan, Reinventing the Bazaar.〔ジョン・マクミラン『市場を創る』〕
22 Eric Nee and Martin Eakes, “15 Minutes: Interview with Martin Eakes,” Stanford Social Innovation Review, 5, no. 3, 2008.
23 このセクションについて意見を述べ,この引用に私たちの注意を向けてくれたグレッグ・ディーズに感謝する.William Drayton, “Everyone a Changemaker: Social Entrepreneurship’s Ultimate Goal,” Innovations, 1, no. 1, 2006.

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