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政治にもイノベーションが必要だ

市民社会は数十年にわたり社会問題に取り組みながらも意図的に政治との直接的な関与を避けてきた。しかし、ポリティカルイノベーションという新たな動きがこの伝統からソーシャルイノベーションを解放し、民主主義を再活性化しようとしている。

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 05 コミュニティの声を聞く。』より転載したものです。

ヨハンナ・マイヤー | ジョセファ・キント | セバスチャン・メナ

2020年、世界的なパンデミックが巻き起こり、アメリカの「ブラック・ライブズ・マター」運動に端を発した反アンチレイシスト差別主義者たちによる抗議活動が広まるなか、生まれて間もないドイツの非営利団体ジョイン・ポリティクス(Join Politics)は、政界への進出を目指す意欲的な市民の第一陣を送り出した。この組織は、よくあるソーシャルベンチャーのモデルに則った運営の下、イノベーティブなアイデアを持った政界向けの人材を発掘し、選抜し、支援することで、各地域や政府のあらゆる階層で民主主義を強化することを目指している。選ばれた精鋭メンバーたちは、厳選された半年間のプログラムを受ける。その内容は、選挙活動の運営方法や、政治家、起業家、非営利団体などの市民社会組織、財団といった広範なネットワークへのアクセス方法など、資金調達や各種スキルの育成に関するものが含まれている。

参加者たちは、そのプログラムを通じて自身のアイデアを掘り下げ、無国籍者に権利を保障する法案の草稿を考えたり、政治プロセスから疎外されている人たちの利益を代表するためにロビー団体を立ち上げたり、マイノリティグループからスタッフを採用するよう政府機関に働きかけたりすることができる。そこで練られる策は、ドイツの民主主義を弱体化してきた分極化の進展、右派ポピュリズム、社会的な不正義や不平等、旧態以前としたやり方や仕組みなどの社会的および政治的な数々の問題に対処するものである。ジョイン・ポリティクスは民主主義を支持しているが、無党派ではなく、さまざまな政党に属する人材を支援している。しかし、非民主的あるいは反民主的な政党とは距離を置いている。

キャロライン・ヴァイマンは、ドイツの財団に勤めて社会課題の解決に取り組んだのち、2019年にジョイン・ポリティクスを創設した。助成金の提供者から社会起業家への転身は、次のような気づきがきっかけだったという。「社会の不平等であれ、気候変動であれ、私たちの時代の大きな問題は、政治的なレベルで解決されなければならない」。

ソーシャルイノベーションの成果を最大化するためには、政治の世界に入っていかざるを得ない。ヴァイマンたちはそう考えている。従って、ソーシャルセクターにおける政策の重要性を認識しながらも、政治システムそのものの変革は自分たちの役割ではないとしてきた従来型のソーシャルイノベーションとは一線を画している。通常ソーシャルイノベーションの活動は、政治の門前で止まっていた。しかし、ジョイン・ポリティクスは政治システムの修正や再構成に向けたイノベーションを促している。その活動は、政治領域には立ち入らないというこれまで主流であった考え方から、ソーシャルイノベーションを解放することにつながるだろう。この非営利団体と、そこで政界を目指す人材は、ドイツにおける正義、平等、代表性、市民参加といった民主主義の諸原則に対して高まりつつある脅威に対抗していくことを目的としている。

こうした前例のない新しいかたちの政治に対する働きかけについて6大陸にわたって調査したところ、ジョイン・ポリティクスのような取り組みの原動力となっている「民主主義への脅威」や「政治の不安定化への懸念」はいたるところに存在していることが明らかになった。私たち著者は組織論のアプローチに基づき、民主主義の現状が記録された文書を分析し、行政、企業、学術研究機関、市民社会組織、そして政治に従事する人々に話を聞いた。この1年で、ジョイン・ポリティクスのような幅広い活動に関わる専門家や実践団体を対象としたインタビューは50回以上になる。

その1つがナイジェリアのフィックス・ポリティクス(#FixPolitics)だ。2020年にこの非営利団体を立ち上げたオビー・エゼクウェシリは、公共政策を専門とする人道主義者で、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)の共同創設者でもある。恵まれない境遇にいる人々が市民としての権利を行使できるよう教育や支援を行い、選挙制度の改革を後押しし、民主主義推進派の政治家を育成することを通じて、万人のために機能する民主主義をつくり上げていくことを目指している。ここでも政治的包摂性の欠如、教育の不平等、社会的不正義など、民主主義における差し迫った諸問題が、活動の出発点となっている。

ジョイン・ポリティクスとフィックス・ポリティクスは、市民主導のイノベーションを通じて民主主義の諸原則を取り戻そうと試みる世界的なトレンドの一例だ。この10年のあいだに、他にも同様の取り組みが生まれている。全米民主国際研究所(National Democratic Institute)は、アメリカで公共サービス分野におけるリーダーの育成に取り組んでいる。

政治におけるイノベーション研究所(Innovation in Politics Institute)は、ヨーロッパで国境や党派を超えてイノベーションに関するベストプラクティスを交換する手助けをしている。非営利団体のケセブ(Keseb)は、ブラジル、インド、南アフリカ、アメリカで、民主主義を支持する起業家たちによるグローバルなエコシステムの形成を目指している。そしてオランダ複数政党制民主主義研究所(Netherlands Institute for Multiparty Democracy)は、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、ラテンアメリカに民主主義を教える学校のネットワークを構築している。

これらの取り組みはソーシャルイノベーションが積極的に「政治に参加」することを目指す点で共通している。その活動内容や運営方法は、私たち著者が「ポリティカルイノベーション(political innovation)」と呼んでいるものの実践だ。それは、民主主義の強化や再生を目的として、政治システムの問題を発見し、解決に向けて集合的に取り組んでいく市民主導の活動のことである。権威主義の台頭などの、民主主義に対する深刻な脅威への直接的な反応もここに含まれる。2022年には、およそ20年ぶりに世界で独裁国家の数が民主主義国家の数を超えた。ベルテルスマン財団による2022年のグローバル調査レポートでは、137カ国中70カ国が独裁国家と分類され、さらに11カ国が独裁化しやすい「きわめて欠陥のある民主主義国家」と宣告された。アメリカを拠点とする非営利団体フリーダムハウス(Freedom House)による2021年の報告では、15年におよぶ世界的な「民主主義不況」が新たなピークに達したと伝えられている。

「民主主義が改善した国」よりも悪化した国の数の方が多く、「その数の差は、このネガティブなトレンドが始まって以来最大」になったというのだ。

加えて、本稿執筆中も続いている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって世界中にもたらされた公衆衛生的な危機は、非常時の強権体制の常態化や市民の私生活に対する国家権力の介入など、数多くの反民主主義的な傾向を一層悪化させた1。ポピュリストたちによる活動は社会を分断し続けており、2021年の民主主義指数によれば、「安定した」民主主義とされる国々でも、市民参加の項目においてスコアが低下した2。さらに、若者は政治活動に積極的になってきているものの、影響力のある政治家たちは、50歳より上の年齢層、およびその層の利益を代表する存在であり続けている。自分たちを政治的に代表する存在の欠如は⸺それが想像上の欠如であれ実際の欠如であれ⸺民主的な政府や政治家に対する不信拡大の要因になっているとも考えられる。世界28カ国を調査した2022 年のエデルマン・トラストバロメーターでは、世界で42%の市民が政府の指導者に不信を抱き、48%が政府は「社会を分断する勢力」だと考えている。

これらの民主主義の機能不全はあるにせよ、政治分野のイノベーターたちは、民主主義が政治秩序、経済発展、社会の確実な進歩にとって最も適した政治形態であると考えている。たとえばドイツでは、非営利団体モア・イン・コモン(More in Common)とロバート・ボッシュ財団が2021年に行った調査によると、国民の2人に1人は自分の意見が政治に反映されていると感じていないものの、93%が原則的に民主主義を支持している3。しかしながら、何が安定的で機能的な民主主義の構成要素であるかについては意見の分かれるところだ。このようにさまざまな意見があるからこそ、ポリティカルイノベーションにはシステムのリフォーム(改革)を目指すものもあれば、システムのトランスフォーメーション(変革)を目指すものもある。

ポリティカルイノベーションは生まれたばかりの新しい分野であるため、定義や用語が確立されておらず、単発的な活動に終わってしまう危険性がある。民主主義の強化を目指す取り組みが世界中で高まっている現在、ポリティカルイノベーションという分野は統合を必要とする重要な局面に差しかかっている。組織論の研究者である私たち著者の役割は、ポリティカルイノベーションとは何であり、また何でないのか、それを語るための言葉と概念的枠組みを提供することだ。本稿ではこの分野の基本概念を明確にし、ソーシャルイノベーションとの関連について説明する。

「ソーシャル」から「ポリティカル」イノベーションへ

ポリティカルイノベーションは、社会変革と政治変革を、切り離されたものではなく相互に関連するものとして考えるものだ。ここで言う「ポリティカル」には、政治に関する活動も政治システムも含まれる。つまり、市民活動(小文字の政治)だけでなく、政治制度(大文字の政治)に基づいた活動も含まれる。一方、「イノベーション」という言葉は問題を発見し、アイデアを育み、解決策を実験し、実装し、修正していくプロセスを指す。ソリューションは、問題解決のため、あるいは新しい政治慣行を実現する製品、メソッド、テクノロジーなどのかたちで提示される。

ポリティカルイノベーションには、私たちが民主主義を実践する方法、および民主主義を維持するインフラに関する変革が含まれる。本稿におけるポリティカルイノベーションとは、民主主義が社会の秩序と進歩にとって効果的かつ最適な運営システムであり続けるための継続的で集合的な取り組みを指す。

それゆえ、ポリティカルイノベーションは広い意味でのソーシャルイノベーションの一部であるといえる。

ポリティカルイノベーションは社会変革を通じて経済や政治活動に影響を与えうることを認識するだけでなく、実際に政治的秩序の改革や変革に携わることをソーシャルイノベーションの中心に据えているのだ4

つまり、ソーシャルイノベーションをより大きく捉えれば、ポリティカルイノベーションは、そのなかにおける政治的変革に向けた実践と位置づけることができる。

民主主義における課題や、その課題に対するイノベーティブな解決策は、民主主義が生まれたときから存在した。そうした歴史を踏まえ、ポリティカルイノベーションは民主主義における3つの伝統的アプローチを補完・補強するものとなっている。その3つとは「民主制度イノベーション」、「政治的行動主義(ポリティカルアクティビズム)」、そして「政治的起業家精神(ポリティカルアントレプレナーシップ)」だ5

●民主制度イノベーション

民主主義制度の設計に関与するアプローチ6。一例が政治の意思決定プロセスにより多くの人が平等に参加できるようにする仕組みだ。たとえば西ヨーロッパでは、この20年の間に市民集会があちこちで行われるようになった。こうした集会では、抽選で選ばれた市民が政治的な問題を熟議し、すべての市民にとっての解決策を模索する。同様に、広まりつつある電子投票や参加型予算編成(市民が決める公共予算)も、直接民主主義を推進する民主制度イノベーションの一部である。このように、民主制度イノベーションは、政府機関やその他の組織における熟議のプロセス⸺つまり意思決定の方法を民主化していく手助けをするツールを提供するものだ。一方でポリティカルイノベーションは、誰が、どのような取り組みを、なぜ行うか、という政治課題と人の側面に重きを置いている。

●政治的行動主義

既存の政治秩序に異議を投げかけるアプローチ。うまくいった場合は、既存の政治システムを大きく変えることができる。たとえば政治の民主化を求めた「アラブの春」は、抑圧的な体制の打倒を目指した運動で、チュニジアから始まり中東や北アフリカ一帯へ急速に広がっていった。政治的行動主義は、草の根運動や、オンラインによる動員・抗議・陳情・キャンペーンといった方法を用いて、正規の政治機構の外で扇動者として活動する人々に国家の権力を移そうという試みだ7。それに対してポリティカルイノベーションは、既存の政治システムを維持しつつ、システム内部からの変革を通じて改善していくことを目指すものである。

活動内容とプレーヤー

ポリティカルイノベーションの活動内容は、以上に紹介した伝統的な親民主主義的活動の一部を統合したものだが、それらをソーシャルイノベーションの文脈に当てはめていくところに特徴がある。たとえば、社会起業家マックス・ウールのイニシアチブ「新しい連邦議会(Brand New Bundestag)」は、ジョイン・ポリティクスと同時期に、同じような社会・政治的問題への反応としてドイツで立ち上げられたが、ジョイン・ポリティクスとは異なる政治の側面に着目している。

この組織は、労働者階級の人々を選挙で当選させることを目指す「新しいアメリカ連邦議会(Brand New Congress)」運動に触発されて誕生した。草の根の動員活動を行い、進歩的な社会政策の立案や、社会的に無視されているコミュニティの利益を代表する候補者の選挙活動などに支援を行っている。

ウールの「新しい連邦議会」は、「未来にふさわしい」政治というミッションの下、党派にこだわらない無党性を「進歩性」であると打ち出し、党派を超えた協力を推し進めている。草の根活動と正規の政治機構の力を統合する民主主義の革新的なアプローチが評価され、ウールは2022年のアショカ・フェローに選ばれた。同じように、ジョイン・ポリティクスに携わる人材で、非営利組織ステートフリー(Statefree)の創設者であるクリスティアナ・ブカロは、最初はドイツで、のちにEUレベルでの法改正を通して国籍のない人々の権利を保障する取り組みによって、世界の大きな問題の解決に取り組むリーダーへ贈られるエコーイング・グリーンのフェローシップを受賞している。

ポリティカルイノベーションの決定的な特徴は、次の2点へのこだわりである。

  1. 政治を民主主義の根本原則に立ち返らせる。
  2. 市民を民主主義の主役にする。

つまり、ポリティカルイノベーションは民主主義を弱体化させるような活動とは明確に異なる。また、これまで自分たちの声を政治に反映させることができなかった人たちを民主的な意思決定プロセスへ積極的に参加できるようにすることによって、声なき大衆の代弁者としてのリーダーをまつり上げるポピュリズム的な傾向に抗うものでもある。

ポリティカルイノベーションの実践の場で中心的な役割を担っているのが「イノベーター(Innovator)」、「オーケストレーター(Orchestrator)」、「イネイブラー(Enabler)」だ。彼らはそれぞれの役割を果たしながら「政治システムにアクセスし、そのシステムへ建設的に介入していく」という思いを共有しつつ、集合的(コレクティブ)にポリティカルイノベーションに取り組んでいる。

●イノベーター|Innovator

ここでのイノベーターとは解決志向の市民や市民社会組織を指す。彼らは社会的な課題に取り組み、行動を通して政治システムを変革することを目指す。やり方としては、外部の扇動者として行動するのではなく、責任感を持って民主主義の諸原則に見合った解決策を練り、提案していく。そうした解決策は、民主主義における諸問題に対処するものであり、たとえば政府における数の平等を実現するために女性を政治家として採用するプログラム、行政に向けた政治教育ワークショップ、あるいはこれまで力を持たない集団であった芸術家たちの政治的権力を高めるためのロビー活動ネットワークなどがある。

イノベーターは複数の活動に携わりながら、政治の分野で生まれた、政治でしか解決できない問題に取り組んでいる。そうした活動には、アドボカシー(政策提言)、助言、ネットワーキング、政治教育、トレーニング、リサーチなどが含まれる。

イノベーターは構造的に政治システムの内部に組み込まれた存在ではないため、イノベーションを政治に実装するための資金や影響力が不足していることが多い。そこで、党員として活動することで議員との人脈を使うこともある。しかしイノベーターが自分たちのアイデアを制度化するために最も頼れるのは、別のタイプのプレーヤーである。それがオーケストレーターだ。

●オーケストレーター|Orchestrator

オーケストレーターの役割は、ポリティカルイノベーションという分野を構築し、調整することだ。この分野のリソース、アイデア、人材のコーディネーターとして、さまざまな関係者と政治の世界のダイナミズムを生み出す。彼らの使命は、ポリティカルイノベーションをプロの仕事として確立することだ。重要なのは、オーケストレーターが、市民社会のイノベーターと政治とのコミュニケーションを可能にし、変革のアイデアを政治プロセスに乗せられるように調整し、イノベーションの制度化を支援することだ。

ジョイン・ポリティクス、新しい連邦議会、フィックスポリティクスを含め、フランスのトゥ・エル(Tous Elus、英語ではAll Elected)や未来のリーダーアカデミー(Académie des Futurs Leaders)、アメリカのケセブなどのオーケストレーターは、現在の政治システムには改善が必要だという共通認識を持っている。だからこそ改善の余地のありそうな既存の取り組みの体系化を推し進めているのだ。オーケストレーターの多様な取り組みから、さまざまな国の政治における、代表を選出する権利の不平等や不十分な市民参加に対してどんなことができるのかが浮かび上がってくる。

オーケストレーターは、民主主義の強化を目指すイノベーターのために政治や行政官庁との架け橋となっている。多くの場合、オーケストレーターの役割を果たしている組織の名前を見れば、それぞれの国の民主主義の課題が伝わってくる。ジョイン・ポリティクスなら「政治へのアクセス」、新しい連邦議会は「平等に代表される議会」、フィックスポリティクスは「構造改革」、古代南アラビア語に属するゲエズ語で「人民の」を意味するケセブは「包括性」、フランス語で「選出されし者たち」を意味するトゥ・エルは「正統性」が必要だと考えているというわけだ。

●イネイブラー|Enabler

イネイブラーとは活動資金の提供者である。この分野の資金提供は、ほとんどが慈善活動の一端であり、支援先の政治的なスタンスを受け入れることについて抵抗はないが、そうでない場合もある。伝統的に、西ヨーロッパにおける社会貢献活動は、たとえば政治変革を追い求める市民社会組織への資金提供など、間接的に政治へ投資するものであり、政治活動への直接的な寄付や助成は控えられてきた。ドイツやイギリスのような国では、財団が正規の政治機構に属する人や組織への資金援助を行うことは法的に制限されている。

ポリティカルイノベーションに積極的な慈善活動家や財団がイノベーターやオーケストレーターを支援するのは、正規の政治機構の変革を社会変革につなげたいと考えているからだ。イネイブラーはソーシャルイノベーションでよく見られるような起業家的な戦略を好む一方で、政治への関心が高く、親民主主義的な立場を明確にしている。

ポリティカルイノベーションに対するイネイブラーのアプローチには、2つの柱がある。一般的なソーシャルイノベーションよりも長く支援をすることと、資金提供に値する取り組みを見つけるにあたってクラウドソーシングのような手段を使って支援先を探すことだ。私たちが定義するイネイブラーには、オープン・ソサエティ財団、ウィリアム&フローラ・ヒューレット財団、フォード財団など、長らく民主主義に関心を寄せてきた団体が挙げられる。また、オミディア・ネットワークの一部であるルミネイト、シェプフリン財団、ハーティー財団、アルフレッド・ランデッカー財団、オバマ財団、マルチチュード財団、ダニエル・サックス財団など、近年ポリティカルイノベーションに積極的に取り組んでいる財団もある。マルチチュード財団とダニエル・サックス財団は、市民社会と政治権力の間のリソースのギャップを埋めるために資金提供を行っている代表的な存在だ。また、オバマ財団は、民主主義を強化するために公共サービスや政治分野のリーダーの育成に資金を提供するプログラムを数多く運営している。

ポリティカルイノベーションのそれぞれのプレーヤーの活動は重なる部分もあるが、目的は異なっている。

イノベーターにとって、ネットワーキング、政治教育、研修などの活動はアイデアや知識を生み出すプロセスの一部だが、オーケストレーターにとって、そうした活動はポリティカルイノベーションという分野を切り拓くために用いられる。また、オーケストレーターはイノベーターが活動を組織化し、ひいてはアイデアを実行に移していけるように支援する目的でリソースを獲得し、分配する。イネイブラーは、ポリティカルイノベーションの分野が成長し、持続していくために必要なリソースを提供する。

活動の具体例

各プレーヤーの取り組みには、さまざまな形態、活動、実践がある。ポリティカルイノベーションがどのように取り組まれ、どのようなインパクトをもたらすかを理解するために、この分野における特徴的な活動と、そのインパクトを詳しく見ていこう。研究を通して、主に3つの焦点が浮かび上がってきた。そこから、どのようにポリティカルイノベーションが民主主義を強化するかが見えてくる。たとえばイノベーターとオーケストレーターは、1つの活動に取り組むか複数の活動に取り組むかという点で異なる。ここに挙げている3つのレベルの活動は、関係するステークホルダーをマッピングするのに役立ち、資金提供者が投資する際やポートフォリオをつくる手助けにもなるだろう。

❶市民に焦点を当てた活動(Citizen-focused work)

政治システムから取り残されている、あるいは取り残されていると感じている市民に働きかける。主に市民や市民社会と政治とのつながりを取り戻すことを目的としており、活動の多くは、市民を組織して市民権を行使する(投票する)、あるいは政治に参画する(選挙への出馬など)ことを後押しするキャンペーンを出発点としている。具体的な例としては、政治変革に向けたクラウドソーシングによるアイデア集めや、主権者教育キャンペーン、シミュレーションゲーム、ワークショップなどを通した市民への政治教育の提供などがある。

❷リーダーに焦点を当てた活動(Leader-focused work)

政治の世界で活躍できる人材を発見し、育成する。この活動は基本的に、階層的で硬直的な政治キャリアのありかたを変えるべく、研修や支援活動を通してこれまで政治に関わってこなかったグループから人材を発掘しようとするものである。こうした活動の多くは、新設あるいは既存の学校やインキュベーター、そしてトレーニングセンターの設立や活用を通じて行われる。たとえばこれまで政治に声を反映されることがなかったグループから立候補者を選出し、トレーニングを行い、出馬に向けた資金援助をすることもある。このタイプのプレーヤーとしての実績を持つのがアポリティカル(Apolitical)だ。政治分野のリーダー育成機関のグローバルネットワークを運営し、ノウハウを提供している。アポリティカルは社会的事業として、政府と共同で創設した無料の政策立案コースを開発・提供し、政界のリーダー層と公務員の学び合いを後押ししている。

❸構造に焦点を当てた活動(Structure-focused work)

民主主義というインフラと、そのインフラを動かしているルールの整備を行う。さまざまなレベルにおける民主主義の問題に効率的に対処できていない政策に焦点を当てることもあれば、(少数代表制のような)行政機関のルールや、地域・国家レベルの法律を変えていく取り組みを指すこともある。

ポリティカルイノベーションのプレーヤーが民主化活動において複数の焦点を持つ可能性もある。たとえばフィックス・ポリティクスは立法・行政・司法機関における憲法および選挙制度の包括的な改革による民主主義の構造改革を目指している。その戦略は3つの焦点すべてをカバーし、ナイジェリアの有権者教育(市民主導の活動)、政治研修スクールの運営(リーダーに焦点を当てた活動)などにも取り組んでいる。

この3つのレベルの民主主義のための取り組みは、いずれも政治システムの変化を生み出し、主に2つの道に沿ってインパクトをもたらしている。民主主義のリフォーム(改革)とトランスフォーメーション(変革)だ。どちらも、民主主義を新しいものに取り替えるのではなく若返らせることを目的としており、変化に対するアプローチとしては段階的で緩やかなものだ。

「リフォーム」の取り組みは、民主主義のオペレーティングシステムをアップデートすることを目指している。つまり、現在の民主主義の構造を保ったまま、システムをより包摂的で民意を反映した、公正・公平なものに拡張する試みだ。既存の政治制度が国民をよりよく代表するものにしたり、公共サービスが市民のニーズを汲み取って的確に対応できるようにしたりすることも、こうした試みに含まれる。この「改革の道」においては、既存の政治制度は変化のためのツールである。たとえば、マイノリティグループの代表が選挙で選ばれることになれば、内閣など政治の中枢にも少数派の声が届くようになる。

ジョイン・ポリティクスが支援するティアジ・シオは、ドイツにおける公的機関の非民主的なプロセスや代表性の改革を目指すネットワーク、ダイバーシトリー(DIVER SITRY)の共同創設者だ。公務員としてドイツ外務省に勤めたシオの経験を生かし、ダイバーシトリーのチームは行政機関で働く有色人種の職員の部門横断的なネットワークを構築している。このチームは各省庁に対し、採用や政策決定に際して代表性や公正性を高める方法を助言している。オーストラリアのポリティクス・イン・カラー(Politics in Colour)も、公的機関における人種的不平等に取り組んでいる。

きわめて発言力が弱く、政治参加率の低い先住民女性を含む有色人種の女性たちが公務員や政治家になるための教育と支援を行い、そうした人々が自分たちのコミュニティの利益を代表して政治領域に参入することを後押ししている。

「トランスフォーメーション」の取り組みは、政治のオペレーティングシステムを書き直すことを目指している。こうした試みは、現在の制度が目的に適合していないという認識に基づき、たんなるアップデートや、現在の環境への適応だけでなく、構造的な変革を志向する。それゆえこの道においては、既存の制度は変化の手段というよりも、変化の対象である。

「変革」の道を邁進するトゥ・エルは、「民主主義の(再)発明は国民の手にかかっている」ことを体現している。スローガンでも「民主主義は存在しない、私たちがつくるのだ(la démocratie n’existe pas, à nous de l’inventer)」と掲げている。同組織は民主主義の正統性という原則を軸に活動しており、フィックス・ポリティクスと同じく、国民に政治的な教育を提供し、政治的に無視されてきたコミュニティの若者を育成して政治的リテラシーを高め、民主的権利を行使し、選挙に立候補して政治に参画していくことを促している。

ポリティカルイノベーションの未来

こうした取り組みや道筋を見ると、ポリティカルイノベーションが与えうるインパクトを思い描くことはできるが、政治活動の評価は⸺スティーヴン・テレスとマーク・シュミットの言葉を借りると⸺必然的に「わかりにくい技能」9 である。ソーシャルイノベーションのインパクトを評価・表現するにあたってよく使われているツールを、そのままポリティカルイノベーションに適用することはできない。進捗や変化は非直線的で、断続的に起こるからだ。

ポリティカルイノベーションのインパクトを計測・比較できる汎用性のある指標をつくることは不可能かもしれないが、取り組みの進捗を追うことは個別の組織や実践にとって重要である。

ここで紹介してきた活動の3分野は、取り組みの進捗を測定する際の参考になるだろう。たとえば政治人材の育成に向けたトレーニングセッションを何度開いたかといった「活動」を追ったり、いくつ政策案をつくったか、何人のポリティカルイノベーターが選挙に出たか、何人がアカデミーを卒業したかといったアウトプット(結果)を把握したり、イノベーターたちがどういう公的権力の地位を得たか、どれほどの政策が実施されたか、どれほどの法案が可決したかというアウトカム(成果)を報告したりすることが考えられる。

しかしながら、政治における変化というものは性質上、非直線的なものであるため、容易に測定できる目標を優先して最大限活用したくなる誘惑には抗っていかねばならない。

改革と変革のどちらの道筋を選ぶとしても、政治システムにおける変化は、えてして緩慢で迂遠なものであり、道中には予期せぬ浮き沈みも伴う10。当選しても公約をすべて実現できない場合もあるだろう。選挙活動と政治家としての活動は異なる仕事であり、異なるスキルが必要となるからだ。あるいは、反民主主義の運動やキャンペーンによってさまざまな妨害に遭うこともあるだろう。たとえば2016年にナイジェル・ファラージ率いるリフォームUK党のブレグジットキャンペーンでは、有権者を取り込むために意図的に誤った情報を流していた。このような現実があるなかで、ポリティカルイノベーションは、粘り強く集合的に進めていかなければならない。それに取り組む人たちに必要なのは民主主義の諸原則の尊重と、政治的な変化をもたらすための支持者や意見である。それは個々のイノベーターやオーケストレーターの活躍だけでは実現できない。

ポリティカルイノベーションのインパクトを示す究極の指標は、「そのイノベーションが健全な民主主義にどれほど貢献するか」である。デンマークのデモクラシー・フィットネス(Democracy Fitness)などの組織は民主主義を筋肉のようなものと捉え、継続的なトレーニングと強化が必要だと考えている。病気と闘うのではなく、厳しいフィットネス・トレーニングを通じて民主主義を健康に保つという考え方は、民主主義の病や脅威を防ぐ役にも立つだろう。こうしたトレーニングの方法や内容、そして治療法は、異なる地域や時代の現実に注意を向けながら社会全体の進歩を目指すものであるべきだ。

この分野がインパクトをもたらし、1つの専門分野として認められるためには、既存の政治インフラとどのように関わり、どのように自分たちの活動へ取り込んでいけるかをより慎重に考えていくべきだろう。たとえば、ヨーロッパのほとんどの国では、政党が公的な資金援助を受けている。ドイツやオーストリアでは、多くの政党が専門学校を設立し、政界に送り込む人材を発掘・育成・採用するためのプログラムを設けている。どうすれば、こうした機関を平等な代表と参加という民主主義の原則に見合ったものにすることができるだろう。どうすれば、民主主義のベストプラクティスを他の国々に伝えることができるだろう。そして何より、どうすればポリティカルイノベーションが、欠陥のある民主主義国家や独裁国家において、民主主義の道標になることができるだろう。

ポリティカルイノベーションの分野が発展していけば、その成長や規模を把握する方法も必要になる。また、リーダーを支援するのか、政策を支援するのかというトレードオフについても、理解する必要がある。政治家育成への投資に、そのリーダーが政策を実行するためにかかる時間は織り込まれているだろうか。さらにリーダーの個人的特性は、民主主義の原則を大切にしながら政治権力に立ち向かう際だけでなく、そうした権力を得て公務に従事する際にも重要になってくる。フィックス・ポリティクスでは5つのC(character /性格、competence /能力、capacity /資質、courage /勇気、compassion /思いやり)を、ジョイン・ポリティクスは、ビッグファイブ性格特性(実行力のあるビジョナリー、人望のある人、説得力のある人、内省的な人、目的志向な人)を用いて、理想的な政治人材を表現している。それだけでなく、政治的なチャンスを最大限に生かすための優れたアイデアも必要となる。そのため、私たちは社会の血液バンクとでも言えるような、民主化に向けた革新的なアイデアの貯蔵庫をつくっていかねばならない。そうしたアイデアは特定の形式で集めるよりも、多様な人々の交流や協働を促すことでさまざまな代替案を含めて蓄積していくほうがうまくいくだろう。ほとんどのオーケストレーターがこのことを理解しており、そうしたトレーニングやコミュニティ形成に重点的に取り組んでいる。

ポリティカルイノベーションに対する支援や資金援助の方法についても、さらなる実験が必要となるだろう。資金提供者は、助成先や投資先に積極的に関わっていくようなインパクト投資の慣習と一線を画す必要がある。投資家が謙虚に身を退いて、直接口を出さず、政治の自律性や独立性を守ることで初めてポリティカルイノベーションの分野が花開き、民主主義を強化し復活させていくことができる。昨今、資金提供者が資金の受け手のコミュニティに対してより多くの権限を与える、信頼に立脚したフィランソロピー(慈善活動)への関心が高まっている。そこからの学びは、資金提供者とオーケストレーターたちの関係のあり方にも重要な示唆を含んでいるかもしれない。一方で、社会における民主主義の原則を守るという思いを、イノベーター、オーケストレーター、イネイブラーのための具体的な方法論に落とし込むためには、より率直な対話が必要になる。

ポリティカルイノベーションが生まれた背景には、社会が民主主義を失いつつあるという危機感がある。また、過激で反体制的な手段ではなく、建設的な手段を用いてシステムを改善する志向もある。ポリティカルイノベーションは、「社会的なもの」を政治的に、そして「政治的なもの」を社会的なものに変えていくことで、政治的責任を再定義しようとしている。ポリティカルイノベーションに携わるプレーヤーたちは、民主主義を弱体化させてきた市民社会と政治とのギャップを埋めるために、ソーシャルイノベーションを政治の領域にまで拡張してきた。彼らは、社会の変化には政治の変化が「欠かせない」ことを知っている。民主主義を救い、再生したいという切迫した思いが、ポリティカルイノベーションにつながっている。ポリティカルイノベーションという分野の成長と成熟は、あらゆる人にとって重要なことなのである。

【翻訳】樋口武志
【原題】The Emerging Field of Political Innovation(Stanford Social Innovation Review, Spring 2023)
【画像】Illustration by David Plunkert

ヨハンナ・マイヤー Johanna Mair

ベルリンのハーティー・スクール教授(組織、戦略、リーダーシップ)。スタンフォードPACSのグローバル・イノベーション・フォー・インパクト・ラボの共同ディレクター。スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューの学術編集者。

ジョセファ・キント Josefa Kindt

ハーティー・スクールのリサーチ・アソシエート。

セバスチャン・メナ Sébastien Mena

ハーティー・スクール教授(組織、ガバナンス)。

1 Democracy Index 2021: The China Challenge , London: The Economist Intelligence Unit Limited, 2022; Alizada et al., Autocratization Turns Viral: Democracy Report 2021 , Gothenburg, Sweden: University of Gothenburg, 2021.

2 Democracy Index 2021: The China Challenge.

3 Robert Bosch Stiftung and More in Common, eds., It’s Complicated. People and Their Democracy in Germany, France, Britain, Poland, and the United States, 2021.

4 Roberto Manabeira Unger, “Conclusion: The Task of the Social Innovation Movement,” in A. Nicholls, J.Simon, and M. Gabriel, eds., New Frontiers in Social Innovation Research , London: Palgrave Macmillan UK: 2015.

5 たとえば以下を参照。 Graham Smith, Democratic Innovations: Designing Institutions for Citizen Participation , Cambridge, United Kingdom: Cambridge University Press, 2009; Hahrie Han, Elizabeth McKenna, and Michelle Oyakawa, Prisms of the People: Power & Organizing in Twenty-First-Century America , Chicago: University of Chicago Press, 2021; and Joseph Lentsch, Political Entrepreneurship: How to Build Successful Centrist Political Start-ups , Cham, Switzerland: Springer, 2018.

6 Smith, Democratic Innovations.

7 Charles Tilly, From Mobilization to Revolution, Reading, Massachusetts: Addison-Wesley, 1978. 『政治変動論』チャールズ・ティリー著、堀江湛監訳、芦書房、1984年。

8 Lentsch, Political Entrepreneurship.

9 Steven Teles and Mark Schmitt, “The Elusive Craft of Evaluating Advocacy,” Stanford Social Innovation Review, Summer 2011.

10 Christian Seelos, “Changing Systems? Welcome to the Slow Movement,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2020.

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