ソーシャル・イノベーションを志すリーダーたちにとっての共通の問いは「どのような組織をつくるべきなのか?」である。直線的な問題解決型アプローチと、探究的な価値創造型アプローチをバランスさせながら、あるべき組織を目指す方法を提案する。
*本稿は、The Innovator’s Tale of the Phoenix and Dragon, Tomohiro Hamakawa & Keita Yamamoto, Stanford Social Innovation Review, Sep. 14, 2023 を一部補足して翻訳したものです。
山元圭太 濱川知宏
今日、ソーシャルセクターのリーダーが世界のさまざまな地域で多様な問題に取り組んでいる。私たちは過去十数年にわたり、非営利組織のリーダーおよび支援者としても活動してきたが、現在ソーシャルセクターのリーダーが直面している課題のなかで、次の3つが特に困難なこととして際立っている。
第一に、貧困、気候変動、所得格差、人種差別といったあらゆる問題は、たとえ地域的な範囲が比較的狭くても、単一の団体では実質的に解決することができないということである。それに対して、コレクティブインパクトやシステムチェンジの取り組みは有望ではあるが、それを完遂することは簡単なことではない。
第二に、世界は多次元で急速に変化している。近年、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)やBANI(脆性、不安、非線形、理解不能)といった言葉がそれを象徴的に表している。新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のパンデミックは、それまでの事業や活動の実施プロセスを激変させた。昨年はうまくいったモデルも、次の年にはうまくいかないことが多くなった。ソーシャルインパクトと財政の持続可能性の両方を達成しなければならないソーシャルセクターにとって、そのハードルとリスクが高まっている。
最後に、どんな卓越したリーダーであっても、この複雑化した環境のなかで正しい判断をしながら進んでいくことは難しい。マサチューセッツ州を拠点とする非営利の研究機関Lectica(レクティカ)は、過去20年にわたり、認知発達理論に基づいた学習ツールを開発してきた。LecticaはVUCAの状況下でリーダーがどのように意思決定を行うかを理解するため、大規模な米国連邦政府機関の職員数百人を対象とした研究を行うなどし、職務の複雑性と、その複雑性を管理するリーダーの能力との間に大きなギャップがあることを明確にしてきた。
ロジック・モデルやビジネス・モデル・キャンバスなど、アイデアを視覚的に伝えるのに役立つ多くのマネジメントツールは、ノイズを削ぎ落とし、組織が集中すべきことに焦点を絞ることができるという点では優れているが、非営利団体やソーシャルビジネスを取り巻く現実を単純化しすぎる。最悪の場合、時間的にも規模的にも近視眼的なものを生み出してしまうだけでなく、さらなる問題を意図せず生み出してしまうこともある。こうした悩ましい課題に対して、非営利団体やソーシャルビジネスは、これまでとは異なる方法で自分たちの組織について考え、分析し、マネジメントする必要がある。
「ドラゴン(昇龍)」と「フェニックス(鳳凰)」を融合する
私たちは、ソーシャルイノベーターがいわゆる課題解決型(私たちが「ドラゴン(昇龍)」モードと呼ぶもの)から一歩踏み出し、探究、学習、価値創造型(私たちが「フェニックス(鳳凰)」モードと呼ぶもの)に取り組むためのアプローチを提案する。ドラゴンとフェニックスは文化的背景によって異なる意味を持つが、日本や韓国、中国など東アジアでは、陰陽のバランスを表すために対になって描かれることがある。とくに中国では「龍鳳呈祥」という言葉があり、ドラゴン(昇龍)とフェニックス(鳳凰)が一緒に現れることは、「至福」と「長久」の証であるということを意味する。現代風に言えば、「ウェルビーイング」と「サステナビリティ」とも言えよう。このように、対照的な思考様式と行動様式の融合を目指すことで、組織は前述のような悩ましい枠組みを超える力を得ることができる。
次の表は、組織マネジメントを「なぜ」「何を」「どのように」「誰が」という観点から捉えることによって、2つのモードを対比したものである。
ドラゴンモードは、職務の目標が明確に定義され、その達成に必要なリソースが利用可能である場合に、問題解決と成果達成に非常に効果的である。フェニックスモードは、事業環境が過度に複雑になり向かうべき目標を見失った際に、「我々は何者か」という存在理由と「我々は何をすべきか」という戦略的方向性を再発見する力を与える。それは、複雑性をコントロールしようとするのではなく、受け入れることから始まる。フェニックスの探索的で実験的な性質は、オットー・シャーマーのU理論、リーン実験、非線形評価などのアプローチと共通点がある。それは、ソーシャルイノベーターが経験する圧倒的に困難な状況を受け入れ、彼らが達成できることとそうではないことへの理解、そして社会変革に対する謙虚な姿勢を得ることを助けてくれる。
フェニックスモードは、ドラゴンモードに偏りすぎることで発生する3つの重要なギャップ、すなわち「複雑性」、「一貫性」、「全体性」のギャップを埋めることに役立つ。前述した「複雑性」のギャップは、職務の複雑性と能力のミスマッチを表している。「一貫性」のギャップは、ミッション、ビジョン、パーパスで掲げていることと、実際の事業運営や日々の言動とにギャップが生じていることを表している。そして「全体性」のギャップとは、社員やチームメンバーの価値を1人の人間として尊重せず、経営資源としてのみ扱ってしまうことである。
ここでは、ドラゴンモードとフェニックスモードの違いについて、実例を交えながら説明する。
「目的」を再定義する
ドラゴンモードの組織では、組織は社会問題とその根本原因を明確に特定し、革新的な解決策がそれらにどのように対処できるかを示さなければならない。組織のフォーカスすべきポイントを簡潔に伝えることが重要となり、パフォーマンスとその結果に焦点を当てることで、組織がこの特定の目的を達成するための原動力となる。
このアプローチは特定の環境ではうまく機能するが、一部のソーシャルイノベーターは、探究心をもって組織の存在理由を再構築する。それによってドラゴンモードからフェニックスモードとのハイブリッド型への移行が起きる。これは組織が発足して数年後、リーダーが大きな経営課題に直面し、それに正面から向き合い、初期の成功を土台とした新たな段階への移行を目指す時期によく見られる。
2010年、インドネシアを拠点とする社会的企業コペルニクは、ソーラーライト、浄水フィルター、調理用コンロといった革新的なテクノロジーを、発展途上国の最も人里離れた場所に届けることを目指した。しかし、USAIDやJPモルガン財団のような大手の資金提供者の支援を得て事業拡大に邁進し、確かな効果を実証した後、コペルニクは事業規模のさらなる拡大は非常に難しいと気づき、自団体の中核的な強みを見つめ直した。特に市場やインフラが限られた環境では、複雑性のギャップが大きく立ちはだかったのだ(関連記事)。
この内省の結果、新たな、より抽象度の高いミッションへと再定義し、「ラストマイルに貢献する」のではなく、「貧困削減に何が有効かを見出す」ことを目指した。イノベーションの普及(下流の仕事)に焦点を当てるのではなく、イノベーションの創出(上流の仕事)に独自の強みがあることを認識し、自らをソーシャルインパクトのための研究開発チームと位置づけた。2020年末には、コペルニクはオンラインの「ソリューションカタログ」を立ち上げ、未解決の課題に対する解決策を見つけるための実験結果(肯定的なもの、否定的なもの、結論の出ないものも含む)をオープンに共有するようになった。
「事業-財源-組織」を変革する
ドラゴンモードから脱却するには、組織の内部構造を大きく変える必要がある。これには、組織がどのように事業をマネジメントし、社内の関係性や社外のパートナーシップなどについて、広範囲に及ぶ話し合いが必要となる。探究と実験のフェニックスモードに移行することが理にかなっているとき、リーダーはチームを機敏で柔軟な状態に保ち、プロセスを細かく管理するのではなく、学びを共有するコミュニケーションデザインにしなければならない。
1993年に設立された日本を拠点とする社会起業アクセラレーター・ETIC.(Entrepreneurial Training for Innovative Communities)は、1,600人以上のソーシャルイノベーターを指導し、10,000人以上の学生や専門家を育成してきた。しかし、20年近くにわたる先駆的な活動の後、ETIC.のチームは、支援先で育んできた起業家精神が自組織内では不自由なマネジメント構造の中で育まれづらいという一貫性のギャップに苦しみ始めた(関連記事)。
ちょうどその頃、フレデリック・ラルー著『ティール組織』が出版され、組織論としてメンバー自身による経営(セルフマネジメント)という考え方が台頭してきた。ラルーが「ティール」と呼んだ高次の意識の要素をETIC.に取り入れるため、創業者兼代表理事の宮城治男と従業員からなるタスクフォースは、この本のコンセプトについて正式に検討し、議論を進めることにした。階層構造を劇的に解体するのではなく、有機的な方法で内部から変化をもたらすことを目指した。
2021年、宮城は組織改革の最後のプロセスとして退任を決意した。退任の前後、組織は戦略、経営、意思決定プロセスを大幅に変革させた。一貫性のギャップを最小化して、組織を進化させることを目指した。まだ挑戦の旅の途中ではあり、時折チャレンジはあるものの、このプロセスが始まって以来、組織は効果的に運営され、建設的な進化を続けている。
「人」を捉え直す
ドラゴンモードのアプローチから一歩踏み出すには、メンバー一人ひとりの全体性を受け入れることも必要だ。従来のマネジメントでは、メンバーは固定された職域の中で、可能な限り効率的で感情に左右されない方法で働くことを求められる。「プロフェッショナルであること」は、しばしば、職務に関係のないこと、つまり弱さや不安など、私たちを人間たらしめているものをすべて脇に追いやってしまうことを意味する。このような見方を、私たちは「全体性のギャップ」と呼んでいる。
弱点や不安は、短期的にはメンバーの生産性を妨げるかもしれないが、それを認め、受け入れることは、長期的にはメンバーの仕事への満足度、エンゲージメント、潜在能力を高めるのに役立つ。特に、イノベーションの重要な要素である、リスクをとり、失敗することも奨励することができる。実際、Googleによる有名なプロジェクト・アリストテレスの研究によると、心理的安全性、つまり個人が自分の弱さを見せられると感じることが、成功するチームの重要な要素であることがわかった。安全感と信頼感は組織の進化に不可欠だ。それは、前述の複雑性と一貫性のギャップを埋めるのにも役立つからである。具体的には、リーダーやマネージャーが職場において、家族や趣味の話をするように促したり、会議の前後に数分間、純粋に、そして注意深く相手の様子を伺ったりすることで、自分自身を丸ごと出すことを奨励する習慣である。こうした人間関係の基本は、職場、特にリモートワークの環境では欠落していることが多い。
全体性のギャップに対処することは、他の組織的なメリットももたらす。兼業・副業が普及する昨今の人材市場では、多くのメンバーが複数の仕事やプロジェクトを掛け持ちしており、従来のアプローチでは、メンバー自身が多彩なキャリアを通じてつくり上げるネットワークやパートナーシップを活用することができない。チームメンバーの職場外での活動やネットワークへの参加を受け入れることは、新たなチャンスにつながる可能性もある。
「中庸」を目指す
ドラゴンとフェニックスを並べる意図は、前者を悪、後者を善とすることではない。二つのモードの切り替えが大事なのだ。ドラゴンモードからフェニックスモードに切り替えることで、組織は戦略的な展望を得たり、大きなマネジメントの課題を克服したりすることができる。逆に、フェニックスモードからドラゴンモードに切り替えることで、強力な推進力を得て、組織全体の短期的なパフォーマンスを向上させることが期待できる。それぞれの側面が他方を補完し合うことで、より成熟度の高い組織が出来上がる。
論語で提示されている「中庸」という概念がある。これは「バランス良く」や「ちょうど中間」といった意味合いだと誤解されることが多いが、 本来としては、「常に、その時々の物事を判断する上でどちらにも偏らず、過不足のない調和のとれた状態を示し、事を成すのに最も適した前向きな状態」を意味する。 「平常心」が普段と変わらない精神状態を意味するのに比べ、「中庸」は、状態が揺れ動くことを想定し、そのなかで理想的な状態を動的に保持することに重点を置く。これをマネジメントの観点から説明したものに、バリー・ジョンソンが提示する「対極性マネジメント(polarity management)」がある。対極性のある性質の一方に振り、そのメリットが現出しているときはそれを活用する。しかし、長く続けると、デメリットが現れる。そのタイミングで、反対の極に振ることにより、新たな極のメリットを得ることができる。これを繰り返すことにより、対極となっている両面のメリットだけを享受できる動的な中庸状態となる。
しかし、これを実行するには、その組織の中で大局観を養ったリーダーやチームが必要となる。ソーシャルセクターのリーダーやチームが3つのギャップを受け入れ、大局観を養うための具体的な方法のひとつは、まず自分自身から始めることである。スチュアート財団のジョナサン・レイモンドが言うように、「組織の変化なくしてシステムの変化はなく、個人の変化なくして組織の変化はない」である。システムコーチング、マインドフルネス、そしてLectica(レクティカ)、ロング・ナウ財団、つながりを取り戻すワークからのリソースは、人間の行動の本質を理解するさまざまな方法を提供している。これらの視座を拡大するトレーニングやアプローチに共通するのは、多くの要因や文脈が人間の行動に影響するということへの理解である。人は複雑な動物であり、しばしば非合理的で感情的である。だからこそ、多様な側面で自身を含む人を受け入れ、関わる必要がある。
ジムに通うことで筋肉が鍛えられ、柔軟性が増すように、リーダーシップのトレーニングを通して3つのギャップに対処する能力を高めることができる。たとえば、この記事の共著者の一人である山元は、Lecticaの提供するトレーニングプログラムによって、複雑な状況において、さまざまな次元の人間関係やその他の力を理解することで、より多くの解決策を見出すことができるようになった。その結果のひとつは、有力なリーダーの離脱によってチームの精神と勢いが損なわれた日本の地方でのプロジェクトで、リーダーシップの空白を一人の後継者で置き換えるのではなく、複数の人間がリーダーシップを分担することにつながった。
もうひとつの具体的な方法は、ドラゴンモードのコンフォートゾーンを超えて組織を押し広げるような役割や機能をつくることである。新しい洞察を理解するための最高学習責任者(Chief Learning Officer)や、俊敏性と協調性を維持するための最高チーミング責任者(Chief Teaming Officer)など、従来の経営機能の専門家に加えて、環境整備の専門家のような役職やチームを社内配置することも、社外機能として設計することもできる。また、視点を広げる評議員やアドバイザーという形で、その中間的な役割をつくることもできる。
この記事のもう一人の共著者である濱川が設立したEarth Companyは、当初は彼と共同設立者である妻、そして他のディレクターと経営責任を分担していた。2022年、濱川は経営責任を限定した最高探究責任者となった。この変更の即効性のひとつは、日常業務から健全な距離を置くことで、組織の進化に役立つ、既成概念にとらわれない新しいアイデアを開発・追求できるようになったことだ。
結論として、ソーシャルイノベーターはその仕事において、難易度、複雑性ともに非常に高い課題に直面している。ドラゴンモードのアプローチは確かにこれらの課題に対処するのに役立つが、必ずしも十分とは言えず、最終的には燃え尽き症候群を引き起こすことがある。しかし、自ら炎に飛び込び、転生することで永遠に生きると言われている不死鳥の伝説の如く、燃え尽きてしまうような試練がフェニックスモードへの入り口である。そして、その上で双方が融け合った中庸を追究する組織マネジメントに挑戦することが重要である。
【原題】The Innovator’s Tale of the Phoenix and Dragon(Stanford Social Innovation Review, Sep. 14, 2023)
【イラスト】Illustration by Aldilla Laras