弱い立場に置かれている人々に特化した施策は、全体の利益を損なうわけではない。むしろ、マイノリティのための解決策が、社会と経済の両方に思わぬ波及効果を生み出すのだ。市民のゲリラ的なアクションがなぜ政策として国全体に広がったのか、それが政策形成における「公正性」と「公平性」にどう関わるのかを考える。
※本稿はスタンフォード・ソーシャルイノベーションレビューのベスト論文集『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう』からの転載です。
アンジェラ・グローバー・ブラックウェル Angela Glover Blackwell
1970年代初頭のある夜、マイケル・パチョバスとその友達数人が、カリフォルニア州バークレーのとある歩道の縁石に車椅子で乗り付け、セメントを流し込んで簡単なスロープをつくると、夜の闇に紛れて消えていった1。パチョバスと障害者の権利を支持する仲間たちにとって、これは政治活動であり反抗の意思表示であった。「警察は私たちを逮捕すると脅してきたけど、逮捕はしなかった」と、パチョバスは当時を振り返る2。スロープは実用的でもあった。彼らがつくった即席の傾斜付きの縁石は多少のデコボコはあったものの、移動能力というかけがえのないものを障害者のコミュニティにもたらしたのである。
当時、バークレーだけでなく全米のあらゆる都市において、車椅子による移動は簡単ではなかった。1968年の建築障壁法(The Architectural Barriers Act)が、公共の施設を障害にかかわらず利用できるよう設計することを義務付けていたとはいえ、車椅子で道路を渡る際は、さながら障害物競争のようであった。トラックが出てこないようにといつも願いながら、道路の向こう側や家屋の搬出入口にある私道まで車椅子をこぐ必要があったし、私道と私道の間は車道に出る必要があった。カリフォルニア大学バークレー校に通っていた障害のある学生たちは当時、障害者の受け入れが唯一可能であったカウエル病院で暮らし3、次の授業がある教室が1つ前の教室よりも低い場所にあることを基準に時間割を組んでいた。
しかし、当時のバークレーでは政治的な運動が盛んだった。言論の自由、反戦、公民権などについての運動があるのだから、「移動」に関する運動があっても良いではないか。障害のある活動家たちに押され、バークレー市は1972年に初の公式な「カーブカット(段差解消)・スロープ」をテレグラフ・アベニューの交差点に設置した4。とあるバークレーの活動家の言葉を借りるならば、これは後に「世界中に名前が知れ渡ったコンクリートの塊」となるのである5。
カーブカット・スロープは、1945年にミシガン州カラマズーで初めて登場したので、完全な新発明というわけではなかった6。しかし、テレグラフ・アベニューに設置されたスロープは、随所で壁に当たってきた障害のある人々の移動や機会に関するアメリカの考え方を変えた。国全体が拡大する格差に苦悩し、格差の解消を妨げる壁がますます大きくなるなか、この考え方の転換と、その驚くべき波及効果は現在も際立っている。
バークレーに続いて何百ものカーブカット・スロープが造設され、全米に広がって何十万ものスロープがつくられた。障害のある活動家たちは、歩道、教室、トイレ、寮の部屋、バスというように、多くのアメリカ人にとって当然のものである生活基盤へのアクセスを、強く主張し続けた。そしてついに1990年7月26日、歴史的な「障害のあるアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)」にジョージ・H・W・ブッシュ大統領(当時)が署名をした。障害を理由とした差別を禁じ、カーブカット・スロープの造設などの変更を建造環境(建築物や都市空間)に加えることを義務付けたのである。ブッシュ大統領は、「恥ずべき排除の壁を崩壊させる時がついに来た」と宣言した7。
すると予想外の素晴らしいことが起きた。排除の壁が取り除かれると、車椅子利用者だけでなく、誰もが恩恵を受けたのだ。ベビーカーを押す親たちがスロープにまっすぐ向かうようになった。重い台車を押す作業員、スーツケースを引く出張中のビジネスマン、そしてランナーやスケートボードを楽しむ人々もだ。フロリダ州サラソータのショッピングモールで実施された歩行者の行動についての研究からは、何も不自由のない歩行者の9割があえて遠回りをしてカーブカット・スロープを利用することがわかった8。ジャーナリストのフランク・グリーブが記したように、障害のある活動家たちがバークレーで40年前に壊した障壁の高さはたった数センチであったけれども「現在では、その障壁に開いた突破口を毎日何百万人ものアメリカ人が利用している」9。
経済学者であればこの効果を「正の外部性*」と呼ぶかもしれない。軍人であれば戦力を倍増させる装置である「フォース・マルチプライヤー」と呼ぶであろう。私は「カーブカット効果」という呼び方を気に入っている。この効果によって、最も弱い立場に置かれている人々の困難に対するアメリカの考え方が変わっている。
アクセス、機会および新たな人口動態
ある1つのグループを意図的に支援すると、別のグループに被害が及ぶのではないかという疑念は社会に根強く存在する。すなわち「公正性(equity)はゼロサムゲームである」という考え方だ。だが実は、国が支援対象を最もニーズの高い人々に絞ると、つまりこれまで取り残されてきた人々が十分に社会に参画して貢献できるような状況を生み出せれば、全員が勝者になる。逆もまた然りだ。最も弱い立場に置かれている人々が直面している困難を無視すると、それらの困難が何倍にも増幅され、経済成長、繁栄そして国全体の幸福度が損なわれることになる。
アメリカにおける格差が有害と言えるレベルに達するにつれ、このことは痛いほど明白になった。1979年以降、上位10%の労働者の所得は15%近く伸びた一方10、下位10%の労働者の所得は11%以上減少した11。ヘッジファンド管理者の所得上位25人の合計年収は、アメリカのキンダーガーテン(義務教育の最初の学年)教諭全員の合計年収を上回っている12。所得分布下位20%の層に入る両親のもとに生まれた児童100人のうち、両親よりも上位の所得層に将来入るというアメリカンドリームの第一歩が期待できるのは、たった9人である13。
近年さまざまなところで、こうした傾向がアメリカ白人社会にどのような損失を与えているかが、度々取り上げられるようになっている。2015年11月に『米国科学アカデミー紀要』に掲載された論文の中で、プリンストン大学の経済学者であるアン・ケースとアンガス・ディートンは、大学教育を受けていない中年白人層の死亡率が1999年から2013年の間に20%以上も上昇したことを明らかにした14。この驚異的な上昇は、主に薬物およびアルコール関連死、そして自殺による。ケースとディートンは、この依存症と自殺の急増が、金銭的不安と経済的絶望を受けたものであるとみており、「1970年代初頭の生産性の低迷以降、また、所得格差の拡大が進むなか、自分たちの暮らしが親世代よりもよくなることはないと、中年期を迎えたベビーブーム世代の多くが最初に気づいたのだ」と記している。
どの経済的なショックが白人の死亡率をどれくらい高めているのかについて評論家たちが議論しているなか、疑う余地のない点が1つある。それは、経済的疲弊が最も深刻で格差も最も大きいのは、非白人のコミュニティーだという点だ。アメリカで最も大きい150の大都市圏のうち149ヵ所で、4年制大学の学位を持つ割合は、白人が黒人およびラテン系アメリカ人を上回っている15。全米の失業率を見ると、黒人とラテン系ではそれぞれ9.5%と6.5%であるのに対し、白人では4.5%だ16。貧困生活を余儀なくされている黒人およびラテン系の割合は4人に1人であり、これは白人の2倍以上の割合だ17。さらに、健康、住宅所有、財産、(先述した白人死亡率上昇の発見があるにもかかわらず)寿命、というように福祉に関するほぼすべての指標について、非白人は白人と比べて大きく後れを取っている。
論点は、より苦しんでいるのが誰なのかではなく、このような不公正を改善するための最善の解決策が何かを特定することだ。ここでもう1つ注目すべき「2044」という数字がある。2044年というのは、アメリカ人口の過半数が非白人になるとみられている年だ18。1980年には80%であった白人の割合は現在63%となっており19、すでにアメリカは確実に2044年への道を歩んでいる。2012年以降、米国で生まれた新生児の過半数が非白人となっており20、2010年代末までには18歳未満のアメリカ人の過半数が非白人になるとみられている21。
このような人口動態の変化はすべてのアメリカ人に影響を与える。その理由は、白人が多数派でない国というものが恐ろしく感じられるからではない。非白人を社会が見捨てることの社会的コストが人口増加に伴って増大しているためであり、逆に言えば、非白人の機会を拡大するような戦略をとれば、その恩恵はすべての人々に及ぶためである。排除の壁を取り壊し、成功への道筋を整えれば、誰もが恩恵を得ることができる。
カーブカット効果は、2つの重要な観点から、アメリカの新たな人口動態に対して適切な考え方だと言える。まず、カーブカットの考え方の原動力は、公正性(equity)という理念だ。この公正性と混同すべきでないのが、公民権法をはじめとする歴史的な法律によって付与される、公式な法の下の平等(equality)という考え方だ。平等とは、バスに乗る権利をすべての人に与えることだ。一方、公正性は、路肩へのカーブカット・スロープやバスへの昇降機を設置することで、車椅子利用者がバス停にたどり着いてバスに乗り込めるようにすることだ。そして、必要とされている場所にバス路線を走らせることで、人々が行きたい場所に行くことができるようにすることだ。つまり公正性の意味とは、正しくかつ公平な包摂(インクルージョン)を社会全体で実現するよう推進し、誰もが参画し成功するとともに自身の可能性を存分に発揮できるような環境を整えることなのだ。
次に、カーブカット効果は、公正性の実現のために考案された政策や投資が、すべての人に莫大な恩恵をもたらすことを説明している。アメリカは、次のことを意思決定しなければならない。「こうした投資を実施するのか」「雇用や安定した交通など、豊かな生活を送るために欠かせないものを、すべての人の手に届きやすくするのか」、それとも逆に「これらのコミュニティを丸ごと無視して、何千万もの人々の才能や潜在能力を無駄にするのか」という選択だ。
実際のところ、選択の余地はない。現状を鑑みれば、低所得者や非白人を切り捨て続けることは、選択肢とはなりえないのだ。今、人種に関係なく、すべての低所得者にとってアメリカンドリームがほぼ達成不可能になっている。また、白人と非白人の間に長く存在した健康格差が小さくなっている理由は、以前よりも白人が不健康で短命になっているからなのだ。さらに、単独の家族(ウォルマート創業一家であるウォルトン家)の財産が、アメリカ国民の41%の全財産を上回るという経済システムに対する国民の怒りが高まっている22。
政策立案者が見落としがちなのは、1つのグループに注力することですべてのグループを助け、国全体を強化できる可能性のある方法だ。縁石の段差という障害を解消すれば、すべての人が前に進める道をつくれる。
道路から学校、空にいたるまでのカーブカット効果
何を探しているのかがひとたびわかると、カーブカット効果はいたるところで見つけることができる。たとえば、元々は幼い子どもを守るという主旨でシートベルトに関する条項が合衆国法典で採択されたことで、49州でシートベルトの着用を義務付ける州法が制定されることになり、1975年以降、大人も子どもも合わせて31万7,000人の命を救ったと推定されている23。また、黒人の高等教育の道を開くためにアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)が導入されたときには、結果として膨大な数の白人女性、そして他の人種や民族の人々をも勇気づけることになり、教育機会のさらなる拡大が求められるようになった。さらに、航空機内での喫煙に対して我慢の限界に達した客室乗務員たちが前面に立って、機内での喫煙をなくすための闘いを全米で展開したが、それはその後数十年にわたる公衆衛生キャンペーンの火付け役となり、ほとんどの公共スペースが禁煙となり、たばこの消費量は1960年代の半分になった24。
そして近年、アメリカの道路事情を改善する取り組みによって、またも見事なカーブカット効果がもたらされた。それは自転車専用レーンの設置だ。長年にわたって怪我や死亡事故という困難に耐えてきたサイクリスト(自転車利用者)たちが、環境活動家の支援を受けながら、安全な自転車専用レーンの設置を求めて数多くの市に対し圧力をかけたのだ。2014年時点で、ニューヨーク市はおよそ30マイルの自転車専用レーンを増設済みだ25。私の故郷であるオークランド市でも、同じくらいの規模の自転車専用レーンの設置が進んでいる26。
その評価はどうか。「自転車叩き」をする者たちが、交通渋滞の悪化と駐車スペースの減少を警告したものの、次から次へとさまざまな都市で、まるで自転車の車輪がぐるぐる回るように、成功のサイクルがアメリカ中に波及した。2000年から2013年にかけて、ニューヨーク市内のサイクリストが重傷を負うリスクは75%低下した27。また、人数としてはサイクリストをはるかに上回るうえに自転車専用レーンが意図するターゲット層ではなかった歩行者も、怪我のリスクが40%低下した28。2011年にシカゴで実施した自動車の運転者へのアンケート調査では、自転車専用レーンのある道路では運転マナーの改善が見られると半数の回答者が述べた29。
自転車専用レーンは、より安全で良識のある道路を生み出すだけでなく、周辺地域に大きな経済的価値をもたらしている。マンハッタン全体の小売店の売上高が3%上昇した時期に、9番街のある区間では、自転車専用レーン設置後の小売店の売上高が50%近く上昇した30。歩行者とサイクリストに優しい地域に移り住む人が急増したため、タイムズスクエアの自転車専用レーン沿いの家賃上昇幅は、2010年に市内最大の71%となった31。インディアナポリスのある街区では、自転車専用レーン設置後に不動産価値が150%近くも跳ね上がった32。
そして、公衆衛生や環境面での恩恵もある。サンフランシスコのベイエリアでの調査からは、毎日ウォーキングやサイクリングの時間を少しでも増やすだけで、糖尿病や循環器疾患の有病率を14%減少させることができるとともに33、温室効果ガスの排出量も14%削減できることがわかった34。また、ニューヨーク市内の通勤者のうち、たった5%が自転車通勤を始めれば、マンハッタンの1.3倍の面積の森林を植林するのと同等の二酸化炭素排出削減効果がもたらされる35。
中産階級が生まれるまで
カーブカット効果を最も明快に示す例は、1944年の退役軍人援助法だ(アメリカでは通称「GI Bill[GI法]」として広く知られている)。この法律が、アメリカの白人中産階級を創出したと言っても過言ではない。
法案は、アメリカ在郷軍人会(American Legion)のあるロビイストがホテルの便箋に走り書きしたアイデアから生まれたが、立案者たちの意図は、社会復帰しようとしている第二次世界大戦後の退役軍人の一部に対して職業訓練を提供するというもので、それ以上のことは見込んでいなかった36。法案の支持者たちは、復員する1,600万人のうち、法律を活用して大学に行こうとするのは、数十万人程度だろうと予測していた。それでも大学のキャンパスが「スラム街」に変わってしまうという悲観的な予想をした当時のシカゴ大学学長ロバート・ハッチンズなど、一部の教育者たちにとっては、この人数ですら多すぎるように思われた37。
ところが、ほぼすべての人の予想に反し、800万人近くの退役軍人がGI法によって大学に行き38、ハッチンズの警告とは裏腹に、一般の同期生らよりも高い平均成績を収めた。ジャーナリストのエドワード・ヒュームズが彼らの進路を調査したところ、後のノーベル賞受賞者14人、最高裁判事3人、大統領3人、上院議員12人、歯科医2万2,000人、医師6万7,000人、科学者9万1,000人、教師23万8,000人、そしてエンジニア45万人、さらには数多くの弁護士、看護師、ビジネスマン、芸術家、俳優、作家およびパイロットが含まれていた39。そしてクレアモント・マッケナ大学、マールボロ・カレッジ、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校などで、大規模な学生の流入に対応するための新たなキャンパスが次々と誕生し、1944年には全米で58校だった2年制コミュニティーカレッジは、1947年には358校になった40。
しかし、GI法の成果はもっと高めることが可能だったはずだ。GI法は、黒人の退役軍人も対象としていたものの、予算配分は自治体の判断に委ねていた。あまりに予想通りの結果だが、黒人の退役軍人が得られた補助金の額は白人よりもはるかに少額だった41。それまで取り残されてきた非常に多くの人々に対して機会の扉を開いた法律は、同時に多くの人々を効果的に締め出してしまったのだ。
こうした不備はあるものの、賢明でターゲットを絞った投資が社会を変える効果を生むことを、この法律は示している。受益者たちは単に社会復帰したのではなく、社会を立て直したのだ。法律の2つ目の柱である低利子住宅ローンは、住宅所有率を戦前の44%から1950年代半ばの60%まで、一気に上昇させた(ただし、ここでも黒人の多くは除外された)42。これらの方策が郊外住宅地の驚異的な成長に拍車をかけ、すでに好景気に沸く経済を下支えした。アメリカ全体として、復員した第二次世界大戦の退役軍人に投資された1ドルにつき、8ドルの回収効果があったと歴史学者たちは試算しているものの43、真の恩恵の額は計り知れない。
豊かな未来をつくる
もう何年も前になるが、ロサンゼルス市内のワッツ地区で採用面接を受ける予定となっていた私は、自宅から面接会場まで、バス5本を乗り継いで市を横断するのに1時間半かかると見込んで移動した。2時間半後、とっくに面接が終わっているはずの時間であったが、私は4本目のバスを降り、打ちひしがれた気持ちで引き返した。
失われた機会については言うまでもないが、このような失望は、低所得地域に住む非白人にとっては今もよくある現実を表している。仕事、学校、病院、食料品店とのつながり、そして、しばしば人と人のつながりも、とても得にくくなっているのだ。黒人の20%、そしてラテン系アメリカ人の12%の世帯が自動車を保有しておらず44、先住民居留地の道路の3分の2が未舗装である45。公共交通機関の利用者の半数が非白人だが、目的の場所にたどり着くことができない人々があまりに多く存在する46。シカゴでは、住民の5人に4人が公共交通機関を利用しても90分以内に職場にたどり着くことができない47。
環境正義*の父と呼ばれた、作家・学者のロバート・ブラードは、「交通は、実世界および自然界に関わってくるし、私たちがどこに居住し、どこで仕事をし、遊び、どこの学校に通うかについてのあらゆる側面に関わってくる。また、交通は人と人の相互関係、社会階層間の流動性、そしてサステナビリティの形成においても中心的な役割を果たしている」と記している48。
アメリカが公正なインフラをきちんと整備できれば、その恩恵は幅広く浸透するだろう。交通に対する投資、とりわけ公共交通の整備事業は、インフラを構築・維持するために多くの雇用と契約の機会を生み出す。適切な政策が実施されれば、これらの投資は2つの役割を果たすだろう。まず、物理的なインフラを整備することで、サービスが十分に行き届いていない地域の住民が経済的機会につながりやすくなる。また、こうした住民に雇用やビジネスチャンスを提供することにもなる。
国内で最も大きい20の都市が、交通関連予算の半分を高速道路から公共交通機関に振り替えるだけで、アメリカは今後5年間で交通関連分野で100万を超える雇用を創出することができる49。新たな出費は不要で、単に政策の優先順位を変えるだけでよいのだ。
企業も恩恵を受ける。ハーバード・ビジネス・スクールが実施したビジネスリーダーが優先する課題についてのアンケート調査では、公共交通の拡充とサービス向上が第1位となっており50、その理由を理解するのは簡単だ。交通が発達しているほうが従業員の常習的な欠勤が減るうえ、求人ポストを埋める際に、より多くの人材から採用者を選ぶことができるのだ51。2013年の研究では、都市圏のバスや電車の座席数をわずかに追加するだけで(住民1,000人当たり4席の追加)、市中心部で働く人数が1平方マイル当たり320人増え、平均で20%近い増加となるという試算結果を、都市計画研究者であるカリフォルニア大学バークレー校のダニエル・チャットマンとラトガース大学のロバート・ノーランドが示した52。また同様に、公共交通機関を10%拡充すると都市の総経済生産が1~2%高まることも彼らは見出した。チャットマンとノーランドの試算では、都市圏における公共交通機関の「隠れた経済的価値」の平均は4,500万ドルであり、都市圏の規模によって、少なくとも150万ドルから上は20億ドル近くまでの価値が算出された。
波及効果はこれだけではない。公共交通機関にアクセスできれば人々が良い学校に通いやすくなり、高等教育の経歴を活用できるようになるので、地域の労働力の質が高まる。また、診療所や病院にも行きやすくなるので予防医療が進み、医療コストを削減できる。さらに、公共交通の整備は犯罪の減少にもつながることがデータから示唆されている。一言でまとめるならば、交通機関が改善するとより多くの機会を得やすくなるのだ。実際、スタンフォード大学の先駆的な経済学者であるラジ・チェティによる研究では、社会階層間の流動性が全米で最も高い10都市を洗い出したところ、このうち5都市(ニューヨーク、サンフランシスコ、ボストン、ワシントンD.C.、シアトル)が物理的な移動のしやすさについても上位10位に入っていた53。
こうした恩恵を最大化するため、全米の大都市圏で交通に関する戦略や投資の見直しが始まっている。その一端を、ミネアポリスとセントポールという隣接する2都市の例から垣間見ることができる。これらの都市では、非白人の4分の1以上が貧困状態となっていて、彼らは長年にわたって十分な投資がない地域に集中しており、機会から断絶されてしまっていた54。グリーンラインという新たな路面電車路線の計画においても、当初はこれらの地域が見落とされており、まさにブラードの言葉通り「交通関連の資金の流れを追えば、誰が重視されていて誰が重視されていないかがわかる」状況だった55。しかし、地元の活動家たちが古い慣例を変えるために、連邦政府、市、そしてその他の各方面と連携した56。その結果、今では交通プロジェクトの実行可能性を市が評価する際は、計画者が、提案されている道路や路線が人種間の公正性を向上するかどうかを採点したものを提出するようになった57。つまり、交通について検討する際の旧来の評価指標である安全性や利用状況に関する統計に加えて、公正性も主要な指標になったのである。
グリーンラインは、インクルーシブな発展のモデルだ。プロジェクト実施にかかる労働時間の5分の1近くを非白人の人々の仕事が占め58、建設工事契約の20%近くを女性やマイノリティーが経営する小規模企業が獲得し、その総額は1.15億ドル相当にもなった59。グリーンラインの路面電車は、これまで見過ごされてきた地区にも停車するようになり、これらの地区の住民を、より強力な労働市場であるミネアポリスとセントポールのダウンタウン地区につなげたのだ。
アメリカは経済全体を強化するために、交通インフラをはるかに超えた視野でカーブカット的思考を採用することが可能だ。経済がゆがんだ形で成長してきたことは、最底辺にいる人々以外にとっても問題になっている。経済協力開発機構(OECD)から国際通貨基金(IMF)まであらゆる機関が、格差の拡大が経済成長の鈍化につながると結論づけている60, 61。自国経済に多くの人々を取り込むことができないと、つまり機会の輪の制限を厳しくしてしまっていると、経済が弱体化して国全体が苦しむことになる。
どうすれば格差を縮小して経済成長を実現できるかという問いについて、答えは明白だ。それは、金融緩和でもなければサブプライム住宅ローンでもなく、社会的セーフティーネットの民営化や仕分けでもない。格差への対抗手段は、公正性なのだ。公正性とは、良い仕事を増やし、低賃金労働の待遇と質を改善することだ。また、現在および将来の労働人口の教育やスキルの水準を上げることで、人材の能力開発を行うことだ。さらに、たとえば、ほとんどが非白人である700万人の人々を閉じ込めてしまっている刑事司法制度の改革などによって、経済活動の公正な機会を目指す経済的包摂を実現したり、市民参画の壁を取り払ったりすることだ62。そして、アメリカ国内で特に疲弊している地域とその住民の機会を、投資によって拡大するということなのだ。
マンハッタンの光り輝く超高層ビル街とイーストロサンゼルスの貧困地区の間の深い隔たりが、アメリカ全体の発展と経済的な潜在能力の発揮を妨げてしまっているのだとすれば、適切な政策によってこの隔たりをなくせば何が起こるかを考えてみてほしい。2012年には、黒人、ラテン系またはアジア系アメリカ人が経営する企業が、白人経営企業の3倍の速度で成長した63。それなら、非白人の企業経営者に対する支援プログラムの強化によって、どれほどの起業家のエネルギーが解き放たれるかを想像してみてほしい。また、テクノロジー業界など成長著しい業界と、非白人の貧しい人々や若者たちをつないだ場合に生まれるインパクトを想像してみてほしい。(「公正性」を指す)「equity(エクイティ)」という言葉の定義は、企業の文脈においては単に資産や負債の記録を指している。しかし、人種多様性のある企業がそうでない競合他社よりも良い業績を出す可能性が35%高いことを踏まえたうえで64、企業の世界でも「equity」という言葉がより広い意味を持つようになったときに得られる利益を想像してみてほしい。
アメリカ経済における人種間格差を縮小すると、つまりは単純に白人労働者と同じ割合で非白人の労働者を雇用し、賃金を同じにするだけで、アメリカの上位150位以内の都市圏の合計GDPを25%近く上昇させることが可能だ65。ニューヨーク市の都心部ではGDPが31%、4,090億ドルの増加。マイアミのGDPは41%、1,130億ドルの増加。テキサス州ブラウンズビルでは、GDPが131%増加の見込みだ。人種間の公正性のある経済を構築すれば、アメリカ全体の年間GDPは合計で2.1兆ドル増となる。
カーブカット効果は、アメリカが1つの国であり、繁栄時にも衰退時にも共に歩むという建国時の信念を改めて訴えるものだ。公正性なしには、進歩も繁栄もない。長年にわたって政治家たちはそうではないと主張してきたが、経済における重力は、常に逆方向に働く。機会は上から下に滴り落ちる(トリクルダウン)のではなく、横や上に広がっていくのだ。
本記事で取り上げた事例は単なる補助金や無償支援の事業ではなく、より広義の社会の幸福に対する投資だ。その効率は非常に高い。連邦政府が全面的に引き受けるものではない。実は、そのほとんど、少なくともその多くが、州レベルあるいは自治体レベルで実施される政策次第なのだ。
これはリベラルか保守かという問題ではない。また、モラルか効率性かが厳密に問われているわけでもない。民主党支持者も共和党支持者も、企業も非営利組織も、都市部の人間も郊外の人間も、すべての人が関心を持つことがある。それは、ターゲットを絞って達成可能な改革を推し進め、実質的な結果を生み出し、目に見える違いを最も弱い立場に置かれている人々の暮らしにもたらすことだ。逃れようのない結論は、懸命に働くアメリカ人に対して、彼らの努力がもたらす利益をもっと目に見えるようにするのは正しくかつ賢明である、ということだ。より多くのアメリカ人、いや、すべてのアメリカ人に対して自国に貢献する機会を与えること、また、皮膚の色や経済的な階級とは無関係にすべてのアメリカ人が参画し繁栄できるような未来を築くのは、正しくかつ賢明なことなのだ。求められているのは、「公共の利益」という概念に立ち返ること以外の何物でもない。
今から半世紀前、アラバマ州バーミンガムの刑務所の独房でマーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士(キング牧師)が予言的に書いた手紙には、こんな一節がある。
「私たちは逃れようのない相互依存のネットワークの一員であり、ひとつなぎの運命で結ばれている。1人に直接影響を及ぼすものは、それが何であれ私たち全員に間接的に影響を及ぼすのだ」66
現在、この刑務所の建物の外には、この最も有名な受刑者を称える銘板がある。そして、その横の歩道には、一定の間隔でカーブカット・スロープが設けられているのだ。
【原題】The Curb-Cut Effect(Stanford Social Innovation Review, 2017年冬号)
(訳注)
* 正の外部性:外部性とは、ある人やグループの行動や意思決定が、第三者に影響を及ぼすことを言う
* 環境正義:環境保護と社会的正義を統合するもので、人種や所得にかかわらず、誰もが安全な環境で暮らせるようにすることを提言する運動
(原注)
1 “Builders and Sustainers of the Independent Living Movement in Berkeley: Volume IV,” Disability Rights and Independent Living Movement Oral History Series, University of California.
2 Frank Greve, “Curb ramps liberate Americans with disabilities—and everyone else,” McClatchy Newspapers, January 31, 2007.
3 同上.
4 同上.
5 Steven E. Brown, “The Curb Ramps of Kalamazoo: Discovering Our Unrecorded History,” Disability Studies Quarterly, vol. 19, no. 3, 1999, pp. 203-205.
6 同上.
7 “Remarks of President George Bush at the Signing of the Americans with Disabilities Act,” EEOC History: 35th Anniversary: 1965-2000, US Equal Employment Opportunity Commission.
8 Greve, “Curb Ramps.”
9 同上.
10 “Data Summaries,” National Equity Atlas, PolicyLink and the USC Program for Environmental and Regional Equity.
11 同上.
12 Phillip Bump, “The 25 top hedge fund managers earn more than all kindergarten teachers combined,” The Washington Post, May 10, 2016.
13 Raj Chetty, Nathaniel Hendren, Patrick Kline, Emmanuel Saez, and Nicholas Turner, “Is the United States Still a Land of Opportunity? Recent Trends in Intergenerational Mobility” American Economic Review: Papers & Proceedings, vol. 104, no. 5, 2014, pp. 141-147.
14 Anne Case and Angus Deaton, “Rising morbidity and mortality in midlife among white non-Hispanic Americans in the 21st century,” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, vol. 112, no. 49, 2015, pp. 15078-15083.
15 Ronald Brownstein and Janie Boschma, “Education Gaps Pose Looming Crisis for U.S. Economy,” National Journal, May 20, 2015.
16 “Labor Force Statistics from the Current Population Survey,” Bureau of Labor Statistics, US Department of Labor.
17 “Poverty Rate by Race/Ethnicity,” State Health Facts, The Henry J. Kaiser Family Foundation.
18 Sandra L. Colby and Jennifer M. Ortman, “Projections of the Size and Composition of the U.S. Population: 2014 to 2060,” U.S. Census Bureau, March 2015.
19 Frank Bass, “White Share of U.S. Population Drops to Historic Low,” Bloomberg News, June 13, 2013.
20 “Most Children Younger Than Age 1 are Minorities,” U.S. Census Bureau, May 17, 2012.
21 Colby and Ortman, “Projections of the Size.”
22 Josh Bivens, “Inequality, exhibit A: Walmart and the wealth of American families,” Economic Policy Institute, July 17, 2012.
23 “Policy Impact: Seat Belts,” Centers for Disease Control and Prevention, January 2011.
24 Poncie Rutsch, “Will Vaping Reignite the Battle Over Smoking On Airplanes?” National Public Radio, February 24, 2015.
“Trends in Current Cigarette Smoking Among High School Students and Adults, United States, 1965-2014,” Centers for Disease Control and Prevention.
25 “Protected Bicycle Lanes in NYC,” New York City Department of Transportation, September 2014.
26 Will Kane, “Oakland racing to meet demand for bike lanes,” San Francisco Chronicle, April 27, 2014.
27 “Protected Bicycle Lanes in NYC.”
28 “Sustainable Streets: 2013 and Beyond,” New York City Department of Transportation, 2013.
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