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Editor’s Note:コミュニティの可能性を諦めない

Editor’s Note:コミュニティの可能性を諦めない

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 05 コミュニティの声を聞く。』より転載したものです。

中嶋愛 Ai Nakajima

今号はコミュニティ特集です。社会課題の現場としてのコミュニティと、その課題解決のリソースとしてのコミュニティという2つの側面に光を当てました。

コミュニティと単なる集団は何が違うのか。そんな問いを何人かに投げかけてみたところ、今号の執筆者の1 人である山元圭太さんはこんなふうに答えました。

「コミュニティというのは、つながりと文脈を共有している相互扶助のネットワーク、ではないかな」。これは、アメリカの政治学者、ロバート・パットナムの言う社ソーシャルキャピタル会関係資本とほぼ同義です。コミュニティを「資本」と考えると、それは投資の対象でもあり、利益の源でもあります。

パットナムがアメリカ社会におけるコミュニティ衰退に警鐘を鳴らした書として有名な『孤独なボウリング』(Bowling Alone)。一度目にしたら忘れがたい強烈なタイトルですが、これはアメリカで最も人気のある競技スポーツであるボウリングを総当たりのリーグ戦で楽しむ人が激減し、ソロボウラーの比率が増えているという現象を捉えたものです。ソロ活が盛んになっているのは日本だけではないようですね。パットナムは本書でスポーツだけでなく、社会のあらゆる側面で、人と人とのつながりが弱体化していることを論じ、その再生を呼びかけました。しかし2000年の出版から20年以上を経たいま、アメリカの多くのコミュニティは再生どころか分断と崩壊の危機に直面しています。

その原因は複合的なものですが、根底にあるのは構造的差別の問題であることは論をまちません。端的にいえば人種問題です。社会構造に埋め込まれた差別によって、アフリカ系アメリカ人は居住地の制約を受け、生活水準、教育水準が低く、行政サービスも行き届かない地域に追いやられてきました。そうした地域では就業機会も少ないため、多くのアフリカ系アメリカ人は都市部に移住します。この結果、都市部の黒人コミュニティに、貧困、犯罪、薬物中毒、環境汚染、住宅不足などの社会問題が集中するようになりました。

多くのソーシャルイノベーターたちが、こうした都市部のコミュニティ問題に取り組んでいますが、都市部よりも貧困率の高いコミュニティが非都市部に取り残されたままです。こうした最も困窮している地域においては、助成金の申請手続きができるような人的なリソースがないため、支援者の目に入らないのです。(「最も持たざる地域が資金提供者から『相手にされない』理由」)。問題をさらに深刻にしているのが、人口密集地へ資金提供したほうがより大きなインパクトがもたらされる、という効率主義の考え方です。こうした考え方が、近年エビデンスベースのプログラムを後押ししています。しかし、効果が立証されているからといって、ニーズが存在しているとは限りません。

実際、エビデンスのある新しい施策を既存の施策と置き換えた結果、住民がそれまで利用していたサービスが使えなくなったり、減ったりするという問題も起きています。「コミュニティ・エンゲージメントを高める6つの原則」では、政策立案者、執行者、資金提供者と対等の立場で住民が参画しない施策は、どんなに強力なデータの裏付けがあったとしても、成果を得ることが難しいと指摘しています。

では、コミュニティ組織が連携し、住民を置き去りにしないコラボレーションを実現するにはどうしたらよいのでしょうか。そのための組織やセクターを越えたコラボレーション能力を獲得するには、筋トレのような日頃のトレーニングが必要、と説くのが「都市型課題を解決するコラボレーション力の鍛え方」です。

記事では、カナダ中西部のカルガリー市で深刻化する薬物中毒と精神疾患の問題への取り組みを取り上げています。カルガリー市では白人がマジョリティですが、このイニシアチブをリードしたナヒード・ネンシ前市長は、タンザニア移民の両親を持つ非白人。北米初のイスラム教徒の市長として2010年から2021年まで3期を務めました。都市の社会問題解決のためには、ネンシ市長のような強い政治的リーダーシップも必要です。

しかしながら、これまでのソーシャルイノベーションの議論では、政治という重要な変数をあえて無視することが一般的な作法でした。そこに一石を投じているのが「政治にもイノベーションが必要だ」です。この記事はもともとSSIR創刊20周年記念号に掲載されたもので、組織論研究者のヨハンナ・マイヤーらは、「ポリティカルイノベーション」という新しい分野の旗揚げを宣言しました。

ポリティカルイノベーションの具体的な取り組みの1つは、これまで政治に関わってこなかったグループから、政治の世界で活躍できる人材を発掘・育成することです。それには時間、資金、伴走者が必要です。

この点においては、起業家支援の分野に多くのヒントがあるのではないでしょうか。新興国において、いま「ペーサー」と呼ばれる起業家支援のアプローチが注目されています(「起業家に無期限で伴走支援する『ペーサー』という存在」)。その特徴は、起業家支援の層が薄い新興国において、人的ネットワーク、継続的学習機会、メンタリングなどを通じて、企業の社会的、経済的成長に長期的に寄り添うこと。多くのペーサーは、起業家同士が相互主義と信頼に基づいて支え合えるコミュニティを支援の一環として提供しています。

日本では、少子高齢化の最前線にいる地方のコミュニティにあらゆる社会課題が集約されているといってもいいでしょう。日本各地で市町村合併、移住者誘致、観光振興などを含むコミュニティの生き残り策が展開されているなか、地方創生の先進地として紹介されることの多い島根県雲南市を今号では取り上げました(「市民主導の地域創生を牽引する4種のリーダーシップ」)。日本で最も過疎と高齢化が進んだ地域で、市民が中心となった自律型のコミュニティ運営に成功しているのはなぜなのか。リーダーシップの多様性とその段階的な成熟という視点から分析しています。地方創生においては、ある地域の成功事例を他の地域で簡単に再現できるものではありませんが、雲南市の事例には普遍的な教訓が含まれています。それは住民同士の信頼関係構築もしくは再構築という「土壌」なしに地方創生はありえないということです。その土壌が豊かであればアイデアや人が育ち、危機にも対応できる。実際、雲南市は新型コロナウイルス感染症や災害、市政の混乱を乗り越えて「課題解決先進地」を目指した取り組みを続けています。

歴史的に培われた信頼関係の「土壌」の上に「人に助けを求めやすい」文化が形成されているのが、日本一自殺率が低い町、徳島県海部町(現海陽町)です。

健康社会学者の岡檀さんが突き止めた、自己肯定感、ゆるやかな紐帯などを含む5つの自殺予防因子については同氏の著書『生き心地の良い町』で広く知られるようになりましたが、その後の研究から、海部町の自殺率の低さには町の空間構造も関係していることが明らかになりました(「日本で最も自殺の少ない町から学ぶ都市のデザイン」)。海沿いの居住区に家屋が密集し、住民は車両の入れない狭い路地を行き来します。路地には江戸時代から縁台(ベンチ)が置かれ、行き交う人々がそこで日常的に言葉を交わす。それが悩みを抱え込まない風通しのよい人間関係につながったのではないかと岡さんは見ています。長い時間をかけてコミュニティに蓄積された知恵を解読することによって、都市部の孤独や孤立の問題に取り組む糸口も見えてきます。

SSIR-Jのレギュラーシリーズとなりつつある「問い」のセクションでは、11人の識者、実践者の方々に、認知症、子育て、起業、多国籍社会、といったさまざまな課題解決におけるコミュニティの役割を語っていただきました(「コミュニティの創造と再生をめぐる『問い』」)。人口減により存続の難しくなった地域コミュニティにはどんな「出口」がありうるのかという難しい問題にも触れています。

社会問題は、「社会の問題」という性質上、複雑性から逃れることはできません。1人の英雄、キレのいい政策、莫大な資金、最新のテクノロジーなどで一発解決することは不可能です。だからこそ多様なセクター間のコラボレーションが必要となります。「つながりと文脈」を共有する人たちから構成されるコミュニティはそのコラボレーションの器であり、原動力になりうる。この1冊に、そんな希望を込めました。

中嶋愛

スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 編集長

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