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社会的インパクト測定をめぐる2つの実験

社会的インパクト測定をめぐる2つの実験

市場原理を公共サービスに取り入れたアウトプット評価モデルは多くの弊害をもたらした。
それに代わるアウトカムベースのアプローチとは。

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 01 ソーシャルイノベーションの始め方』より転載したものです。

マックス・フレンチ Max French

1791年から1799年にかけて出版されたジョン・シンクレア卿の『スコットランド統計報告書(Statistical Account of Scotland )』は、英語で初めて「統計」という言葉が使われた書籍である。

また、初めて「住民が享受している幸福の総量と、その将来的な改善方法を確認する」ための国家規模の測定システムが示された書籍でもある。

今日の国家運営では、「社会的な成果(アウトカム)を正しく評価することが国政に対するより賢明なアプローチである」ことが広く知られている。政府は経済成長の指標よりも、ウェルビーイングの達成度を重視する政策に方針転換している。それに伴い、公務員や社会的投資家は、提供されたサービス(アウトプット)に対してよりも、達成した成果(アウトカム)に応じて資金を提供することが増えている。国連の持続可能な開発目標(SDGs:2015年に国連加盟国が承認した、より平和で持続可能な豊かな地球のための17の約束)も、世界的な対策の推進と協調のためにアウトカム評価を利用している。

このように広く普及し、研究されてきたにもかかわらず、ガバナンスや社会改革に対する成果(アウトカム)ベースのアプローチはあまり理解されておらず、依然としてその有効性も実証されていない。シンクレアの測定に基いた改善というビジョンはどこで間違ったのだろうか?シンクレアのイノベーションから200年以上が経ち、アウトカムベースのアプローチに関する2つの重要な実験がなされている。この2つの試みこそ、その問いへの答えを握っているかもしれない。

ニュー・パブリック・マネジメントの功罪

1つ目の実験は、1980年代後半から1990年代にかけての新自由主義の台頭と、それに伴う公共部門の改革から始まった。行政学を専門とする政策学者クリストファー・フッド教授が1991年に発表した「ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)」は、市場原理と民間の経営手法を導入することで、公共サービスを改善しようとするものだった。イギリスの国民保健サービス(NHS)のように民営化や市場化が不可能もしくは政治的に不人気である場合、NPM推進派は市場のインセンティブの仕組みを適用し、定量化された業績目標の達成度に応じた報酬の支払いやペナルティを提唱した。

初期のNPM改革では、逮捕者数や患者の診察数、学校の1クラスの生徒数といったサービスレベルのアウトプット指標を採用していたが、しだいに犯罪率や死亡率、教育達成率などの社会的なアウトカム指標に焦点を当てるようになった。適切なアウトカムベースの評価をすることで、政策立案者は政策、サービス、社会プログラムの社会的インパクトを客観的に判断し、それに関わる人々に説明責任を果たすよう求めることができるようになった。ソーシャルインパクト・ボンド(民間資本を活用した成果連動型の契約)、インパクト投資(実証可能なインパクトを前提とした社会的投資)、アウトカムファンド(ソーシャルインパクト・ボンドを委託するための資金プール)などのより現代的な手法は、国家が直接のサービスの提供者ではなく、成果の委託者になるという強化版NPMへの道を開いた。

アウトカムの測定は、社会的介入を客観的な基準で設定するためのものだ。効果のある取り組みとそうでないものを選別し、提供されたサービスではなく、達成された効果や成果に対して報酬を支払う。このアプローチを推進する人々は、この手法はより大きな説明責任と資金調達を可能にする市民へのギフトだと主張する。しかし、彼らのアジェンダは最終的には政治家、ビジネスリーダー、裕福なフィランソロピストなど有力者の利益につながるものだ。

一方、公務員はサービス提供者から委託者になることで、サービス提供にまつわる頭痛の種や、結果として物事がうまくいかなかった場合の責任追及を避けることができる。

この1つ目の実験から発展した注目度の高いモデル――結果に基づく説明責任(RBA)、業績報酬型契約、業績連動型民間委託契約方式(PFS)、コレクティブ・インパクト、ソーシャルインパクト・ボンド、アウトカムファンド、インパクト投資など――は状況の複雑さを過小評価し、実装にコストがかかるうえに逆効果を生みがちな、過度に単純化したパフォーマンス管理メカニズムに頼っている。その結果、期待された利益を生み出すどころか、さまざまな負の影響を生んでいる場合がしばしば見受けられる。

アウトカム重視のアプローチは、真の改善を犠牲にして、パフォーマンス測定のゲーム化を促進する。イノベーションではなく、短期主義とリスク回避を加速させ、最終的には公共機関のモラル、ステークホルダーたちの協力関係と適応能力の破壊につながった。アウトカムベースの改革を推進する人々は、こうした残念な状況に対し、これは例外だとか誤用などと説明してきたが、いま振り返ってみるとモデル自体が間違っていたということだろう。

指標で「管理する」ことからの脱却

しかし一方で、社会課題を解決しようとする人には別の選択肢がある。実は、アウトカム指標を用いて、共通の目標に向かって長期的なコラボレーションを動かしていこうとする新たな実験がすでに始まっている。

スコットランド、ウェールズ、ニュージーランド、カナダなどの各国政府は、このアプローチで社会福祉の目的と機能を再構成している。ウエスタン・オーストラリア・アライアンス・トゥ・エンド・ホームレスネス(西オーストラリアにおけるホームレス状態をなくすのための団体)のようなセクターを超えた市民パートナーシップは、アウトカム測定のフレームワークを使って社会正義のための大規模なキャンペーンを展開している。また、SDGsやウェルビーイングに関する国際的なムーブメントでは、壮大な社会課題を国家を超えたコラボレーションで解決するために、同様のフレームワークを用いている。

これらのイニシアチブはすべて、明確な行動の青写真や実施計画がない。それどころか、組織として管理することも、結果に基づく直接的な説明責任も伴わずに進められている。その代わりに、野心的かつ共有された目標を掲げ、それに向けて幅広い組織をまとめあげる道具として指標を利用する。そして、アウトカム指標の使い方も違う。業績を管理するためではなく、長期的な協力関係を構築するために、指標を利用するのだ。このアウトカム指標を利用したフレームワークの設計者は、指標による管理よりも指標を通じた求心力に焦点を当てている。社会的変化をもたらすために必要な長期間にわたる協力を動機づけ、複数の関係者による協調的なイノベーションを促進するのに十分な説得力を備えた、参加者が賛同できるような共有のビジョンを明確なものにするために、アウトカム指標を用いようとしているのである。

協働フレームワークの利点と課題

NPMでの実験と比較して、このやり方にはいくつかの利点がある。

第一に、中央の権威を必要としないこと。このアウトカムベースのフレームワークは、報酬やペナルティではなく、参加者(企業、政府、非営利団体)が新しい目標や指標に賛同し、それを採用することを前提としている。したがって、このフレームワークを構築するときは他の参加者が積極的に参加したいと思うようなコレクティブ(集合的)なミッションを持ち、その構造が包摂的かつ参加型のものでなければならない。

第二に、データの完璧さを求めないこと。結果に直接的な責任を負う必要がないため、アウトカムに着目したコラボレーションでは、走りながら方向性を決めたり、仕組みを構築したりすることができる。その際、データが不足していたり、優先順位が変わったりするようであれば、評価測定システムも微調整していく。データが完璧なものでなくても、共通する目的のために参加者を集め、意思決定をしていくために役立てることができるのである。

第三に、このフレームワークは地域の優先事項をなかったことにしたり、排除したりするものではない。

このフレームワークはさまざまな手法や解釈の余地があるので、地域の文脈に柔軟に対応できる。地域の優先順位をないがしろにするものではなく、むしろ地域のニーズにシステマチックに取り組むためのベースとなるのだ。

もちろんこの新たなアプローチは万能ではない。結果に連動する強力なインセンティブを持たないアプローチは役に立たないという意見もあるだろう。しかし、アウトカム重視のコラボレーションの参加者は、より強力な説明責任のあるモデルを支持する傾向がある。たとえば参加意欲を高め、共通の価値観に基づいてミッションが形成されるためには、仲間からの目や羞恥心、世間の評判、そしてソフトパワーのあり方が重要な役割を果たしている。このモデルでは説明責任を放棄するのではなく、アドボカシーグループ、市民社会のネットワーク、メディアなど幅広いプレーヤーに呼びかけ、価値観を共有し、公的な説明責任を果たしていくことで変化を促すことを目指している。

真の変化をもたらすことのないリップサービス、無意味な記念碑的なもの、あるいは社内向けポスターになっているかたちだけの「アウトカム」についての批判もある。企業や政府もまた、意味のある行動をとらずに、SDGsを名目だけで採用する「SDGsウオッシュ」を行っているという非難もある。本来ならば、アウトカム目標とそれに関連する業績指標は、組織の活動に影響を与え、組織の考え方を変えるものでなければならない。また、目標は予算編成や戦略的計画をかたちづくるものであり、業績指標はそれぞれの組織の活動を方向づけ、共有されたミッションへの貢献を導くものでなければならない。ニュージーランドの福祉予算は、GDPなどの狭い範囲の経済指標ではなく、人間のウェルビーイングに関する幅広い指標を優先し、身体的・精神的健康、意義のある雇用、少数民族への公正などの優先事項と、政府の予算とを結びつけている。政府はデータを収集することで、ウェルビーイングを脅かす要素を予測し、戦略的な対応を行っているのである。

より包摂的で参加型のフレームワークを採用すると、特別な利益団体に取り込まれる危険性があるという批判もあるかもしれない。しかし、そのような見方は、指標を設定することに内在する政治性を無視するものである。アウトカムベースのフレームワークの構築と実施に多様な視点を取り入れることは、真の意味で共有されたミッションをつくり、複雑な目標を追求する際の相互依存関係に導くためには不可欠だ。多様でときには相矛盾するような視点を取り入れることは、特定の利益に取り込まれるどころか、行きすぎた力関係の不均衡を元に戻すことにつながる。たとえば、SDGsはミレニアム開発目標(MDGs)に対し、「グローバル・サウス」の国々との協議の幅を広げ、技術的な課題にとどまらないより根本的な構造問題に焦点を当てている。

アウトカム目標を伴うアジェンダが国際的に加速していくなかで、私たちは岐路に立っている。アウトカム測定を、技術官僚たちがサービスを商品化するための装置と見なし続けるのか。それとも、より協働的なガバナンスのために目的主導型のモデルを民主的に生み出していく手段と見なすのか。アウトカムは、一方的に設定された目標に向かって他者の行動を管理する仕組みとして働く場合もあれば、目標に対して有効な複数の包摂的かつ対話的な関与を促進する仕組みとなる場合もある。また、国家の空洞化を促進することもあれば、社会課題を根本から解決するためのリーダーシップの役割を再認識させることもある。ガバナンスの複雑さからの後退を示すこともあれば、それに対する意義のある関与を促すこともある。

後者を選ぶ場合、アウトカムベースのアプローチに関する、これまでになかった豊富な選択肢を手に入れることができる。それは、共通の価値観を反映したアウトカム測定の枠組みをともにデザインすることだったり、実施のための青写真を描いたりするためではなく、コラボレーションのためのプラットフォームを構築し、仲間からの目や世論といったよりソフトな管理によって説明責任を果たすことだ。このようにして初めて、アウトカムの評価はジョン・シンクレア卿が期待したように、「将来の改善の手段を握る」ものとなりうるだろう。

【翻訳】SSIR-J
【原題】Two Experiments with Outcomes Frameworks(Stanford Social Innovation Review, Fall 2021)

マックス・フレンチ Max French

ノーザンブリア大学ニューカッスル・ビジネススクールでシステムリーダーシップの講師を、ニューカッスル大学オープンラボで客員研究員を務めている。

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