DEI・人権

つながらない権利

常にオンライン状態にあることは、労働者のワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルスを害する。労働政策の改善とリモートワークに関する法律制定によって、労働者と企業双方のニーズを満たせるかもしれない。

マリー=コロンブ・アフォタ|リュック・クジノー|シャーレス=エティエンヌ・ラヴォア|
エマニュエル・レオン|バーバラ・ベハム|ガブリエレ・モランディン|
マルチェロ・ルッソ|アミータ・ジャガ|ジーチャン・マー|
チャン=シン・ルー|ザビエ・パラン=ロシュロー

ここ数年、リモートワークやハイブリッドワークによって、知識労働者の自律性とワーク・ライフ・バランスに矛盾する状況が生まれている。常にオンライン状態にあることで、いつどこで働くかを柔軟に調整できる自由を手にした一方で、仕事と生活の境界線は曖昧になった。結局、オフィスで働くときよりも長い時間を仕事に費やし、ストレスが増大してしまうことになる。この傾向は新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックでより顕著になり、世界中でリモートワークと総労働時間の増加が見られ、労働者のメンタルヘルスの悪化を引き起こした1

カナダ、フランス、オランダなど多くの国が、常時つながっているという状態の潜在的なマイナス面に目を向け始めている2。政策立案者は労働者のメンタルヘルスとワーク・ライフ・バランスを支えるために何ができるのか。そうした取り組みは、社会にどのような良い変化をもたらすのか。個々の労働者と企業、家族、地域コミュニティの人々、さらには社会全体にどのような長期的な恩恵をもたらすのか。

ワーク・ライフ・バランスを改善する施策には、個人を対象にしたものと、組織や全国民を対象にしたものがある。個人レベルでは、「柔軟なI-deals(アイ・ディールズ)」が挙げられる。従業員が集団交渉ではなく個別に、雇用主と各々のワーク・ライフ・バランスや勤務時間外の連絡について交渉できる制度だ。こうした個別の調整は、組織では一般的になりつつある。しかし研究結果によれば、I-dealsには潜在的なリスクもある。たとえば、同僚が不満を持つ、チームワークが難しくなるなどだ。また、これは一部の労働者だけが享受できる権利であるため、すべての労働者にとって公正な施策の実現を阻害するかもしれない。

組織レベルでは、従業員が仕事から離れる時間を確保できるように、業務連絡に制限を設ける企業が現れた。2011年には、フォルクスワーゲンの経営陣と労働組合代表が、午後6時15分から午前7時まではスマートフォンへのメール連絡を遮断することに合意するという歴史的な意思決定を下した。しかし、適用対象は労働組合の規定によってドイツ国内に限定され、経営層は含まれていなかった。ほかにも同様の方針を採用した企業がある。ドイツのグローバル消費財メーカーのヘンケルは、2012年のクリスマスから大晦日までの1週間を「電子メールからの解放」期間にすると発表した。フランスのIT企業アトスは2011年に、2014年までに社内メールを廃止して「ゼロ・メール」企業になると宣言した。どの取り組みも経営陣と労働組合側が、従業員がいつオフラインになるかの時間帯を決定し、その多くがメール通信を遮断するソフトウェアを導入している。

国レベルでは、政府が「つながらない権利」の法制化を推進してきた。勤務時間外に業務連絡への対応を拒否する権利を従業員に認めるものだ。これによって個人だけでなく、社会全体に便益をもたらすことが期待されている。たとえばつながらない権利によって、働く人々はワーク・ライフ・バランスを自分で考えやすくなるかもしれない。また、罰則を恐れることなく、会社や上司からの要求を断ることができる。休息時間を確保することで疲労から回復し、また家庭の事情で仕事を休めるので、ストレスが軽減されるかもしれない。その結果、会社からは見えない利害関係者である、子どもや扶養家族にも恩恵が及ぶ。また、従業員のメンタルヘルスを支えることにより、医療保険制度の負担を軽減できるだろう。

フランス、スペイン、ベルギー、ポルトガルなどいくつかの国では、つながらない権利の法制化が実現した。欧州議会はさらに一歩踏み込み、つながらない権利を労働者の基本的な権利として広く認めることを奨励している。

2017年につながらない権利が世界に先駆けて法制化されたフランスでは、どのような対策が取られることになったのか見てみよう。つながらない権利は当初、「年間労働日数制(forfait jours)」に基づく労働契約を結んだ従業員、つまり労働時間が年間の労働日数で固定されている従業員だけに適用された。法制化される以前は、労働組合の交渉によって合意される労働条件だったため、雇用主側にかなりの裁量が与えられていた。フランスの法律は、企業が従業員代表との交渉により、「従業員がつながらない権利を行使できる手続きと、デジタル機器の使用を制限する仕組みを確立して、従業員が休憩や休暇、さらには個人や家族の時間を確保できるようにすること」を義務づけた。ただし、職務内容や状況は企業によってさまざまに異なるため、具体的な内容は企業ごとに定めることを認めている。

さらにこの法律では、従業員50人以上の企業は労働組合と交渉し、つながらない権利を組織としてどのように導入し実践するかについて、方針を定めなければならないとしている。具体的には、従業員が休憩や休暇をとって個人生活や家族生活を充実させるために、(一部の例外を除き)11時間の勤務外時間を確保することを保障しなければならない。もし方針について合意に至らなければ、企業は労働組合と協議して、社内でつながらない権利のガイドラインと原則を記した運用方針を作成し、この権利について従業員の意識を高めるための研修およびコミュニケーション施策を実施しなければならない。このように、つながらない権利の具体的な内容は、組織が何を優先するか、また採用した方針をどれほど本気で実行する意志があるかに大きく左右される。規制を義務づける組織もあれば、つながらない権利の重要性を学ぶ研修を提供する組織もある。

しかし、このアプローチには限界がある。法律はつながらない権利を組織の運営方針に含めるように義務づけているが、罰則は定められておらず、変化を加速できていないからだ。サイバーセキュリティ会社のカスペルスキー、データ分析会社のカンター、情報誌の『L’ADN』が2021年に実施した調査によれば、大部分のフランス企業がつながらない権利に関する方針を定めていなかった。フランスのような労働組合と雇用保護意識の強い国でさえ、この法律の遵守に消極的であることが判明し、法制化の効力に対して疑念が高まっている。

さらに、法律で定めているつながらない権利は、「午前9時から午後5時まで」という伝統的な勤務時間など、時代遅れの勤務体系を前提にしている。現代では、時間帯が異なる場所で働く国際的なチームをはじめ、バーチャル空間を活用して働くことが一般的だ。マスターカード社によれば、2023年には世界全体で7800万人がギグ・エコノミーで働くと予想され、これらの労働者はインターネット上のプラットフォームサイトを通じて仕事を得て生計を立てる。COVID-19のパンデミック期に、出社と在宅のハイブリッド勤務、リモートワーク、フレックスタイム勤務が当たり前になった。現行の法律では、これらのリモートワークや過剰なオンライン状態の問題には効果的に対処できないだろう。

つながらない権利は1つのソーシャルイノベーションとして、社会をより良くするための推進力となるのか。現在の労働市場において、つながらない権利の法制化が個人を超えて社会全体にも効果をもたらすためには何をすべきなのか。

「技術、労働、家族に関する国際ネットワーク(INTWAF)」で組織研究を行う私たちは、つながらない権利の制度化は、現代の職場と労働者のニーズに応え、社会に恩恵をもたらすかたちで実現されるべきだと考える。私たちが求めているのは、オンラインにつながることとワーク・ライフ・バランスの社会的価値について再定義し、労働者の権利をきちんと保護できるような「つながらない権利」だ。このような権利が生み出す価値は、企業や特定の従業員グループだけでなく、広範囲の利害関係者にも分配されるはずだ。この次の段階の権利を私たちは「つながらない権利2.0」と呼んでいるが、その本質は「柔軟なI-deals(個人のニーズと優先順位を考慮する)」「組織レベルの取り組み(さまざまに異なる職場の文化と規範に合わせて実施する)」「法的アプローチ(権利の広範な行使)」を通して、職場内外でより公正な労働環境をつくることである。

困窮度合いを測定する

ワーク・ライフ・バランスとは、その人にとって大切な仕事と生活における役割を、効率的かつポジティブに取り組むことができる状態を指す3。したがって、新しい「つながらない権利」について議論するために、次の3つの基本的原則を提案したい。

  1. 誰もが権利を行使できる
  2. 企業の組織文化や既存の規範を考慮している
  3. 人によって優先順位が異なることを考慮している

●原則1:誰もが権利を行使できる

つながらない権利は、誰もが行使できるものであるべきだ。しかし、現行の法律の多くは、一部の従業員グループを対象外としていたり、職務上の制約のために権利の行使を保障していなかったりする。たとえば2022年、カナダのオンタリオ州は、従業員25人以上の企業に対して、つながらない権利の運用方針を文書化することを法律で義務づけた。この法律は、それより小規模の企業には適用されない。また、州政府の管轄にある企業に対してのみ適用されるため、連邦政府の管轄にある企業で働く労働者も対象外となる。

つながらない権利の法制化だけに頼るもう1つの落とし穴は、労働法や雇用法で保護の対象とされていない、あるいは十分に保護されていないインフォーマル経済の労働者たちが政策からこぼれ落ち、格差が生じてしまうことだ。この問題は特に、ほとんどの労働者がインフォーマルセクターや中小企業で働いている開発途上国で広く見られる。

中間管理職も潜在的に権利が保障されない恐れがある。彼らは企業の運用方針上では保護対象かもしれないが、職場での立場上、常に部下からの連絡に対応することが求められ、つながらない権利を行使できない。オンタリオ州では、つながらない権利をすべての従業員に保障することを義務付けているが、実際には職種ごとに異なる方針を策定できるため、権利行使の不平等を助長している可能性がある。

中間管理職は仕事と生活の両立が特に難しく、メンタルヘルスの悪化を招きやすいことが指摘されている。理由の1つは、彼らが矛盾する立場に置かれているからだ。仕事上の権限をある程度持つが、経営層の監督下にある。企業は、管理職に対するこのような要求事項を考慮したうえで、一定のつながらない権利を保障する方針をつくるべきだ。そうでないと、管理職は部下のつながらない権利を守るよう迫られる一方で、自らはその恩恵を受けられないかもしれない。INTWAFの調査によると、最も現場に近い管理職は不公平感を持っているという。つまり、自分たちの労働条件が、部下の従業員に与えられる条件よりも悪いか平等でないと感じているのだ。たとえば勤務時間外の労働管理やその手当など、部下に与えるべき条件を自分たちは得ていないと感じている。こうした不平等感は、管理職の離職につながり、優秀な人材確保が難しくなる可能性がある。

さらに、たとえ法律でつながらない権利の保護対象とされても、一部の労働者はその恩恵を受けられない可能性がある。看護師や医療従事者など、医療現場の最前線で働く人たちは、救急の呼び出しがあった場合に対応する必要があるため、頻繁にスケジュールやシフトが変更される。そのため彼らがつながらない権利を行使しようとしても、必然的にその行為に対する非難への恐れや、患者のそばから離れることへの罪悪感を抱いてしまう。

以上のように、世界的に働き方が多様化しているため、つながらない権利の普遍的な適用は難しく、すべての人に平等に、あるいは同一に与えられるものではないことがわかっている。この権利の格差を緩和するために、2つの改善点がある。第一に、法制化を進めるうえでは大企業の正規雇用者だけを対象にすべきではないということ。第二に、つながらない権利をすべての労働者が行使できるように、組織全体での取り組みなどを通じて法律ではカバーできない部分を補うことだ。

●原則2:企業の組織文化や既存の規範を考慮している

2つ目の問題は、つながらない権利の運用は、企業の事業内容や文化に大きく左右されるという点だ。2021年の欧州生活労働条件改善財団(Eurofound)の報告書によれば、勤務時間外のメールのやり取りを禁止するといった厳格な規制を含め、企業はさまざまな方法でつながらない権利を担保している。しかし、ソーシャルメディアや他のメッセージツールの利用によって、通信を制限しようとする企業の試みが不十分になる、場合によっては効果がなくなる恐れがある。また、規制を義務づけるのではなく、つながらない権利の利点について従業員と管理職を教育することに重点を置く企業もある。しかし、どちらのアプローチも、労働者が安心して権利を行使でき、企業が積極的にその後押しをする文化が根付いている場合にのみ効果がある。企業に根付く暗黙の期待とデジタルツールへの依存が結びついて、勤務時間外や週末、休暇中にも連絡可能な状態が容認されている場合もあるからだ。リモートワークで働く人たちも、出社しない代わりに業務連絡への返信率を上げる必要性を感じている。自分の属する組織がワーク・ライフ・インテグレーション(仕事と生活の統合)に価値を置き、たとえば仕事を家に持ち帰ることが当たり前になっていると、自分は仕事から離れたいと望んでいたとしても、実際には難しくなる。

つながらない権利の運用方針は、既存の組織文化と上記のような暗黙の期待をきちんと踏まえたものである場合にのみ効果がある。そうでなければ、労働者の多くが新しい方針に従わないだろう。したがって、もし長時間労働や常時オンライン状態が価値とされる考え方が企業に根付いているのであれば、持続可能な労働環境を目指す組織改革を実施し、その中でつながらない権利の運用方針を検討するべきだろう4。その方針自体が組織の文化を変えることを意図している場合でも、まずは文化とマインドセットが大きく変わらないかぎり、実現は難しいかもしれない。

●原則3:人によって優先順位が異なることを考慮している

最後に、つながらない権利は個人の意向や置かれた状況に左右される。つながらない権利の行使に慎重な労働者は、次のいずれかの視点に立っていることが多い。

●視点1:権利を行使するのは自分にメリットがあると感じるときである

メリットを見出せば、労働者はつながらない権利の行使を前向きに捉えるだろう。INTWAFが2019年に実施した調査では、労働者がつながらない権利を行使した際の4つの動機を明らかにした。「自身のパフォーマンスの改善」(仕事と生活両方で果たすべき役割に集中して取り組む)、「自分なりのデジタル哲学の確立」(デジタルデバイスに支配されるのではなく自分がコントロールする)、「人間関係において望ましくない行動の抑制」(他者に対して不敬な態度をとらないようにする)、「自分が優先すべきことの遵守」(家族との時間を確保する)である。

興味深いことに、連絡を遮断したいという思いの裏には、個人の時間や余白を確保するだけでなく、仕事における集中力を取り戻そうという意識も働いていることが明らかになった。つまり、つながらないことは労働者と企業の両方にとって「ウィンウィン」の効果を生み出しうるのだ。

したがって、企業の方針で常時つながっていることへの期待を引き下げることができれば、従業員はつながらない権利を行使しやすくなる。これらの方針によって、常に仕事上の連絡がついて、生活よりも仕事を優先する従業員を理想とするステレオタイプを払拭できるかもしれない。たとえば、週末の完全なオフラインを奨励することで、メールに返信しないことで非生産的でプロ意識が足りないと非難されることがなくなり、「しっかり休息時間を取れるのが理想の労働者像である」という考え方が受け入れられやすくなるだろう。

●視点2:連絡を遮断しても、仕事のことを考えてしまう

一部の企業では、勤務時間外のメールを遮断することでつながらない権利を担保し、仕事と生活を切り離せるようにしている5。これによって、業務連絡の要求を減らし、個人の時間の邪魔をするのを避けられるという結果が示されている。とはいえ、抱えている仕事量が多い場合、あるいは(それに加えて)きちんと仕事をしていることを示すために迅速に反応しなければならない職場であれば、単純に仕事上の連絡を制限するだけでは、従業員のストレスを軽減できない可能性がある。「仕事から離れられない」という問題が、つながらない権利の議論では十分に扱われていない。

さらに、メッセージやメールの返信が遅れることで、会社や上司がどう反応するかわからなければ、従業員は仕事に対して不安な気持ちを抱くかもしれない。企業の方針として、従業員に期待される仕事量を明示すれば、こうした不安は解消されるだろう。たとえば、企業がつながらない権利の行使を奨励するのであれば、メールへの対応頻度や、仕事量が通常よりも多いときはそれを考慮して柔軟に評価するといった内容を明記してもよいだろう。

●視点3:勤務時間に縛られずに仕事をする柔軟性を認めてほしいので、つながらない権利を義務化されたくない

つながらない権利の行使が義務になると、従業員の自律性が損なわれる。労働者の意思にかかわらず、つながらないことを強制するアプローチ(勤務時間外のメールを全社で遮断するなど)をとる企業は、従業員から権利を行使するうえでの自律性も奪っている。

たとえば、午前9時から午後5時までという伝統的な勤務時間の働き方が適さない人材はどう扱えばいいのか。あるいは、企業の方針に従って仕事と生活を切り離すよりも、両方をうまく融合させたいと考える人もいるかもしれない。

仕事と生活を切り離すように義務づける法的条項と、従業員の実際の仕事のスケジュールや仕事と生活の境界線についての考え方が一致しなければ、仕事の満足度やコミットメントが薄れるなど、労働者と企業両方に問題を引き起こしかねない6。そもそも勤務時間の固定化が合わないために、つながらない権利を制度化しても遵守するのが難しい場合もある。たとえば子どもを持つ親は、育児のために日中は短時間勤務を望み、代わりに夕方や週末に働くことを望むかもしれない。

COVID-19のパンデミック期には、子育てと仕事のバランスをとるのが特に大きな課題になった。ロックダウンにより学校や幼保育施設が閉鎖され、親たち、とくに子どもや家族の世話の負担が大きい女性たちは、仕事のある日中に子どもの世話をし、勉強まで教えなければならなかった。結果として、大勢の女性が育児を理由に仕事をやめざるを得なくなった。

この仕事と生活が交わる部分は、「つながらないこと」の意味を再検討するうえで役に立つ。夜間のメール通信を遮断するといった強制的な措置を導入すべきなのか。組織の全員が一様に適用される包括的な方針とすべきか、それとも、労働者の多様なニーズに柔軟に対応できるように調整可能なものとすべきか。つながらない権利の制度化の大きな目標は、従業員の勤務外の休息時間を確保することなので、融通のきかない規則にならないようにどう柔軟性を取り入れるかが課題となる。これを克服するには、従業員を信頼し、企業のガイドラインの枠組みのなかで、それぞれのワーク・ライフバランスとパフォーマンスを両立できるようなかたちで労働時間の自己管理を促すことだ。

たとえば、週のうち何時間、あるいは年に何日間つながらないことを決め、その時間には自分の優先順位に従って予定を組むことを奨励してもいい。労働者によって活力や集中力を妨げるものが異なるため、1日のなかで最も集中できて生産性の上がる時間帯は異なる。最も集中できる時間帯に勤務できるようになれば、個人の生産性や満足度が向上するだろう。

●視点4:雇用主に自分の熱意を示したいが、それができなくなった

パンデミック期にリモートワークで働いていた労働者を対象にINTWAFが実施した調査によれば、多くの労働者が出社できないことによるコミュニケーション不足を補うために、オンラインプラットフォーム(マイクロソフトのTeamsやSlackなど)を積極的に利用し、勤務時間外のメールや電話等の連絡にも迅速に応じることで、自分のコミットメントを示そうとしていた。つながらない権利は、常に従業員に連絡がつくことを望む雇用主側の期待を抑える一方で、リモートワークで働く人にとっては、どうやって仕事をしていることを示せばよいのか戸惑うかもしれない。従業員のなかには、たとえリモートであっても、自分が仕事に長い時間をかけ、効果的に仕事ができていると上司に示すために、デジタルツールを使おうとする者もいるだろう。あるいは、仕事を優先することが期待され、その行動が報奨につながる組織文化がまだ根付いているために、上司によい印象を与えたいと考えるかもしれない。また、仕事優先は義務だという考えや、最も充実感を得られるのが仕事だからという理由でそうする人もいるだろう。

企業の経営層や人事の責任者は、組織の文化的規範や期待の形成に大きな影響力を持つが、それが従業員に対する価値、貢献度、コミットメントの評価を左右する。もしある組織の文化的規範が、常に連絡がつくことを期待し、それによって従業員が報奨を得るのであれば、つながらない権利を組織の中で根付かせることは難しい。そしてリモートワークで働く従業員は、自分の熱意を示すために他のデジタルツールを利用し、企業側の意図とは裏腹にオフラインにするための仕組みを簡単に回避してしまうだろう。つながらない権利の制度化に効力を持たせるためには、企業の組織文化の変革も必要だという認識が欠かせない。

つながらない権利には、仕事による疲労や燃え尽きからの回復を助け、仕事と生活の境界線をはっきりさせることで、ワーク・ライフ・バランスを向上させる効果がある。その一方で仕事から離れるように強制されることで、労働者は慣れ親しんだ習慣を変えなければならず、より自分に厳しく仕事をするようになってしまいかねない。また、自分の価値観や習慣を見直すように促されるが、実際の時間やエネルギーの使い方が自身の価値観に合っていないと感じるかもしれない。したがって、つながらない権利は、過重労働、仕事と生活の境界線の曖昧さ、常に仕事上の連絡がつくことへの期待など、企業が抱える根本的な問題の改善につながらないばかりか、ワーク・ライフ・バランスとウェルビーイングを労働者の自己責任の問題にしてしまいかねない。

つながらない権利の未来

持続可能な職場や社会をつくるためには、労働者のつながらない権利を法律や政策で保障し、常につながっている状態がもたらす問題を乗り越えることが不可欠だ。これまで世界で制定された法律は、勤務時間外につながらない権利を行使する選択肢を労働者に与えることを目的としている。これらの法律が適用される企業は、つながらない権利に関する方針を策定することが義務づけられるが、政府はそれらの方針の具体的な内容には介入せず、罰則もない。結果として、つながらない権利の法制化がもたらす効果にはばらつきがある。その方針がどれくらい実行されるかは、雇用主に大きく左右されるからだ。だから現行の法律では、実際の労働環境を大きく改善するような変化にはつながらない。

求人情報サイトのグラスドア(Glassdoor)の調査によれば、フランスの労働者は雇用主の期待に応えるために休暇中も仕事を続け、仕事に関する情報を確認し続けていた。この調査結果から、つながらない権利の原則と方針が表面上は効果的に見えても、実際の運用においては依然として課題があることがわかる。したがって、これらの方針は職場の現状を踏まえるとともに、より包括的でアクセスしやすいかたちで導入されなければならない。また、細やかで柔軟性のある、実態調査に基づいた内容でなければならない。

それでは、つながらない権利の未来をどのように描くべきだろうか。この権利が社会的価値を創出し、変わりゆく労働環境でも効力を持ち続けるために、政策立案者や組織のリーダーは何ができるだろうか。ここで、さまざまな環境に置かれた利害関係者にとって、つながらない権利がより実質的で持続的な効力を持つために必要なことを、3つ明らかにしておこう。

  1. 企業の組織文化、戦略、望ましい慣習、価値観、優先順位に合わせて、柔軟につながらない権利を行使できるようにする。
  2. すべての労働者のつながらない権利が認められ、行使できるようにする。その際に、職種の違いがあっても公正な恩恵が受けられるように考慮する。
  3. 労働者の現実、背景、ニーズ、つながらない権利についての考え方を考慮した運用方針を策定する。この権利が相互に満足できるものにするために、従業員にも意見を述べる機会を与える。

もちろん、つながらない権利によって常時接続(ハイパーコネクティビティ)と過労のもたらす問題を、魔法のように解決できるわけではない。パンデミックによるロックダウンで、働く人々は人生における仕事の位置づけに疑問を持つようになった。労働者と労働組合、管理職、企業、研究者、その他の市民らが集まって、職場をどう変化させるべきか議論していく必要がある。

必要な変化のために、政府はさまざまな利害関係者と協力し、堅実だが柔軟な法律を考案し、つながらない権利を普遍的かつ長期的な権利として認めなければならない。たとえばカナダは2021年に、専門家、労働組合、NGO、雇用主などと協力して公開討論を行い、ギグ・エコノミーで働く労働者のつながらない権利に関する意見を集め、法制化の前にこの権利の法的・社会的な影響の調査を求める提言を発表した。このような対話は、政府や企業が広範な利害関係者を議論に巻き込んで、法律の適用から除外あるいは不利な影響を受けうる、周縁化されやすかった労働者たちにも使いやすい仕組みを考案するのに役立つ。

ワーク・ライフ・バランスと職場でのメンタルヘルスを優先するために、政策にも改革が求められる。たとえば、勤務時間外の通信を遮断するよりも、非同期コミュニケーションに移行するほうが、ストレス軽減や仕事と生活の両立に役立つと主張する専門家もいる。リアルタイムで常につながるのではなく、時間差でつながればいいのだ。つながらない権利に関する方針は、さまざまな職業環境に適応したものであると同時に、企業の組織文化の価値観や労働者の期待に見合うものでなければならない。
さらに、法制化にあたっては各国の政治的・経済的背景と、既存の法律も考慮されなければならない。スコットランドやベルギーなどでは議論をさらに進め、持続可能なキャリアには仕事量の軽減が重要だとして、週4日制の勤務体系を導入している。週あたりの労働時間の短縮が、つながらない権利に不可欠な条件になるかもしれない。

その一方で、将来的には権利の全面的な見直しが必要になる可能性も心に留めておくべきだろう。すべての人のニーズを満たし、職種や個人の置かれた状況にかかわらず、誰もが行使できる権利にするためだ。つながらない権利の議論が私たちみんなに影響を与えることは間違いない。

【翻訳】田口未和
【原題】The Right to Disconnect(Stanford Social Innovation Review, Spring 2023)
【イラスト】Illustration by Matt Chase

筆者紹介

執筆陣は、モントリオールのケベック大学スクール・オブ・マネジメントに属する「技術、労働、家族に関する国際ネットワーク(INTWAF)」のメンバー。


1 以下も参照。 Pedro Afonso, Miguel Fonseca, and Tom.s Teodoro, “Evaluation of Anxiety, Depression and Sleep Quality in Full-Time Teleworkers,” Journal of Public Health, May 25, 2021.
2 世界の「つながらない権利」に関する法律の概要については、以下を参照。C. W. Von Bergen and Martin S. Bressler, “Work, Non-work Boundaries and the Right to Disconnect,” Journal of Applied Business and Economics, vol.21, no.2, 2019.
3 以下を参照。Wendy J. Casper et al., “The Jingle-Jangle of Work-Nonwork Balance: A Comprehensive and Meta-analytic Review of Its Meaning and Measurement,” Journal of Applied Psychology, vol.103, no.2, 2018; and Julie Holliday Wayne et al., “In Search of Balance: A Conceptual and Empirical Integration of Multiple Meanings of Work-Family Balance,” Personnel Psychology, vol.70, no.1, 2017.
4 Ariane Ollier-Malaterre et al., “Technology Regulation in the Service of Sustainable Work-Life Balance,” in Peter Kruyen, St.fanie Andr., and Beatrice van der Heijden, eds., Maintaining a Healthy, Sustainable Work-Life Balance Throughout the Life Course: An Interdisciplinary Path to a Better Future, Cheltenham, UK: Edward Edgar New Horizons in Management series (刊行予定).
5  以下も参照。Glen E. Kreiner, Elaine C. Hollensbe, and Mathew L Sheep, “Balancing Borders and Bridges: Negotiating the Work-Home Interface via Boundary Work Tactics,” Academy of Management Journal, vol.52, no.4, 2009; Tammy. D. Allen et al., “Boundary Management and Work-Nonwork Balance while Working from Home,” Applied Psychology, vol.70, no.1, 2021.
6 以下も参照。Ellen Ernst Kossek and Brenda A. Lautsch, “Work-Family Boundary Management Styles in Organizations: A Cross-Level Model,” Organizational Psychology Review, vol.2, no.2, 2012; Pascale Peters and Robert Jan Blomme, “Forget about .The Ideal Worker’: A Theoretical Contribution to the Debate on Flexible Workplace Designs, Work/Life Conflict, and Opportunities for Gender Equality,” Business Horizons, vol.62, no.5, 2019.

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