住居

「地元の人の意見」を聞くことが民主主義に反するとき

カリフォルニア州の住宅危機問題の本質は地方自治体と地域コミュニティが持つ拒否権にある。

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 05 コミュニティの声を聞く。』より転載したものです。

ネド・レスニコフ|ブライアン・ハンロン

全米、そして全世界の富裕な都市部で、住宅費の高騰が止まらない。シアトルからニューヨークまで、またロンドンから香港まで、みな同じ状況にある。震源地はカリフォルニアだ。アメリカの住宅不足はここ数年で危機的なレベルに達しており、深刻な格差や人口減少、そして大量の路上生活者を生み出している。

これらの問題はいずれも、住宅の建設が、人口や経済の伸びに慢性的に追いついていないことに端を発している。深刻な住宅不足にあえぐカリフォルニア州の住宅・コミュニティ開発局(HCD)は、2030年までに250万戸の住居を建設する必要があると見積もっている。

カリフォルニア州の土地利用政策は、世界の他の地域にとっては「やってはいけない」お手本のようなものだ。最大の障害となっているのが、住宅建設に必要な区画設置を頑なに拒否する地方自治体や地域コミュニティである。同州の土地利用に関する意思決定のあり方は、いわゆる「ビトクラシー(vetocracy)」、つまり少数派が拒否権(veto)を行使して決定や執行を阻害する仕組みになっている。これによって現状が維持され、何かを変えようにも多くの利害関係者との交渉が必要になってしまうが、開発拒否派はそれを最大限に活用している。大規模な住宅開発を阻む最大要因の1つが、審査型許可制度(discretionary approval system)である。

この問題から学ぶべき教訓は、富裕層などの特定の権力者や偏った「コミュニティの声」を無条件に尊重することが、いかに地域に弊害をもたらしてしまうのかということだ。

新たな住宅供給が立ち消えになる場所

審査型許可制度とは、文字通り建築計画を許可、ないし拒否する権限を持った特定の機関が「審査」する仕組みであり、自治体の条例などとの整合性を図るためのものではない。担当するのは、自治体や計画委員会、交通委員会、デザイン審査会などさまざまな機関だ。カリフォルニア州サンフランシスコのような都市では、複雑な住宅開発計画に対して審査機関が大きな権限を与えられているため、開発業者はプロジェクトが承認されるまで(そして仮に許可されたとしても)、気の遠くなるような手続きが強いられる。そのプロセスは都市やプロジェクトごとに異なるものの、長期間のパブリックコメントの募集から始まり、デザイン審査、数百ページにおよぶ環境アセスメント報告書の提出、追加のパブリックコメント募集、公聴会を経て、ようやく計画委員会と市議会などの場に持ち込まれることもある。しかも、ここに挙げたのは、誰も開発業者を告訴しないことを前提としたプロセスである(詳細は後述)。

この審査型のプロセスでは、許可が下りるまでに数カ月から数年かかることもあり、しかも開発業者やプロジェクトの支援者があきらめるまで引き延ばされることもある。カリフォルニア州住宅・コミュニティ開発局のデータによれば、ロサンゼルスでは提案されたプロジェクトが許可を得るまでに8カ月以上、サンフランシスコでは許可後の手続きも含めてプロセス全体に3年以上かかることが多いという。

さらに、このプロセスを経て開発案件をうまく進めていくためには、多額の費用がかかる。『サンフランシスコ・クロニクル』が2019年に書いているように、「多くの場合、土地利用に強い弁護士や、建築士、裏方のコンサルタント、公共空間のデザイナー、ロビイストなど、費用のかさむ多くの専門家が必要になる」。ここでロビイングに触れられているのは、審査型許可制度がいかに不正を招きやすいか、そしていかに小規模で政治的な力を持たない開発業者を締め出すものであるか、ということを示唆している。

市議会議員特権が、この偏った力関係をさらに増長させている。市議会議員特権とは、開発計画の可否を決める際に、地元で選出された議員の意見を尊重する慣習のことである。そしてこの特権は、地域間の格差も助長する。なぜなら、新しい住宅が建設されるのは、政治的な影響力がおよびづらい地区や、単に住宅増設に反対しない議員がいる地区に集中することになるからだ。

しかし、カリフォルニア州の審査型の許可プロセスにおいて、個々の議員による影響は微々たるものだ。より大きな問題は、地域コミュニティの意見を取り入れる「コミュニティ・インプット」という同州の制度である。この制度は名前とは裏腹に、きわめて非民主的なシステムだ。

いったいなぜ、地域の意見を取り入れることが非民主的になりうるといえるのか。ここで問題なのは、「誰の声が届いているのか」である。対面でのコミュニティ・インプットの場は、たいていは労働者や小さな子どもの面倒を見なければならない親が参加しにくい時間に開催される。その結果、市議会議員や審査機関が耳にする意見は、主に白人で50歳以上の、しかも圧倒的に住宅所有率の高い住民に偏っているということが、政治学者キャサリン・アインシュタイン、ディビッド・グリック、マックスウェル・パーマーの研究から明らかになった。当然、賃貸居住者と比べて持ち家の人には開発を阻止する動機がある。住宅不足により、持ち家の資産価値は高まるからだ。

また、パブリックコメントにも偏りがある。典型的に見られるのは、「うちの近所ではやらないで(Not in My Backyard)」の頭文字をとったNIMBY(ニンビー)と呼ばれる態度だ。住宅建設の公的意義は認めても、自分の家の近くに建つことには反対、ということである。さらに、審査への影響度という点で、反対意見は賛成意見より2倍も効果的であることが、政治学者のアレクサンダー・ザーンの最近の研究で明らかになっている。ザーンの研究結果で見られた傾向は、サンフランシスコのような、低所得者向けの住宅供給を支援する大手の非営利団体が多数存在している都市においても変わらない。

これまでも各都市において、食事や保育の無料提供など、地域住民の意見をより広く取り入れるためのさまざまな試みが行われてきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの際には、多くの公開会議がZoomなどを活用するオンライン開催へと移行したが、このような革新的な試みによって、このコミュニティ・インプットのプロセスがより民主的なものになるだろうと予測する人もいた。

しかし残念なことに、これらの取り組みの大部分は無駄であったことが、先述したアインシュタインら3人とルイサ・ゴディネス・プーチの共同研究によって明らかになっている。

こうした構造的差別があるにもかかわらず、カリフォルニアの多くの先進的な非営利団体でさえ、審査型許可制度については沈黙を貫くか、単に住宅問題の解決策として「コミュニティのエンパワーメント」の強化を提案するにとどまっている。局所的に見れば、こうした態度は理にかなっている。なぜなら、非営利団体が多大な政治的影響力を持っている場合、審査型のプロセスを最大限活かして、自分たちのプロジェクトの質を高めることができるからだ。たとえば、より環境に配慮した住宅を建てたり、補助金つきの低価格住宅を増やしたりすることも可能である。しかし、審査型のプロセスは、一握りのプロジェクトの質を高めるかもしれないが、全体としては住宅の供給数の増加に歯止めをかけており、結果的に個別の支援団体が解決しようとしている問題そのものを引き起こしているのである。

さらに、たとえプロジェクトが、これまで説明してきたような不許可のチェックポイントをすべてクリアしたとしても、NIMBYたちには常に訴訟を起こす権利がある。これは、カリフォルニア州環境質法(California Environmental Quality Act, CEQA)という、アメリカでも類を見ない法律によるところが大きい。

CEQAは、地方自治体が住宅開発プロジェクトの審査権限を持つ場合、誰でもそのプロジェクトの中止を求める訴訟を起こすことができると定めている。こういった訴訟は、匿名の資金援助を受けている可能性もあり、その多くは競合他社やプロジェクトの建設労働者によい条件を求める労働組合などによるものだが、反対の意図が法律の定める環境への配慮とは無関係な場合もある。

ビトクラシーの根絶に向けて何ができるか

カリフォルニア州政府には、土地開発を阻害しているビトクラシーを一掃する力があるはずだ。先進的な民主主義社会の多くでは、住宅開発は行政機関内の手続きのなかで、いわゆる「基準と照合して(by right)」許可が下りる(基準照合型の許可制度)。つまり、提案されたプロジェクトが地方自治体の定める地域のゾーニング(商用・住宅用などエリアごとに定められた建築物の用途)や建築基準法などの法的事項を満たしていれば、行政の担当者が建築許可を出すことができるのである。このプロセスには、たとえ地元で選出された議員であっても口出しをすることはできない。

基準照合型の許可制度は、透明性が高い。行政担当者はプロジェクトの可否を判断する根拠を文書化して一般に公開する。そのため開発業者は、許可を得るために高額なロビイストを雇ったり、市議会議員の再選キャンペーンに献金をしたりする必要もない。定められたルールに従うだけでいいのである。

この仕組みには、コミュニティ・インプットの支持者からの批判もある。その主張とは、「コミュニティ・インプットのプロセスのほうが基準照合型のプロセスよりも民主的であり、審査の過程で社会から周縁化された声なき人々の意見を吸い上げることができる」というものだ。しかし、審査型のプロセスでは、集まる意見が少数の富裕層の声に偏ってしまうというのが、社会科学の研究者の間でほぼ一致した見解である。

対照的に、基準照合型のプロセスは、正式な市民の代表によって制定された、法律に基づいたものだ。土地の利用条件を定める市の総合計画の最終的な意思決定者(議員)を選挙で選んだり、草案づくりに参加したりする過程において、市民は、実はコミュニティ・インプットのプロセスよりも多くの意見を述べる機会を与えられているのだ。地域住民は、どんな計画ができたかを基にして選出議員を評価することができるので、より民主的な説明責任を果たすことを求めるようになる。さらに、個別の建築案件ごとに小規模な意見交換会を何度も開催するよりも、1つの中長期計画の施行に向けた大規模な会議を開催したほうが、幅広く市民の意見を集めやすい。

イエール大学ロースクール教授アニカ・シン・ルマーの最近の論文では、審査型のプロセスをより民主的なものにするモデルが提案されている。それは、「総合計画、ゾーニング条例、ゾーニングマップの採択および改定など」の市の全体計画の策定に市民の参加を必須とするものだ。一方で、個々のプロジェクトの許可手続きは行政の担当窓口が担うことになる。これによって、多様な人が住みやすいまちづくりを阻む最大の障害の1つを取り除くことができるだろう。

ドイツのように住宅市場がうまく機能している国では、行政の担当窓口が住宅建設を許可できる仕組みを採用している。実際に建築許可の取得は簡便にすむので、ドイツの住宅価格はきわめて安定している。一方、イギリスはカリフォルニアとかなり似ている。イギリスではあらゆることが交渉によって決まるので、結果、深刻な住宅不足と住宅費の高騰が起こっている。

低価格住宅の建設や資金調達も、基準照合型の許可制度なら簡単にできるようになる。このやり方なら、開発業者に対して、地域への貢献方法に関する要求を個別案件によって変えることもなくなり、どの業者に対しても直接かつ同じ条件で、補助金つきの低価格住宅を建設するように促すことができるのだ。さらに、「誰もが住める建て替え(100 percent affordable housing overlays)」と呼ばれる、ゾーニング定義を変更して低価格住宅のみで構成される建物の高層化や高密度化を可能にする仕組みや、主に低所得層の支援を目的とする、「ソーシャルハウジング(social housing)」の建設に助成することも可能だろう。

非営利のアドボカシー団体であるカリフォルニアYIMBY(Yes in My Backyardの略で、うちの近所でもどうぞ、の意味)は、延々と続くプロセスの廃止とより公正な住宅提供が実現できるように、州全体での明確なルール設定と、地域ごとの柔軟な運用を両立できるような仕組みづくりを行ってきた。たとえばYIMBYは、住宅所有者が敷地内にある独立したガレージなどの付属住戸(accessory dwelling units, ADUs)を賃貸物件に転用可能にする法律の制定を後押ししたのだが、これによって地域での不法行為が減り、ADU住宅の建設が急増した。いまではロサンゼルス全体における建築許可の約25パーセントをADUが占めるまでになっている。また、筆者らも支持した2017年の住宅建築説明責任法(Housing Accountability Act)改正によって、住宅の建設許可が加速し、すべてが低価格住宅として貸し出される住宅供給事業「誰にでも取得可能な住宅プロジェクト(100 percent affordable housing projects)」にも特別な優遇措置が与えられるようになった。

高騰する住宅価格、高家賃にあえぐ賃貸住宅居住者、そして大量の人がホームレス状態にあるという社会課題に対して、まだまだやるべきことはたくさんある。大規模な住宅建設を加速し、審査型の許可プロセスを一掃するまで終わることはない。安く住める住宅を必要とする人々は、待ったなしの状況に置かれているからだ。

【翻訳】五明志保子
【原題】When Community Input Goes Wrong(Stanford Social Innovation Review Winter 2023)
【イラスト】Illustration by Anna Gusella

Copyright©2022 by Leland Stanford Jr. University All Rights Reserved.

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