デンマークの行政データ活用事例から貧困の世代間連鎖を教育が止めることがわかった。
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 03 科学技術とインクルージョン』より転載したものです。
ダニエラ・ブレイ Daniela Blei
第二次世界大戦後の数十年で、デンマークは国民と家族のためのセーフティネットをつくり、医療サービス、大学の学費、高齢者介護の無償化を始めとする社会福祉を提供してきた。
その結果として実現した格差の小ささと生活水準の高さにより、デンマークは世界で最も幸福で暮らしやすい国の1つという評価を得てきた。研究者にとって、デンマークのシステムはもう1つの利点がある。全国規模で一元的に管理された行政データという宝の山である。デンマーク政府は全住民に個別の番号を付与し政府や民間機関とのやりとりを識別しており、研究者は、医療、教育、刑事司法システム、社会福祉局など、分野横断的に行政の管理情報にアクセスできるのだ。
デンマークの全国行政データベースを利用し、健康面や社会面の各種の不利益が特定少数の家族に偏って生じる傾向があるか、そうした不利益の世代間連鎖を教育が阻止するかどうかを検証する新たな論文が発表された。同論文の著者であるコペンハーゲンにあるロックウール財団のシグネ・ハルド・アンダーセン(リサーチ部門リサーチ副部長)、ミシガン大学アナーバー校教授のリア・S・リッチモンド=レイカード(心理学)、デューク大学教授のテリー・E・モフィット(心理学)、デューク大学教授のアブシャロム・カスピ(心理学および神経科学)は、個人と家族内のデータをリンクさせて、デンマークの約210万人の市民を反映する3世代のコホート調査を行った。
他の研究者らが、デンマークのデータを精査してある特定の不利益の世代間連鎖を調査してきたのに対し、本論文の著者らは複数の不利益に着目する。それはメンタルヘルスの不調、身体の健康状態の悪さ、社会福祉への依存、犯罪行為、児童保護制度の介入である。社会的不利益についての調査範囲を広げ、学業記録を入手して教育の効果を測定することにより、著者らは優先度の高い個人に着目し、そうした人々の生活改善やデンマーク社会の不平等の軽減のために、国やその他のアクターがいかに介入できるかを説く。
ロンドンにある助成団体、リーバーヒューム・トラストでディレクターを務める教育経済学者のアンナ・ビグノールズは、「この調査は行政管理データを画期的な方法で活用しており、私たちが公共サービスへの投資をいかに効果的にできるかを考える手がかりとなる。同じ家族内の多世代を対象にし、特定の家族で公共サービスへの高い依存が継続していないか、こうした世代間の貧困の連鎖を断つ方法がないかを問うものだ」と述べる。
著者らは、健康面や社会面の数々の不利益が、デンマーク社会の中の小さなセグメントに集中していることを突き止めた。過度に多くの行政登録がされている成人、つまり保健サービスや社会サービスの頻繁な利用者は、その両親も同様の傾向があった。また、その子どももしばしば保護制度の記録に記載されていた。
リッチモンド=レイカードは「特に重要なこととして、このような社会的不利益の世代間連鎖は教育によって断ち切ることができるとわかった。
セカンダリースクール(日本の高校にあたる学校)を卒業した人々の子どもたちは不利益を経験する可能性が低く、保護制度の記録に載る可能性も低かった」と述べる。
リッチモンド=レイカードと共同研究者らは、兄弟姉妹の分析を通して共通する家庭環境における影響も調べた。デンマークには強固な社会福祉システムがあるにもかかわらず、調査対象ではセカンダリースクールを修了していない者が25%を超えた。同じ世帯で暮らす兄弟姉妹のなかでより高い教育を受けた者はより良い生活を送り、そうした生活レベルの向上が子どもに引き継がれる傾向があった。
こうした発見は、健康面や社会面の不平等を軽減するにあたり、教育や潜在的弱者の支援が重要であることをいっそう際立たせる。リッチモンド=レイカードは「多くの先進国において教育投資のGDP比率は横ばいで、上昇しているところもある。
そして世界的に平均教育年数は伸びている。教育やこのような世代間プロセスについて考えるには、社会的背景、つまり教育に対する社会の期待や、教育水準の高い人々が受ける恩恵にも目を向ける必要がある」と述べる。教育を受けていない人々は、支援のニーズが高い層で、社会のなかで次第に孤立していく可能性がある。
個人に紐づいたデータベースは個人識別の可能性を高めることを考えると、デンマークの管理リソースは国民からの高い信頼に支えられている。アメリカでも国民の信頼を得ることができれば、データ資源を発展させる新たな取り組みが、健康の悪化や社会的格差の背景にあるプロセスにおいて、研究者が同様の検証をする機会をもたらすかもしれない。
ビグノールズは「長期的に実施される経時的調査では対象者の欠落が重大な問題になるため、この種の多世代分析を一般的な調査データで行うことは困難である」と述べた。
【原題】The Great Disrupter of Disadvantage(Stanford Social Innovation Review Winter 2022)
【画像】Shubham Dhage on Unsplash
参考論文
Signe Hald Andersen, Leah S. Richmond-Rakerd, Terrie E. Moffitt, and Avshalom Caspi ,”Nationwide Evidence That Education Disrupts the Intergenerational Transmission of Disadvantage,”Proceedings of the National Academy of Sciences, vol.118, no.31, 2021.
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