いま、日本においても多様な社会課題の解決に挑戦する社会起業家の存在感が増している。この社会起業家の育成、支援に日本で最も早くから取り組んできたのが、NPO法人ETIC.(エティック)だ。ETIC.がなぜ、多くの起業家が育つコミュニティとなりえたのか。その背後にはあらゆる「思惑」から起業家を解放するという独自の哲学に基づくエコシステムづくりがあった。※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。勝見明 Akira Katsumi紛争や貧困、格差や分断といった社会における根本的な問題への取り組みにおいて、“チェンジメーカー”とも呼ばれる社会起業家の役割が増している。彼らは国連が2015年に採択したSDGs(持続可能な開発目標)達成においても企業や行政などとの連携や、現場活動を通じて重要な役割を担う。この社会起業家の育成に日本で最も早くから取り組んできたのが、認定NPO法人ETIC.(Entrepreneurial Training for Innovative Communities.)だ。彼らが支援してきた社会起業家の業種やミッションは実に多様だが、ひとつの共通点がある。それは「生き方」として社会起業家を選んでいることだ。ETIC.のアニュアルレポートを開くと、コーディネーターの意味合いをスタッフたちが言い表した言葉が並ぶ。「伴走者」「調整役」「黒子」「裏方」「『つながり』の連鎖を育むひと」「大いなるおせっかい」……等々。そのなかに「自分らしさの増幅役」という目を引く表現がある。ETIC.がなぜ、多くの起業家を輩出できたのか。その理由はこの表現のなかに凝縮されている。求心力の強さと遠心力の創造性1997年にNPOとして事業活動が本格化して以来、ETIC. が輩出した起業家(企業経営者を含む)は1805名に上り、そのうち学生向けプログラムのOBOG起業家も316名を占める(いずれも2020年度)。病児保育事業を展開する認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹、アジアでの児童売春問題の解決に挑む認定NPO法人かものはしプロジェクトの村田早耶香、10代に多様な学びの機会を届ける認定NPO法人カタリバの今村久美、社員を国内外の社会的企業などに派遣する留職プログラムで知られるNPO法人クロスフィールズの小沼大地なども卒業生だ。スタッフ数は137名(うち専従47名。2021年5月末現在)、年間予算9億円と、NPO法人のなかでも比較的大きな規模だろう。ETIC.は次のようなミッションを掲げる。「変革の現場に挑む機会を通して、アントレプレナーシップ(起業家精神)溢れる人材を育みます。そして、創造的で活力に溢れ、ともに支え合い、課題が自律的に解決されていく社会・地域を実現していきます」このミッションの中心的命題であるアントレプレナーシップ溢れる人材の育成・支援のため、ETIC.は行政、企業、NPO法人、個人などの多様なプレイヤーが有機的に結びついたコミュニティをつくり出し、エコシステムとして機能させる。このエコシステムにおいて、ETIC.は個と個、個と組織、組織と地域などをつなげる結節点に立ち、異質なもの同士をつなげて、新しい価値を創発していくコーディネーターの役割を担う。中間支援組織と呼ばれる存在だ。エコシステムが有効に機能するためには、理想や目標、理念などを共有しながら、強い結びつきを生む求心力と、各プレイヤーが自律的に動き、ネットワークが自己増殖し、拡張していく遠心力の両方が必要になる。ETIC.をとりまくエコシステムは、求心力の強さ、遠心力の創造性において、日本でも突出した存在といえる。この求心力と遠心力はどこから生まれるのか。社会課題解決に向けたコーディネーターに求められる条件をETIC.のなかに探ることに本稿の目的はある。