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Editor’s Note:他を生かす「循環」の恵み

Editor’s Note:他を生かす「循環」の恵み

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 02 社会を元気にする循環』より転載したものです。

中嶋愛 Ai Nakajima

みなさまこんにちは。スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版を創刊したのは真冬でしたが、はや6月になりました。季節は巡ります。「巡る」というとぐるっと回って戻ってくるイメージがあります。たしかに地球が太陽の周りを一周回って戻ってきているわけですが、私たちにとって今年の夏は去年の夏とは違います。季節が巡ると感じるのは「暦」があるからかもしれません。後戻りできない時間という直線を季節の循環に見せる工夫は、よりよく、より賢く生きるために人間が発明したイノベーションといえるかもしれません。

今号はその「循環」がテーマです。循環と似て非なるものに「反復・繰り返し」があります。シジフォスの神話にもあるように、人間にとって単純な反復作業は、何も生まない苦役に感じられます。循環と反復の違いは何か。それは、循環は他を生かすことや再生と結びついているということではないでしょうか。血液の循環が私たちを生かし、空気や水の循環が地球環境を再生する。大切なものを未来に受け継いでいく「循環」について、さまざまな角度から考えていきます。

まずはお金を次世代にどう循環させるかという問題です。経済学者の山口慎太郎は「いまの子育て世代を助ける」という視点での子育て支援策を「次世代への投資」と定義しなおし、政策ごとの投資効率を実証研究によって明らかにすることを試みています(「なぜ子育て支援が『みんなの未来』に役立つのか」)。子育て支援の難しさは、長期的な経済成長や犯罪率の低下といった社会全体への恩恵が子育てのコストを払う親に還元されないという「正の外部性」があるところです。

正の外部性は、とくに公益に関わる領域において過少供給になるという問題をフランク・ネイグルが指摘しています(「『正の外部性』を社会変革のレバレッジにする」)。たとえば、ワクチン接種、サイバーセキュリティ対策、熱帯雨林の保全などは、社会全体にとっての便益を創出します。個人とコミュニティのインセンティブを一致させ、人々が貢献しやすくなるようなプラットフォームを構築するなどして、正の外部性を促進することが、地球規模の課題解決に貢献するだろうとネイグルは述べています。

国や自治体の政策がお金の流れの起点となる一方で、民間資金の循環から政策が生まれるという動きもあります。公益社団法人のチャンス・フォー・チルドレンは、クラウドファンディングによって集めた寄付で教育用バウチャー「スタディクーポン」の実証実験を行い、地方自治体での事業化を実現しました。市民が自分の共感する事業にお金を出し、それが政策化につながるという流れが、草の根の民主主義のひとつのかたちになっていくのではないかとジャーナリストの秋山訓子は見ています(「市民のニーズと政策をつなぐクラウドファンディング」)。

日本ファンドレイジング協会の『寄付白書2021』によると、2020 年の日本の個人寄付総額は1.2 兆円でした。これはアメリカの30 分の1 であり、名目GDP比でもアメリカの1.55%に対して0.23%と低い水準にあります。しかしながらこの10 年で日本でも寄付や社会的投資といった「共感型」の民間資金の流れは拡大傾向にあり、チャネルも多様化しています(「日本人の寄付意識と寄付行動」)。寄付白書を担当した大石俊輔は「多様な社会課題への支援に対して、自分の価値観や関心に照らして、寄付先を調べて選択する」という寄付行為の成熟をいまの若い世代に感じると言います。

一方で、寄付金には陰の部分もあります。寄付を活動資金として社会課題に取り組む非営利団体にとって、頭が痛いのが「寄付者からの影響」です。とりわけ、評価の分かれる寄付者からの資金を受け取った場合、どんなリスクがあるのか。そのリスクはどうすれば回避できるのか。ローレン・A・テイラーの「寄付金のダークサイドについて語ろう」では、道徳論を解くのではなく、実践者のガイドラインとなるようなケースと方法論を紹介しています。

善意の寄付がかえって非営利団体の経営を苦しめることもあります。寄付者は往々にして自分の出すお金が社会課題の解決そのものに使われること、たとえば困っている人を救うために使われることを望みます。しかしそれはときとして職員への報酬を含む団体の維持費、つまり間接費に使われることを「無駄」と考えてしまうことにもつながるのです。これはソーシャルセクターの持続可能性を阻む「悪循環」にほかなりません。ほとんどオープンに語られることのないこの「悪循環」の問題を真正面から取り上げたのが2009年の論文「非営利団体を悩ます『間接費』のジレンマ」です。

いまビジネスモデルに循環の仕組みを取り入れることが死活問題となっています。環境先進国オランダに拠点を置く著者らによる「サーキュラービジネス 4つの基本戦略」では、循環型ビジネスの戦略を4 タイプに分け、それぞれの課題を論じています。たとえば「よいものを長く使ってもらい、過剰消費を減らす」という「資源ループの減速」戦略においては、新しいもの好きの消費者のニーズにどう応えるか、買い替え需要の減少を何で補うかという問題が出てきます。直線型ビジネスモデルから循環型ビジネスモデルへの転換は複雑なパズルを解くようなもので、近道や抜け道はなさそうです。

「グリーン・ウォッシュ」といった残念な言葉が象徴しているように、SDGsを合言葉にした持続可能なビジネスのなかには効果の疑わしいものもあります。世界のビジネススクール教授らによる「利益優先のサステナビリティ事業からの脱却」では、「事業企画」への執着がサステナビリティへの本質的な取り組みを阻害している実態を指摘し、どうやって軌道修正していくかを論じています。

循環型ビジネスのケーススタディとして、日本の2社をとりあげました(「日本企業が切り拓く価値共創型リサイクルビジネス」)。日本環境設計(JEPLAN)はペットボトルや携帯電話のリサイクル技術で世界をリードする会社ですが、「廃棄物を回収して再生する」という従来のリサイクルの常識を大きく変えました。そこには参加型資源循環システムともいえる仕組みの開発があります。バリューブックスは古書販売という古くからあるビジネスにコミュニティとネットワークの要素を加え、自律的な回収システムを構築しています。2社に共通するのは、資源の循環が気持ちや関係性の循環につながっているところです。

お金や資源の循環と、それを支える気持ちや関係性の循環。それらが交感神経と副交感神経のようにバランスをとりながら巡ることで、社会はより強く、より持続可能なものになっていくのではないでしょうか。

中嶋愛

スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 編集長

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